声がまた地面に向かってフェードアウトしていき、アリアは慌ててそれを追った。

「うわー、ここがアッシュさまが開いてくれた扉の先?」
「どこなのかしらここ・・・建物の外みたいだけど大きな壁があるわね・・・」

光の柱の中から辺りを見回しながら出てきたのは、二人の少女だった。 一人はハチミツ色の髪を二つ結びにして花の飾りをつけた背の低い女の子で、大きなポケットがついた青いスカートの裾からは白いフリルが見えている。

もう一人は少し背が高く、濃い紫色の髪を大きなお団子にしてハートの髪飾りをつけた、 ピンクのチャイナドレスの少女。長くて白い手袋で腕は覆われている。

シェリオとレックから見ても、素直に美少女だなと思う可愛い子だった。 しかし謎の光の柱から人間が出現したという不可思議な現象が起こっているわけで、 二人ともそれどころではなかった。

「な、なんなんだあんたたち!?」

目の前にいるシェリオとレックが全く眼中になさそうな二人に向かってレックが叫んだ。 空中からやっとアリアもゆっくり降りてきて地上に立った。

二人はやっとアリアたちに視線を向け、そして横目で目配せをした。何をする気だろう、と一同に緊張が走る。

「いくよ!せーのっ」
「我ら―」

手をびしっと斜めに伸ばして声を掛け合った。

「テラメリタのた」
「正義のはーも・・・・・・ちょっと!違うじゃん!!」
「なによ!!間違ったのはアンタでしょうが!!」

セリフが違ったのか、なにやらもめている。やり直し、ちゃんとやってよ、などとお互いかぶせ気味に言い合った後ようやく同じポーズをとった。

「テラメリタのため!」
「正義のハーモニー!」

今度はセリフはかぶらなかったが、セリフの意味が分からない。その場にいる全員が止まってしまった。

「・・・・・・ちょっとメイプル、このセリフ4人用でしょ?二人じゃ意味が通じるわけないじゃないの」
「ホントは二人で来る予定じゃなかったんだもん!じゃあ二人用のセリフも考えておかないと・・・」

また話し合いが始まってしまった。この光景を見守っている3人には疑問しか浮かんでいなかったので、とりあえずアリアが先陣を切ることにした。

「あの、二人とも・・・ちょっといい?」
「ん?」
「あら、なあに?」

申し訳なさそうにアリアが片手を上げて声をかける。二人がそれに気づいてくるりと振り返った。

「きみたち、どこから来たの?セレナードの人?お城に何の用かな」
「あ、そうだったそうだった!」

また名乗り口上をするつもりか、と思ったらそうではないようだ。黄色の髪の少女がぱっと手を上げた。

「「らんふぉるせ」ってのがどこにあるのか知ってるひと〜」

アリアとシェリオが顔を見合わせてぎょっとした。

「ら、ランフォルセ!?どこでそれを、きみ・・・」
「メイプルちゃん」
「そ・・・そう、メイプルちゃん、ランフォルセのことを何で知ってるの!?」

ランフォルセとは、3年前の白蛇との戦いで白蛇を滅ぼすために使われた剣のことである。 その剣は戦いの場となった聖地カノンと共に、レッジ湖の底に沈んだ。

「ランフォルセってなに?」
「・・・・・・はい?」
「ねー、ヴァイオレットは知ってる?」

話が噛み合わず、アリアは力が抜けた。 ふざけているようでもなく、後ろに呼びかけた後 純真そうにメイプルはアリアを見上げている。

「知らないのに探してるの・・・?でもムリだよ、あの剣は私しか触れないし、抜いたら世界が洪水になって大陸が沈んじゃうんだから」
「剣なの?」
「あーら、アッシュ様がそう仰ってたじゃない。バカねえ」
「いぃーだ、オバサンは黙ってて」
「なんですってこのドチビっ」
「メイプルちゃんはチビじゃないもん!!」
「あの、二人とも・・・」

また小競り合いが始まってしまった。それを止める術もなく、一同は言い合っている二人を眺める。

アリアたちは横目で視線を合わせるものの、二人の事を聞く勇気もタイミングもなかった。 辛うじて分かったのは、メイプルとヴァイオレットという名前と、なぜかランフォルセというものを名前だけでも知っているということだけ。

しばらく小突き合いながらケンカをしていた二人だったが、 お互いにぜーぜーと息を切らしながらもようやくそれが収まった。

「・・・まったく、こんなことしてる場合じゃないわ・・・ええと、確かアッシュ様は・・・」
「あ!ランフォルセを渡さない人がいたら殴っていいって言ってた!」

メイプルの言葉に、またその場にいた全員がぎょっとする。

「ちょ、ちょっと待って・・・ええと、メイプルちゃん・・・」

殴りかかられるのか、とアリアは後ずさりながら両手を前に出した。 しかしメイプルは さっと両手を伸ばしてポーズを決めている。

「いでよ私のマグノリア!初仕事だよ暴れていいよ!!」
「出てらっしゃい私のマグノリア!邪魔者たちを蹴散らしてやるのよ!!」

二人の両手の間が輝いて、いくつかの影がその中から出現した。シェリオとレックはアリアの前にとっさに進み出て身構える。

しかし。

「・・・ネコ?」

メイプルの足元には大量のネコが群がっていた。ざっと見たところでも10匹はいる。

「・・・フィルがいなくてよかった」

レックは思わずそんなことを呟いた。ヴァイオレットの足の周りにはネコとは違う生物が出現していた。

「・・・・・・魚?」

地面でピチピチとはねているのは大きく見事な錦鯉。苦しそうにしている様子ではなく、ちゃんと体を起こしている。

「行きなさいマグノリア!ほらっ!」
「さあマグノリアたち、あの赤い髪の子をやっつけちゃって!」
「や、やっつけるって・・・」

びしっとアリアを指差して、二人はネコと魚に指示を出した。なんとネコたちは身を低くして間合いをはかり、そして一気に飛び掛った。

「!?」

レックとシェリオは剣を抜いて応戦しようとしたが、誰もこちらに向かってきていなかった。 拍子抜けして、また呆然と目の前で起こっていることを眺めることしかできない。

ネコたちが飛び掛ったのは、ヴァイオレットが出した魚たちだった。 逃げ回る魚を追いかけて捕まえるという狩が行われている。

「ちっ・・・ちょっとメイプル!私のマグノリアに何すんのよ!!」
「ヴィオのマグノリアが弱いのがいけないんでしょ!!」
「攻撃対象も判断できないわけ!?」
「力ばっかり育ててたんだもん」
「バランスを考えなさいよバランスを!あーあ、食べちゃってる・・・」

ヴァイオレットが肩を落として見ているのは、ネコたちのお食事風景であった。 さっきまで元気に跳ねていた魚たちが美味しく頂かれている光景に、アリアたちは思わず目を逸らす。

「な・・・なんなのこれ・・・なんなのこの子たち・・・」
「何しに来たんだよもう・・・」
「刺身食ってるときのダイみたいだな・・・」

とれたてピチピチでとてもおいしいのか、ネコたちの必死そうだが可愛い鳴き声が聞こえてくる。 メイプルもいくら命令しても聞かないため、あきらめている様子である。

ふと、ヴァイオレットが手をパンと叩いた。手袋をしているため、そこまで大きな音ではない。

「ランフォルセを抜くと大陸が沈むってアッシュ様はご存知なのかしら?」
「初めてきいた話だよね。もしかして知らなかったりして」
「・・・・・・アッシュさまって?」

先ほども聞こえてきた人名らしき単語について、ダメもとでアリアが尋ねてみた。だがやはりこちらのことなど全く目に入っていないようで、二人の話し合いが続いている。

「アッシュさまに教えて褒めてもらお!ヴァイオレット、私帰るから」
「ちょっと抜け駆けする気!?待ちなさいよ!」
「あ、そうだ」

走り出したメイプルだったが、何かを思い出したように急ブレーキをかけてまた戻ってきた。そして、大量のネコたちの上に手をかざした。

「全然役に立たなかったなあ・・・みんなバイバイっ!」

そう言って、両手を払うように振った。すると局地的にカマイタチのような風が起こり、地面にいたネコたちを切り裂いてしまった。

「!!」

先ほどから連続で起こるあまりの出来事に、アリアたちは絶句した。メイプルは何も気にしない様子でまたくるりと振り返って走り出す。

「壊すの?持って帰ればいいじゃないの」
「もっとスゴイの作るからいいんだもん」

切り裂かれた可哀想なネコたちは、切られた部分から淡いオレンジ色の光を出してなんと消えてしまった。 不可思議な出来事にまた目を瞬かせる一同だったが、すぐに我に返ったアリアが二人を追いかける。 アリアだけを行かせるわけにはいかないので、慌ててレックとシェリオも走り出した。

「ま、待って!!えーと・・・メイプルちゃん!!」

メイプルとヴァイオレットは、二人が出てきた光の柱の中に入っていった。アリアも続けてその中に入った。

「おい、アリア!!」

思わずシェリオが声を上げたが、アリアは光の柱の向こう側に飛び出しただけだった。アリアの前に、メイプルとヴァイオレットはいない。

「・・・・・・え?あれ?」
「き、消えた・・・?」

光の柱を通過したときに二人だけは消え、アリアには何も起こらなかったのだった。 改めてレックは光の柱に手を伸ばしてみたが、やはりおかしな様子はない。

あまりに説明しづらい出来事が続けざまに起こったため、3人は顔を見合わせてそして光の柱が伸びている空を見上げることしかできなかった。






ふと、目が覚めた。眠ったときのことを思い出せない。

目の前の光景を理解しようとするが、起き抜けの頭ではそれはすぐにはできなかった。

普段の自分の寝室の天蓋ではない布が見える。その奥に見える天井の色も、いつもと同じ白ではない。天井の高さも違う。

ベッドの下に視線を落とすと、白い靴が揃えて置かれていた。また顔を上げて部屋を見回して、さらによく見回して、やっと頭が覚醒した。

「ここ・・・どこですか・・・」

ベッドの掛け布団で口を覆い、そう呟いたのはセレナードの王宮から姿を消したシャープ姫だった。 部屋には人の気配はなく、数メートル先の床に設置された大きなテーブルの上にシャープの白いドレスが置かれている。

恐る恐る布団をめくって自分が着ている服を見てみると、知らない寝間着だった。 しかし自分が着せられそうなレースとフリルがあしらわれた真っ白でしっかりした生地の服である。

改めて部屋を見回すと、格子がついた大きな二つの窓と奥の壁には扉が一つあることが確認できた。 燭台や動物を模した置物、ガラス張りのティーカップが収まっている小さな食器棚もある。

大きな扉の反対側には、もう少し小さな扉があった。 だがどちらの扉にも鍵穴があり、開くかどうかは分からない。

この部屋に自分が入って寝ていた経緯がわからない以上、この部屋がなんなのか推理することは困難だった。 もしも善意で誰かが助けてくれて寝かされていたのならば家主に礼を言わなければならないし、さらわれて閉じ込められているのであれば何とかして脱出する方法を考えなければいけない。

意を決して布団から出て、体をずらしてベッドから降りるために靴に足を向けた。

そのとき。

「シャープ姫、入ります」

大きな方の扉から声が聞こえると同時に小さなノック音がした。あまりに驚き びくっとして中途半端な体勢で動きを止めてしまった。

返事をした方がいいのだろうか、聞いたことがない声だ、逃げた方がいいのか隠れた方がいいのか・・・。そうこう考えているうちに扉はゆっくりと開いた。

顔を覗かせたのは、黒髪の青年だった。ベッドの上で片足だけ靴に突っ込んでいる状態のシャープを見て薄く開いた目でふふっと笑った。

「起きてたんだ。おはようございます」
「・・・・・・おはよ・・・う、ございます・・・」

体は固まったまま、なんとか声を喉から絞り出した。その様子に、また青年はにっこりと笑っている。

「大丈夫です、ぼくはあなたを傷つけるようなことはしないよ」

そう言う青年をシャープは猛烈に固い表情で観察した。

短い黒髪で、いわゆる「執事」の服装をしている。黒い上着に白い手袋をしていて手にはティーセットとお盆がのっている。

ワイシャツから見える真っ赤なベストと、うっすら開いている目から見える金色が対照的だった。

安心させるためかずっと微笑んでいる青年にシャープは勇気を出して、湧き上がったいくつもの疑問をぶつけることにした。

「あの・・・」
「はい?」
「ここは・・・どこなんですか?」

まず一番聞きたかったこと。部屋の様子から有力者の屋敷の一室といったところだろうが、国も地方も連想できるようなものが部屋には置かれていなかった。

青年はテーブルの脇にお盆を置いて、シャープのドレスを手に取った。

「ここは・・・ぼくの主人のお屋敷。名前は「アッシュ」という方だよ」
「アッシュさん・・・?」

聞いたことのない名前だった。少なくともセレナードの国王や父リアンと交友がある人物の名ではない。

「お国はどちらの方ですか?メヌエットですか?コンチェルトですか?」
「・・・それは、答えられない」
「ど、どうして・・・?」
「それも、答えられない」

青年の答えに、シャープは焦った。そして、自分がここに善意で連れてこられたわけではないことが分かった。

「なぜ・・・私はここに?」
「アッシュが・・・・・・アッシュ様が、あなたをここに連れてきたからだよ」

シャープのドレスを衣装棚にしまっている。少し開いた扉の中には、ぎっしりとドレスが詰まっていた。

「連れてきた理由は・・・?」
「あなたが必要だから、と聞いてます」
「必要・・・・・・」

漠然としすぎていて意図が分からない。自分の何を必要とされたのか、いい目的なのかも分からなかった。

望みは薄いが、もう一つ尋ねてみることにした。

「・・・私がここから出て、家に帰ることは可能ですか」

衣装棚から戻ってきてティーカップに紅茶を注いでいた青年は、手を止めてシャープに視線を向けた。

「帰ろうとしない方がいい」
「・・・・・・どういうことですか?」
「シャープ姫、あなた自身のためにも。ここから脱出しようという考えは持たないでほしい」

青年の言い回しに、首を傾げる。

「・・・それは、逃げ出そうと思えば逃げられるということですか?」
「ここから出ることはできると思うよ」
「逃げ出そうとしたらあなたが私を捕らえるように言われているのですか?」
「ううん。ぼくはあなたの身の回りの世話をする召使いだよ」

お盆と握った手を胸の前に置いて、静かに一礼をした。自己紹介が遅れました、とまたにっこりと笑う。その笑顔は至って自然だった。

「ぼくの名前は・・・ローリエ。あなたの生活を快適にするよう仰せつかってます。ご用があれば何なりとお申し付けください」

そして紅茶が入ったカップをそっとシャープの方に動かした。

「まずはどうぞ。熱めが好き?食べたいものは?」
「・・・お任せします」
「じゃあそれを飲んでいる間に軽食をお持ちします。待っててね」

シャープはゆっくりとテーブルに向かって歩き、椅子に手をかけた。

座っていいものだろうか。紅茶を飲むべきだろうか。毒でも入っていないだろうか。大人しくしていていいのだろうか。

疑問はまだまだいくらでも湧いてくるが、それらをとりあえず解決するために部屋から出て行こうとしているローリエにもう一つだけ質問を試みることにした。

「ローリエさん」
「なに?」
「・・・あなたは、私の敵なんですか?」

ローリエを見ずに紅茶を見つめて、呟くように尋ねた。閉まりかかった扉が止まった。

「そう思っていた方がいいかも」

それだけ言い残して、ローリエは扉の向こうに消えた。廊下の床が硬い素材だからか、ローリエの足音であろう音がカツカツと響いて遠ざかっていく。

シャープは体の力を抜いて、そのまま すとんと椅子に座り込んでしまった。

「・・・・・・。」

目の前に置いてあるカップが現実なのか分からなくなる。薄く目を閉じて、シャープは自分が起きていた時の最後の記憶を辿った。

夜になって・・・侍女たちと城の中を歩いていて・・・中庭を通過するときに・・・そうだ。

「コンチェルトの王子の息子の・・・フィルさんと・・・会ったんだ・・・」

様子がおかしかった。ぶっきらぼうな口調で、ただ一緒に来いとだけ言われて・・・腕を引かれて、何か冷たい感覚に襲われて、目の前が真っ白になった。

全てがあまりに早く連続で起こった出来事だった。それから後のことはいくら思い出そうとしてもできない。

自分がいなくなって、王宮では騒ぎになっていることだろう。婚約式前夜の、未来の王太子妃が突然姿を消したら・・・。

シャープは両手を目の前で組んで下を向いた。

「・・・助けられてばかりでごめんなさい・・・でも・・・」

目をぎゅっと閉じると、赤い目から頬に涙が伝った。

「アリアさん・・・助けて・・・・・・」



    






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