なんとか部屋と謎の子供から脱出したフィル。廊下を人とぶつからないように気をつけながら、それでも全速力に近いスピードで走っている。

それなのに。

「てーっ!!」

なんと子供とは思えない速さでフィルは追われていた。走りながら後ろを見てみると、リボンで弾みをつけてジャンプしているようだった。

「な、なんなのあれ・・・!?リボンとどっちが本体なの!?」

このまま走っていても埒が明かないと判断したフィルは、角を曲がって姿を消して隠れることにした。走っている途中で壁に手を伸ばして勢いをつけて曲がった。

そこは今の時間は使われていない部屋のようで、会議ができそうな大きな机が真ん中に置かれ、その周りには等間隔で椅子が並べられている。

フィルは壁に両手をついて止まり、どこに隠れようかと一瞬にして考えた。

「机の下じゃあの子は小さいから見えるだろうし、この部屋じゃダメかな・・・」

奥にある開いている扉からさらに別の部屋に行こうと思ったとき、突然右の手首が動かなくなった。

「うわわっ!?」

そのままずるずると机の下に引っ張られていく。このままでは机に頭をぶつけそうだったのでしゃがんだ。

「・・・捕まっちゃった・・・」

手首には黄色いリボンが巻きついていた。いつの間にか追いついていた子供に机の下に引きずりこまれたのである。

「ララちゃん・・・だっけ?なんでそんなに怒ってるの?お母さんはどこにいるの?」
「しっ」

リボンで口をぺしっと塞がれてしまった。 その子は机の中で立っていても頭をぶつけることはないぐらいのサイズだが、フィルはそうはいかないため両膝を抱えて上体を低くして、大人しく口をふさがれる。

そのとき、部屋に誰かが入ってきた気配がした。話し合いでも始まるんだろうか、とフィルは慌てた。

「ララシャル?どこにいるんだ」

大人の男性の声が足音と共に近づいてくる。椅子越しに、その人の姿が見えた。

水色の髪で赤い目の、背の高い男性だった。フィルはリボンをつまんで口から剥がし、目の前の子供に顔を寄せた。

「・・・ララシャルって、きみのこと?」

こくこく、と子供は頷いた。

「あれは誰?ララちゃんのお父さん?」

また頷く。
その物音に気づいたのか、突然二人の顔と同じ高さから声がした。

「・・・こんなところにいたのかララシャル・・・あれ?」

フィルが振り返ると、テーブルを覗き込んでいる赤い目と目が合った。ララシャルはフィルの後ろに隠れようとしている。

「とにかく出てきなさい。シャープと一緒にいたんじゃなかったのか、まったく」

二人の間にいるフィルはどうしよう、と交互に顔をうかがったが、ララシャルはあきらめたようにリボンで床を押して体を前にずらして机の下から出てきた。

フィルも一緒に出てきて何となく怒られている気分でララシャルと並んで立つ。

「こら、ララシャル」
「うー・・・・・・。」

腰に手を当てて、まずララシャルを叱った。ララシャルは何か言いたげだったが、唸るように声を上げただけだった。

「すみません、娘の遊びにつき合せてしまったようで・・・」
「い、いいえ、楽しかったです・・・」

理不尽に攻撃され追い回された気がしたが、とりあえずそう言っておいた。

「私はリアンといいます。あなたは?」
「ぼ・・・ぼくは、フィル・ストーク・ラナンキュラスです・・・コンチェルトの王子カイの息子です・・・」
「ああ、あなたが!」

リアンはポン、と手を叩いて頷いた。ララシャルは不思議そうに二人を見上げている。

「話には聞いています、カイ王子のお子さんか・・・明日の婚約式のために来てくださったんですね」
「はい・・・あの、もしかしてリアンさんって・・・」
「そうです、私はこのたびセレナードの皇太子妃となるシャープの父です」

フィルは、リアンが先日会ったシャープ姫にあちこち似ているなあと思っていた。父親というには若い気もしたが、とりあえず納得する。

「そして、フィルくんにご迷惑をかけたこのおてんばさんが・・・」

ララシャルに向かって両手を伸ばすと、ララシャルはそれにしがみついて すとんとリアンの腕の中におさまった。

「この子がララシャル、今年で3歳になる私の娘です」
「あのねーララね、しゃーにいとってくのみたの!」
「そうかそうか、よしよし」

何かを必死に伝えようとしているララシャルの頭を帽子越しに撫でる。 帽子についた月の形のアクセサリーから伸びている2本の黄色いリボンは、ララシャルが発する言葉に合わせて揺れているようだった。

「あの、その帽子は・・・?」
「この子が着ている服と帽子は私が作ったんですよ。何があっても安全なように、あらゆるものを防御できるようにしてあります」
「あらゆるものを・・・防御??」

帽子と同じ色のぶかぶかの服に入っているララシャルは3歳児のサイズそのものである。何があっても安全というようには見えなかった。

「この帽子はララシャルが思ったように動かすことができて手の代わりにもなるし、何かが飛んできたら自動的に振り払うようにできてます。例えば」

ララシャルを床に立たせて数歩後ろに下がり、ポケットから取り出したペンをララシャルに向かって投げた。 その行動にフィルは驚いたが、ララシャルは何も分かっていないようで遠くにいるリアンを見つめている。

ペンがララシャルの顔の前に来たとき、リボンが動いてバシっと音を立ててペンを弾き返した。硬い床にペンが転がり、それをリアンが拾い上げる。

「えええ・・・?」
「さらに服にも魔法に対する強い防御を施してあり、大抵の魔法は無効化します」
「・・・・・・すごい、そんなのが作れるんですか・・・父さんみたい・・・」

再びララシャルの近くに歩いていって抱え上げた。リアンの前では大人しくなるようである。

「フィル!こんなところにいたのか!!」

自分からリボンを触りにいってみようかとフィルが手を伸ばすと同時に、部屋の中にカイが駆け込んできた。長いこと走ったせいか、かなり息切れしている。

「と、父さん・・・!?」
「フィル、いつものフィルか?大丈夫かっ!?」
「だ・・・大丈夫、うん・・・」

フィルはカイに駆け寄り、息を整えさせようと背中に手を回した。ぜーぜー言いながらもカイはフィルの様子を必死に観察しようとしている。

「シェリオ殿がフィルがいなくなったと知らせに来てくれて探していたんだ・・・よかった、無事で」
「うん、ぼくは無事だけど・・・」
「おや?」

やっと落ち着いてきて、カイは二人を見下ろしているリアンに気がついた。

「これは、リアン殿・・・!」
「カイ王子・・・お久しぶりです」

二人は面識があったようで、カイは服を正してリアンに向き直った。しかし、カイの目はなぜか笑っていなかった。

どうしたんだろう、とフィルが思った瞬間にカイの視線はララシャルに移った。そして、にこやかにリアンの腕の中にいるララシャルに手を振る。

「ララちゃん、大きくなったなあ!私のこと覚えてるかな〜?」

ララシャルは曲げた指を噛みながらカイを不思議そうに見上げている。カイは微笑みかけてから、ララシャルから離れた。

「父さん、この子・・・ララシャルちゃんのこと、知ってるの?」
「前にセレナードに来たときに会ったんだ。あの時は母君に抱かれていてまだ歩けなかったが、すっかり大きくなったね」
「そうだったんだ・・・」

そのとき、リアンがララシャルに視線を落としカイとは目を合わせないまま口を開いた。

「カイ王子、研究の進捗の程はいかがですか」

珍しく むっとした表情を一瞬だけ見せ、緩く首を振りながらカイは肩をすくめた。

「・・・ええ、おかげさまで。先日は部屋の空気の温度を10度までなら上げ下げできる機械の設計図が完成しました」
「それはそれは。私は王子の発明に比べたらお恥ずかしいもので、風の魔法の力を活用した道具を作っております」
「・・・そうですか・・・」
「・・・はい・・・」

あれ、なんか雰囲気が険悪だ。 ということを感じ取ったフィルは普段見ない父親の様子とあまり聞かない声の調子に恐れを感じた。ララシャルも同じようで、不安そうにリアンを見上げている。

「現在は電気というものを安全に利用するための研究を続けていましてね」
「それは奇遇だ、私も光の魔法から電気を作り出す道具の開発もしております」
「あと空を飛ぶ機械の構想も練っており、理論上は上空1万メートルまでならば飛行が可能なんですよ」
「私はもうそういった類の試作品を4つほど作り上げましたよ」
「・・・気が合いますね」
「・・・・・・ええまったく」

なんかどんどん声が低くなっていっている。いつの間にか床に下ろされてしまったララシャルは、怯えてフィルの足にしがみついている。

そのままお互いの作ったものの自慢話やよく分からない原理の議論を繰り広げながら、じろりと睨み合いをしたまま二人はつかつかと歩いていってしまった。

「・・・リアンさんと父さん、仲悪いの?なんで?」
「ぱー・・・」

ララシャルは短い手を伸ばしてリアンを呼んだようだったが、その声は届かなかった。あんな父さんは初めて見たぞ、とフィルは少し得した気分であった。

「・・・二人ともすごい人なのに・・・同属嫌悪かな・・・・・・あ、そうだ」

このままララシャルを置いていかれたら困る、とフィルは二人を追いかけることにした。 今は落ち着いているようだが、また癇癪を起こして攻撃を浴びせられたり追い回されてはたまらない。

足元で寂しそうにしているララシャルの頭を上から叩こうと手を伸ばした。

「ええと・・・ララ、でいいかな?パパを追いかけようか」
「うー?」
「置いていかれちゃうよ、行こう・・・いたたっ」

フィルの右手がララシャルの帽子の上でリボンに弾かれた。どうやらララシャルの防衛装置が勝手に発動したようだ。

大して痛くはなかったが手をさすりながらフィルはため息をつく。

「・・・こんな小さい子にこんな装備施してどうするんだろう・・・3歳なんて、一緒にいてあげないといけない年齢なのに・・・」

父さんもそう考えるだろうな。父さんと考えが似てるのかも。親子だもんね。なんて考えて、フィルは少し嬉しくなった。

それと同時に、足元の重装備の幼児をどうしようかと考える。

「・・・ララ、一緒にパパたちを追いかけよう?手は繋いでもいい?」
「て?」
「そうそう。ほら」

手を開いて見せると、ララシャルは納得したように小さく頷いた。そしてフィルの手に手を伸ばすのかと思ったが、フィルの手には手とは違う感覚がやってきた。

「・・・リボン・・・まあいいか、背の高さが合わないし、そのリボンは手のようなもんか・・・」

拘束されている感じではなく親指以外の4本の指にくるくるとリボンが巻きつく。そのリボンをゆるく握り返した。

「なんで怒ってたのかよく分からないけど・・・本人に聞いても分からないだろうし困ったな・・・」

落ち着いた様子で隣をトコトコと歩くララシャルを横目で見る。歩くと同時にカイとリアンの論争しているらしき声が大きくなってきて、フィルはどうしたもんかと頭を悩ませた。






「なんだろう、これ・・・」

フィルを探していたアリア、シェリオ、レックの3人。城の中を歩き回り窓から何度も外を見ながら廊下を移動していた。

城壁のそばに光っているものが見えたため外に出てきて、窓から見たときは壁で半分見えなかったその光の前にやってきた。

「さ、さわって平気かな」

それは直径1メートル以上はある光の柱で、見上げてみてもどこまで続いているのか分からなかった。アリアが恐る恐る近づいて手を伸ばす。

「待って、危ないかもしれないから俺がやる。王女様になんかあったら大変だろ」

アリアを止めてレックが光の柱の前に立った。

「え・・・レックくんに何かあっても大変だよ・・・」
「いいの、こういうときは男が行くんだよ。な、シェリオ」
「・・・あ、はい」

突然振られてシェリオはぎこちなく頷いた。

いざとなると得体の知れないものに立ち向かうのは怖かったが、悩んでいても仕方がない、と思い切り手を出して光の柱に触ってみた。

「えいっ・・・・・・あれ?」

レックが突き出した手は何かにぶつかることもなく、痛い目を見ることもなく、ただ何もない空間に手を差し入れたのと同じだった。

「レックくん、痛くない?」
「なんともない・・・なにこれ・・・」

手を上下させても何も起こらないことを確認していると、シェリオが光の柱の中に踏み込んだ。アリアとレックは ぎょっとしたが、それでも何も起こっていないようである。

「おーい、俺の姿見えてる?」
「影みたいになっちゃってるけど、見えるよ・・・」
「大丈夫かシェリオ?なんかパワー吸い取られたりしてない?」
「してないなあ・・・ホントなんなのこれ」

すっ、と光の柱からシェリオが出てきた。体にも何も起こっておらず、ただ光で照らされていただけのようだ。

3人でしばらく空を見上げて考え込む。

「・・・ちょっと、上の方を見てきてみようか」

アリアが頭の羽飾りを触ってそう言った。

「ちゃんと使えんの?」
「もー、失礼だな。ちゃんと練習してるから少しなら飛べるってば」

笑いながらシェリオが言うと、アリアが頬を膨らましてむくれた。

「飛ぶ・・・?あ、確かその羽飾り・・・」
「そうそう、ちょっとだけなら飛べるの。集中するから少し待ってね・・・」

目を閉じてふう、と深く息を吐き出す。真剣な様子にシェリオもレックも黙ってアリアを見守った。

少しだけアリアの体が光に覆われたかと思うと、ふわりとその身が浮き上がった。おお、と思わずレックは小さく声を上げる。

飛んでいる間も集中していないといけないらしく、アリアは一切しゃべらなかった。見れば羽の中心の宝石が輝いており、羽が大きくなって鳥のように羽ばたいている。

少しずつ浮き上がっていき、その姿は徐々に小さくなっていった。

「・・・あの状態で落ちてきたら大変なことだな」
「そのときは二人で受け止めよう・・・」

アリアを見上げながらシェリオとレックは口々に不安ごとを呟いた。10メートルほどの高さまで浮かんでいるアリアはやっと安定したのか、地上にいる二人に手を振った。

「おーい」
「ちょっと、ちゃんと集中してろよ!」
「大丈夫だってばー」

アリアの呼びかけにシェリオは慌てて叫んだ。心配しすぎ、とアリアは腰に手を当てて首を横に振る。

「・・・ベルのファシールみたいだな。あそこまで自由は利いてないみたいだけど」
「え、なにそれ?ふぁしーる?」

シェリオがぽつりと言った言葉にレックが反応した。

「あ、3年前に白蛇と戦った賢者の一人、ベルが持ってた・・・聖玉っていう賢者だけが使える宝物のこと。羽が生えてて空を自由に飛べるんだよ。俺の聖玉は、これ」

ペンダントになっている赤い環ファラを触ると、それはシェリオの手の中で丸い宝石の形になった。レックは驚いてシェリオの手を見つめる。

また手を離すと球状から環に戻り、ペンダントの紐の中にかかった。

「・・・すげー・・・」
「でも、もう白蛇はいないんだから聖玉を使って戦うこともないけどな」
「ふーん・・・」

頷いてから、またアリアのことを見上げた。バランスを取ろうと両腕を開いているようで、見ているとまた少し不安になる。

やがて浮いている状態をキープできるようになったらしく、アリアは落ち着いて目の前の様子を観察し始めた。 光の柱は上に行くに連れてどんどん光が弱まってきているようだった。しかし手を伸ばしても何も起こらないし、始点のような場所もない。

特に何も分からなかったか、とアリアは地面に向かい始めた。降りてくるみたいだ、とまだ緊張のとけないシェリオとレックはアリアを固唾を呑んで見守っている。

「だ、大丈夫かな・・・」
「シェリオ、アリア・・・王女の使える聖玉ってないの?便利な力が使えるならそれで身を守ったりできそうじゃん」
「ああ、アリアはランフォルセっていう剣を・・・・・・」

シェリオがそう言いかけたとき、アリアがいる位置より少し上辺りが突然強く輝いた。なんだろう、と3人は思わず身構える。

「な・・・なに?!」

その光が弾けると中から人が現れた。空中でその人物とアリアが目を合わせる。

「あれ?空に人がいるの?」

光の中にいるのでよく見えなかったが、確かにそう言ったのが聞こえた。そのまま重力に従って光の中の影は地上に向かって落ちていく。

さらにもう一人出てきたようで、さっきより少し下降していたアリアとまた目が合った。

「あら、誰よあなた?・・・ちょっと!私が先だって言ったでしょ!待ちなさいよ!!」



    






inserted by FC2 system