「癒しの司がいなくなったということは、ようやく道が開けたってことですね〜」
「行きたい!早く探しに行きたーい!」
「そのためにも、強力なマグノリアをとっとと作りなさいよ」
「ちゃんとお世話してるもーん ちゃんとやってるもーん バーカ」
「バカとはなによっ!バカはアンタでしょ!!」
「べー やーいヒステリー」
「なんですって!?」
「仲良しですね〜、アタシ葉っぱ取り替えてきます〜」
「「・・・・・・。」」






セレナードの王宮に入ったカイたち。 護衛の人間達は別室へ通されて、応接間に待たされているのはカイとフィルとレックだけだった。

メヌエットから来た監視人たちはセレナードの人に要件を伝えてからまたすぐメヌエットへ帰ることになった。

「では、これにて。疑惑が晴れるといいですね」
「は、はい。ありがとうございます」
「帰れ帰れっ!濡れ衣でしたって報告が来るのを待っているがいいっ!」
「・・・・・・父さん」

カイは手の甲を払うように監視人達に振った。

「・・・まあ、おつとめご苦労様だな。アルトによろしく」
「はい」

5名の監視人たちは、それぞれカイたちに頭を下げて王宮から出て行った。

応接室には3、4人の召使がいるだけで特に何を言われるわけでもない。 監視人たちと話していたのは別の人で、部屋からは出て行ってしまっている。

王宮に招かれたはいいが部屋で待たせるだけか、とカイは椅子に腰掛けて足を組んだ。 その様子を立ったまま見ていたレックはフィルに小声で言った。

「・・・フィル、これから取り調べられたりすんのかな」
「どうだろう・・・怖いなあ・・・」
「部屋に一人だけ連れて行かれて、ぐるぐる巻きに縛られて尋問されたりして」
「や、やめてよ!この国そんなことすんの?!」
「いや知らないけどなんかイメージ的に?そうだったら冤罪起こりまくりだな」

いつの間にか声のボリュームが上がっていたため、カイもしっかりそれを聞いていた。 そしてまたふつふつと怒りがこみ上げてきてしまったらしい。

「・・・そんなことをするなんて言い出したら、私はこの国を滅ぼす装置を発明するかもしれない・・・」
「ちょ、ちょっとカイさん!?なに言ってんですか!!」
「数日で作れるだろうな・・・見積りでは、セレナードの国土の3分の2を壊滅させられるだろう・・・」
「具体的に考え出さないで!カイさんって!!」
「目が据わってるよ・・・大丈夫だってば・・・」

カイは負のオーラを発し始めてしまい、レックは今はふざけるのやめとこうと心に決めた。

「お邪魔しまーす」

軽く扉がノックされて、返事もしないうちに扉が急に開いた。開いたのはこちらからは入ることができない、奥の扉である。

「あ、いるいる」

ひょっこりと顔を出したのは、赤い髪の少女だった。宝石のついた羽飾りが、頭の動きに合わせて揺れている。

自分で扉をそっと閉めてから、くるりと3人の方に向き直った。

「はじめまして、コンチェルトからはるばるようこそ。私はアリアといいます」
「アリア・・・」
「え、あの、白蛇を滅ぼした勇者の・・・?!」

ゆっくりとお辞儀をしてから、アリアは そうそう、と頷いた。

「アリア王女、お初にお目にかかります。コンチェルトの皇太子、カイ・ストーク・ラナンキュラスです」
「ぼくは・・・フィルです」
「えと、フィルの護衛のレックです。・・・どこかで、会いましたよね?」
「え?」

アリアは首をかしげた。レックの言葉に、フィルも ああ、と手を叩く。

「そうだ、確か3年ぐらい前に、ハイド家の舞踏会で・・・」
「なんかすごい食べてましたよね!!大勢の見物人の中で、俺達も見てたんです!」
「・・・み、見てたの」

アリアは がくっと肩を落として額に手を当てた。

「恥ずかしいな・・・いや、あれはシャープをセレナードに送り届ける旅の途中で・・・お腹すいてて・・・」
「尋常じゃない量でしたよね、普段もアレぐらい食べるんですか?」
「・・・・・・まあ、料理がいっぱいあるときは」
「すげー!!」
「すごいなあ・・・」
「そんなところをすごいって思われても・・・」

あははは、と力なく笑うアリアに、フィルはさらに思い出してまた手を叩いた。

「それに白蛇を滅ぼした伝説の勇者にお会いできて光栄です、アリア王女」
「伝説・・・まだ3年しか経過してないけど・・・あと、私のことは「アリア」でいいよ、フィルくん」
「そんなわけにはいかないですよ・・・」
「・・・・・・うーん」

アリアは腕を組んで、フィルをじっと見つめた。顔を見て何かを考え込んでいるようである。

「な、なんですか?」
「・・・お城の人たちの間で意見が割れてるんだよね。フィルくんがフォルテさんを殺した犯人か、そうじゃないのかって。私にはフィルくんがそんなことするような人には見えない」
「・・・・・・。」

容疑をかけられているんだった、と改めて思い直した。フィルは黙って下を向いてしまった。

「あ・・・ゴメンねフィルくん。癒しの司さんがいなくなったらどうなるのかってことが、ちゃんと分かっていなくて国中がおおわらわなの。私にとっても、癒しの司は命の恩人だし・・・」
「アリア王女」
「え、はい」

アリアがまだ話している途中で、カイが一歩進み出て言った。

「セレナードの王子の婚約式の直前にこのような騒動が起こって大変でしょうが・・・私としても、息子のフィルの疑惑を早く晴らしたいのです。 フィルを犯人だと言っている、目撃者と面通しさせることはできませんか?」
「あー・・・はい」

アリアは考えながら軽く頷く。カイの提案に、フィルとレックは顔を見合わせた。

「・・・それで「お前が犯人だ、間違いない!」って言われちゃったらどうしたらいいんだろう?」
「いや、それだけじゃ証拠にならないんじゃないのかな?」
「大丈夫だ、フィル。私が「異議あり!!」と即行で叫んで弁護する」
「・・・・・・なにそれ?」

3人のやり取りを眺めていたアリアが、あのー、と手を上げた。

「えっとですね、聖墓キュラアルティから連絡があって、使いを出して報告を受けているっていう状態で、ご本人はまだここにはいないんです。もうちょっとで到着するらしくて・・・」
「・・・もしかして、ジェイドミロワール越しの証言ということですか?」
「そう・・・ですね」

それを聞いた途端、カイは くわっと目を見開いた。

「あーんな画質の悪い鏡越しに、それで証言として採用するだと!?ホントにほんとーに、なに考えているんだ?!フィルをそんなに犯人にしたいのかっ!!」
「・・・・・・。」

カイの豹変振りに、アリアは絶句している。
フィルがカイをまたなだめ始めて、レックは説明のためにアリアに近寄った。

「・・・アリア王女、すみません・・・カイさんって、フィルのことになると前後不覚になるんです」
「ま、まあ・・・親子愛ってことで、いいんじゃないかな。私のお父さんもそうだし・・・」

フィルにどうどう、と背中をさすられているカイを見ながらアリアは言った。

「え、アリア王女のお父さん・・・ってことは、国王陛下?大事にされてるんですね」
「色々あっての再会だったしね。この羽飾りはお父さんが弟のリアンさんに作ってもらって、いつもくっつけてるの。心配性なんだよねえ」
「その羽、なんか効果があるんですか?」
「ちょっと飛べたり、衝撃を防いだりしてくれるみたいだよ。自由に飛び回れるようにはまだなってないんだけどね。もっと練習しないといけなくて・・・」
「へえええ・・・」

すげー、とレックは感心した。色々作っちゃうところってカイに似てるなあともちょっと考えた。

そうやってがやがやしていたせいで、扉が再びノックされたのに一同は気づいていなかった。部屋の中が騒がしいのを感じ取り、ノックした人物はそのまま扉を開けた。

「あの、お取り込み中ゴメンね〜」
「ん?」

部屋にいた人たちは扉の前に立っている人物に注目した。そこにいたのは、青い髪の背の高い青年、セレナード国の第一王子セレスだった。

「あ、チェレスさん・・・!」

レックと向かい合っていたアリアがセレスを見て声を上げた。

「・・・こーら」

セレスはつかつかとアリアの方へ歩いてきて、軽くコツンと頭を叩く。

「セ・レ・ス。お兄様もつけてくれていいよって言ってるでしょ。じゃないとアリアちゃんって呼ぶよ」
「ご、ごめんなさい、どうしても慣れなくて・・・セレス、お兄様・・・」
「よくできました。呼び捨てでいいからね、アリアちゃん」
「はい・・・・・・あれ?ちょっと、ずるいっ!」

アリアは不服そうにセレスの肩を叩いたが、セレスはおかしそうに笑っているだけだった。

「セレス・・・って、ことは・・・セレス王子?」
「はい、はじめまして・・・で、いいかな。セレスティア・ヴィフ・ファルゼットです」
「このたびは、ご婚約おめでとうございます・・・」

3人は改めて自己紹介をして、次々と握手をした。

「ご兄妹で、仲がいいんですね」

フィルがそう言うと、アリアはまだ赤い頬をぺしぺし叩いて声を詰まらせた。

「そ・・・そうだね、どうも呼び捨ては慣れなくて・・・」
「ちっちゃい頃は呼び捨てにしてくれてたのに。剣の稽古にいつもつき合わせられてね」
「そんな昔の話・・・やめてってば・・・」
「アリアは昔から本当に強くて、でも魔法の勉強は全然でね。それにすごくよく食べるし」
「・・・・・・うう」

嬉しそうにセレスは話しているが、アリアはまた顔を赤くしている。

「ほんと、可愛い妹だよ。今回の婚約で幸せになってくれたらって思ってるんだ。まあお互い好き合っての婚約だし、見ていて妬けるぐらい幸せそうなんだけど。はは」

セレスがアリアを見やりながら嬉しそうにそう言った。しかしその言葉を聞いて、一同は頭に疑問符を浮かべている。

「・・・アリア王女が婚約?セレス王子、婚約式を挙げられるのは、王子の方では・・・?」

カイがそう言うと、セレスは あっ、と口をおさえた。アリアも はっとして目を丸くしている。

「そ、そそ、そうだった、そうだ・・・」
「そうそう!ご婚約おめでとうございます!!ね、ええと、セレス、お兄様!」
「あ・・・ありがと、アリアちゃん!!」

急に挙動不審になる兄妹に、3人は顔を見合わせる。

しばらく落ち着くまで静寂が続いたが、急にセレスがフィルの方を見た。そのまま、フィルの方に歩み寄っていく。

「キミが・・・フォルテを殺した犯人だって国中で言われている、渦中のフィルくんか」
「・・・・・・。」

なんと答えたらいいのか分からず、フィルは目を丸くしながらも黙っていた。

「カイ王子、フィルくんを少々お借りしてもいいですか?」

その言葉に、カイたちはおろかその部屋にいた召使たちまでもがぎょっとした。フィルも思わず身を乗り出して聞き返す。

「え・・・?」

みんなの驚きを気にせずに、セレスはフィルの背を押して部屋の外に促した。押されてよろよろとフィルは扉に向かっていく。

「大丈夫、すぐに元の状態でお返しします。じゃあフィルくん、行こうか」
「え、あ・・・はい・・・?」

部屋の扉が召使い達によって左右から開かれた。後ろを気にしながらも、フィルはセレスと一緒に部屋から出て行く。

あっさり連れて行かれてしまったことにカイとレックは呆然と閉まる扉を見ていた。

「あの、心配いりませんよ。セレスさん優しいし、フィルくんを犯人だなんて思ってないです」
「・・・ホントですか」
「だ、大丈夫ですから・・・じゃあ私は城内の案内でもしようかな。ね、来て下さい」

カイの表情には不安しか浮かんでいなかったが、アリアは必死に二人を部屋から連れ出そうとした。

「カイさん、フィルはきっと大丈夫ですよ。行きましょうって」
「・・・そうかな」

レックがアリアについて行ったのでカイもようやく歩き出した。 じゃあちょっと行ってきまーす、とアリアは部屋の中にいた人たちに声を掛けて、3人も応接室から出て行ったのだった。






フィルはキョロキョロしながらセレスの後ろを歩いていく。城内からさらに扉をいくつか抜けて、広い中庭に続く廊下に出た。

大臣がセレスを見て驚いていたり、女官とすれ違うたびにお辞儀をされている。ゆっくりとした速度で歩いていたセレスだったが、段々スピードが遅くなりやがて立ち止まった。

「フィルくん」
「は、はい」
「はははは、そんなに緊張しないでよ。尋問するわけじゃないんだから」
「は・・・はい・・・」

リラックスリラックス、とセレスは笑って手を振る。

「聞いた話だけど・・・フィルくん、お父さんのカイさんとは血は繋がってないんだって?」
「え・・・はい、そうですね」

フィルはおどおどしながらも頷いた。

「ぼくが生後数日の状態で捨てられていたのを、父さんが拾って育ててくれました。そのとき、父さんはまだ7歳で・・・ぼくと父さんは、7歳しか離れてません」
「ふふふっ、すごい親子だね。パッと見はとても親子には見えないよ」
「・・・よく言われます」

セレスは中庭を背にして、石でできた柱にもたれている。

「カイ王子の御噂は、セレナードでも流れていてよく耳にしてるんだ。ものすごい天才で、メルディナ大陸で一番頭がいいんじゃないかって言われている。 7歳で子育てを始め、あらゆる物を発明し、紫苑の伝承書を読み解いている・・・ってね」
「そうなんですか・・・」

フィルは体の前で手を組んで、力なく相槌を打った。

「ぼくもなかなか秀才だって評判だったんだけど。カイ王子の天才ぶりは、もはや人間離れしてるよね。」
「・・・ぼくもそう思います。でも、ぼくにはとても優しい、最高の父親なんですよ」
「うん」
「公務で忙しい日もあるけど、一日に一度は必ず会話をする時間を取り分けてくれるし、ぼくの話はどんなことでも真剣に聞いてくれます。ぼくがすることにとても興味を持ってくれて、 人の道に外れないことであればどんなことでも許してくれるんです。・・・父さんほど素晴らしい人は、ぼくはいまだかつて会ったことがありません。ぼくも、父さんのような人間になりたいと思っています」
「あはははは」

真面目にフィルは話しているのに、セレスは急に額を押さえて笑い始めた。

「・・・セレス王子?」



    


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