「癒しの司が住まう聖墓キュラアルティ、そこにもジェイドミロワールが置いてある」
「・・・癒しの司?ってなんですか」

尋ねると、ピアがレックに向かって話し始めた。

「聖墓キュラアルティという、普通の人には行くことができない聖なる場所でメルディナ大陸を見守る役目を負っている番人のことです。・・・それが、私の兄様なんです」
「・・・・・・え?」

その言葉に驚いて、フィルもレックと共に声を上げた。

「王妃様のお兄さん・・・?」
「フォルテ兄様は、3年前に勇者と共に白蛇と戦った賢者の一人でした。ですがその戦いのあと、私に地の杖シードを預けられ・・・癒しの司となったんです。シードは王宮に安置してあります」
「え、え・・・」

話の飛躍に二人はなんて言っていいのか分からなかった。

「じゃあ・・・そのお兄さんには、会えないんですか?ピア様は・・・」
「ジェイドミロワールでお話しすることはできますけど・・・でも、自分からはしないです。聖墓キュラアルティの中は時間が止まっていて、兄様はずっと姿が変わりません。 私にとってたった一人の家族だった兄様が、もう今は私とは全然違う存在になってしまって・・・そのことを改めて認識するのが辛くて、今はもう・・・・・・」

話している途中で声の調子が変わり、ピアが泣きそうになっているのが分かった。ごめんなさい、と言って話を中断してハンカチで目を押さえるピアを見て、一同は慌てた。

なぜ癒しの司になったのか、ならなければいけなかったのかなども知りたかったが、とてもそれ以上話してもらえるような雰囲気ではない。

アルトがピアを抱き寄せて、落ち着かせようとしている。

「・・・ピアの家族はここにもう一人いるだろうが。俺の妻なら、人前でめそめそ泣くんじゃない」
「・・・・・・アルト様・・・」
「辛いなら、俺の前だけにしろ。泣きたくなったらすぐに俺のところに来るんだ、いいな」
「はい・・・・・・」

なんかラブラブな雰囲気になってきたことを察して、3人はそっと立ち上がった。泣き出してしまったピアは振り返る余裕がなく、アルトとアイコンタクトだけして音を立てないように退室した。



「はー・・・王妃様、泣かせちゃったよ・・・」

部屋の外で待っていた人たちに国賓が宿泊する部屋に案内され、3人は部屋の真ん中で集まってとりあえずため息をついた。

広々とした部屋の天井は高く、壁も窓もとても大きい。壁にはこれまた巨大な海の中で魚が泳ぐ姿を描いた絵画かかけられている。

その絵の下のソファにレックは腰をかけた。

「カイさんはご存知なんですか?癒しの司って」
「まあ一応は・・・言い伝えだけど」

カイは部屋の中を点検しながら答える。

「さっき説明があったこととほとんど同じだよ。聖墓キュラアルティからメルディナ大陸を太古の昔から見守り続けている人物がいる。 王家だけにジェイドミロワールから接触をする資格が与えられている。だがその人に助けを求めることは禁止されている・・・ということだ」
「・・・・・・。」

すでに夕方になっていたのでカーテンを閉める作業をしていたフィルも、遠くからカイの話を聞いていた。

「父さん、どうして「癒し」の司っていうのかは分かるの?」
「うーん・・・どんな怪我でも、死んでいなければ治せる力を持っているらしいが・・・」
「なるほど。だから癒しなんだね」
「すげー、なんだその能力・・・」

フィルを手伝おうと、レックも立ち上がって窓の方に寄っていく。枕を一度持ち上げて何もないか調べながら、カイがさらに続けた。

「・・・ただ、私が父上から伝えて頂いた癒しの司の名は「イル」という人だったんだ」
「イル?でもさっき、ピア様は「フォルテ」って・・・」
「3年前に癒しの司が交代したということなんだな。何があったのかは知らないが・・・」
「そうですね、どうしてその人が癒しの司になったのかも」

大きなカーテンを二人で閉めて、改めて部屋を見回す。カイはベッドにも異常がないことを確認して、そのままベッドに座っていた。

「聖墓キュラアルティって、どこにあるんですかね」
「・・・聞いた話では、メヌエットとセレナードの国境辺りにあると言われているんだが、入り口はなく通常の人間が入ることはできないんだそうだ。 扉から入れるかどうかも、癒しの司が決めるのかもしれないな」
「へえ・・・」
「でも、どうしてメルディナ大陸を見守らないといけないんだろう?助けを求めちゃいけないのにどうして存在してないといけないのかな」
「確かになあ。前の人に何があったか知らないけど、王妃様のお兄さんが癒しの司にならないといけない理由がわかんないよな」

レックは うーん、と考えてみたが当然答えは出てこなかった。判断材料が少なすぎるな、とカイはそもそも考え込むことすらしていない。

「まあとにかく癒しの司は私達に干渉することもなく、また我々にも関係ない存在だ。泣かせてしまったことはあとでピア殿に謝罪するとして、明日のセレナードへの旅のことを考えることにしよう。 あちらの方々に失礼のないように、祝辞を考えておきなさい」
「はーい」
「わかりました・・・あの、そういやカイさん」
「どうした?」

フィルはテーブルに向かって早速作業に取り掛かろうとしたが、レックはカイがいるベッドの方に向かっていった。

「・・・そういや俺も、このすごい部屋で寝ていいんですか?」
「当然じゃないか。どうして?」
「いや・・・他の護衛たちは、別の施設にいるのになー・・・と・・・」

後ろで手を組んで、申し訳なさそうに俯く。カイは立ち上がってレックの肩をぽんと叩いた。

「だからレックは私の友人だと言っているじゃないか。フィルの兄代わりなんだから、もはや家族だ。それでも護衛という立場にこだわるなら、私と同じ部屋で寝て護衛として私達を守りなさい」
「・・・寝てたら守れませんけど・・・」
「ぐっすり寝て明日の出発に備えること。分かったわかった、じゃあこれは命令だ。いいですか」
「・・・・・・はい」
「よし。じゃあレックは一番左の、そのベッドで寝なさい」

二人のやり取りの、遠くから聞こえてくる声を聞いていたフィルは、二人には何も言わなかったがレックの表情を想像してくすくす笑っていた。






次の日、コンチェルトの大勢の護衛たちはカイの出発の準備に取り掛かっていた。カイたちはアルトに挨拶をしてから国を出るためにアルトを探していた。

何人かに尋ねてみたが、分からない、出発はお待ちくださいと言われるだけである。城中もバタバタと走っていく人も見かけるほど慌しい。

「・・・何かあったんだろうか」

カイは扇を口元に当てて呟いた。なるべく早く出発しなければ、セレナードに到着するのが夜になってしまう。

「アルト様に取り次いでもらえませんか」

カイが何度も声を掛けてみてはいるが、別の者にお申し付けくださいという返事しか返ってこない。それを後ろから見ていたフィルとレックも一緒に、すっかり途方に暮れていた。

「父さん、さっきからみんなぼくのこと見てるみたいなんだけど・・・」
「フィルを?どうしたんだろうな」
「あ、二人とも!あっちあっち」
「ん?」

レックに背中を叩かれて顔を上げると、アルトが召使い二人と共に歩いてくるのが見えた。やっと見つけた、とカイもアルトの方に歩いていく。

「どうしたんだアルト、この城内の騒がしさは何かあったのか?」
「・・・・・・ああ、あった」

アルトは下を向いてしまった。赤い髪に隠れて表情が見えない。

「どうしたんだ・・・?」
「身に覚えはないか?」
「全くないが・・・」

アルトは腕を組んで、3人を見つめた。しばらく沈黙が続いたが、ついにアルトは口を開いた。

「・・・癒しの司、フォルテが何者かに殺されたという報が入った」
「え・・・?!」

3人は衝撃のあまり凍りついた。声にならない声で、カイはなんとか尋ねる。

「そ、そんな・・・一体なぜ・・・?聖墓キュラアルティにどうやって・・・」
「それも大問題だが、一番の問題はその犯人だ」

カイは自分を見られているのかとアルトを見つめ返したが、よく見るとその視線は自分より後ろに注がれていることに気がついた。

「証言によると・・・フィル。お前が犯人だと言われている」
「・・・・・・え?」

意味が分からず、フィルは思わず自分を指差した。カイは目が飛び出そうなほど驚いている。

「フィルが?犯人だと!?誰だそんな突拍子もないことを言う奴は!?」
「・・・まあ、落ち着け。俺もフィルが犯人じゃないと信じたい。」
「だから何の証拠があって・・・!」
「あの、アルト様、ぼくは昨日到着してからここを出てませんが・・・」
「・・・・・・。」

アルトは腕を組んで小さく息を吐き出した。

「まだ報が入ってきたばかりなのだが、聖墓キュラアルティにいる人物による犯人の特徴と服装の証言が精密で、その人物像が完全にフィルと一致しているんだ」
「・・・は?聖墓キュラアルティにいる人物って、癒しの司フォルテ以外に誰が?」
「あとはフィルが一人で城を出るところを見たという城の関係者の証言だけだ」
「それだけか!それだけで私の息子を国中で犯人扱いか!証拠の動画があるわけでもなく、写真があるわけでもない!写真なんかいくらでも画像加工ソフトで修正ができるから、 モノによっては有力な証拠とはならないことだってある!動画だって100%とは言えない!そもそも、フィルがそんなことをする理由がどこにあるんだ!?」
「・・・と、父さん落ち着いて・・・かこうそふとってなんなの・・・」

早口でまくし立てるカイをなだめるようにフィルが言うが、カイの興奮はおさまらないらしくアルトに今にも噛み付きそうな剣幕である。

「まあ今、城内が慌しいのは犯人探しよりも癒しの司がいなくなったことに対する騒ぎだ。フィルが犯人だという疑いはかけられているが確かに物的証拠はない」
「そうだろう!指紋はとったのか!ルミノール反応は!DNA鑑定でも何でもとっととやって、フィルの潔白をさっさと証明するんだ!!」
「・・・だからさっきからなんなんだそれは。るみのーるって、食べ物か?」
「大体、私達はセレナードに向けて出発しなければならないというのに・・・」
「ああ、それに関しては問題ない」
「え?」

拍子抜けしたカイが、きょとんとして聞き返す。

「セレナードへの出発は構わない。一応監視はつけさせてもらうが」
「・・・なんだと。フィルは犯人じゃないんだから、逃げる必要なんてないぞ」
「分かってるわかってる、形式的なものだ。だから落ち着けって」

アルトの方がカイより年下なのだが、アルトがカイをいさめている。フィルに関することだとすぐこうなるよなあ、とレックは心の中で一人思っていた。

「それに、この報はセレナードにも伝えられている。セレナードで取り調べられるかもしれないが、ちゃんと身の潔白を証明するんだ。俺も信じてるからな」
「ありがとうございます、アルト様・・・」

フィルは静かに頭を下げた。

「取調べだと!?フィルを!?私の息子がそんなことするはずがない!!」
「・・・だから、それを証明する為にも必要だろうが。」
「だってフィルはそんなことしないもん!!フィルは何もしてない!犯人じゃない!!」
「いつもの冷静さはどこ行ったんだ・・・普段ならもっと理論的に、効率的な解決策をすぐに・・・」
「フィルは!悪くない!!フィル、私が全てをかけてフィルの潔白を証明するからな!!」
「・・・あ、ありがとう・・・」

こうなるとしばらく手がつけられないな、とフィルはとりあえず頷いておいた。カイさんがネコだったら今頃全身の毛が逆立ってるなあ、などとレックは考えていた。






結局、アルトと接触したのはそれだけでピアには会うことすらできなかった。 メヌエットの監視役の人間が乗っている馬車が前に一台同行することになり、さらに人数が増えた状態でセレナードに向けて出発したのだった。

後少しでセレナードにつく、というところで最後の休憩を取ることになり、メヌエットとセレナードの国境にあるシンバルという町に立ち寄った。

馬車の扉が開かれて外に出たが、すぐさま監視人がフィルのそばまでやってきた。

「なんだお前たちは!逃げ出すわけがないだろう、あっち行けしっしっ!」
「・・・父さん、この人たちも仕事なんだから仕方ないって・・・ぼくは気にしないから」
「ううう・・・こんな町で休まずにとっととセレナードに直行すればいいんだ」
「みんなにも休んでもらいたいって、父さんが予定に入れたんでしょ・・・」

がるるる、と野生動物のような唸り声を上げそうなカイをフィルはひたすらなだめている。監視役の人間は5人いるようだったが、フィルの様子を見ていて安心しているようである。

「・・・あんたたち、どこまでついてくる気なんだ?」

後ろから声がしたので見てみると、監視人にレックが尋ねていた。

「フィル殿がお一人にならないように見届けるようにと申し付かっております」
「一人って・・・もしかしてトイレにまでついてくるのかよ」
「一緒に個室には入りませんが」
「当たり前だろ!!」

職務に忠実な人たちのようで、形式的な受け答えしか返ってこない。レックも何とか監視人達を追い払おうとしているようだったが、意地でもついてくるようだった。

カイはようやくいくらかクールダウンしてきて冷静な考えをできるようになってきて、いくら言っても仕方ない、こうなればいないものとして行動しようと決めた。

「とりあえずこの町で食事をとろうか・・・って言うかこの町、誰も迎えに来ないのか?」
「使いを出さないで2時間の自由行動にしようって言ったの父さんじゃない」
「ああー・・・ずっとイライラしてたから完全に忘れてた。というか、フィル」
「なに?」

適当に食べ物屋さんを探そうとカイは歩き出した。フィルに話しかける口調は大分いつもの調子を取り戻している。

「アルトは私にとっても気心の知れた友人だが・・・フィルにとっては初対面の人間だっただろう」
「う、うん・・・?」
「言い慣れていないから難しいかもしれないが、外では私のことは「父上」と呼びなさい。公の場や話し合い、これからは色々な集まりにもフィルも同席することになる。 そのときのためにも言葉遣いをしっかりしていなさい、フィルのためにも」
「は・・・はい、父上」
「おおー・・・いいねえ」

早速呼んでくれたことに喜んでフィルをわしわしと撫でる。その光景を見ていた監視人たちはぎょっとしていた。

その時、監視人たちとカイとフィルの間を小さな人影が走り抜けた。というか、走り抜けようとしてフィルに激突した。

「うわ!?」

腰に どん、という衝撃を感じてフィルは前によろけた。衝撃は小さかったため倒れこむほどではない。

「わわわ・・・す、すみません!!」

二人が振り返ってみると、大きな帽子をかぶった茶色い髪の少年が尻餅をついていた。持っていたのであろう買い物カゴからは果物が転がり出てしまっている。

「大丈夫?ほら、リンゴ」
「あ・・・ありがとうございます」
「こっちにも落ちていたぞ」
「あわわ・・・すみません・・・」

球状の果物たちは四方八方に転がり出ていて、後ろにいたレックと監視人たちも一緒になって拾い集める。 オレンジやレモンなど、たくさんの果物をカゴにぎゅうぎゅうに詰めて、重たそうにそのカゴを持ち上げて少年は頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました・・・」
「いいえ。おつかい?偉いね。この近くに住んでるの?」
「は・・・はい、近くといえば近いです・・・」
「名前はなんていうの?その胸のブローチの宝石大きいね、綺麗な赤色で」
「ええと・・・」

ずれそうになった帽子を片手で押さえ、そのせいでまたカゴから果物が転げそうになる。

「こらフィル、引き止めちゃいけないぞ」
「えー・・・だって・・・」
「いえ大丈夫です・・・ぼくは、ラブレーといいます」
「なんでだろ、すごく可愛いって思っちゃって・・・・・・あれ?これってアクセサリー?」
「あ・・・」

ラブレーの服の裾から見えているモコモコした球体を見つけ、フィルはしゃがんで服の中を覗き込もうとした。

「こらこら!なにしてるんだ・・・・・・え?これ、体にくっついてるのか?」

カイまでしゃがみこみ、モコモコを引っ張ろうとする。ラブレーはくるりと慌てて振り返った。

「あ、あの、急いでいるので失礼します!!皆さん、ありがとうございました!!」
「あ・・・ちょっと・・・」

カゴから何個か果物が落ちるのも気にせずに、ラブレーは走って逃げてしまった。一同はその逃げ足の速さを唖然として見ていた。

「・・・なんだったんだろ?」
「さあ・・・」
「あれは、最近シンバルの町に出没するウサギなんですよ」
「・・・へ?」

突然、監視役の一人の青年が話し出した。機械的な会話しかしていなかったので、普通にしゃべり出したことに驚いた。

「ウサギ?人間に見えましたけど・・・」
「耳がウサギの形をしているのを見たとか、しっぽがあるとか噂されています。あのウサギを見ると幸せになるとか、夜に会うと不幸になるとか色々ジンクスがあるようです」
「な、なにそれ・・・」

でも、さっき見たのは確かに尻尾だったかもしれないとフィルは思い直した。

「あの・・・ラブレー、だっけ・・・知り合いとかシンバルの町にいないんですか?」
「買い物に来るので商店の店主は会話するみたいですが、あの通りの逃げ足の速さでして。 捕まえようとしてもすぐに逃げてしまうし、友好的なのですが人と深く関わろうとしないんですよ」
「・・・・・・。」

変なの・・・と口の中で呟きながらも、フィルはまた会えたらいいなあと思っていた。 前を見てみるといつの間にかカイはお店で食べ物を買っていて、筒状の紙に包まれたパンを両手に持っている。

受け取ろうとフィルはカイに駆け寄った。

「これが昼食だ、食べなさい」
「あ、ホットドッグだ・・・」
「みんなの分もあるから、来なさい」

レックや、監視役の人たちにもカイは手招きをする。

「うわー、ホットドッグ久々だな〜・・・すみませーんお店の人、からしあります?」

フィルから渡されたホットドッグを持ったままレックはお店の中に声を掛けている。監視役の5人も順にホットドッグを渡されて戸惑っている。

「食べないのか?」
「いえ、いただきます・・・」
「全員で休息をとったらいよいよセレナードの首都シロフォンに入るぞ。どんなでっち上げの証拠を持ってこようと、フィルの無実を絶対に証明してくれる・・・」
「あの、父さん、ぼくは」
「ち、ち、う、え」
「・・・・・・父上」

素直に言い直したフィルに、カイはこの上なく満足そうに頷く。ホットドッグをみんなでかじりながら、穏やかな時が流れるのであった。









―第二章に続く―




    






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