ばん、とやや乱暴に扉を開けてレックが先に部屋に入る。手を引かれて部屋に入るとテーブルの前にいるカンナと目が合ってフィルは小さく頭を下げた。 「お邪魔します・・・あ・・・あのー、レック・・・」 「ほれ」 「?!」 急に手を離されたかと思えば、レックは椅子の上でうとうとしていたダイを抱っこして近寄ってきた。フィルは驚いて飛び上がり、テーブルにぶつかった。 「ちょ、ちょっと、急になに!?」 「抱っこできるか?」 「できるわけないでしょ!?どうしちゃったの!?」 「・・・うーん」 ダイをフィルの方に差し出したまま、レックは顔をしかめた。 「ほら、ばあちゃん、フィルはネコが嫌いだって言ったろ。」 「あらあら。そうなの、可愛いのにねえ」 「カイさんが前に言ってたやつかな・・・確かに俺も何回かおかしいなって思ったし・・・」 「なにが!?ねえちょっと、段々近づいてきてるって!!は、早く・・・どっかやってよ・・・!!」 「・・・・・・あ」 悪い悪い、とレックはダイを引っ込めたが、ネコと大接近した恐怖でフィルの目には涙がにじんでいた。ダイをカンナが座っている隣の椅子に安置して、フィルを覗き込む。 「おーい?泣くなよ、悪かったってば」 「ううう・・・ぼ、ぼくが、ネコが、嫌いって、嫌いだって、知ってるくせに・・・うー・・・」 「ありゃりゃ、ゴメンって、泣くなよ〜・・・」 両手を目に当てて泣き出してしまったフィルを落ち着かせようと背中をさする。ダイが遠くに置かれたことに安堵したのか、涙が止まらない。 レックはフィルの体を支えながら何度も謝り続け、その様子をずっとカンナはビスケットをかじりながら見ていた。 フィルが落ち着いたのを見てから、レックは部屋から出て行ってしまった。 ダイはカンナの膝の上でくつろいでいて動きそうもなかったが、 気まぐれを起こして自分の方に駆け寄ってこられてもたまらないためレックとカンナの部屋にずっといるのも不自然と思いフィルも部屋から出ることにした。 「ぼくがどんだけネコ嫌いか、レックは分かってないのかな・・・まったくもう・・・!」 昔はぼくをネコから守ってくれたのに・・・。と、フィルは切ない気持ちでカイの部屋へ向かっていった。 「父さん、ネコが克服できる方法とか知らないかな・・・ネコに会わなきゃ必要ないけど」 コンコン、とノックしてカイの部屋の扉を開いた。部屋の中ではとんでもない光景が待っていた。 「キャー!!」 「お、フィル来たな」 部屋の床に子ネコが2匹、カイが抱っこしているネコが1匹。さらにレックまでいて彼もネコを1匹抱っこしていて、机の上にも1匹いる。 「・・・あれ、怖がってる?」 「父さん、レック、なにしてるの!?こんなにネコを大量に部屋につれてきて・・・!!」 「ああ、これはな」 カイが抱っこしていたネコを椅子の上に置いた。 「この2匹のネコは大臣の奥さんが飼っていて、こっちのネコは調理場に最近よく来るネコだ。これはどこから来たのか分からないが城で最近見かけるヤツで、こっちは・・・」 「そういうことを聞いてるんじゃないの!!なんでネコがこの部屋に集結してるの!?」 「あー・・・それは」 カイが手をペン、と叩くと床にいたネコたちがカイの足元に集まってきた。レックが抱っこしていたネコもレックの腕から飛び降りてカイの方に寄っていく。 「順を追って説明すると、フィルの様子がおかしかったとレックが言いにきてくれたんだ。で、そのときのフィルはネコを怖がらないということが分かった」 「・・・ぼくの様子が?ネコを怖がらない・・・?」 「でさ、カイさんは丁度すごい道具を作ってたんだよ。それがこれ」 レックはカイの左手を指差した。カイの人差し指には丸い宝石がついた指輪がはめられている。 フィルはネコが大量にいるせいで近づけなかったので、扉を背にした状態で目を凝らした。 「・・・それ、なに?」 「これはネコを操る力を持った指輪だよ。これをはめた状態で手を叩くと」 「手を叩くと・・・?」 「手を叩いた音を聞いたネコが集まってくる」 「いらないよそんなの!!」 フィルは間髪いれずに叫んだ。 「・・・フィルのために作ったんだが」 「な、なんで?ネコをまとわりつかせて慣れさせる荒療治でもしようとしたの・・・?」 「違う違う、レックにつけてもらってレックがネコを集めて、フィルの方に行かないようにしようかなって」 「・・・ぼくはレックと一緒にいることが多いんだから意味ないって・・・」 ガックリと肩を落として、フィルは下を向いて首を振る。 「城の外にその指輪をはめた人形でも置いておいて、ずっと手を叩いててくれたらいいんじゃない?」 「なるほど、動く人形か。作ってみようか」 「・・・いや、それはそれで怖いんだけど」 ネコだらけの部屋にいられないや、と思ってフィルは扉を開けて外に出て行こうとした。 「あ、そうだフィル」 「・・・なに?」 「来週から、しばらくセレナードに出かけることになったぞ」 「セレナードに?どうして?」 扉を開きかけた手を止めて振り返った。 「セレナードのセレス王子の婚約式に招かれたんだ。フィルが行きたくなければ私ひとりで行ってくるけど」 「・・・セレス王子?確か、3年前の・・・」 「そう、白蛇と戦った賢者の一人だ。タン・バリン学園にも名前を変えて入学なさっていたんだぞ」 カイの言葉にフィルはぎょっとした。 「え・・・そうだったの!?レック、お会いしたことある・・・?」 「さー・・・名前も違うんじゃ会っても分からないだろ」 「失礼なことしてたらどうしよ・・・」 「名前を変えていたってことは普通の生徒として居たかったんだろう、だったら気に病むことはない」 「そうかな・・・」 「おっと」 フィルの方にネコが寄って行きそうになったため、カイは手をまた叩いた。その音に反応して、カイの足元にネコたちが集まっていく。 その確かな効果に、どういう原理かは分からなかったがフィルは感心した。 「すごい・・・けど、そんなの作ってどうすんの・・・」 「二人ともどうする?一緒に行くか?お留守番してるか?」 カイが尋ねると、レックは えっ、と声を上げた。 「お、俺も行っていいんですか?」 「そりゃもちろん。フィルが一緒に行くならいつものフィルの護衛だし、レックだけ行くなら私の護衛だよ」 「カイさんの護衛なんて務まるのかな・・・俺は、行きたいですけど」 「そうか決まりだな。フィルはどうする?」 レックは行くのか、とフィルはあごに手を当てて考えた。学校は長期休暇中で休みだし、家庭学習の課題はほとんど終わってしまっている。カイとレックがいないとやることも少ないし寂しい。 なによりセレナードという国自体に興味があったため、行ってみたかった。 「うん、ぼくも一緒に行くよ。セレナードの王子様にお会いしてみたい」 「よし、それでは4日後に父上と母上にご挨拶をしてからまずはメヌエット国へ出発だ。もしも遅れたら」 「・・・お、遅れたら?」 どうなるんだろう、とフィルとレックは息を呑んだ。 「寝巻きのまま、馬車に放り込んで連れて行くぞ」 「「・・・・・・・・・。」」 本当にやりかねない、と思った二人は、早起きするために出発前日は早く寝ようと心に決めた。 フルートの町を早朝に出発し、そのままゆっくりと東のメヌエット国へ向かった。 メルディナ大陸を横断するような大旅行になるため、カイたちが乗っている馬車のほかにも10数台の馬車が連なって前後を守っている。 フィルは、たまの外出だから一般の宿に宿泊したいななどと考えていたのだが、カイが出かけるとなるとこれぐらいの厳重さになるということを忘れていた。 一行はメヌエットの首都グロッケンに立ち寄り、その王宮に招かれていた。 「ここがメヌエットの王宮・・・」 「すげーな・・・コンチェルトのよりなんか、新しい感じがするかも」 「そうだね、技術が進んでるって気がする」 城に到着するや否やカイは王様と会う約束があるためフィルとレックとは別行動になってしまった。二人にも案内係が数人つけられ、城を見て回っている。 中庭とそこにある魚が大勢飼われている大きな池にエサをあげさせてもらったり、巨大な厨房をなぜか覗かせてもらったり、兵士達の訓練場にも案内された。 次はどこに行くんだろう、と大人しく案内係の後ろをついてまた本城内に入る。広い中央ホールの非常に横幅の広い階段から、女官たちに囲まれた女性が降りてくるのが見えた。 二人を案内していた人たちはその女性に一斉に頭を下げる。 どういう人なのかな、とフィルとレックは顔を見合わせたあとで同時にお辞儀をした。 「あなたがコンチェルトからのお客様ですね」 その女性は二人の方に歩いてきて、柔らかく微笑んだ。茶色の髪と紫の瞳の可愛らしい少女で、フィルたちより年上のようだったが幼く見える。 「は・・・はい、お邪魔しております。コンチェルトの皇太子カイの息子、フィル・ストーク・ラナンキュラスです」 「えと、俺は・・・フィルの護衛のレックです。はじめまして・・・」 何とか自己紹介をして、改めて頭を下げる。それに合わせて少女もお辞儀をした。 「私はメヌエット王妃、ピアと申します。フィル様、お名前はお聞きしておりますよ」 「え・・・・・・」 「お、王妃!?」 王妃様だったのか、と二人は慌てた。思わず服を正し、無意識に髪を直している。 「そんなに畏まらないで下さい」 「そ、そういうわけには・・・ええと、ご好意により本日はこちらで過ごさせていただいて・・・」 「そうだ、泊めてくれてありがとうございます。王様にもお礼言いたいんですけど、お会いできますか」 レックが尋ねると、ピアは階段の上を指差した。 「今、アルト様はカイ王子様とお話なさっています。アルト様のお部屋へどうぞ」 「え・・・」 「入っちゃまずいんじゃ・・・」 「大丈夫ですよ、私が一緒に行ってあげます」 「えええ・・・」 ピアは自分が連れていた女官たちに指示を出し、彼女達は先に階段を上っていった。 「ご苦労様です。お二人の案内は私が交代しますね」 フィルの案内係たちは驚いた様子だったが、かしこまりました、と言って彼らは一礼して歩いていってしまった。 さあ行きましょう、と階段をまた上り始めたピアのあとを二人は追いかける。その途中で、レックが小さく呟いた。 「・・・あの人、すごく可愛いけど・・・王様の奥さんなんだな」 「なにレック、本当にああいう優しそうな女性が好みなんだね」 「好みっていうか・・・だって、可愛いじゃんか」 「でも残念、王妃様だからね。気安く触ったりしちゃダメだよ〜」 「そ、そんなことするわけねえだろっ」 小声で話している二人の会話は、ピアにもうっすらと聞こえていた。しかし何も言わずに心の中で笑いながら二人の前を歩き続けた。 「アルト様、入ってもよろしいでしょうか」 「ピアか。入れ」 扉をノックしてから扉の中に声を掛けると、返事が聞こえてきた。先にピアの来訪を伝えていた女官たちが扉を開き、ピアはお辞儀をして中に入った。 後ろから恐る恐るフィルとレックもついて行く。 メヌエット国王であるアルトの私室は驚くほど簡素で、家具も必要最低限のものが置いてあるのみだった。テーブルを挟んで向かい合っているアルトとカイは、開いた扉の方に視線を向けた。 「フィルとレックも来たのか、王宮内はちゃんと見せてもらったか?」 「は、はい・・・」 おどおどして奥まで入ってこない二人に近づき、カイは両手で二人の頭をわしっとなでた。そのままカイに引っ張られて部屋の中央までやってきた。 アルトの前に立って、フィルとレックは深々と頭を下げる。 「フィル・ストーク・ラナンキュラスです・・・はじめまして、アルト様」 「おれ・・・や、私は、レックです。フィルの護衛です」 アルトは じーっと二人を見上げていたが、椅子から立ち上がって握手のために手を差し出した。フィルとレックが順番に握手をされた後、椅子に座るように促されて二人は腰をかける。 「・・・これがカイの自慢の息子くんか。パッと見は3人で仲のいい友達にしか見えないが」 「まあ、そうでもあるよ。本当に優秀な息子だよ、安心して私のあとを継がせられる」 「お前達、7歳しか離れてないんだろ?・・・世継ぎとして大丈夫か?」 カイとフィルの年齢差のことを再認識したピアが、口を手で覆って小さく声を上げた。 「7歳から子育てとは大変でしたね・・・苦労なさったのではないですか?」 「いいや、手の掛からない子でしたよ。私が公務で一緒にいてやれないときも決して文句は言わなかったし、 部屋に戻ってきた時に大きな紙に自分で描いた私の絵を私代わりにして話しかけていまして、その絵がまたよく描けているんですよ」 「ちょっと父さん!」 なにも王様たちの前で言わなくても、とフィルは顔を真っ赤にして叫んだ。部屋にいる全員がフィルを見て笑っている。 「いいじゃないか、あれは2歳の頃だったかな、公園で遊ばせていて花壇の方に入っていくから静かだなと思ったら 大きな蝶々を捕まえて食べようとしていて、周りの奥さん達が慌てて助けてくれたんたぞ」 「まあ」 「フィル、蝶々なんておいしくないぞ〜」 「・・・ううう、分かってるよ。そんな小さいときの話やめてってば・・・」 フィルは顔から湯気が出そうなほど恥ずかしがり、頭を抱えてうずくまってしまった。 「さて、フィルをからかうのはこれぐらいにしておいて。アルトもちゃんと後継者を育てないとな。 人生と子育ての先輩として、いくらでも相談には乗るぞ。ジェイドミロワールからご連絡お待ちしてます」 「・・・なんだそりゃ。」 「ジェイドミロワール?」 レックが首を傾げて聞き返した。 「そうか、レックは知らなかったんだな。インターネットもないこの世界、遠くの人との連絡を取るのがなかなか難しいんだ。 そのために、緊急の時に国同士での連絡を取るためにコンチェルト、メヌエット、 セレナード、バルカローレの4国の王宮内には「ジェイドミロワール」という大きな水でできた鏡がある」 「水でできた鏡・・・?」 どういうものだろう、と想像しようとしているとアルトがカイに代わって続けた。 「強く願ったものを映し出す魔法の鏡で、数百年前に各国の王宮に設置されたんだ。その鏡を使えるのは王族と特別に許可を得た者だけで、鏡を使った会議も定期的に行われている」 ふーん、とレックは頷いた。 フィルはカイと並んでその会議に参加したことがあったため、ジェイドミロワールのことは知っていた。 「画質の悪いテレビ電話みたいなものだよ。常時誰でも使えるようになっていないのは、願った人の記憶に関係するものであれば強く願えばなんでも映ってしまい、危険なこともあるためだね」 「・・・カイが言うことのところどころに知らない単語があるんだが」 「まあレックも、ちゃんと理由を言ってくれたら使わせてあげるよ」 「は、はい・・・」 アルトの隣に座っているピアが、アルトの肩をとんとんと叩いた。 「アルト様、ジェイドミロワールはもう一箇所設置されているところがありますよ」 「もう一箇所?・・・ああ、そういえばあったな」 アルトが思い出したように頷いた。 |