メルディナ大陸を震撼させた、光の力によって目覚めた存在「白蛇(はくだ)」。その白蛇の力により動物たちは人々に襲い掛かり、テヌートたちは人間の住む集落を滅ぼした。

しかし白蛇は、火、水、地、風、4つの属性をつかさどる聖玉の所有者である賢者たちと共に、破邪の剣「ランフォルセ」を操る勇者アリアによって完全に消し去られた。

強く願うものを映し出す水の鏡「ジェイドミロワール」からメルディナ大陸を見守る「癒しの司」は、白蛇と勇者たちの戦いの折に500年前から聖墓キュラアルティに存在していた「イル」という人物から、 「フォルテ」という青年に替わっていた。

白蛇の影響に怯えることもなく、再び平和な時が訪れたメルディナ大陸。

そのメルディナ大陸の一番西に位置する国「コンチェルト大公国」。常に中立を保ち、長い間戦争とは無縁の、シャンソン大公が治める小さいながらも至って平和な国である。

この国の王子たちによって、勇者アリアの戦いから3年ほどの月日が経過して、また新しい物語が始まる。






「あの、父さん・・・」
「フィル、父さんではなく、外にいるときは「父上」と呼びなさいと何度も言っているだろう」
「は、はい・・・申し訳ありません、父上・・・」

二人の青年が、少しの草が入り混じる固い土の道を黙々と歩いている。父さん、と呼んだ人物と呼ばれた人物は、親子ほど歳の差があるようには見えない。少し歳の離れた兄弟、という感じである。

しかも、あまり顔も似ておらず髪の色も目の色も全く違う。

「ここか、セレナードの城下町は。まったく、私の息子を犯人扱いとは・・・フィル、私がしっかり言ってあげるからな」
「はあ・・・ありがとう・・・ございます・・・」

メルディナ大陸の最も東の国「セレナード」の城下町「シロフォン」に辿りついた二人。うち一人はイライラした様子で、木でできた橋を渡っていった。

「貴方がフィル・ストーク・ラナンキュラスさまですか?お待ちしておりました、こちらの道から王宮へ」

シロフォンの入り口付近にはセレナードの王宮から派遣された案内人が既に数人待機しており、二人を城下町の奥に促すように手招きした。

しかし、声をかけられた人物は立ち止まったまま腕を組んで不満そうに口を開いた。

「私はコンチェルト大公国の大公シャンソンの息子であり第一王子のカイ・ストーク・ラナンキュラスだ。息子のフィルは私の後ろにいる。フィル、ご挨拶しなさい」
「は・・・はい・・・」

後ろから恐る恐る顔を出して、フィルは頭を下げた。

「コンチェルト大公国の皇太子、カイの息子のフィルと申します・・・」

その様子をカイは満足そうに見ているが、頭を下げられた人たちはそれを聞いて呆然とした。

「・・・・・・息子、の・・・息子?」






時を十数年ほどさかのぼり、ところは変わってコンチェルト大公国の王宮での出来事。第一王子のカイは7歳の誕生日を迎え、国中はお祝いの真っ最中であった。

その王子とは幼い頃から大人でもなかなか解けない数式をあっさり解いて見せ、複雑な哲学書を理解し楽々と暗誦し、まさに天才の名をほしいままにしている少年である。

シャンソン大公とグレイス妃の一人息子であり、薄い茶色の髪は父譲り、美しく優しい顔立ちは母譲りと評されている。その二人に、カイは呼び出されていた。

「父上、母上、参りました」
「よく来てくれたな、カイ。勉学の方は順調か?」

シャンソンが壇上の玉座からカイを見下ろして尋ねた。カイは深々と下げていた頭をゆっくりと上げて頷いた。

「はい。図書室にある歴史書を昨日、やっと全て読みきりました」
「・・・そ、そうか」
「読んだだけではありません、内容も熟知しております。ご安心ください」
「・・・・・・。」

王宮の図書施設にある蔵書はとてつもない数だったが、カイはそれを全て読んでしまったらしい。

「それで、カイ。今日は非常に大切な話があって呼んだのだが・・・」
「はい、何でございましょうか」

シャンソンとグレイスは切り出しづらそうに顔を見合わせている。何を言われるのだろう、とカイは密かに心の準備をした。

「その・・・カイ、メルディナに伝わる本のことは知っておるな?」
「はい、存じております。「紫苑の伝承書」のことですね。なにやら難解な文字が並んでいる古書だそうで」
「その通りだ。メヌエット、セレナード、バルカローレと我がコンチェルトに伝わる本だが、現在その本の解読を進めさせている」
「そうなのですか」

カイも何度か見せてもらったことがある古い本だが、複雑な文字が並んでいてほとんど読むことができなかった。

それを見せられた日にも、カイは一層勉学に励もうと決意したのであった。

「それで・・・その、解読された分によるとだな・・・」
「なんでしょう」

またシャンソンとグレイスは困ったように顔を見合わせた。

「カイ・・・この伝承書に書かれていることは、守らなければいけないということが伝わっていることも知っているわね」
「はい、遥か昔、その本により白蛇による一連の騒動がおさまったと聞いております」
「そうなのだけれど・・・」

グレイスは頬に手を当ててため息をついた。

「グレイス、言葉を誤魔化しても仕方がない。カイ、単刀直入に言うが、コンチェルト国の予言としてお前のことが書いてあったんだ」
「わ、私のことが書かれていたのですか!?」

カイは思わず声を上げた。

「ど、どのような・・・?」
「シャンソン大公の次の代の王子は「子を成してはならない、その子は時を崩れさせる」というものだった」
「はっ・・・??」

理解ができずに、カイは固まった。

「・・・意味が分からないのですが・・・あの、そうなるともしかして・・・」
「私たちもお前がいかに優秀で天才であるかはよく分かっている、王位はお前に継がせよう。しかし、妃を迎えることはしてはならない。いや、結婚はいいかもしれないが子供は・・・」
「な、なんですって!?」

カイの叫び声に、部屋にいた一同がぎょっとした。

「父上、それは・・・その御命令だけは、お受けすることはできません!そんな本に私の人生を決められてしまうのですか?!」
「し、しかし・・・セレナード国の王子もバルカローレの姫を迎えよという言葉が書かれており、それに従うことになって・・・」
「納得がいきません、なぜ私に対する記述が「妃を迎えるな、子供を作るな」なんですか」
「つ・・・つくるって・・・」

シャンソンは頭を抱えた。
とても7歳の少年と話している様子ではない。

「私が何故、大人たちよりも早く学問を進めて来たのか、ご存じないのですか!?」
「え・・・知らないけど」
「私は子育てがしたいんです!通常の学業をとっとと終わらせて、私は子供を育てたかったんです!!もちろん王位を継ぐつもりではいました。それも、子育てとの両立を目指していたんです。
自分の子供が育てられないならば私の人生の全てが無駄になります。そんな本のために私の人生計画を不意にしろと仰るのですか!?」
「・・・・・・。」

初めて聞いた、とシャンソンは肩を落とした。

「カイ、そんなに子供を育てたかったの?」
「それはもう。子供は大好きです。哲学書よりも育児書の方が多く読んでいると思います」
「そ、そう・・・弟か妹を可愛がる、というのではいけないかしら?」
「・・・母上、お言葉ですが」

真っ直ぐにグレイスを見てカイは言った。

「それは私の弟や妹であり、私の子供ではありません。それに母上は私の出産の時には相当苦労なさったとか。ご無理はなさらないで下さい」
「あ・・・りがとう・・・」
「しかし、カイがそんなに子を育てたかったとは。結婚はいいのか?」
「私には現在、好意を持っている女性はおりませんし、できないならば別にそれはそれで構いません」
「そ・・・そうか」

カイの青い瞳の中に揺らがない意思を見て、シャンソンは頭を悩ませた。

「それならば・・・私の弟たちから養子をもらう、というのはどうだろうか」
「そうね・・・カイ、それならどうかしら」
「いいのですか?」
「血縁の者と約束をしておき、子供が生まれたら養子にしよう。そうすればカイの子供ということになるだろう」
「はいっ!」

明るさを取り戻したカイの声は弾んでいる。

「養子ですか、なるほど!わざわざ子を作る必要もなく、妃の妊娠期間を待つこともなく、子育てができるというわけですね!素晴らしい案です、流石は父上、ありがとうございます!!」
「そ、そうだな・・・」
「そうね・・・」

シャンソンとグレイスが思っていた話の方向とはかなり違う方向の結論に至ってしまったが、カイは非常に嬉しそうに一礼をして、うきうきと部屋から出て行った。

「・・・子を育てたいって・・・まだ自分も、子供じゃないか・・・」

組んだ両手を額に置いて、シャンソンはため息をついた。






それから数日後。城の入り口が騒がしいことに気づいたカイは、その人だかりに足を向けた。

「何をしている?」
「これは、カイ様!」

集まっていた人たちの中心に立っている女官は、大きなカゴを持っていた。道があけられて、カイはそこまで歩いていきカゴの中を背伸びして覗き込む。

カゴの中身を見て、カイの瞳は一気に輝いた。

「おい、この赤子は一体・・・!?」
「はい・・・どうやら、捨て子のようなのです」
「捨て子っ!?」

どう聞いても嬉しそうなカイの声の調子に、周囲の人たちは顔を見合わせた。

カゴの中には、白い布にくるまれたまだ生後間もない赤ちゃんが入っている。周りのざわめきも気にしない様子で、すーすーと小さな寝息を立てていた。

「どこに捨てられていたのだ?」
「王宮の堀の隅に、落ちていたそうです」
「お、落ちていた?」

受け答えをしている女官は、カゴの中の赤ちゃんを優しく撫でた。

「それが・・・この布が巻かれた状態で、地面にそのまま落ちていたそうなんです」
「な・・・なんだと・・・!」

カイは腕を組んで深刻に考え込んだ。

「こんな生後一週間ほどの赤子を、そんな状態で放置して去っていくとはなんという母親だ・・・!体は冷えてしまうし、数時間おきに授乳しなければならないというのに信じられない! いや、もしくは王宮に用があった人物の子で、何かの弾みで落ちてしまったということか?だとしても落ちたのに気づかないなどあり得ない、怪我などしていない様子でよかったが・・・。 しかしこんな状況であっても泣き出さず健やかに眠っているこの子のなんと愛らしいことだ!!」

考え込んでいる間、その考えていることは全て口に出ていたので、周りにいた人たちは全てカイの発言を聞いていた。背丈の関係でカイのことをみんなが見下ろしている。

言動だけ聞いていると忘れてしまいそうなので繰り返すが、カイはまだたった7歳の少年である。

一通り思ったことを言ったことにより考えがまとまったらしく、いきなり顔を上げた。

「よし、この赤子の母親を探すぞ!」
「母親を・・・ですか?名乗り出るでしょうか・・・」
「事故で王宮近くに落ちてしまっていたのなら本当の母親が出てくるはずだ。しかし何らかの理由でこの子が捨てられたのであれば、出てこないだろう」
「そ、そうですね」

女官が頷くと同時に、カイは女官に向かって両手を伸ばした。カゴを渡せ、と言っているのだと悟り、そっとカゴごと赤ちゃんをカイに渡した。

「後顧の憂えなく育てていく為には、しっかり本当の母親を探さなければ。できる限りのことをして探そう。 そして、これ以上なくしっかり探しても、それでも出てこないとあらばそれは仕方ないことだ」
「・・・え?」

またカイの発言に周りの人間はぎょっとした。カイはそんな空気を気にすることなく、カゴの中の赤ちゃんをじっと見て微笑んだ。

「ああ、可愛いな・・・!こんな可愛い子を捨てる親がいるとは・・・」
「あの、カイ様・・・育てていく、とはどういう・・・?」

その時、カゴの中の赤ちゃんが目をパッチリと開いた。しばらく視線を彷徨わせていたが、カイを見てふにゃっと笑った。

その様子にカイは思わず叫びそうになった。寸前で堪えたが。

「か、かわいい・・・!!」

しかし、周囲の人間は見たことのない赤ちゃんの目の色に驚いていた。

「赤い目・・・!?」
「目の色が赤いなんて・・・」

不吉だ、などとわざついている人間たちに、カイは振り返って言った。ちなみにカイの人差し指は赤ちゃんがしっかり握っている。

「さあ、とっとと母親を探してきなさい!全力で探しなさい!それまではこの子は私が預かる!」
「はい・・・ですが・・・」
「この子の特徴と、落ちていた場所、日時などを明記して周囲の町や村に貼り出して来ること!名乗り出る者があっても、本当の母親かを調べる。ただこの可愛い子を育てたいだけかもしれないからな。 親だと名乗り出た者は、この子とDNA鑑定をして真の親子かを調査するぞ!」
「でぃーえぬえいってなんでしょうか・・・」

暴走するカイを誰もとめることはできず、カゴを持ったまま城の奥へ走っていくカイを見守ることしかできなかった。



それから2週間の時が経過した。

王宮の堀のそばに捨てられていた生後間もない赤ちゃんの情報はコンチェルトの隅々まで行き渡ったが、親だと名乗り出てくる者は一人もいなかった。

今日も親は見つからなかった、という報告を受けるたびにカイは思わず嬉しそうにしてしまうのを抑えていた。

「ふう・・・今日でもう2週間か・・・そうかそうか」

自分の部屋で、カイは赤ちゃんを抱きかかえて哺乳瓶で授乳をしている。この上なく幸せそうなカイの様子に、両親たちの心境は複雑だった。

「・・・カイ、その子を引き取るつもりなの?」
「いけないでしょうか?もちろん本当の両親が見つかればすぐに返します、引き取りたいという者がいれば話し合います」
「そんな赤い目の赤ん坊を引き取りたいなどという者がいるはずがなかろうが・・・」

赤ちゃんはお腹いっぱいになったのか、哺乳瓶から口を離した。口元を拭いてから背中を優しく叩いてげっぷさせて、そっと赤ちゃん用のベッドに横たえる。

すっかりその動作は堂に入ったもので、小さな7歳の少年が行っているということを除けば父親そのものであった。

「そう、その赤い目なのですがね」

カイは赤ちゃんに顔を近づけて笑顔を作りながら言った。その顔を見ながら、仰向けに寝かされている赤ちゃんも目を丸くしつつニコニコ笑っている。

「この子の特徴である赤い目、親を探す手がかりにならないかと情報を集めてみたんです」
「・・・いつの間にそんなことを?」
「ですが、そんな人間はこのメルディナ大陸にはいないのではないか、と思うほど全く情報はありませんでした。ただ、一つだけ報告がありまして・・・」

少しカイの声のトーンが落ちた。シャンソンはベッドの横に座っていたグレイスと顔を見合わせた。

「そんな方がいらっしゃったの?」
「・・・はい。東のセレナード国の、ラベル公爵家の当主と、そのお子様が赤い目をしていらっしゃるそうです」

それを聞いてシャンソンは ああ、と手を叩いた。

「そういえば、会ったことがあるな。リタルドとその弟君とは話したぞ」
「どのような方でしたか?」
「え?いや・・・仲が良さそうなご兄弟だった。国王の弟リアン殿が現在はラベル公爵家を継いでいるそうだな」

コンチェルトからはるか東にあるセレナード王国。国王のリタルドの弟であるラベル公爵家のリアンは、西トラン地方を治める領主である。

「ラベル家の姫君も、赤い目をしていらっしゃるそうです。今のところ報告にあるのはその2名だけです」
「そ、そうか」

カイはそこまで言ったあと黙り込んだ。落ち込んでいるのかと思いきや、手は赤ちゃんのほっぺたをつついている。

シャンソンとグレイスにはそんな様子のカイの感情が読めなかった。

「・・・では、リアン殿に尋ねてみるのか?その・・・その子は、リアン殿の・・・」
「隠し子ではないかと?」
「かっ・・・」

いつもながら言いづらいことをずけずけと言うカイに、両親は言葉を失う。しつこいようだが、二人と会話をしながら赤ちゃんの世話をしているのはたった7歳の少年である。

「ラベル家はどこからどう見ても仲睦まじいおしどり夫婦だそうです。不倫などは考えられないほどの仲の良さだそうですよ」
「・・・そうなのか」
「いずれ尋ねてみようとは思っておりますが、セレナードにもバルカローレにもこの子の本当の親はいないかと探しております。その情報はラベル家にも届いているはず。 名乗り出てこない、ということは違うのでしょう」
「・・・そうなのか・・・?」

どうも腑に落ちなかったが、シャンソンもグレイスもそれ以上何も言うことはできなかった。そうこうしている内に、カイは荷物をまとめ始めて大きな風呂敷を背負った。

「では、父上、母上、行って参ります」
「ど、どこに?」
「粉ミルクなどの買い足しに。本当はその子を背負って行きたいのですが、まだ首も据わっていませんので寝かせていきます。時間だ、入ってきなさい」

おろおろしている二人の後ろの大きな扉が開いて、二人の召使の女性が入ってきた。一人は絵本、もう一人は小さな竪琴を持っている。

「お、おい?お前たちは何なんだ?」

ベッドの左右に分かれて立って、二人はシャンソンにお辞儀をした。そして同時にそっとベッドの横に座った。

部屋の外に向かいつつ荷物を背負いなおしたカイが二人に目配せをして頷き、それに二人も答えて首を縦に振った。

「王子、行ってらっしゃいませ」
「お気をつけて」

二人は座ったままカイに頭を下げると、カイは扉の外にいなくなってしまった。

「むかし、むかし、あるところに・・・」
「ちょ、ちょっとちょっと待って」

早速絵本を開いて読み始めた召使に、シャンソンは駆け寄る。

「何なんだ一体・・・?」
「私たちは王子から直々にベビーシッターを申し付けられた者でございます」

そう言って「歴史が学べる物語シリーズ」と書かれた大きな絵本の表紙をシャンソンに向けて見せた。

「私はリラックスできる音楽をお聞かせしております」

もう片方の召使は、竪琴をシャラン、と鳴らしてそのまま音楽を演奏し始めた。

しばらくポカーンとして二人のやっていることを見ていたシャンソンとグレイスだったが、どうやらこの部屋に自分たちの居場所がないことを悟り静かにカイの部屋を後にした。

「・・・本当にカイは、あの子を自分で引き取って育てるつもりのようですね」
「いつの間にあんな者たちを・・・親を探しているようだが、誰も名乗り出てこないことを完全に見越しているな・・・」
「あの子がカイの子供として育てられるとしたら、私たちの孫ということなのかしら・・・?」
「・・・え、もう私おじいちゃん?ま、まだ26歳なんですけど・・・」

カイの部屋の前で待機していた側近たちが二人の前を歩き始めた。その後をついて廊下を行く二人の足取りは、どことなく疲れた様子であった。



  






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