「一緒に寝ましょう!」
「・・・え?」
「・・・あ」

勢いで言ったのはいいが、急に恥ずかしくなりシャープはしゃがんだまま固まってしまった。

「・・・・・・。」
「あ、その・・・すみません・・・」

毛布の端を見つめて、アリアはきょとんとしている。

「いや、いいんだけど。シャープはそれでいいの?」
「ええと、あの・・・」
「ベッドの方が寝心地いいと思うんだけどな。使わないともったいないし」
「いいえ、その、アリアさんさえよければ・・・」
「私はいいって。そうだね、じゃあそうしようか」

何度か頭を縦に振り、少し横に移動した。シャープが入れるスペースを作って毛布を広げる。

「はいどうぞ。寝てる間に蹴っちゃったらごめんね」
「だ、大丈夫です。失礼します・・・」

シャープはいそいそとアリアの隣に入っていった。荷物を枕のように並べ、そこに頭を横たえる。

「明日のためにも寝ておかないとね。二人だとあったかいなー」
「は、はい・・・」

ふとシャープは今日森で会った少年、リゲルとアリアのやり取りを思い出していた。 何だか今までと様子が違ったため、事情を聞いていいものかと頭を悩ませる。 でも尋ねないのも不自然かもしれないと考え、シャープは思い切ってきいてみることにした。

「あの、アリアさん」
「ん?」

アリアはアリアで別のことを考えていたようで、天井に向いていた視線をシャープに移した。

「少しお聞きしたいんですが・・・」
「なに?」
「今日森で会った、リゲルさんのことなんですが・・・」
「あー・・・」

納得したように頷いて、また天井をの方を向いた。

「言いたくなければいいんです。・・・お知り合い、なんですか・・・?」
「知り合い・・・うん、そうだと思うんだけど・・・」

曖昧な答えが返ってきた。しかしそこで言葉が止まってしまい、シャープはそれ以上訪ねていいのかと戸惑った。 様子を見ながらアリアの更なる説明を待つ。

「まだ詳しく話してなかったね」
「なにをでしょう・・・?」
「私がジュリ村でどうやって暮らしてたか。なにがあって旅に出たか」

コンチェルト国のジュリ村の近くで記憶をなくして倒れていたところを助けられ、 それからはその村で暮らしていたということまでは話されたが、シャープが知っているのはそこまでだった。

アリアは両手を頭の後ろに組んで話し始める。

「ジュリ村はすごく小さな村で、だけどとても平和なところだった。全員が家族みたいで助け合って生きてて・・・私はその村で 孤児の面倒を見てるマシシェっていうおばあちゃんの家で他の子たちと一緒に暮らしてたの」
「・・・・・・。」

シャープは何も言わず頷きながら話を聞いている。

「その家にいた子供の一人が、さっき会った「ベル」。数年前にお父さんが亡くなって、 マシシェおばあちゃんの家で暮らすようになったんだ。一番歳が近いってのもあって、仲がよかったの」
「ベルさんは何歳だったんですか?」
「初めて会ったときが14歳で、私は記憶がないから分からないんだけど今16か17だと思うんだ。シャープと同じくらいだよね」
「・・・そうですね、私と同じです」
「ベルも同じだと思う。今日会ったベルはちょっと幼い感じがしたけど・・・」

リゲルの感情がこもっていない口調をシャープは思い出した。 初めて森で会ったときも、どこか不思議な雰囲気を湛えていた。

「マシシェおばあちゃんの家には私とベルのほかに6人も子供が住んでたんだよ。合計8人」
「おばあさまを足して9人家族ですか・・・大所帯ですね」
「毎日ニワトリの世話したり畑を見回ったり、裏山で木の実を摘んできたり・・・すっごく楽しかったよ。 ウシを飼ってるおじさんの家からミルクをもらってくる係もあったし、みんなそれぞれ仕事があったの」
「へえ・・・」

どれもこれもシャープはやったことないことばかりだった。

「・・・それで・・・」

急にアリアの声のトーンが下がった。シャープは寝返りを打ってアリアの方向に体を向けた。

「一緒に住んでた子の中に・・・テヌートがいたんだ」
「テヌートの方が・・・?」
「ロンドっていう男の子でね・・・テヌートが災いを呼ぶなんて迷信、村の人は誰も信じてなかった。ロンドはとてもいい子だったし、 国から役人が来てもみんなでロンドの事を隠して連れて行かれないようにずっと守ってたんだ。でも・・・・・・」

毛布を口の部分にまでかけてアリアは目を閉じた。

「ある日突然、誰かが裏切ったのか・・・ロンドのことが村の外にばれて、ロンドは連れて行かれそうになったんだ。 私とベルは丁度村の外に用事があったからいなかったんだけど」
「そんな・・・」
「そのとき、偶然なのか・・・「テヌートが災いを呼ぶ」っていう意味が分かった」
「・・・え?」
「ロンドが・・・村の人を皆殺しにしたの。一人残らず」
「・・・・・・!!」

シャープは息を呑んだ。

「ジュリ村にベルと帰ってきたとき、村人は全員殺されてた。建物は爆破されたみたいに壊れてて・・・」
「一緒に住んでらした方も・・・ですか?」
「うん、みんな・・・。村の真ん中で一人で立ってるロンドを見つけたんだけど、話が通じなかった。 ベルが必死に話しかけたけど・・・遠くにいた私には「白蛇」って言葉だけがやっと聞き取れたの」
「白蛇・・・?」
「結局私たちも攻撃されて、でもベルが全部かばってくれて・・・魔法で私だけ逃がされたんだ」

今日、二人で受けたあの移動魔法でね。と、アリアは虚空を見つめる。

「逃げろって言われて・・・嫌だって言ったのに。二人を残していきたくなかったのに」

気づいたら村の外の丘で倒れてて、大急ぎでジュリ村に戻ったけどベルもロンドも誰もいなかった。 大災害の後みたいな村の真ん中で、このルプランドルだけが転がってた。 何がなんだか分からなくて、今までの平和と幸せが全部ウソだったみたいで・・・。

そう話すアリアの声は少し涙ぐんでいた。

「ずっとマシシェおばあちゃんのところでみんなと暮らしていたいって思ってた。記憶が戻らなくてもいいって。 このままでいいって・・・でも、ロンドがあんなことをしたのも、 テヌートが災いを呼ぶのがもし白蛇のせいなら・・・私は自分の記憶を探した方がいいって思ったんだ」
「・・・・・・。」

ベルの剣ルプランドルを持って旅の支度を整えて、東に向かっていくつかの町を通った。 そしてフルートの町に続く森を歩いているときに、シャープと出会った、と語り終えた。

「・・・さ、そろそろ寝よう。理由は分からないけどベルがシャープを探してるならきっとまた会えるよ。 そのときは私が絶対に守ってあげるし、ベルに私のことを思い出させてみせる。 私のことを2回も魔法でふっ飛ばしてくれたお礼もしないとね」

いつの間にかいつもの明るい調子を取り戻していたアリアは肩をすくめてそう言った。思わずシャープは笑ってしまう。

「・・・強いですね、アリアさんは」
「そう?これでも村で一番剣の腕が立つ友達にあっさり勝っちゃって、女の子なのに剣術で負け知らずだったけど」
「あ、そういう意味でもあるんですけど・・・」

シャープはまたごろんと体の方向を変えて天井を見上げた。

「そんな色んな目に遭いながらも、明るくて優しくてずっと前向きに生きていらっしゃるのが・・・うらやましいです」
「前向きって・・・シャープだって居ても立ってもいられないって、家出したんでしょ? 今のままでいいって思う人はそんなことしないよ。シャープだって十分えらいえらい」
「・・・あ、その・・・」
「ふふ、シャープが家出した理由はこんどゆっくり聞かせてもらっちゃおうかな。ね、寝よう」

アリアは毛布に深く潜ってそっと目を閉じた。

「・・・そうですね、眠っておいた方がいいですね」
「そ、明日も歩くよ〜。・・・じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

シャープもアリアの横顔をしばらく見ていたが、ようやく目を瞑った。 壊れた窓枠から見える夜空には、細い月が浮かんでいた。






「大丈夫ですか、アリアさん・・・」
「・・・うーん・・・」

布団を幾重にもかぶり、その下でアリアは寝返りを打った。シャープは水が入った桶を持っている。

「はーあ・・・かっこつけちゃったかな」
「すみません私のせいで・・・」
「シャープのせいでは全くありませんよ〜・・・・・・はっくしゅん!!」

夜を明かした廃村ギロを朝早くに出発したアリアとシャープだったが、途中で運悪く雨に降られてしまった。 雨合羽をアリアは持っていたのだがそれをシャープに譲ったため、アリアはずぶ濡れになった。

シャープは何度もアリアに合羽を使ってくれと頼んだがそれなら早く進もうというアリアの言葉に従い、 やっとハープの町についた頃に雨は小降りになったが結局アリアは風邪をひいてしまった。

くしゃみが止まらないアリアを休ませるために、ハープの町についてまずしたことは宿屋の確保である。 ベッドにアリアを寝かせ、シャープが看病をしていた。

「・・・たくさん休んでくださいね。しっかり治さないと・・・」
「うん・・・そうだね・・・」

アリアは自分の手の甲を額に置いて上を向いた。

「はは・・・今日は買い物して、明日にはこの町を出発したかったんだけどな」
「買い物でしたら、買うものを教えてくだされば私が買ってきますよ」
「え?ダメだよ、一人で町に出るなんて危ないから」

少し体を起こして首を横に振る。それと同時に悪寒がしたのか体を震わせた。

「うー・・・熱が出てきたかも・・・」

シャープは手に持っていた桶から白いタオルを取り出して、ぎゅっと絞った。

「前髪、ちょっとよけますね」
「はーい・・・あ、冷たくて気持ちいい・・・」

思わずすっと目を閉じる。シャープはアリアの額の熱さに驚いた。

「あ、アリアさん、これはすごい熱ですよ。風邪薬を飲まないと・・・」
「平気平気、薬なんていらないよ」
「でも・・・せめて熱だけは下げないと・・・」
「大丈夫〜・・・ちょっと寝るからさ。おやすみなさーい」
「はい・・・」

そう言って、壁の方を向いてしまった。しばらくシャープはアリアを見つめていたが、やがて小さな寝息が聞こえてきた。

「・・・やっぱりこのままじゃ・・・」

アリアの額からそっとタオルを取った。さっきまで水の温度と同じだったタオルがもう熱くなっていることにまた驚く。 桶に浸して冷やし直し、再びアリアの額に置いた。

そして桶をベッドの横の棚に置き、力強く立ち上がった。

「私、風邪薬の調合を習ったことがあるんです。すぐに戻りますから・・・行ってきますね」

体力の限界だったためかアリアはすっかり眠りに落ちていてその言葉は届いていない。 シャープは自分の荷物から空の小瓶を取り出してポーチに入れ、そして部屋の鍵を探した。 椅子の上に鍵を見つけると、それを持って出口に向かう。

「それじゃあ、行ってきます」

小さく一礼をしてから扉の向こうにシャープは消えていった。 ぱたん、と戸が閉じられ、軽い足音が遠ざかっていった。






ハープの町は、人口や施設の種類はフルートとさほど変わらない。 ただコンチェルト国と隣国メヌエットの国境の町とあって活気がある。 メヌエットの情報もいち早く入ってくる町でもあった。

シャープは大通りを歩いていた。遠くに人だかりができており、何だろう、と近づいてみた。 人々の中心には立て札があり、そこに張り紙がしてあった。

「・・・メヌエット国王、ノール・メッゾ・リレイヴァート崩御・・・」

新聞のようで、メヌエット国の記事が貼られてある。シャープは小さな声で見出しを読んだ。

「王位を継承するのは第一子アルト・メッゾ・リレイヴァート王子・・・。 確かご兄弟のない王家でしたね、跡継ぎ問題がなくてよかったですけど・・・」

掲示板に群がる人たちはコンチェルト国民だからか、別に驚いたり悲しんでいる様子ではなかった。

メヌエットの前国王ノールは良い王として知られていた。しかし隣の国の王様とあっては特に生活には関係ないらしい。 シャープはしばらく人ごみの中にいたが、そろそろそこから離れるか、と足の向きを変えた。

その時。

「きゃっ?!」

突然、肩を掴まれ引っぱられた。 肩を掴んでいる人の顔を見ようとしても、後ろ向きに引っぱられているので見えない。 引かれて人ごみから離れていき、商店らしき建物の壁の前で、ようやく止まった。

何が起きたのか分からないまま、シャープは後ろを振り返った。

「チェレス?!」
「また会えたね、シャープ姫」

そこに立っていたのはチェレスだった。相変わらずの笑みをたたえているが、シャープにその感情は読めなかった。

「・・・何の用ですか」
「いきなり凄まないでよ。可愛いお顔が台無しだよ」

頬に伸ばされた手を強く振り払い、シャープはさらにきつい視線でチェレスを見上げる。

「一人であんな人だかりの中にいたら危ないよ。世の中、いい人ばかりじゃないんだから」
「・・・そうですね。警戒すべき人物がいますからね」
「あははは」

シャープの皮肉に、チェレスは楽しそうに手を叩いて笑った。

「まあいいや。どうして一人なの?」
「・・・そんなの私の勝手でしょう」
「うーん・・・アリアちゃんがシャープを一人で出かけさせるわけがないでしょ。 となると、アリアちゃんは一人で宿屋にいるんじゃないかな。・・・風邪でもひいちゃった?」

見事に言い当てられ、悔しそうに黙る。 黙るってことはそうなんだろうなと思い、今朝の雨に降られたかなというところまでチェレスは推測した。

チェレスから視線を外して、シャープは歩き始める。置いていかないでよ、とチェレスもその横を歩いた。

「・・・ついて来ないで下さい」
「聖水なら道具屋さんでは売切れてたよ。残念ながら」
「え・・・」

シャープにしては全力の早歩きだったそのスピードが途端に落ちる。

「風邪薬作るんでしょ?聖水が要るよね」
「・・・・・・」
「それなら、この道を右に曲がったところにハープの町の公共図書施設があるよ」
「図書施設?」
「うん、そこに今・・・ん?」
「きゃっ!!」

進行方向から走ってきた人にシャープがぶつかった。とっさにチェレスはシャープの腕を引いて抱きとめる。 大勢の人が逃げるように走ってきているようだった。

「何なんでしょう・・・皆さん、血相を変えて・・・」
「・・・原因は、あれだね」

チェレスが指差す先を見ると、そこは肉類がうずたかく積まれた食料品店があった。 その前に、大きな白い影が見える。町の人たちは、そこから走って逃げ出しているようだった。

「な・・・なんですか、あれ・・・」
「ずいぶんと大きな、ネコちゃんだね」

何人かにまたぶつかりそうになりながら、シャープとチェレスはその店に近づいていった。

なんと店の屋根よりも大きな白いネコが、市場の商品を食い荒らしている。 巨大な手を動かすたびに果物が地面に挟まれて潰れ、大量の肉が地面に転がる。 近くに人はもう居ないようだが、暴れだしたりしたら大変である。

「・・・浄化獣か」
「じょうかじゅう?」
「あ、こっちに気づいた」

ネコはくるりと二人の方を振り返った。 真っ白の体にルビーのような赤い目で、見上げればトラよりも象よりも大きい。

こんなに大きくなければシャープも動物は好きだったが、近づけば食い殺されそうな鋭い目つきをしている。 どうやら食べているときに気に食わないことが起こったようで、ご機嫌がよくないらしい。

巨体とは思えないほど素早く体ごと方向転換したネコは、大きな腕を持ち上げた。 シャープの体がネコの腕によってできた影に覆われる。

「きゃ・・・!!」

腕が振り下ろされ、シャープは思わず腕で顔を覆って目をつぶった。 ドン、と大きな音がして二人の足元に風が起こったがシャープ本人には特に衝撃はなかった。









  





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