そこには、茶色い髪の少年が立っていた。 シャープが湧き水を探している時に場所を教えてくれた、リゲルと名乗った人物だ。

「こんにちは」
「は・・・はい、その節は、ありがとうございました」

相変わらず表情なく、シャープを見ている。ぎこちなくシャープは頭を下げた。 その隣でアリアは驚いた様子でリゲルを凝視している。リゲルは片手をシャープの方にのばした。

「ねえ、ぼくと一緒に来てくれる?」
「え?」

急な申し出にシャープは戸惑った。

「どっ・・・どうしてですか?」
「きみを呼んでる人がいるんだ。早く一緒に行こう」
「あ、あの・・・」

そのままぐいっと手を引っぱられてシャープは慌てた。アリアの方を見て 助けて、という視線を送る。 それと同時に、アリアは叫んだ。

「待ってよ!」
「・・・え?」

アリアの声を聞いて、ようやくリゲルがアリアに気づいた。

「・・・・・・?」
「ベル?」

そう言われてリゲルは びくっと反応した。

「ベル、どうしたの?なんでシャープを連れて行くの?」
「・・・ベル・・・」

アリアが言った名前を少年は怯えたように反芻した。

「どこに行ってたの?私あのあとジュリ村に戻ったんだよ。でもベルもロンドも誰もいなくて・・・」

でも無事だったんだね、とアリアは嬉しそうにリゲルに近寄った。しかしリゲルはアリアを見てゆっくりと首をかしげた。

「・・・・・・きみは誰?」
「え・・・」

アリアは弾かれたように目を見開いた。

「あ・・・アリア・・・なんで、覚えてないの?」
「アリア・・・?!」

リゲルは ばっとシャープの手を離して後ずさった。

「な、なに・・・!?ぼくはアリアなんて知らない・・・知らない!!」
「・・・ベル?」
「ぼくは、リゲル・・・・・・ベルなんて知らない、アリアなんて知らない!!」

頭をおさえて首を左右に振る。目をぎゅっとつぶって何かを振り払っているようだった。 それと同時に辺りに風が巻き起こった。

「リゲル・・・?!なに言ってるの?ねえ、あの後何があったの?!」
「フィーネ!!来て!!」

リゲルはのばされたアリアの手を振り払い、空に手をかざした。

「うわっ・・・」

巨大な白い鳥がどこからともなく現れ、大きな翼が起こす風にアリアとシャープはあおられて頭を手で覆う。 リゲルはその鳥の背に素早く飛び乗った。

「フィーネ、飛んで、早く・・・!」

リゲルの声は悲鳴に近かった。その声に答えてか、ばさっと翼をはためかせて大きな鳥は宙に浮かぶ。

「ベル!!・・・・・・わっ」

必死に手を伸ばしたが、羽ばたきによって起こった強風で落ち葉の上に倒れこんでしまった。 それにめげずにアリアは立ち上がり、白い鳥の長いしっぽを掴んだ。

「アリアさん、危ない・・・!」
「待って、ベル、どうして逃げるの!?」
「は、放して・・・来ないで!!その名前を呼ばないで!!」

アリアがしっぽを掴んだまま鳥は上昇を続ける。シャープも全力で走ってアリアたちを追いかけた。

「アリアさん、やめてください!!」

森の中なので、鳥は枝葉がない場所までは高度をそこまで上げられずシャープからも見える位置を飛んでいるが、 このまま振り落とされたら大変である。

「ベル、逃げないで!どこに行くの!?なにがあったのか教えて!!」
「来ないで・・・呼ばないで・・・ぼくはリゲル、なんだから・・・」
「ベル・・・ねえ、どうして私のこと忘れちゃったの?!ロンドが言ってたことと関係があるの!?」

リゲルはまたアリアの言葉に びくっと反応し、首を振った。

「放してよ・・・・・・放せよ、アリア!来るな!!」
「・・・・・・!!」

リゲルはアリアに向かって叫び、そして片手を自分の方に向けて魔法を詠唱し始めた。右手が淡く緑色に光る。

「・・・コーダゲイル!」

アリアめがけて魔法を放った。コーダゲイルとは風魔法のゲイルの移動効果をつけた移動魔法である。 アリアとその直線上の地面を走っていたシャープが、その魔法に包まれた。

「うわっ!?」
「きゃあ!!」

風に巻き込まれた二人はそのままどこかへ消えてしまった。

リゲルは目を強くつぶっていたが、魔法を放った手の先にアリアの姿がないことを確認するため恐る恐る目を開けた。 そこに誰もいないこと、そしてアリアの声がしなくなったことに安心して息を吐き出した。

「はあ・・・」

そのまま、鳥の背中に倒れるように顔をうずめる。

「どうして・・・?今のは誰だったんだろう、あの子の声を聞いたら・・・」

体を横に転がして、息を整えるように胸に手を置く。

「急にすごく怖くなった・・・なんでなんだろう・・・」

森の木々よりもフィーネが飛んでいる位置が高くなって、辺りが急に明るくなった。

「あの子、ぼくのことを呼んでたね・・・ぼくはリゲルなのに、どうして違う名前で呼んだんだろう? なんて呼ばれたっけ・・・あの子の名前なんて言ってたっけ・・・・・・」

考えようとしたがまた恐怖が襲ってきて身を震わせる。

「・・・やめよう、考えるの・・・帰ろう・・・」

空を見て眩しそうに目を細めてから、フィーネの背中を優しく撫でた。

「フィーネ、白蛇のところに行こう。連れて来られなかったけど・・・」

その言葉に反応してフィーネは方向を少し右に修正した。太陽が沈む方とは逆。東に向かって、フィーネは飛んでいった。






「うーん・・・いたたた・・・」

リゲルに魔法で吹き飛ばされて数時間。 もう日は沈みかけていて、遠くに見える山々にその姿はほとんど隠れてしまっている。 その僅かな日の光に照らされた草原に、人間の影が二つ落ちている。一つの影がわずかに動いた。

「・・・あれ、ここ・・・どこだろう・・・」

うつ伏せに倒れていたアリアが目を覚ました。ぼーっとする頭を振って、今までのことを思い出そうとする。

「そうだ・・・私、ベルに移動魔法をぶつけられて飛ばされたんだ・・・」

先ほどの記憶がよみがえり、そして次にシャープの姿が近くにないことに気づいた。

「シャープ・・・!?」

慌てて周りを見回す。真後ろの少し離れた地面に、水色の髪が見えた。 アリアは立ち上がって、腰に掛かったままだったルプランドルの柄を右に回しながらシャープに駆け寄る。

「シャープ、シャープ・・・大丈夫?」

肩を両手で揺らして耳元に呼びかける。近くに落ちていたシャープの帽子を拾ってから、今度は背中を叩いた。

「・・・ん」

アリアの声に反応して薄く目を開けた。 シャープの視界に入ったのは顔の横に置かれていた手、次に自分を覗き込んでいた顔だった。

「・・・あ・・・アリアさん・・・?」
「ああよかった・・・大丈夫?どこか痛いところない?」
「いいえ・・・ちょっと頭が痛いですけど、大したことはないです」

服についた葉っぱを払いながら身を起こした。それに合わせてアリアも立ち上がる。

「ここは・・・どこなんでしょう?」
「ええと、ちょっと待って」

アリアは散らばって落ちていた荷物を拾い集めた。全ての荷物を持って行動していたため、一緒に飛ばされてきていたようだ。 カバンから散らばった中身を集めて中に押し込む。そしてその中から地図だけを取り出して二人の間に広げた。

「ええと・・・日が沈んでるあの山が西に見えてるってことは・・・この辺りかな?」
「ここが今日出発したフルートの町で・・・私たちが入った森はここ・・・」

シャープが指をさしながら確認する。 途中走ってレリカから逃げたため場所は多少曖昧だが、縮尺が小さい地図なので大した差はなさそうだ。

「ということは・・・あの人・・・リゲルさんの魔法で、こんなに飛ばされてしまったんですか・・・」

アリアは彼を「ベル」と呼んでいたが、シャープはリゲルが名乗った方の名前を一応尊重した。

「うん・・・・・・とりあえず、歩こうか」
「あ・・・はい」

アリアは夕日と反対方向に歩き始めた。 ハープに行くのに東に歩いていたのなら、夕日と逆に進めば近づきはするはずである。 歩きながらアリアはもう一度地図を見た。

「あ、あれだ・・・見えてきた」
「なんですか?」
「ほら、建物があるでしょ」

遠くに、夕日に照らされた大きな壁とそれに囲まれた建造物が見える。

「地図によると、ここじゃないかな」

地図の真ん中より少し左を指差した。そこには村を表すマークがあり、その隣に「ギロ」と書いてある。

「じゃあ、あれはギロという村なんですね」
「うん・・・でも、この地図ちょっと古いんだ」
「え?」

確かにその地図は全体的に古びた感じで、端はところどころ破れかけている。

「だから・・・あの村がまだ滅びてない時の地図なんだろうね」
「ほ、滅びた?」

シャープは思わず聞き返した。

「数年前に、コンチェルト国のギロっていう村が滅んだって。聞いたことない?」
「いいえ・・・なにがあってそんなことに?」
「テヌートをかくまっていた村だから、なんだって」
「・・・テヌートを?」

テヌートというのは、普通の人間とは少し姿が違う人種のこと。老若男女関係なく髪が白いのが特徴である。 「テヌートは災いを呼ぶ」という言い伝えがあり、テヌートはメルディナ大陸にある4つの国の共通の法律により数百年前に全て処刑されてきた。 数年前にメヌエット国で保護、監視されていた者を最後に、テヌートは絶滅したといわれている。

「テヌート・・・」

シャープは歩きながら帽子をかぶりなおした。

「なぜテヌートは災いを呼ぶといわれていたんでしょうね・・・」
「・・・うん」

アリアは暗く返事をした。

「テヌートは絶滅したといわれながらもあちこちで生存の報告はあったみたいですね。 私は、テヌートの方にはお会いしたことがなかったですが・・・」
「・・・・・・。」

下を向いたまま、アリアは歩き続けた。遠かった壁にどんどん近づいていき、二人はギロの村の前にやってきた。 村の門は焼かれていて家だったと思われる瓦礫が散乱している。どこもかしこも焦げていて、元がなんだったのかも分からない状態だ。

「・・・うわ、ひどいねこれは・・・」
「大火事と嵐の後みたいですね・・・」

予想以上の有様に、シャープは口を押さえた。死体こそ転がっていないものの、凄絶な光景である。

「どこか寝られる場所あるかなあ・・・」

アリアの呟きに、シャープは目を丸くした。

「こ・・・ここで、今晩を過ごすんですか・・・?!」
「野宿なのは我慢してね」
「そ、そうじゃなくて・・・!!」

思い切り首を横に振る。アリアは首を変な方向にひねらないかなあと思いながらシャープを眺めた。

「なんで・・・よりにもよってここなんですか・・・?」
「だってこの近くにはもう町とか全然ないし、これ以上進めないし」
「それなら、森の中にしたらいいのでは・・・」
「ほら、あの家は燃えてないみたいだよ?屋根の下なら雨が降ってきても大丈夫だしさ」
「・・・・・・。」

アリアが指差した家を見ることもなく、シャープは絶望に沈んでいた。

「ホラ元気出して。今日だけだから、ね、大丈夫だって」
「・・・・・・。」
「オバケなんていないから。万が一出てきたら私が守ってあげる」

でも剣で切れるかなあなどとアリアは笑っている。シャープは軽く頷いて、渋々アリアの後に従った。 確かにアリアが目指している家は外装も綺麗で、焼けたり崩れたりはしていなかった。

「このドア、何か大きな衝撃を受けたみたいに砕けてますね・・・こっちの壁の傷は巨大な刃物で切りつけられたみたい・・・」
「・・・うん」

二人は砕けて粉々になって地面に落ちている扉をまたいで、中に入った。 家の中はひび割れた壁で囲まれてはいるものの、内装はかなり綺麗だった。この村の中ではなかなか大きめの家だったようである。

しかし椅子などの家具は倒れていて、テーブルも足が二本ない。本棚もひっくり返り、中身の本が床に散乱していた。 その本の山にシャープは近づいていった。

「アリアさん、魔法の習得本がありますよ」
「ん?」

アリアは他の部屋を見回っていて、隣の部屋から返事が聞こえる。床から一冊の本を拾い上げ、中を開いてみた。

「なにがあるって?」
「魔法を覚えるための本です。これは回復魔法の習得方法が書かれているみたいですね」
「回復魔法ー?」

回復魔法というのは怪我を治したり疲労を軽減させる効果を持つ魔法のこと。 地属性の魔法なので、その属性の力を持つ人間でないと覚えるのは難しい。 隣の部屋の点検を終えて、アリアが部屋に入ってきた。

「どれどれ?」
「ほら、一番簡単な回復魔法です。でもやっぱり回復魔法は複雑ですね」
「へえ・・・でも私、魔法使えないしなあ」
「地の力を受けるため地に足をつけ・・・えーと、慈しみて癒しの・・・・・・」
「ちょっと、シャープ」

シャープは本に没頭し始めてしまった。本を片手で持ちながら、もう片方の手を閉じたり開いたりしている。 魔法を覚えたことがないアリアは、何の動作なのかさっぱり分からなかった。

「うーん難しいですね・・・練習しないと」
「はいはい、練習はまた今度。治す実験台になるための怪我もないしね」

目に見えて治せる怪我を二人ともしていないし、これから寝るのに体力を回復してもあまり意味はない。

「ほら、今は寝るところ探さないと」
「あ、そうでした」

本を閉じ、床に置いてからアリアを追いかけて隣の部屋に向かう。

「この部屋が寝室だったみたいだね」
「ベッドが綺麗に残っていますね・・・」
「うん、埃だらけだったけど上の布団はどかしちゃった。こっちの棚には毛布があったからこれで寝られるでしょ」

壁に収まっている小さな棚から毛布を引っ張り出してベッドに置いた。はいどうぞと作った寝床に向けて手を広げる。

「シャープはそこで寝てね」

ベッドは一人用なので二人だとちょっと狭い。アリアはもう一枚の大きな毛布を床に広げて、その中に入っていった。

「そ・・・そんなアリアさん、そんなわけにはいかないですよ」
「なんで?お姫様を床で寝かせることこそそんなわけにはいかないよ」
「い、いけません、それじゃ不公平です」
「私は慣れてるんだけど・・・じゃあどうしたいの?」
「えーと・・・」

シャープは帽子を両手でぎゅっと握り、必死に考えた。 考えてる姿も可愛いな、と思いながらもなるべく表情を変えないようにそれをアリアは見つめる。

ついにシャープは意を決したようにアリアの側にしゃがみ込んだ。









  





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