「え?」

薄紫の髪で緑の瞳の青年だった。髪は長く切り揃っていて、白い服を着ている。 アリアは青年をひとしきり観察してからシャープに尋ねた。

「シャープを連れ戻しに来た人?」
「いいえ、初対面ですけど・・・」

二人のやり取りを見て、青年は無表情のまま会釈をした。

「シャープ姫をお迎えに参りました」
「ほら、やっぱりお迎えの人だって」
「み、見たことのない人ですもの・・・多分・・・」
「・・・って言ってるけど。あなた誰なの?」

アリアは腕を組んでシャープの前に立った。青年は、今度は微笑みながら深々と頭を下げる。

「お初にお目にかかりますシャープ姫。白蛇に仕える者、レリカと申します」
「・・・白蛇に、仕える・・・?!」

シャープはそれを聞いて石から降りて後ずさりをした。無意識にペンダントを握り締めている。 しかし動揺していたのはシャープだけではなかった。

「はくだ・・・・・・ねえ、白蛇に仕えるってどういうこと!?」
「言葉の通りです。私は聖地カノンから来た白蛇の使いです」
「白蛇の使い・・・それが、シャープを何で連れて行こうっていうの」

アリアはゆっくりとルプランドルの柄に手をかけた。

「それは申し上げられません。絶対にお連れするように仰せつかっております・・・失礼」

レリカは静かに片手を上げた。

「風よ、切り裂き貫く刃となれ・・・・・・ウィンド!」

辺りに風が巻き起こりレリカの手に集中したかと思うと三日月形の薄緑色の光を放つ衝撃波となって二人の間めがけて飛んできた。

「!!」

シャープはとっさに手に意識を集中させてアリアの前に出て、防御魔法でそれを防いだ。 それでもあまりの衝撃の強さ後ろに押され、アリアはシャープの背中にぶつかった。

「ちょっと、なにするの!?・・・力ずくでっていうなら私も相手になるけど」
「・・・望むところです」

アリアが素早く剣を引き抜くと しゃりん、と金属音が辺りに響いた。そして右手を伸ばしてシャープを自分の背後に移動させる。 レリカがアリアが持っている剣を見て表情を変えた。

「その剣は・・・」
「いくよっ!!」

素早く前に踏み込んで、避けられること前提で思い切り剣を振り抜いた。レリカは後ろに飛び退いて間合いを取る。 次の攻撃の構えをする振りをしながら、アリアは小声でシャープに言った。

「・・・シャープ」
「な、なんですか・・・?」

レリカに悟られないようにシャープは緩く握った手を口に当てて返事をする。

「次の攻撃が魔法だったら私は走る。そうしたら、シャープは息を止めてしゃがんで」
「・・・え?」

シャープの反応と同時に、レリカは右手を上げた。その手は風の魔法の力を帯び、それが二人に振り下ろされる瞬間。 アリアは剣を振れば届く位置まで一気に駆け寄り、そしてレリカの目の前で手を叩いた。

「なっ・・・?!」

すると、ボン、と何かが破裂した音がして辺り一面が白い煙に覆われた。 発動しきらなかった風の魔法のせいで粉が散らずに渦巻いている。

「げほっ、げほっ・・・!」

レリカは粉を吸い込んでしまって魔法の詠唱を続けることができなかった。

「シャープ、走ってっ!」
「は、はいっ!」

立ち込める煙の中、アリアは目をつぶったままシャープの手を引いて走り出した。 それは喉に残る上に目にしみる煙で、なんとか粉から逃げようとレリカもよろよろと走る。

「し・・・シャープ姫・・・!!」

アリアたちが走っていく方向に手を伸ばしたが、足音は遠ざかるだけだった。粉を振り払おうと手と首を振るが、頭がくらくらする。 追いつけないだろうと判断してレリカは走るのをやめた。しばらくしてようやく咳が止まったが、痛くて目が開けられない。

「・・・まさか、こんな古典的な攻撃を仕掛けてくるとは・・・」

静かになった草原の真ん中で、レリカは立ち尽くした。涙が止まらない状態で、腕組みをしてため息をつく。

「報告しづらいなあ・・・はあ・・・」

まだしばらく歩けないな、と思いながらレリカは視力が回復するのを待つことにした。 うっすらと目を開けて、二人が走り去ったであろう方向を見つめた。






「はあ、はあ・・・」
「頑張って、あとちょっとでいいから走って」
「はあ、は・・・はい・・・」

数百メートルの距離を全力疾走し、シャープは息が切れて足が動かなくなってきた。 アリアはそれを気にして、少しスピードを落として早歩きにした。 後ろを振り返って誰もいないことを確認してから、ようやく足を止めた。

「・・・追ってきていませんか?」
「うん・・・大丈夫みたい」

アリアは後ろを振り返って遠くを見渡した。遠くには木々が見え周りには草むらが揺れているだけで、人影は一切見えない。 確認して改めてアリアはホッとした。

「上手くいってよかった〜・・・」
「まさか、突然けむり玉をお使いになるとは・・・」

息を何とか整えながらシャープが言った。

「さっき、フルートの町で最後に入った店で買ったんだ。ごめんね急に使って」
「いいえ・・・逃げられてよかったです」
「シャープが上手に動いてくれたおかげだよ、それにたくさん走ってくれたし」

お姫様を全力疾走させちゃったね、とアリアは笑う。二人は同じ距離を走ったはずなのに、ほとんど息が切れていなかった。 しかし剥き身で持っていたルプランドルを鞘にしまうとき、アリアは深刻そうな表情を浮かべた。

「・・・どうかしましたか?」
「え・・・ああ、さっきの人・・・」
「レリカ・・・と名乗られましたね」

鞘に剣を収めてあごに手を当てる。

「あの人・・・白蛇に仕える者って言ってたよね」
「そ・・・そうでしたね、そう仰っていましたね」
「白蛇・・・か・・・」

考え込んでいるアリアをシャープは心配そうに覗き込んだ。

「・・・私ね。実は、昔の記憶がないんだ」
「・・・・・・え」
「ボロボロで大怪我した状態で、コンチェルトのジュリっていう田舎町の入り口に倒れてたの。 村の人たちが介抱してくれたんだけど、目が覚めたときは何も覚えてなくて・・・」
「・・・・・・。」

痛々しい姿を想像して、シャープは顔をしかめた。当のアリアはそこまで辛そうではなく話を続ける。

「村では楽しく暮らしてたんだけど・・・ある日、一つだけ思い出した言葉があったんだ。 それが「白蛇を」っていう男の人の声。前後に繋がる音も何となく覚えてるんだけど、 明瞭なのはそこだけなの、これだけじゃ何にもならないんだけどさ」
「男性の声・・・?」
「もし私の記憶に関係する言葉なら「白蛇」に関係するものと私が接したら記憶が戻るかもしれない。 そう思って、白蛇の言い伝えのあるセレナードに向かってるんだ」
「そうだったんですか・・・」

東の地に生まれた白蛇という伝説の生き物はその強大な力で地を惑わせたが、白蛇を封じる剣を持つ勇者により水の底に封印された。 白蛇の力の源である石と白蛇を封じた剣は白蛇と戦った賢者の手で力を分けられ、永い眠りについたという。 今から数百年前からメルディナ大陸に伝わる物語である。

それよりも昔からメルディナに伝わる古書「紫苑の伝承書」にそのことが書かれておりおとぎ話として人々はそれを知っているが、 その伝承書は現在使われている文字とは異なる言葉で書かれているため普通に読むことはできない。

各国で紫苑の伝承書の解読が進められているが、一般の人々にはただの神話のような伝わり方しかしていないものだった。

「白蛇・・・なんて、本当にいるか分からないけどね」

はは、とアリアは笑った。しかしシャープは真剣な顔つきである。

「父は・・・・・・白蛇は実在すると、言っていました」
「シャープのお父さんも?実は私も、本当にいるかもって思ってるんだ」
「えっ・・・?」

予想外の言葉にシャープは聞き返した。

「ど、どうしてですか?」
「ジュリ村に住んでた時、友達が白蛇の・・・・・・ま、いいやちょっとこの話は」

急にアリアは話を切り、カバンから一枚の紙を取り出した。

「適当に走っちゃったから、場所が分からなくなっちゃって。 このまま日が暮れたら大変だからね、先に移動する方向を決めておかないと」

取り出したのは、コンチェルト国の地図だった。町の位置とそれを繋ぐ道、それらを見つけるための目印が大まかに書かれている。

「こっちに向かって、歩いてたんだけど・・・」
「この近くで何か目立つものがあれば・・・」

地図を二人で覗き込み、ここがどこなのかを推測する。 フルートとハープの間はほとんど平原だが、地図によるとその間に細長い森があるようだ。

「この森って、もしかして目の前に見えてるあれかな?」
「位置と幅からいっても・・・そうでしょうね」
「じゃあどっちにしても、これを抜けなきゃいけないか。 森の中ならさっきのあのレリカって人が追ってきてても見つかりにくいだろうし」

森は見通しが悪いので、人を探すには面倒な場所だ。隠れられたらさらに見つけるのは困難になる。 そう判断して、アリアは地図をしまったカバンを肩にかけなおした。

「森の中で、お昼ご飯にしよっか」
「はい」

空で光る太陽はいつの間にか高く上がっており、お昼時を示している。 二人の少女は、仲良く森の中に入っていった。






丁度良い木陰を発見した二人は、並んだ切り株と大きな石の上にそれぞれ腰を下ろした。 近くに川が流れている音が聞こえてほどよく陽の差す、食事には絶好のポジションである。

「さてと、何を食べようか・・・」

がさがさと荷物の中を探る。探していたものに手が当たり、アリアはそれを引っ張り出した。

「はい、これがシャープの分」

シャープの膝の上に、高さ3センチほどの缶詰を置いた。珍しそうに置かれた物を見つめて、手に取って眺める。

「これ・・・どうやって食べるんですか?」
「え?」

また荷物をあさっていたアリアは視線を向けずに答えた。

「開けるところがないんですが・・・」
「あ、あったあった」

もう一つ、カバンから缶詰を取り出し自分の膝に置く。

「缶詰は、金属で密封されてるからすごく長持ちする食品なの。便利でしょ」
「確かに密封されてますけど・・・これじゃあ食べられないですよ」
「ふふふ、これで開けるのです」

アリアは腰にかかっている剣をトントン、とつついた。 ルプランドルをゆっくり引き抜き、自分の膝に置いてある缶詰に当てる。

「これを・・・こうやって、はい開いた〜」
「うわあ・・・」

軽く剣をくるりと一回転させると、缶詰の上蓋が丸く綺麗に切り取られた。 慣れているのか剣の切れ味のおかげか、切り口は非常に滑らかでである。 しげしげとシャープがそれを見つめていると、アリアはシャープの分の缶詰も手に取った。

「本来は、缶切りっていう道具で開けるんだけど・・・剣でも開くなら荷物が減るしね」
「かんきり・・・あ、この前教えていただいた・・・?」
「そ。シャープの家でもきっと召使さんたちが使ってると思うよ。いーっぱい」
「そ、そうかもしれないですね・・・」

知らないことが急に恥ずかしくなり、シャープは手をもじもじと動かした。 そう言っている間にシャープの缶も切られて手渡される。

「はい、どーぞ」
「あ、ありがとうございます・・・中身、イチゴジャムだったんですね」
「私のはピーナッツバターだよ。交換する?」
「いいえ、イチゴがいいです」
「よかった、じゃあこのパンにつけて食べてね」

そう言って白いパンを取り出して渡した。 自分の分も取り出してから、パンが入っていた紙袋をカバンにしまう。

「おかわりもあるから、たくさん食べましょうね〜」
「・・・は、はい、余裕があれば・・・いただきます」
「もー、小鳥のおやつぐらいの量しか食べないんだもんな」

アリアはパンと缶詰を自分が座っていた切り株の上に置いて立ち上がった。 パンが汚れる、と思ってシャープはとっさにアリアの分のパンを手に取る。

「どちらへ?」
「あ、近くに川があるみたいだから。ちょっと剣洗ってくるね」

缶切りでついたジャムとクリームのせいで、剣が錆びてしまっては一大事だ。 普段は布で拭いて済ませることもあるが、せっかく水があるならと洗ってしまうことにした。

「よいしょ」

ばしゃばしゃ、と剣の先端を川の水につけて手でこする。 川の水は冷たく透明で、ビンの中身がなくなったらこれを入れてもいいななどと考える。 一通り洗い終わって、ルプランドルを持っていた布で拭いて水気を取った。 布をしまいながらシャープがいるところへ戻る。

「あれ、食べてないの?」
「あ・・・」
「やだ、私の分のパンを持っててくれたの?置いておいてくれてよかったのに」
「で、でも雑菌が・・・」
「私が食中毒で死ぬように見えるかな?」
「・・・ええと」

確かにそうは見えなかったが、はいと言うわけにもいかない。 からかうのはこれくらいにしておこう、とニッコリと笑顔を作る。

「持っててくれてありがとう。じゃあ一緒に食べよっか」

パンを受け取ってからルプランドルを鞘に戻し、また膝の上に開いた缶詰を置いて並んで座る。 アリアはパンをちぎり、クリームにつけて食べ始めた。

「・・・なるほど」

ジャムをすくうためのスプーンがないな、と思っていたシャープはその食べ方を見て納得した。 そして自分もパンを一口大にちぎる。

「おいしい?庶民の味だけど」
「そ、そんな・・・とてもおいしいですよ。私もいつか缶詰を自分でも開けてみたいです」
「そっか・・・剣で開けてもらうわけにもいかないから、缶切りがないとね」

陽は高く、2時近いようである。

先ほどの謎の青年、レリカからの逃亡事件で正しい居場所が分からなくなっている状態だが ハープに行くにはこの横に長い細長い森はどうあっても抜けなければいけない。 焦っても仕方ないので、とりあえず今は、と楽しいランチタイムを楽しむことにした。

30分ぐらいで二人ともパンを食べ終わった。シャープは1つ、アリアは3つ食べて満足そうだ。

「ふう、おいしかった。シャープは大丈夫?もっと食べたい?」
「十分です、一つが大きかったので・・・」
「私はあと5個は食べられそうだけどね、道中はこれぐらいにしておかないと」
「・・・・・・。」

一つでもだいぶ多かったシャープは、想像するだけで胃がもたれそうだった。

「じゃあそろそろ行こうか。よいしょっと・・・・・・うわっ!?」

アリアが立ち上がって荷物を背負い直して、シャープもそれを見て立ち上がろうとしたそのとき、 目の前をものすごい風が吹き抜けていった。 思わず目を瞑った二人だったが、衝撃が収まってから少しずつ目を開けてみた。

「あ、あなたは・・・」

口を開いたのはシャープだった。









  





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