「はーい、おまちどおさま」

シャープが混乱しているうちにいつの間にか時間が経っていて、アリアが風呂場から出てきた。 タオルで頭をがしがし拭きながら歩いてくる。

窓の外を見て頭を抱えていたシャープだったが、アリアの声に気づいて振り返った。 そこでまた事件は起こった。

「あ、アリアさんっ!?」
「今度はどうしたの」
「ど、どうしたのって・・・なんですその格好!?」

下はパジャマのズボンだけで、上半身は首からタオルがかかっているだけでなんと何も着ていない。 シャープは首が取れそうな勢いでまた窓の方を向いた。

「お風呂上りは暑いから髪が乾くまではいつもこうなんだよね」
「ちょっとちょっと、近づいてこないで!!」

足音がしてシャープは目を思い切りつぶって叫んだ。 髪を拭きながら歩み寄っていたアリアは苦笑して足を止める。

「どんだけ恥ずかしがりなの。お城ではお風呂は召使の人に手伝ってもらったりしないの?」
「わ、私は昔から、着替えと入浴はなるべく一人か二人で・・・」
「何もかもお姫様って全部やってもらってるんだと思ってた、身の回りのことはできるんだ偉いね」
「あの、それはいいので、早く服を・・・」

このままではシャープが沸騰してしまいそうだった。それに服を着ない限り振り返ってシャープが風呂に入ることもなさそうである。 大人しくアリアは髪をぎゅっとタオルで握ってから素早く上の服も着た。

「ほーら、もう安全〜。早く入っておいで」
「・・・・・・。」

ちらりとアリアを見やってから、それ以上はあまり見ないようにしつつシャープも入浴の準備を始めた。 髪を拭きながら、もっと他にもシャープの面白いとこ見られないかなと考える。

「じ、じゃあ・・・失礼します」
「ごゆっくり〜」

風呂場の前で一礼し、シャープは扉の向こうに消えていった。






「アリアさん・・・アリアさん、起きてください!」
「あー・・・あと2分・・・」
「それじゃ昨日と同じですよ!ほらっ!」

次の日の朝。また昨日の朝と同じような光景が繰り広げられていた。 アリアはベッドから一向に出てくる気配がない。それを確認してシャープは大急ぎで着替える。 長い髪を服から引っ張り出してペンダントの位置を整えて、そしてまたアリアに声を掛けに行った。

「アリアさん!」
「う〜・・・」
「早朝に出発するんじゃなかったんですか!」
「うーん・・・だって眠いよ・・・」

言葉のとおり、非常に眠そうな声が聞こえてくるだけでやはり進展はない。 そういえば、とシャープは考えた。

深夜に何かの声でシャープは一度目を覚ました。 隣のベッドを見てみると、アリアが寝返りを打っておりその聞こえた声は寝言だったことが分かった。 何の夢を見ているんだろうと思いながらもシャープも非常に眠かったため特に気にしないでまた寝てしまった。 しかし今思うと聞こえてきた声は苦しそうな、うなされているような声だったような気がする。

よく眠れていないから眠いのだろうか、睡眠時間はほぼ同じはずなのに。 そう思いながらアリアを見下ろすが、布団の中身は起きる様子は全くなかった。 昨日立てた今日の予定通りに出発しなければ今日中にハープの町に辿り着かないかもしれない。 何とかアリアを起こす方法はないかと必死に考えた。

「・・・じゃあ私、先に朝食をとりに行ってきますね」
「・・・・・・。」
「このまま寝ていると、朝食の時間が過ぎてしまうかもしれないですよ」
「ごはん・・・・・・」

冬眠中のクマのようだったアリアは朝食という言葉に反応して、やっともそもそと動き出した。 それを確認し、シャープは部屋の鍵を探し始める。ナメクジのようにベッドから這い出し、のろのろと部屋の扉に向かって歩いて行っている。 掛け布団は引きずられて床に落ちる。

「またその格好のまま行くんですか!?」
「ごはん・・・」
「服に着替えた方がいいんじゃ・・・」
「・・・ごはん・・・」

アリアを動かしているのは朝食をとりにいくということだけだった。 パジャマのまま寝起きの髪のまま、よろよろと部屋から出て行く。 そんなアリアを一人外に出すわけにも行かないが鍵をかけずに外に出るわけにも行かないため必死に鍵を探し回る。

ようやく鍵をテーブルの上に見つけ、アリアが開けて出て行った扉に向かって走った。昨日よりは慣れた感じの鍵をかける音が部屋に響いた。






「さてと。シャープ、忘れ物はない?」

数十分前のナメクジがウソだったかのようにアリアはしっかり覚醒している。どうやら朝食で体力が完全に回復したらしい。 シャープはカバンを肩にかけて、立ち上がった。

「大丈夫です、アリアさんは?」
「私は食べ物と最低限の必需品と剣だけ。これから移動するから食べ物は軽いものしか入ってないよ」

軽そうなカバンを肩から背中に掛けて、腰のベルトに紫色の柄と宝石がついた金色の剣を通す。 その慣れた手つきをシャープは目で追った。

「あの、その剣は・・・?」
「これ?これは「ルプランドル」っていう剣らしいよ。」
「・・・らしい?どこかで購入なさったんですか?」
「ううん、友達に・・・もらった、って感じかな」
「お友達に・・・」

ルプランドルを見つめるシャープを特に気にせず、アリアは窓の外の空を見る。

「今は9時ちょっと前ぐらいかな?ずっと歩いてれば夕方までにはハープにつくんじゃないかな」
「30キロぐらいでしたっけ・・・それなら5時頃か・・・」
「ん?」

頭の中で計算しているシャープの声色にアリアは首を傾げる。 しかし自分の寝坊で少々遅れている出発をこれ以上遅らせるわけには行かないため、 部屋を見回して忘れ物がないことを確認してから部屋の扉を開けた。

シャープが出るまで扉を押さえ、鍵を手にして下の階へ二人で向かう。



鍵を返して手続きを終えて、アリアは宿屋から出てきた。入り口の前で待っていたシャープに お待たせ、と手を振る。 フルートの町の外に向かって歩き出した二人だったが、前を向いたままアリアは尋ねてみることにした。

「長いこと歩き続けるのは不安?途中でもちろん休憩はするからね」
「えっ?」
「何キロも歩いたことないでしょ。さっき心配そうにしてたから」
「あ・・・いいえ、違うんです」

顔を上げて遠くを見つめる。シャープの両耳についている赤い雫のような形のピアスが揺れた。

「普段なら勉強の時間だなあと・・・思い出してしまって」
「おべんきょうのじかん?」

アリアは目を点にして聞き返した。

「シャープ、どこの学校に通ってたの?やっぱりお姫様が行く学校って行ったらメヌエットの・・・」
「いいえ、私は家庭教師に習っています」
「家庭教師?」

そう言ったとき、なぜかシャープの顔が曇った。しかしすぐに笑顔に戻ったので、アリアはあまり気にしなかった。

「どんなこと習うの?」
「文学や歴史、数学と・・・技能的なことだと裁縫、歌、魔法、ピアノ・・・とか。色々ですね」
「・・・・・・。」

一日中座って勉強をするところ想像しただけでアリアはぞっとしてしまった。

「ぜ、全部同じ先生が?」
「まさか!それぞれの科目で時間に応じて先生が来てくださいます。住み込みの方もいらっしゃれば、通いの先生もおられますよ」
「へえ・・・どんな人たち?みーんなおじいさんとか?」
「いいえ」

荷物を片手にまとめて、空いた手で指を追って数え始めた。

「裁縫の先生は母と同じぐらいの年齢の方で、ピアノは年配の男性でかつて作曲家と演奏家をなさっていて今は音楽学院の名誉教授をなさっている方だそうです。 魔法は年齢は分かりませんがお若い方で父上と知り合いの女性で、あと歴史は・・・私より二つ年上の男性ですね」
「え・・・二つ年上?それで先生なの?」
「はい・・・まあ・・・ものすごく頭はいいみたいで、持っている知識はすごいです」
「へえええー・・・天才っていうのかな、そういうの・・・会ってみたいな」
「・・・ええ、会えると思います・・・」

アリアは素直に感心し、お姫様につく家庭教師ならそれくらいの人じゃないといけないんだろう、と納得した。

「まさか家出したのは その先生たちが厳しすぎたから、とかじゃないよね?」
「あはは、まさか・・・」
「でもさあ、そんな若い先生とお部屋で二人きりなんてドキドキしちゃわない?」
「・・・・・・え?」

アリアは知らない世界の話にウキウキしている。

「かっこいい人?好きになっちゃったりしない?」

一人でテンションが上がるアリアを横目に、シャープは対照的な様子である。

「・・・いいえ、それはないですね」
「なんで?性格が悪いの?残念な顔なの?」
「いやあの、顔は・・・綺麗な人でしたけど、勉強で私が精一杯で、そういうことは・・・」
「ふーん、お姫様と接することができる数少ない人なんだから逆玉の輿を狙ってるかもなとか思ったんだけど」
「私と・・・?いえいえ、それはまずないですね・・・」
「そうなの?」

もっと色々聞きたいなと思ったが、どうもこの話は乗り気ではなさそうだなと判断し、 アリアは荷物を肩に引っ掛けて頭の後ろで手を組んだ。

「でも家庭教師でよかったね。シャープぐらい可愛かったら学校で大変だろうから」
「大変って何が・・・?アリアさんの方が可愛らしいですよ」
「え〜・・・私が?」

またまたなに言ってるの、と肩をすくめる。

「それはないでしょ。シャープの方がずっとしとやかで綺麗で可愛いよ。 私なんて魔法より剣術が好きで大食いで、可愛いポイントなんて皆無なんだから」
「そ・・・そんなことありませんっ!」

急にシャープが叫んだ。その声の大きさは、出会ってから一番のものかもしれない。

「・・・そ、そお?」
「アリアさんはご自分が可愛いこと自覚なさってないんですか! それに気遣いができて器量がよくて私みたいな弱いものを助ける優しさもあって、 笑顔が素敵で献身的で利他的で、褒められるべきポイントでいっぱいなんですから!」
「・・・ど、どうしちゃったの」

マシンガントークで褒められて、嬉しいよりも驚きの方が大きかった。 しかし褒められるのは当然嬉しいため、その言葉は素直に受け取っておくことにした。

「うん・・・まあ、ありがとうね。こんなに褒められたの久々だよ。 でもシャープは女の私から見てもすっごく可愛いのは事実だからね」

その言葉に思わずシャープは頬を片手で押さえた。

「シャープがそんなに可愛いって褒めてくれるなら、私とシャープの子供はすごく可愛くなるだろうな。 あーあ・・・私いっそ男に生まれて来ればよかったかも」
「ええと・・・あの・・・」
「さ、もうちょっと早く歩こうか。お昼ご飯の時間までに道のりの3分の1は行きたいからね」
「は・・・はい・・・」






フルートからハープへ続く道は広い草原に人々が通るために草がまばらになっている天然の道路で、 途中に農場と思しき建物やひと気のなさそうな小屋がポツポツと建っている。

旅人と何人かすれ違いながら、東に向かってひたすら歩き続ける。 なだらかな丘やちょっとした林はあるものの、その道は旅人にとってはとても優しいものだった。

「2時間ぐらい歩いたかな。シャープ、足は大丈夫?」
「え、ええ・・・大丈夫です」
「・・・その靴でよく長時間歩けるなあ・・・」

アリアの靴は丈夫で歩きやすいブーツ型だったがシャープの靴は白いお洒落な靴だった。 ハイヒールとまではいかないが、あんまり長く歩いているとつま先に負担がかかりそうである。 当のシャープは息を少し切らせながらもアリアのペースに合わせて何とか前に進んでいる。

「・・・・・・。」

シャープの様子を観察し、急に歩くのをやめた。アリアに手を引かれていたシャープも自動的に立ち止まることになる。 そしてアリアは、地面に顔を出している二つ並んだ大きな石に よいしょ、と座った。

「ほら、こっちに座って」
「え・・・あ、はい」

そんなところに直接座るなんて、と躊躇したがアリアに倣って大人しく座ることにした。

「うーん、お日様が大分高くなったね。11時くらいかな?」
「そうですね」
「順調に行けば、5時にはハープの町に着けるかな」

そう言いながら荷物の中から水が入ったビンを取り出す。道中少しずつ飲んでいたため、4分の3くらいに減っていた。

「水分補給はこまめにしないとね。喉が渇いてなくても一定時間経過したら飲んだ方がいいよ」
「は・・・はい」

アリアはビンのフタを開けて水を喉に流し込み、そしてシャープに渡した。渡されたビンを両手で持って思わず見つめる。

「あ、イヤだった?こっちの飲む?」
「い、いいえ、とんでもありません大丈夫です・・・」
「あちゃー、レディファースト忘れてたよゴメンね」
「平気ですからっ!」

ぶんぶんと首を横に振って、そのままの勢いで水を飲んだ。口にぶつけないかなと不安になる。

「湧き水だからおいしいでしょ。シャープのおかげだね」
「いいえ・・・水の場所を教えてくださったリゲルさんという方のおかげですよ」
「その人見てみたかったなあ・・・」

シャープからビンを受け取り、ぎゅっと封をした。

「そういえばさ、シャープは家出したんだっけ?」
「え・・・ええ」
「なんで?勝手に結婚相手を決められて反発して出てきた・・・とか?」
「そういうわけではないんですけど・・・なんというか・・・」

突然の話題にシャープは視線を逸らして頬をかいた。

「セレナードからここまで歩いてきたの?すっごい距離だったでしょ。どれぐらいかかった?…あ、そうか」
「ええ・・・移動魔法で飛んできたのですぐでした。まだ数日しか経過してません」
「…あれ、でもそれって来たことがある場所じゃないと飛べないんじゃなかったっけ・・・」
「基本的にそうなんですけど、強く思い浮かべられる場所になら危険だけどできなくはないんです」
「そうなんだ・・・え、じゃあ強くコンチェルトに行きたいと思う理由があったってこと?」
「・・・・・・はい」

一呼吸置いて、シャープが意を決したかのように話し始めようとしたとき。

「わっ!?」

急に、辺りに暴風が吹き荒れた。シャープは帽子が飛ばないように慌てて頭を押さえる。 荷物が飛ばないようにアリアも上体を低くした。

風がやんでからそっと目を開けると、二人の目の前に誰かが立っていた。

「やっと見つけましたよ、シャープ姫」









  





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