「カリナ・・・・・・!」

薄い紫色の髪で緑色の瞳の、メイド服の少女。シャープが名前を呼ぶと、少女は不敵に目を細めた。

「お探ししましたよ。リアン様のご命令により、シャープ様をお迎えに上がりました」
「・・・父上の・・・」
「シャープ様のことをリアン様は非常に心配なさっておられて、私をここにつかわされたのです」
「心配なのは私ではなくて、この石でしょう」

ペンダントを握り締めて、カリナを睨みつける。それでもカリナは笑みを崩さなかった。

「ふふ、まさか・・・お城にいらした時も、それはそれは大切にされていたではありませんか」
「何の説明もせずに、母上に会うこともできずに、城に閉じ込めておくことがですか? ・・・私にはやるべきことがあるんです、邪魔しないで下さい」
「・・・まあ」

カリナは両手で持っていた鈴を口に近づけた。 手で持つ輪にぶら下がっている、顔ぐらいのサイズの大きな鈴である。

「リアン様に、必ず姫をお連れするとお約束したのです。大人しくご同行ください」
「・・・・・・イヤだ、と言ったら?」
「それはもちろん」

言うが早いか、カリナは一気にシャープに間合いを詰めて鈴を振り下ろした。 シャープはとっさに体勢を低くして後ろに飛び退き、右手に意識を集中させた。

「少々手荒な方法で、お帰り願うだけです」

薄く緑色に輝く風の魔法を纏った鈴が、シャープ目掛けて振り下ろされる。 それを魔法の防御を固めた右手で受け止め、辺りに魔法の力が弾けて飛び散った。

「私の強さをお忘れですか、シャープ様」

カリナが鈴を持っていない方の手をなぎ払い、風の魔法がシャープ目掛けて飛んでいく。

「きゃっ!!」

素早く両手で顔を覆って防いだが、その魔法の威力に体ごと吹き飛ばされて数メートル後ろの店の壁に叩きつけられた。 頭と背中を打って一瞬目の前が暗くなり、足元に帽子が転がり落ちた。

「ラベル城にお仕えするメイドの中で一番の実力を持っていると認められた者のみが 手にする権利与えられるこの「琥珀鈴」。・・・私に姫の力が通用するとでもお思いですか」

ごほごほと咳き込んでいるシャープに、ゆっくりとカリナは歩み寄った。 肩で息をしながらカリナを見上げる。

「・・・いやです・・・私は、城には帰りません・・・」
「この鈴にはリアン様が風の力を与えてくださいました。シャープ様が帰りたくなくとも、 移動魔法でシャープ様をセレナードにおかえしすることができるのですよ」
「そ・・・そんな・・・」

手をぎゅっと握り締めて、そしてカリナに向けて手を振り上げた。

「・・・アクア!!」
「無駄です」

最後の抵抗にと繰り出した魔法は、カリナに腕をつかまれてあっさりと避けられてしまった。 カリナの顔の横を飛んでいった水色の光は、そのまま空に向かい虚空へ消えていった。

「・・・さ、シャープ様。一緒にラベル城へ帰りましょう」
「・・・・・・。」

右腕はびくともせず、とても自分と同じような背格好の少女につかまれているようではなった。 あきらめたように目を閉じて、ペンダントを握り締める。 ふとアリアのことが頭に浮かんだが、心の中で ごめんなさい、とだけ呟いた。

しかし。

「きゃあ!?」

頭の上から、カリナの悲鳴が聞こえてきた。 そっと目を開くと、カリナの背後にもう一人、誰かが立っているのが見える。

「自分が仕える家のお姫様に、ちょっと乱暴しすぎなんじゃないのかな、カリナ?」
「・・・あ、あなたは・・・!!」

カリナの後ろに立っているのは、青い髪の青年チェレスだった。 琥珀鈴を持っている方の手を後ろに捻られ振り返ることができず、肩越しにチェレスを睨みつけた。

「カリナ、シャープ姫はご自分でセレナードにお帰りになるそうだよ。 姫のご意見も尊重せずに無理やり連れ帰ろうなんて、いけないことだと思うな」
「リアン様のご命令は絶対、私はそれ遂行するだけです」
「・・・相変わらずだね。そのリアン様に「シャープは自分で帰ると言っている」って、 ご報告しておいで。それでも納得されないようなら、またおいで」
「そんなこと、できるわけ・・・」

カリナの腕が突然開放され、バランスを失ってよろける。 同じくしてシャープからもカリナの手が離されたため、支えをなくしたシャープの腕も力なく地に落ちた。

「・・・なら、ここでぼくと本気で戦うか?」

先ほどまでの優しい口調から一変して、低い声で尋ねる。その変わりように、カリナはおろかシャープまで驚いた。 しばらく負けじとチェレスの紫色の瞳を睨み返していたカリナだったが、小さく息を吐きながら目を逸らした。

「分かりました。わたくし、今日のところはこれで・・・下がらせていただきます」

スカートの裾を正し、大事そうに琥珀鈴を持ち直した。

「・・・あなたがコンチェルトにいたことも、ご報告いたしますわ」
「それは光栄。リアン様によろしくね」
「今度会ったらただではおきませんわ、覚えてらっしゃい」

もはやシャープのことは眼中にない様子だった。チェレスに苦々しくそう言い、カリナは琥珀鈴を使って魔法の詠唱を始めた。

「風よ、願いし彼の地へ我を届けよ・・・」

それは強く思い浮かべられる場所へしか移動することはできない、風の移動魔法だった。

「コーダゲイル」

カリナの周りに風が巻き起こって、カリナは光に包まれて跡形もなく消えてしまった。

シャープは座り込んだまま下を向いて動かない。チェレスはシャープに歩み寄り、視線を合わせるようにしゃがんだ。

「お姫様」
「・・・・・・」
「助けてあげたんだから、何か言うことない?」
「・・・・・・ありがとうございます」

冷たい口調で、とても小さい声でお礼の言葉を述べる。しかしあくまで視線は合わせず、下を向いたまま。

「あなたに助けられるなんて・・・」
「嬉しいでしょ?」
「・・・なっ、何のつもりなんですか!」

差し出された手をぱしっと払い、シャープは叫んだ。

「何のつもりって・・・可愛いお姫様がいじめられてたら、大抵の男は助けると思うけど?」
「・・・・・・」

シャープとは対照的に笑顔のままのチェレスからまた視線を外して黙り込む。チェレスは払われた手をゆっくり引っ込めて後ろで手を組んだ。 そのときシャープが顔を上げて、険しい表情で口を開いた。

「・・・あなたは私の敵だって、自分で言ったじゃないですか」

それを聞いてチェレスは一瞬驚いたように目を開いたが、またすぐに微笑んだ。

「アリアちゃんは?」
「・・・答える義務はありません」
「一緒にいることは知ってるんだよ。近くにいるんでしょ」

きょろきょろとチェレスは広場を見回す。周りにはカリナの琥珀鈴で眠ってしまった人たちがいるだけである。

ベンチでそのまま倒れこんでしまっている人、芝生や石畳を布団代わりにして窮屈そうに眠っている人、 ずっとそこで眠っていたかのように気持ちよさそうにいびきをかいている人までいた。 それに気づいた二人は思わず笑いそうになったが、そんな場合じゃないとシャープは小刻みに首を横に振る。

「アリアちゃんの性格でシャープを一人きりにして置いていくはずがないもんね。 近くのお店にいるんじゃないの?この町の人のほとんどは眠っちゃってるみたいだから一つずつお店を回ればきっと見つかるだろうな―」
「・・・そこの薬屋さんに入って行かれました」

観念したようにシャープは少し遠くに見えている店舗を指差した。 アリアが入っていった薬屋が並ぶ広い道も人通りは全くないため、通行人は全て眠っているようだ。

「ありがとう教えて」
「アリアさんに何をするつもりですか!!」

教えてくれて、と言おうとしたがシャープに遮られた。 声を荒らげたシャープに驚くも表情はあまり変えずにシャープを見下ろす。

「なにもしないよ。二人がちゃんと会えたか心配だっただけだからね」
「・・・余計なお世話ですよ」
「はは、冷たいなあ」
「当然でしょう」

通常のシャープの声からは想像もつかないような怒りがこもった声を、 チェレスは気にする様子もなくシャープの横を歩いて通り過ぎていった。

「じゃあぼくはそろそろいなくなるよ。次の町でまた会おうね」
「なっ・・・」
「みんな目を覚ます頃だよ。シャープも立ち上がった方がいいんじゃない?」
「え・・・・・・あっ」

辺りを見回すと、ほぼ同時に倒れていた人たちがゆっくりと目を覚まし始めていた。 それを見てシャープは慌てて立って服のほこりをはたいた。転がっていた帽子を拾って頭にぎゅっとかぶせる。

ということをしている間に、チェレスはいつの間にか辺りから消えてしまっていた。 恨めしそうに視線を左右に動かすが、周りの眠っていた人たちと同じ立場だったと思われないと 何で眠っていたのかと尋ねられてしまうためそれらしく不思議そうな仕草をしようと思い立つ。

「え、ええと、私どうしてこんなところに・・・あ、違うかな・・・」

ひとまず頬に指を当てて呟いてみる。そこで、アリアに買い物を頼まれていたことを思い出した。

「・・・全然町の人たちは気にしていないみたいだし、早く探しに行こう・・・」

人々は全く気にせず自分だけが寝ていたと思い込んでいるようで、せっかく周りの人と同じように慌てたフリをしたのに、と 心の中でちょっと悪態をつきながらアリアに指示されたお店に向かって歩き出した。






「シャープ、初めてのお使いはどうだった?」
「ええと・・・コレですか?」
「そう!せいかーい!よくできましたー!!」

店の前まで迎えに来ていたアリアと退店時に鉢合わせしたシャープだったが、 アリアに購入した閃光玉を手を開いてみせると思い切りアリアに抱きつかれた。

「・・・・・・!!」

顔を真っ赤にさせながら、閃光玉が落ちないようにとなんとか平常心を保とうと試みる。 なんとかアリアを引き剥がし、話題を作ろうととりあえず尋ねることにした。

「ええと・・・これで必要なものは揃いましたよね。もう出発しますか?」
「うーん・・・・・・ゴメン、明日にしようか」
「・・・えっ、明日?」

時刻はいつの間にか昼になっている。 次の目的地であるハープの町まで数十キロあり、数時間の道のりだ。

アリアは一人でそこに向かう予定だったが、旅慣れないシャープが一緒だと途中で夜になる恐れがあった。 そのことをシャープに直接言うわけにもいかないので新しい予定だけを伝えることにした。

「うん、明日の朝早くに出発しよう。なるべく早起きして」
「・・・朝早く、ですか」

お団子状態の布団からいつまでも出て来ず起きる時間を先延ばしにし続け、 やっと起きて来たと思えば髪はものすごい寝癖だったアリアの朝の様子を思い出してシャープは思わずそのまま噴出してしまった。

「・・・ちょっとちょっと。何を笑ってるのかな」
「ふふっ・・・いえ・・・あ、朝早く・・・頑張りましょうね・・・」
「あー・・・だ、大丈夫だよ、ちゃんと起きるもん!」
「ええ・・・ふふふ、期待してます」

おかしさが収まったのか口から手を離したシャープだったが、まだ面白がっているらしく笑顔のまま。 そんなシャープを見て、アリアは もう、と腕を組んでそっぽを向いた。そのとき、アリアの腕にかかっている重そうな荷物たちが目に入った。

「あのう・・・私、それをお持ちします」
「え?」

それは今日汲んだばかりの湧き水が入った重い瓶が二つと、他にも必要品が入ったカバンだった。

「私ほとんど手ぶらですから・・・」
「いいよ、お姫様に重いものを持たせるわけにはいかないって」
「で、でも・・・」

見るからに重そうな荷物をずっと持ってもらっていたことに気づいたシャープはこのまま引き下がるわけにはいかないと考える。 しかし同時に、重いものをあまり持ったことのない自分が長時間持ち続けられるかという不安もよぎった。

必死そうなシャープの目を見て、アリアは やれやれと少し笑った。そしてカバンの中から白い布袋を取り出す。

「じゃあこれを持ってください。さっき買ったものが入ってるから責任重大だよ」

薬草の束や粉などの道具が入っているようだった。それを受け取り、シャープは大きく頷く。

「は・・・はいっ!」
「重かったら言ってね」
「大丈夫です、もっと重くても平気です」
「えー、ホントに?」
「はい」

シャープは不慣れな様子でカバンを両手で抱きかかえた。それを見てアリアはくるりと方向転換して歩き出す。 それに置いて行かれないようにシャープもついていった。

「じゃ、宿に帰ろうか。荷物の整理して、明日の朝すぐに出発できるようにしておこうね」
「はいっ」






意気揚々と宿の部屋に戻り、明日の予定や道のりを確認して荷物の整理をし、 シャープがチェレスやメイドのカリナと会ったことによる心の動揺も収まってきた頃。

事件は起こった。

「どっちが先にする?」
「え?」

なにが、という意味を込めてシャープは見ていた地図からアリアに視線を移した。

「私は一緒でもいいけど、どうする?」
「一緒?」

食事はとったし明日の用意も万全。他に何をするんだろう、と首を傾げる。 アリアの口からは衝撃発言が飛び出した。

「お風呂。どっちが先に入る?ここのお風呂綺麗だから大丈夫だと思うんだけど一緒に入る?」
「おっ・・・おおおおおお風呂?!」

シャープは湯船に浸かったかのように顔を真っ赤にさせた。ガタン、と立ち上がって机を蹴った音が響く。

「一緒?!一緒に入るわけないじゃないですか!!」
「なんで?」
「な・・・なんでって・・・」

動揺を隠そうとするも視線はどうしても泳いでしまう。その様子を見てアリアはニヤリと笑った。

「恥ずかしいの?」
「え」

狼狽するあまり「え」に濁点がつくような発音になってしまった。

「恥ずかしがることないでしょ、背中流してあげるのに」
「け、けけけ結構です、大丈夫ですから」
「恥ずかしがっちゃってかーわいい〜」

火がつきそうなほど赤くなってしまったシャープの頭をつつく。地図を持っていた手は足の下にしまわれ、小さくなって硬直している。

「ここが町で一番大きな宿でよかったねえ、個別にお風呂があって。大浴場しかなかったらシャープはどうするつもりだったの?」
「え・・・ええと・・・」
「毎回お風呂に入れるとも限らないんだからちゃんと入らなきゃ」
「でも、一緒に入らなくても・・・」
「はいはい、嫌がるのを無理強いさせるわけにもいかないからね、先に入ってきちゃうよ」
「いえ・・・あの・・・」

何かを否定しようとしたが、アリアはとっとと荷物をあさってから浴室に向かってしまった。

「考えてなかった・・・」

風呂場の扉を見つめながら、シャープは思わず呟いた。









  





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