しばらく早足で歩いていたシャープは、川の合流地点を発見した。 さらにその細い方の川上に向かって歩いていく。

「そう簡単には、見つからないかな・・・どこかに鳥や兎がいればいいんだけど・・・」

辺りを見回したが、生き物の気配はなかった。 川をどんどんさかのぼっていくが、途中でその川も見えなくなってしまっている。 それに気づいたシャープはまた少し道を戻り、少し大きめの岩から下に下りようと足を伸ばした。

「わっ!!」

岩に生えていた苔で足を滑らせてバランスを崩した。 慌てて地面に手をつこうとしたが、草を掴むこともできずにそのまま岩に頭を打ちそうになったそのとき。

「・・・えっ?」

もう片方の手を握られて、盛大に転ぶことは防ぐことができた。改めて地面につこうとした手を軸にして、ゆっくりと立ち上がる。 そして、手を掴んでくれた人物をやっと見とめた。そこには、茶色の髪の少年が立っていた。

「・・・大丈夫?」
「え、あ、はい!大丈夫です、助けていただいてありがとうございました・・・!」
「手、はなすよ」
「は・・・はい」

掴んだまま支えにしていた手を離されて、シャープは自分の力でしっかりと地面に立った。 改めて少年に向き直って、頭を下げる。

「本当に、ありがとうございました」
「いいえ。こんな森の中で女の子が一人で、何してたの?」

少年はどこか光を宿さないような瞳でシャープを見た。声のトーンは低く、抑揚も少ない。 不思議な人だな、と思いながらシャープは笑顔を作った。

「ええと・・・友人と、綺麗な水を手分けして探していたんです。飲み水をビンに入れようと思っていまして」
「綺麗な水?」
「はい、湧き水があれば、と思って・・・」
「湧き水なら、こっちだよ」
「えっ・・・?」

急に少年はシャープの手首を掴んだ。そして、そのまま森の奥へ向かって走り出す。 突然のことに驚き、足がもつれて転ばないように必死にシャープは走った。

「あ、あの、ちょっと・・・!」
「ほら、ここ。フィーネが言ってる。この落ち葉の下に湧き水があるって」
「は、はい・・・え、フィーネって・・・?」
「ありがとう、フィーネ。うん、それは分かってる。すぐに行くから」

少年は何もない方向に話しかけているように見えたが、 少し乗り出して見てみるとシャープから見えている方と反対の肩に小さな白い鳥が乗っていた。 どうやら少年は、その鳥と会話をしているらしい。

「あのう・・・」
「あ、ごめん、水を汲みたいんだったよね。フィーネ、落ち葉を飛ばしてくれる?」
「・・・えっ?」

少年がそう言うと、鳥は見る見るうちに巨大化していきシャープは目を丸くした。 そのまま二人の背よりもずっと大きくなり、シャープの目の前で鳥が大きく羽ばたいた。 非常に強い風が巻き起こり、辺りの落ち葉はおろか小石や木の枝までがどんどん吹き飛んでいく。

あまりの風の強さに、シャープは帽子を押さえてしゃがみこんでいた。 しばらくすると風がやみ、恐る恐る目を開けるとフィーネと呼ばれた白い鳥は先ほどの小鳥の大きさに戻っていた。

「ほら、ここから水が出てる。これをビンに入れたらいいよ」
「どうも、ありがとうございます・・・あの、あなたは一体・・・?」
「ぼく?ぼくは、リゲル。それで、この子はぼくの友達、フィーネ」

再び肩に乗ったフィーネは、赤い目をパチパチと瞬きした。

「リゲルさんと仰るんですね・・・それで、そのお友達の・・・」

何でその鳥は巨大化したのか、なぜ鳥と会話ができるのか。 そのことを尋ねようとしてシャープは一歩リゲルに向かって踏み出した。

しかし、その時フィーネがリゲルの頬を軽くつついた。

「え、なに?分かったよ、もう行くって。ごめんね、ぼく探している人がいるんだ。じゃあね」
「あ、ちょっと・・・!!」

待ってください、と言おうとしたが再び巨大化したフィーネが羽ばたいたためシャープは風で後ろにあおられた。 地面に向いた視線を倒れそうになったのを踏みとどまって再び上に向ける。

だがそこにはもう誰も居なかった。 フィーネに乗ってリゲルは飛び去ってしまったようで、小さな白い羽根がいくつか舞い落ちてきている。 なんだったんだろう、とシャープはしばらく呆然としていたが、 ぼーっとしている場合ではないと気づいて慌ててビンを取り出した。

「いけない、早くこの水を汲んでアリアさんと合流しないと・・・」
「見つかったの?」
「わあっ!?」

突然後ろから聞こえた声に驚いたシャープは、今度こそ転んでしまった。

「な、なにしてるの、大丈夫!?」
「あ・・・アリアさんでしたか・・・ああビックリした・・・」
「そんなに驚くと思わなくて・・・あーあ、服が泥だらけだよ」
「・・・あ」

膝をついたところは幸いにも乾いた地面の上だったが、上の服が泥まみれになってしまっていた。

「後で洗います・・・」
「下に何か着てる?とりあえず脱いじゃったら?洗ってきてあげるよ」
「い、いいえ。いいです。平気です。自分でやりますので。」
「・・・そ、そう」

いつもと違ってきっぱりとした口調で言われ、アリアは引き下がるしかなかった。 とりあえず自分が持っていたビンを取り出して、シャープの足元にしゃがんだ。

「湧き水ゲット〜。私も近くまで来てたんだけどなあ、シャープが先に見つけちゃったね」
「いえ、私が見つけたんじゃなくて、リゲルさんという方にこの場所を教えていただいたんです」
「リゲル?え、誰?私、誰ともすれ違わなかったんだけど」
「そうですね・・・その方、空に飛んで行っちゃったので」
「・・・はい?」

意味が分からずに聞き返し、ビンに水が入っていく音だけがしばらくその場に流れた。

「お空に?・・・シャープ、起きていても夢が見られる人なのかな?」
「違いますっ!」

冗談めかしく言ったアリアに、シャープは真っ赤になって否定した。

「なんだかその人、フィーネという大きな白い鳥に乗って行ってしまったんです。その鳥、お友達なんだそうですよ」
「・・・鳥とお友達?乗れるぐらい大きな鳥?私も見たかったな、その人」
「不思議な方でしたけど、親切にしていただいて・・・またお会いできたら改めてお礼が言いたいです」
「うん・・・?」

まだ腑に落ちない様子で、アリアはビンが綺麗な水でいっぱいになったので立ち上がった。 そして、シャープに向かって手を差し出した。

「ほい」
「え?」
「シャープのビンもかして。私が入れておいてあげるから、シャープはあっちに見えてる川で服を洗っておいでよ」
「は・・・はい・・・」

素直にビンを渡し、シャープはアリアが指差した方向を見た。少し明るい場所に川原がある。

「じゃあ、ちょっと失礼します。すぐに帰ってきますので、すぐですからここで待っていてください」
「え、うん。分かった、待ってる」
「あと・・・これを、持っていていただけますか」

首からオレンジ色の石がはまったペンダントを外してアリアに渡した。渡されたペンダントをアリアはまじまじと眺めた。

「綺麗だね・・・あれ、もう行っちゃった」

石を見ている間に、シャープは小走りで川の方へ行ってしまっていた。 アリアはペンダントの鎖をまとめて石ごと手で持って、しゃがんでビンに水を入れ始めた。

一方、シャープは。

「い、急がないと、急いで洗わないと・・・!」

周りに人がおらず、振り返っても木々に隠れてアリアの姿が見えないことを確認する。 川原の大きな石の上に立って、大急ぎで服を脱いだ。そのまま泥で汚れている部分を川につけて、揉み解すように洗った。

上半身は裸だが、背はシャープの水色の髪で覆われている。 何度か顔だけアリアが来ていないか振り返って確認をしながらもくもくと洗い続けていたが、 そこまで酷い汚れではなかったようで、泥は全て落ちてくれた。

「よかった、綺麗になりましたね」

そのまま服をぎゅっと絞って水分をなるたけ落として、また大急ぎで服を着た。 もちろん絞っただけでは乾くはずもなく、濡れている背中の部分はひんやりしている。

風邪ひかないかな、と不安になったが着ているうちに乾くだろうと頭の中で結論付けて、 アリアがいる湧き水が出ている場所までまた全速力で走っていった。



「どうだった?あ、綺麗になってるじゃん」
「は、はい・・・なんとか」

湧き水が入ったビンのフタをキュっと閉めて立ち上がる。 そのビンをカバンにしまってから、シャープに右手を差し出した。

「え?」
「ほら、ペンダント。大きな宝石だね、高そうだなあ〜・・・」
「値段は分かりませんけど・・・」

帽子を片手でおさえ、ペンダントを首に通した。 シャープがいつもの姿に戻ったのを確認して、アリアはシャープの手を握った。

「わ・・・」
「ほら、じゃあ行こっか。毎回そんな新鮮に照れちゃうなんて、ホント可愛いなあ」
「ど・・・どうも・・・」

消え入りそうな声でシャープは答える。横目でその様子を見て、アリアはくすっと笑った。

「そうだ、町でちょっと道具を買い足したいんだけど。いいかな」
「それはもちろん・・・道具って、何の道具ですか?」
「丁度切らしちゃってたのを忘れててさ」

カバンを開けて、小さな袋を取り出した。ヒモをといて中が見えるようにシャープに向ける。

「草・・・薬草、ですか?」
「そ。最近あちこちに出没する白くて凶暴で大きな動物のことはシャープも知ってるでしょ」
「あ・・・・・・はい」

また袋のヒモをぎゅっとしばって、カバンの中に入れなおした。

「不思議な力で建物を破壊して、たくさんの人が襲われてるって。私もフルートに来るまでに何度か戦ってるんだ。」
「えっ!」
「その戦いに備えて、役立つ物を買っておきたいの。怪我しちゃったときのためだったり、 相手を怯ませる武器になるようなものとかね。倒しちゃえればいいんだけど、逃げるためのものとか」
「・・・・・・。」

シャープは開いた口を閉じるのを忘れたまま、アリアを見つめている。

「・・・どしたの?」
「・・・あっ、いいえ・・・」
「みんなが「白き獣」って呼んでるその大きな動物のほかにも、 普通の動物も突然凶暴になったりしてるって。シャープもここに来るまで大丈夫だったの?」
「そ、そうですね・・・私は、移動魔法でこの近くまで来ましたから・・・」
「へええー」

アリアは感心したように何度も頷いた。

「すごい、魔法使えるんだ!さすがはお姫様・・・ちゃんと習って使えるようになったんだ」
「あんまり難しいものはまだ使えませんけど・・・」
「私もさ、回復魔法が使えたら薬草なんて持ち歩かなくていいのになって思ってるんだけどね。 本読んでもちんぷんかんぷんで、それなら怪我しないように剣の腕磨いた方がいいかなって」
「ははは・・・」

剣の柄をぺしぺし叩き、シャープもそれを目で追った。 そうしている間にも二人は歩き続けており、いつの間にか湧き水を探すために入った森を抜けていた。

「じゃ、道具屋さんを探そうか。危ない危ない、忘れてたら大変だったよ」
「全部同じ店にあるんでしょうか?」
「そうだねー・・・手分けして探した方が早いけど、シャープを一人にもできないし・・・」

腕組みして、ちらりとシャープを見やる。シャープは苦笑して首を振った。

「大丈夫ですって・・・」
「さっきは森の中だったけど、ここは人がいっぱいいるんだよ?小脇に抱えてさらわれちゃうって」
「そんな、ネコじゃないんですから・・・」

町の中心の噴水の前までやってきた。まだお昼前なので人通りはまばらで、歩いている人もご婦人が多い。

「何かあったら、すぐにアリアさんをお呼びしますから」
「ホントに?助けて、って大声で叫ぶんだよ?」
「は・・・はい」

いざとなったらそんな大声出るだろうか、とシャープは少し不安になった。

「よしよし、じゃあ私はあの薬屋さんに行ってくるから、 シャープはその向かいの食べ物屋さんの隣の道具屋さんで「閃光玉」を探して」
「はい」

役割が与えられたことに喜んで、元気よく返事をした。 アリアが先に薬屋に入っていくのを見送り、自分も店に入ろうと歩き出した時。

突然、シャープの前を歩いていた女性が地面にゆっくりと倒れた。

「・・・・・・えっ?」

驚いて立ち止まると、広場にいる人たちが次々に倒れていく音が聞こえてくる。 口を両手で押さえて、石畳の床を見回した。

「み、皆さん・・・どうしたんですか?」

目の前で倒れた女性に駆け寄ってしゃがんだ瞬間、辺りにとても高い鈴の音が響いた。 リーン、と断続的に何度も聞こえてくるその音は、頭の中に直接響いてくるようだった。

「この音は、もしかして・・・」

ばっと立ち上がり、素早く身構えて辺りを見回した。 噴水に続く道を目を凝らして見てみたが、倒れている人がいるだけである。 視線を上に向けようとしたそのとき、上から吹き付けるような風が起こってとっさに帽子を押さえた。

風がおさまり視線を再び前に向けてみると、 先ほどまではいなかった人物がシャープの目の前に立っていた。

「お久しぶりです・・・シャープ様」









  





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