キラキラした目でクラヴィに見つめられ、シャープは後ずさった。 しかし手をしっかりと握られていたのでそれ以上離れることはできなかった。

「あ・・・あのう・・・?」
「私はクラヴィーア・ディミヌエ・ハイドと申します!あなた、お名前は!?どちらの姫君でしょうか!?」
「わ、私は・・・セレナードから参りました、シャープと申します・・・」
「シャープ姫ですね・・・!」

すぐに服を用意させますのでこちらへ、とシャープの手をぐいっと引っ張る。 アリアは、この人が今日のパーティの主役なのかと クラヴィをじっと見ていたが、 シャープが連れられていくのを見て慌てて手や口の周りをナプキンで拭った。

そうしている間にシャープは人々のざわめきの中を通り過ぎて上の階に連れ去られてしまった。

「ぷはっ・・・ピアちゃん、シャープはどこ行った!?」
「に、二階ですね・・・」
「・・・なんとなく、行った方がいい気がするから追いかけてくるね。また後で!」
「は・・・はい」

アリアはドレスを片手でたくし上げて猛烈な速さで階段を上っていく。 そして、キョロキョロとクラヴィとシャープの姿を探しながら広い廊下を走り続けた。






「この方に着替えのドレスを差し上げてくれ。上等のものを」
「かっ、かしこまりました」

連れて来られたのは大きな鏡や絵画、彫刻、調度家具が置かれた非常に広い豪華な部屋だった。 分厚いカーテンで仕切られた一角の裏に連れてこられ、ハイド家のメイドからドレスを渡される。

メイドたちからお着替えを手伝いましょうかと尋ねられたが、一人で大丈夫だと断った。

「すみません、着ていた服はこちらに置かせて頂きます・・・」
「はいっ!」
「えっ」

自分が着替えるのだから部屋からいなくなっていると思っていたクラヴィの声が カーテン越しに聞こえてシャープは驚いた。

しかし姿が見られたわけではないので、机の上に着ていたドレスをふわりと置く。

「・・・・・・」

姿は見えないが、シャープは不安だった。 なぜかずっと、クラヴィの声が聞こえてくるのである。

早く着替えてしまおう、服のお礼を行って部屋から出ようと、下着を調えて渡されたドレスに手を通した。 背中のホックを一つずつとめていき、肩まで服を持ち上げようとしたとき、事件は起こった。

なんと、重たそうなカーテンがばさっと開かれてクラヴィが入ってきたのである。

「?!」

シャープは状況が飲み込めず、両手で服を押さえた体勢のまま硬直した。

「シャープ姫・・・」
「は、はい、あの、まだ、その・・・き、着替えているのですが・・・」

ずかずかと近寄ってきてクラヴィはシャープの両腕をがしっと掴む。 いよいよ身の危険を感じ、なんとかして逃げる方法はないかと考えたそのとき。

「私と、結婚してください!!」
「・・・え!?」

クラヴィはそう言って、シャープをじっと見つめ、目を白黒させているシャープの顔に手を添え、 そこでシャープは我に返って全力でクラヴィの顔を押し戻した。

「キャーッ!!なになさるんですか!!」
「ち、誓いのキスを・・・」

出会ったばかりで着替えの途中で乱入してきてプロポーズして返事も待たずに何を考えているのか。 きっと何も考えていないんだろうと頭の冷静な部分で分析しながらも、 シャープはクラヴィから逃げようと必死にもがく。

「イヤです、は・・・離して下さい・・・!」
「私のどこが気に入らないのですか!貴女ほど心ときめく女性に出会ったのは初めてなんです!」
「そ、そういう問題じゃ・・・!」

部屋にいる人が誰か助けに入ってくれるかと思いきや、屋敷の召使いたちは誰も助けてくれない。 このままでは本当に危ない、とシャープは意を決して叫んだ。

「クラヴィさん、冷静になってください!!わ・・・私を見て、何もお気づきにならないんですかっ!?」
「・・・・・・え?」

シャープのその言葉に、やっとクラヴィが動きを止める。 壁際まで追い詰められていたシャープはクラヴィの腕から逃れたものの、そのままじっと立っていた。

ドレスは着ている途中で肩は覆われておらず、腹から首にかけては薄い下着が見えてしまっている。 その胸の部分をクラヴィは凝視して、目を丸くした。

ないのである。女性ならばあるはずのものが。

「ま、ま、まさか・・・!」
「・・・お分かりになったでしょう・・・私は、男なんです・・・」

そう言いながらシャープは片方の袖を肩まで持ち上げようと布をまとめて掴む。

「「ええええええーッ!?」」
「・・・え?」

クラヴィの驚愕の絶叫と、それに重なってもう一人分の声が聞こえてシャープは顔を上げた。 なんと、なぜかクラヴィのすぐ後ろにアリアもいる。

「ちょっと、シャープ、どういうことなの!?」
「あ、アリアさん!?いらしたんですか!?」
「悲鳴が聞こえたから助けに来たんだけどね・・・フフフ、とんでもないこと聞いちゃった・・・」
「お・・・落ち着いてください・・・」

アリアの姿が見えてすぐに手を交差させて胸を隠したシャープだったが、 すでに遅かったようでアリアは不気味な笑みを浮かべていた。

「・・・ねえ、どういうこと?ちゃんと説明してくれるよねえ・・・?」
「あの・・・お、怒ってらっしゃいます・・・よね・・・?」
「これが喜んでいられるかなあ?」
「そうで」
「そんなあああぁーッ!わ、私はどうしたら!?一体どうしたらいいんですか!?」

そうですよね、と言おうとしたシャープの声は、クラヴィの叫びによってかき消された。 アリアとシャープの肩をゆすりながらすがり付いてきている。

クラヴィの手を振り払ってアリアはさり気なくシャープを背後にかばった。

「こ、こっちはこっちで忙しいのが見て分かるでしょ!私だって今初めて知っ・・・」
「生まれて初めて心打たれる女性に出会えたと思ったのに!いえ、もう、結婚してください!!
お嬢さん、シャープ姫を私に下さい!!」
「無理に決まってるでしょ!!シャープに触んないでっ!!」

もう何かが根本的におかしくなってしまっているが、二人とも混乱しているため言い合いは収まりそうにない。 シャープはアリアの陰でおどおどしながらもなんとか服を着た。

こんな大声で叫び合っていたら部屋にいる人はおろか、隣の部屋にいる人にも聞かれてしまうだろう、 色々なことを諦めたように、シャープは窓の外を見ながら小さくため息をつく。

そのとき、遠くにある部屋の入口の大きな扉が開いた。 シャープはもちろん、言い合いをしていたアリアとクラヴィも黙ってそちらを見た。

「父上、母上・・・」
「クラヴィ、お前が美しい女性を連れてホールから移動したと聞いて駆けつけたんだ」
「ようやく心を決めてくれたのねクラヴィ。嬉しいわ」

入ってきたのはクラヴィの両親、ロネイズとトロイメントだった。 トロイメントは長くウェーブのかかった金髪の女性で、クラヴィの前にいるアリアを見て満足そうに微笑む。

「なるほど、可愛くて元気そうなお嬢さんだこと。私はクラヴィーアの母、トロイメントと申します。あなたは?」
「わ、私は・・・アリアです。いや、あの、違いますよトロイメントさん」

一応自己紹介をしつつも、誤解を解かなければとアリアは焦った。

「そうです、私がお連れしたのはこちらのシャープ姫です!」
「そうそう・・・って、だからシャープはダメだって言ってるでしょ!!いい加減諦めなさい!!」
「いーやーでーすー!!」

またアリアとクラヴィの不毛な言い争いが始まる。 ロネイズは話が全く見えておらず、どういうことなんだ?と軽く質問をしたところ、 二人から雨のような説明と抗議が降ってきてしまった。

一方シャープは、近づいてくるトロイメントになぜか怯えていた。

「あらあら。あなたがクラヴィが気に入ったお姫様・・・でも残念、男の子だったのね」
「す・・・すみません・・・これには、訳がありまして・・・」
「クラヴィが早とちりしてご迷惑をおかけしたようね。 お二人ともこちらへいらっしゃい、髪を整えて差し上げるわ」
「え・・・」
「は、はい・・・」

クラヴィと向かい合い言い合っていたアリアはそう言われて拍子抜けする。 シャープはすでにトロイメントに背を押されて隣の部屋に入っていた。

「クラヴィ、あなた、ちょっと私はこのお二人に話があるから。後は頼んだわ」

そう言ってトロイメントは扉を閉めてしまった。 残ったクラヴィはシャープの後姿に手を伸ばしたが、閉まった扉を見てガックリと肩を落とす。

「父上・・・せっかく、理想の女性と巡り会えたと思ったのですが・・・」
「残念だったな、まさか男性だったとは」
「うう・・・兄上さえいれば・・・」
「・・・クロウがいたら、なんだ?」

片腕で顔を覆って嘆くクラヴィに、ロネイズは首をかしげた。

「そうなれば兄上がハイド家を継ぐわけですから、跡継ぎの確保の必要は兄上だけになるではありませんか」
「・・・ん?」
「それさえなければ、シャープ姫を我が家にお迎えすることができたのに・・・」
「・・・・・・ん??」

何かが根本的に間違っていることにようやく気づいて、 ロネイズはクラヴィにとても大切な話をする決意をするのだった。






「シャープ、どうしたの?」
「いいえ・・・その・・・」

シャープは顔を上げようとせず、まともにトロイメントを見ようとしない。 それを気にしない様子でトロイメントは金ぴかの豪華な椅子に二人に座るよう促した。

「おおお・・・重たそうな椅子だなあ・・・」

恐る恐るそれにアリアが座り、シャープもそれに続く。

「・・・さて、まずは我が息子の非礼をお詫びするわね。お姫様、ご迷惑をおかけいたしました」
「は・・・いえ・・・」
「でも、仕方ないとも思うの。今日招待した女の子の誰よりも美人さんなんだもの」
「あ、それは同感〜。ずるいよシャープ」

二人からそう言われても、シャープは俯いたまま、ありがとうございます、と小さく言うだけだった。 トロイメントはシャープの後ろに回って、台に置いていた櫛を手に取る。

「透き通るような綺麗な髪ね・・・作り物のようだわ」
「恐れ入ります・・・」

髪を梳き、曲がっていた髪飾りを解いてもう一度つけなおした。 その間もずっと硬直していたシャープに、トロイメントは頭に顔を寄せて囁く。

「・・・どうしてそんなに怯えてるのか、教えてもらえる?」
「・・・・・・・・・」

直接的な問いに、シャープはぎゅっと手を握り締めた。 そして、いざとなったらどう逃げようかと考えて扉までの距離を測る。

アリアの手を引いて逃げ出すことがイメージできて、意を決してシャープは口を開いた。

「あなたは・・・白蛇の力を、宿しておられるのではないですか・・・?」









    





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