「うーわー・・・大きなお城・・・ピアちゃんちもすごかったけど・・・」 「いいえ、我が家はそんな・・・」 アリアもシャープもピアの母親の服を借りてピアの家で準備を済ませて、 ハイド家の前までやってきていた。辺りはだいぶ暗くなってきている。 城の大きな門をくぐり、パルフェが招待状を見せるとあっさりとアリアもシャープも中に入ることができた。 門から中庭までの道を歩く人たちを眺めながら3人は並んで歩き出し、 その後ろからパルフェや他の従者たちがついてきている。 「ピアさん、今夜は何のパーティなんでしょうか・・・舞踏会というには、その・・・」 「はい、お若い女性が多いですよね」 シャープはなんとなく言葉を濁そうとしたのだが、ピアは率直にそう言った。 ピアはアリアたちより数歳年下と思われるが、やっぱりお嬢様だからか大人びてるなあとアリアは横で考える。 「舞踏会と銘打ってはいますが、次期当主様の花嫁選びのパーティなんだそうですよ」 「は、花嫁選び・・・王族みたいですね」 シャープは小さく息を吐き出して改めて城を見上げる。 その横で、アリアは驚きのあまり目を白黒させていた。 「こ・・・こんな巨大なお城の奥様になれるの?!シャープ・・・頑張っておいで」 「な、なんで私が!?」 「シャープなら選ばれるよ・・・あ、でもシャープはすでにセレナードの町のお姫様なのか。 じゃ、ピアちゃんだね」 「え?」 突然話を振られて、今度はピアが焦る。 「わ、私は特に・・・今回招待を受けたのも、実は兄で・・・しかし兄が出席できないので、 私が代わりに行くことになっただけなんです。友人二人は、その・・・気合を入れていましたが」 「あらそれは気の毒に・・・え、お兄さんいるんだ、ピアちゃん」 「はい。メヌエット国の宰相と、大神官を務めています」 「・・・それは、すごすぎて・・・よくわかんないや・・・」 とにかく猛烈なエリートなのだろう、と無理やり納得することにした。 「それでも・・・お兄ちゃんの代わりだとしても、チャンスじゃない。玉の輿だよ? ・・・あ、もしかしてもう好きな人がいるんだ?」 「えっ!!」 そう言われて、ぼん、と音が鳴りそうなほど急にピアの顔が真っ赤に染まる。 「そ、そ、そ、そんなことは・・・」 「ウソだ〜、いるんでしょ〜?どんな人?脈はありそうなの?」 「・・・いいえ、私の気持ちはご存じないと思います。それに、想っても仕方のない、手の届かない方なので・・・」 「なーに言ってんの!ピアちゃんぐらい可愛かったらみんな振り向くって!まずはアタックしてみようよ」 「ちょっと、アリアさん」 アリアの物言いにも、声の音量にも困ってさすがにシャープが止めに入った。 周りの上品そうな女の子とそのお付の人たちがひそひそと噂しながらこちらを見ている。 「だって〜・・・そういえばその次期当主さんって、何歳ぐらいの人なの?おじさんだったり?」 「いいえ、お二人と同じぐらいの年齢の方ですよ、お名前は確か・・・クラヴィーア、とおっしゃったと思います」 「私と同じぐらいで結婚相手探すって・・・上流階級は大変なんだなあ」 そんな話をしている間に、ようやく城の入り口にたどり着いた。 中の明かりが外に漏れてきていて、それに照らされて着飾った令嬢たちが次々に建物の中へ入っていく。 「すみませんが、私たちは二人で当主への挨拶がありますので一旦失礼しますね」 「あ・・・そうなんだ。うん、いってらっしゃい」 広間に着くや否や、ピアとパルフェはハイド家の召使いの男性たちに連れられて階段を上っていってしまった。 残されたアリアとシャープはそれを見送っていたが、やがて姿が見えなくなりさてと、と視線を合わせる。 すでにパーティは始まっており、会場となっている広間ではゆったりとした曲が流れていた。 「ねえねえ、クラヴィーアさんってどこにいるんだろ。どの人だと思う?」 「え・・・ピアさんが向かったお部屋におられるのではないですか?」 「当主に挨拶って言ってたから、お父さんの方でしょ。きっとどっかから花嫁候補を値踏みしてるんだよ、きっと」 「そうでしょうか・・・」 しばらくアリアは周りの人物を一人ひとり観察していたが、 その途中で視界に素晴らしいものが入ってきて目を輝かせる。 「わああああ・・・!!」 「ど、どうなさいました?」 「あ、あれ、あれ見て!すごいよ!!」 「・・・へ?」 アリアが指差す先を見てみると、広間の一角に設けられた料理を置くためのスペースがあり、 その大きなテーブルに次々にできたての料理が運び込まれているところだった。 「と、鳥の丸焼き・・・!!シャープ、食べよう!!」 「数時間前にあんなにお菓子を召し上がったじゃないですか・・・」 「甘いものは別腹でしょ!」 「・・・順番が逆ですよ・・・」 シャープを引っ張って走り出さんばかりの勢いで 料理に引き寄せられているアリアに周囲の視線が集まっており、恥ずかしくてため息をつく。 そのままずるずる引きずられてシャープもテーブルまでやってきてしまった。 「それと、それと、あとそっちのを半分ぐらいください!!」 「・・・アリアさん」 声は大きいし食事のための場所とはいえたらふく食べるためのものでもないし、 それでもアリアを止める術がないのでシャープはもはやあきれている。 黒いタキシードに身を包んだ配膳係の青年は嫌そうな表情を全く見せずにアリアの注文に かしこまりました、とだけ言ってお辞儀をして、言われたとおりに料理を大皿に盛り始めてくれた。 プロである。 シャープはその隣にいる人に、アイスクリームを一つ下さいと言ってガラスの皿にのせてもらった。 「さあ!食べるぞお!!」 「まあ、ここにきた理由はそれでしたからね・・・」 「ひゃーふ?なんらっへ?」 「早い・・・」 料理に対して手を合わせていたと思ったら次の瞬間にはもうアリアの顔は原形をとどめていなかった。 一方その頃、ピアとパルフェは城の3階の応接間で待たされていた。 扉の外にはシュターク家の召使いが2名待機している。 複数人の足音が近づいてきたと思うと扉が開き、中年の男性が部屋へ入ってきた。 黒い髪の金持ち風な、左右の手に指輪をたくさんつけた人だ。 ハープの領主でありハイド家の当主、ロネイズ・ディミヌエ・ハイド伯爵である。 「ようこそ、このような城にお越しくださいました。ロネイズ・ディミヌエ・ハイドでございます」 「初めまして、このたびはお招き頂きありがとうございました。皇太子アルト・メッゾ・リレイヴァート様と、 兄フォルテの代わりに参上いたしました、ピア・シュタークです。隣におりますのは付き人のパルフェと申します」 3人共お互い深々と頭を下げて挨拶する。 ピアはアリアたちに兄の名代で来たと説明をしていたが、 実際はメヌエット国の王子アルトの代わりにやってきていた。 国王ノールが亡くなったためアルトが来られなくなってしまったのだが、 アリアが驚くかもしれないと思ったのでそれらのことは伏せておこうと考えたようだ。 ロネイズは頭を上げ、扉の近くに立っている召使いの方を向いた。 「おい、クラヴィはどこにいる?」 「はい、2階のバルコニーからパーティをご覧になっています」 「見ているだけか。未来の花嫁に話しかけ、ダンスに誘うようにと言ったのに・・・困ったものだ」 ロネイズはやれやれと頭を振る。それを見てピアは笑顔で尋ねた。 「ご子息は、心にお決めになった方がおられるのでしょうか?」 「いいや・・・私の妻、トロイメントに言われて渋々パーティに出席しているような感じでして・・・」 「まあ」 「まだ子供ですからな・・・しかし跡継ぎのことを考えると心配なのですよ。 多くの女性と接することでいい人を見つけられればと思っているのですが・・・」 そんな話をしていると部屋の扉がぱたん、と慌しく開き、 そこから片方メガネをかけた紺色がかった黒髪の青年が入ってきた。 「これは、遅くなり申し訳ありません。来訪に気づかず失礼をいたしました、クラヴィーアです」 「初めまして。ピアです、こちらは付き人のパルフェです」 「ようこそハイド家のパーティへ。本日は楽しんでいってください・・・そちらのお国はご不幸があったようですが」 「ええ・・・ですがまもなくアルト王子の御即位式が行われます。その際にはメヌエット国にも是非お越しください」 「はい、お誘いがあれば喜んで」 ピアとクラヴィが話しているのをロネイズは満足そうに見ていたが、 会話が途切れたところを見計らってロネイズがクラヴィの肩をとん、と叩いた。 「どうだクラヴィ、気に入った娘はいたか?」 「・・・いいえ・・・よく見ておりませんでしたので・・・」 「まったく何をしているんだ、今日はお前のために舞踏会を開いたのだぞ。トロイメントも心配している」 「・・・・・・」 落ち込んでしまったクラヴィを見て、ピアとパルフェは横目で顔を見合わせた。 はい、とだけ言って、肩までおりてきている髪を払いのけながら、またクラヴィは入ってきた扉に向かい始める。 それをロネイズが後ろから呼び止めた。 「クラヴィ」 その声に反応して、クラヴィは何も言わずに振り返る。 「必ず、この人だ、と思う人が見つかるはずだよ。トロイメントの手前、早く見つけてほしいとは思っているが・・・。 せめてホールまで降りて、女性をダンスに誘いなさい。皆もお前の姿が見えれば喜ぶだろう」 「・・・・・・わかりました」 幾らか柔らかくなったロネイズの訴えにクラヴィも微笑をたたえて頷いた。 そしてピアとパルフェに頭を下げて、部屋から静かに出て行った。 扉が閉まるのを見送って、またロネイズは召使いに視線を向ける。 「おい、トロイメントはどこへ行った?」 「はい、中庭でお友達のご夫人たちと一緒にいらっしゃいます」 「大切な来客だというのに・・・申し訳ございません、後で妻を連れて挨拶にまた伺いますので、 皆様はどうぞパーティを楽しんでいってください」 その言葉にありがとうございます、と返してピアとパルフェは扉へ向かった。 扉は召使いたちによって開かれ、一同はロネイズの部屋から退出していった。 「クラヴィさんの年齢の方ならば婚約なさっている方も多いでしょうに・・・大変ですね」 「ピア様にもまもなくそのようなお話があると思いますよ」 「・・・いいえ、まずはお兄様でしょう」 「フォルテ様は・・・そのような方はおられなさそうですね・・・私たちが働きかけなければ」 「だから、我が家にはまだ早いですってば」 急に我が家でこんなパーティ開かないで、と笑いながら二人は階段を降りていく。 アリアとシャープはどこだろう、と踊り場で足を止めてホールを眺めた。 「あの人だかりは・・・」 「クラヴィーア殿がおられるのでしょうね、押し合いへし合いではしたない・・・」 パーティ会場まで降りてきたクラヴィの姿を見つけた少女たちが押し寄せているらしい。 キャーキャーと黄色い声が聞こえ、人が団子状態になっている。 あの中心にいるのであろうクラヴィに同情しながら、ピアはそこから視線を外してアリアを探した。 「あ・・・あそこにも人だかりができてますね」 「誰がいらっしゃるんでしょう?男女入り混じった集まりのようですけど・・・」 行ってみましょう、と二人は広間の奥へ近づく。 踊っている人たちや演奏している人たちの邪魔にならないように道を選んで、 ぶつからないように歩いていった。 「あー、おいしい!すごくおいしい!全部おいしいよ!!おかわりくださーい!!」 その人だかりの中心には、やはりアリアがいた。 料理を食べ終わった皿がうずたかく積まれており、それに隠れるようにしてシャープが隣で恥ずかしそうにしている。 「アリア様、あの・・・」 「あ、ピアちゃんおかえりー。挨拶終わったんだ?」 「え、ええ・・・」 「ピアちゃんも食べる?すーんごくおいしいよ!座りなよ」 「あ・・・あの・・・」 困ったようにピアはシャープに顔を寄せる。 「・・・このお皿にあった料理は全て、アリア様が召し上がったのですか?」 「はい・・・どこに入っていくんでしょうね・・・」 数時間前にあんなにお菓子を食べたのに、とシャープが言ったことと同じことを考えた。 ピアたちも、周りにいる呆気にとられている人たちと同じ顔でアリアの食べっぷりを見守る。 恥ずかしそうに俯いていたシャープが諦めたように顔を上げてアリアをまともに見始めたとき、 シャープの後ろから声がした。 「お嬢さん、踊っていただけませんか」 振り返ると、タキシードで身を固めた金髪の青年が手を差し出して微笑んでいる。 シャープは両手でドレスをまとめて立ち上がった。 「ええ・・・喜んで」 シャープは家でダンスの誘いを断るのは失礼だと教わっていたため、 ワルツが流れるダンス会場の中心へ青年の手をとって歩いていく。 それに気づいたアリアは口の中をステーキでパンパンにしてシャープに声をかけた。 「ひゃーふ?おほふほー?」 「・・・はい?」 「踊るんですか、だそうです」 「あ、はい、すぐに戻りますので」 何となくアリアが言ったことが分かったピアが通訳をし、意味が分かったシャープは軽く手を振る。 アリアは口をもごもご動かしながらシャープのダンスを見ることにした。 シャープは音楽に乗って踊り始めた。 青年のエスコートはシャープにとって踊りやすく、軽やかに踊る二人は自然と周りの視線を集め始める。 「さすがシャープ、優雅だなあ・・・・・・おいしい」 バリッ、と音を立てながらアリアはウィンナーをかじった。 「アリア様、先ほどあの方はセレナードの町の姫君と仰っていましたが・・・どちらの家の方なのでしょう?」 「えっとね・・・セレナードのトランの領主の娘さんなんだって。王族の親戚らしいよ」 「ええっ・・・!!」 ピアも、隣にいたパルフェも口をおさえて驚いている。 「トランの領主で王家のご親戚・・・まさか、ラベル家の方なのでは?」 「あ、さすがパルフェさん、知ってるんだ。そうだよ、ラベル家って言ってた」 「まあ・・・そのような方が、なぜコンチェルト国に?お付の方は・・・?」 「えーっとね・・・」 家出したとか二人だけで行動をしているとは言えず、どう説明したものかと考えた。 そのとき、曲が終わったようでシャープが青年にお辞儀をしてからこちらに向かってきた。 助かった、説明は本人からしてもらおう、とアリアはほっとする。 そのシャープが歩いてくる途中で、後ろから猛スピードで走ってくる影があった。 危ない、と思う間もなくシャープはどしんとぶつかられて前に倒れ込む。 「きゃあっ!!」 「危ない!!」 アリアはとっさに椅子から飛び出してシャープを支えた。 床にぶつかることはなかったが、ソースでベトベトだったアリアの手がシャープのドレスに触れてしまって アリアは真っ青になった。 「わ、わわわわ・・・!どうしよう、借りてるドレスなのに汚しちゃった・・・!!」 その様子を見ていたピアは、大丈夫です気にしないで下さい、と言おうと二人に近づこうとした。 しかしそれよりも早く、シャープにぶつかった人物がピアの前にやってきた。 その人は思い切り頭を下げて、そしてシャープの手をとって立ち上がらせる。 「申し訳ありません急いでいまして・・・服は我が家で元通りにしてお返しします、 新しい服もすぐにこちらでご用意しますのでどうか・・・・・・えっ」 お詫びを言う途中でシャープの顔を見てその人は硬直した。 その人とは、クラヴィだった。 曲の変わり目の隙を伺って、女の子たちから逃げ出したところでシャープにぶつかったらしい。 片手で持っていたシャープの手を今度は両手で握り締めて、ずいっと身を乗り出す。 「み・・・見つけた・・・」 |