「んー、すっきり爽快!!完全復活だね!!」
「よかったですね」

フォルテやチェレスが宿泊している豪華な宿とは違い、ハープのお安いお宿の一室。 ベッドから飛び起きるやいなや、アリアは気持ちよさそうに うーん、と伸びをした。

「本当に、ありがとねシャープ。おいしいおかゆと炒飯と、シャープが作ってくれた風邪薬のおかげだよ。 すごく苦くて咳き込んだけど、良薬口に苦しって言うしね・・・」
「あはは・・・薬草から作る飲み薬って、大抵苦いんですよね」

申し訳なさそうに笑うシャープを見ながら、アリアは飲んだ直後に激しく咳き込むほどだった 風邪薬の強烈な味を思い出していた。

体にいいことは分かっているのだが、今まで口にしたものの中で一番苦かったことは確かである。

「ほかにも作れる薬って何かあるの?」
「そうですね・・・栄養剤とか、解毒剤、殺虫剤・・・植物用の活性剤とか、色々です」
「すごーい・・・それも家庭教師に教わったの?」
「はい、先生が家に来て教えてくださいました。薬の調合の専門の先生がおられて」
「じゃあ、何人も家庭教師が来てたってこと・・・?」
「私は滅多なことでは外に出ませんでしたので、勉強は全て家庭教師の指導でしたね。 文学、歴史、調合、一般常識、歌、楽器演奏、ダンス、手芸・・・あとは」
「ちょ・・・ちょっと待った」

一つずつ理解しようとしていたがアリアの頭のキャパシティを超えてしまった。

「それ・・・全部できるの?」
「一通りは・・・」
「私、お姫様じゃなくてよかった〜・・・」

椅子にじっと座ってどれだけ長い間勉強をするのだろうと考えるとぞっとする。

「でも、薬は自分で作れるようになったら便利かな。いちいち買いに行かなくてもいいし、 旅の途中でバッタリ倒れちゃったら困るしね。買いに行く余裕もないときもあるだろうし」
「私がお作りするからいいんじゃないですか?」
「・・・・・・」
「・・・え?」

突然アリアはきょとんとしてシャープを見つめた。 何かおかしなことを言っただろうかとシャープは息を詰まらせる。

「あ、あの」
「やだー!それプロポーズ?かーわい!!」
「いや、そのっ・・・!」
「わー、私が男だったら確実にメロメロだね。私に一生、風邪薬作ってくれるの?お姫様」
「・・・・・・っ」

真っ赤になって俯いてしまった。 恥ずかしがっているのが面白く、アリアは容赦なくシャープに抱きつく。

「よしよし。じゃあ私はシャープをずっと守ってあげるね。サポートは任せちゃうけど覚悟いーい?」
「・・・・・・はい」

密着状態で頭を撫でられて、シャープの頭は沸騰寸前である。 それでも、絞り出すように何とか返事をした。



食堂で朝食を食べ終わり、今後の旅の日程について話し合いひとまず買物に行こうということになり、 宿屋の外に出ようとしたときに宿屋の女将さん、ラカスが二人を呼び止めた。

「今、そっち側からは出られないよ。裏口から出かけなさい」

そう言ってラカスは厨房の奥の小さな扉を指差して手招きしている。

「え・・・なんでですか?あれ、外からすごい人の気配がするけど・・・」

扉の向こうからは何人かの足音や話し声が聞こえた。 シャープは素直にラカスの方に歩いていったが、アリアは気になって扉を少し開けてみた。

「・・・ん?通行止めになってる・・・?」
「そーなのよ、なんかどこかの良家のお嬢さんが落し物したらしくてね。 それを探すからこの道を通行止めしてるの。見つかるまでここを通るなって」
「な・・・なにそれ・・・」
「まったく商売上がったりだよ。ほら、こっちなら隣の道に出られるからおいで」

ラカスがそう呼びかけても、アリアはそちらに行こうとしない。 ちょっと行ってきます、と小さく言って扉を開けて外に出てしまった。

「あっ・・・ちょっと、アリアさん?!」

裏口から外に出ようとしていたシャープはアリアの行動に驚いて声を上げ、 ラカスにすみません、と小さく告げて再び宿屋の中に駆け込む。

そしてアリアが外に出た後閉めた扉を少しだけ開いて、恐る恐る外を覗き込んだ。

「だって迷惑じゃない。この宿屋さんのご飯はおいしいのに!これじゃ誰も食べに来られないよ!」
「ピア様が皇太子殿下から賜った品をなくされたのです。謝って壊されたり盗まれたりしては シュターク家の信用にかかわり王家への申し訳が立ちません。現在、捜索のための人員を 家から呼び寄せております。それまではこの範囲への立ち入りは絶対禁止とさせていただきます」
「ぅわ〜・・・」

アリアが金色の髪の背の高い女性に食って掛かっているのが見える。 宿屋の前の道の三方向を通せんぼしているようで、茶色の髪の少女が不安そうな顔で アリアとその女性を見つめている姿が視界に入った。

どうしよう、と思ったがアリアを一人にしておけない、とシャープは意を決して外に出た。

「アリアさ・・・・・・なになさってるんですか?!」
「あ、シャープ」

なぜかアリアは靴を脱いでおり、しかも宿屋の向かいの植え込みの中に足を踏み出している。 シャープは慌てて飛び出してアリアを止めようとした。

「は、裸足で・・・!危ないですよ、怪我でもなさったらどうするんです!」
「んー、でも靴で落し物踏み潰すよりいいかなって・・・ほら、それならいいでしょ?」
「・・・・・・」

アリアは女性を見上げ、笑顔で首をかしげる。 言い返す言葉が思いつかないのか非常に難しい顔をしていた。

そのとき、シャープが先ほど遠くにいるのを見つけた茶色の髪の少女が駆け寄ってきた。

「パルフェ、待って!」
「ピア様・・・」

パルフェと呼んだその女性に泣きそうな顔で必死にしがみついている。

「お二人とも、ごめんなさい。大切なブローチをこの辺りに落としてしまったのですが、 すべては私の不注意です。パルフェ、もう私諦めますから・・・アルト様には自分でちゃんと謝ります・・・」

そう言われてパルフェは目を丸くした。 しかしアリアはなぜか自信満々に頷いてピアの肩を叩く。

「ええと・・・ピアちゃん?大丈夫、私が絶対に見つけてあげるよ。どんなブローチなの?」
「え・・・・・・」

ピアはパルフェの服を掴んだまま振り返った。

「その・・・真ん中に翡翠・・・緑色の宝石がはまっている、花の形をしたブローチです。 これぐらいの大きさの・・・」
「よし」

ピアが手で示した大きさを見てアリアは頷き、植え込みに入ってしゃがみ込む。 がさがさと素手で枝や葉を押しのけて、地面に落ちているものがないか探し始めた。

「ほらパルフェさん、道には何も落ちてなさそうだからもう人が通るのを 許可してあげてもいいんじゃない?通せんぼしてる人は植え込みに入らないでって言えばいいでしょ」
「・・・・・・」

パルフェはちらりとピアを見やり、そして仕方なさそうに首を縦に振る。 そして、こちらの騒動を気にしていたピアの従者たちにそのことを伝えにいった。

「アリアさん・・・私もお手伝いを・・・」
「いいよ、手が汚れちゃうから・・・って言いたいところだけど、シャープがそう言ってくれるなら お願いしようかな。じゃあ私は奥の方を探すから、シャープは道から直接探せる端のほうをお願い」
「は・・・はい」

シャープは植え込みの淵に膝をついて草花を手でよけていく。 その様子をおろおろしながら見ていたピアも、シャープの隣にしゃがんで探し出した。

二人も一緒に探し出したのを見て、アリアはピアの緊張をほぐそうと話し掛けてみた。

「ピアちゃん、あの女の人は誰なの?」
「えっ・・・ええと、彼女はパルフェといいまして、我が家の教育係です・・・」
「へー!なんかすごいね、そんな係の人がいるなんて。シャープの家もそんな感じだった?」
「うーん・・・私の家は教育係というものはいませんでしたね・・・ 各国のしきたりや作法、マナーを教える先生はいましたが」
「は〜・・・わかんない世界だわ」

などという話をしながらしばらく地面をにらみ合いをしていたが、 数分後、ついにアリアが土まみれの手を高く掲げて叫んだ。

「はいあったー!!ぜーったい見つかると思ってたもんね!!」

シャープとピアはアリアを見上げ、周りにいた人たちは自然と拍手を送っている。 その人だかりの中から、悔しそうにパルフェが近づいてきた。

「・・・ありがとうございます、貴女様は我が家の恩人です」
「いえいえ。ええとピアちゃん、これ・・・洗えば大丈夫だよね?泥だらけだけど傷はついてなさそうだから」
「は、はいっ!」

植え込みから出てきたアリアにブローチを差し出され、ピアが受け取ろうと手を出す。

「ピア様、御手が汚れます」
「あっ・・・」

横からひょいとパルフェがそのブローチをアリアの手から取ってしまった。 もう手なんて汚れてるのに、とピアは悲しそうにしている。

「さてピア様、お二人をいかがいたしましょう?」
「そうですね、なんとしても御礼をしたいところですが、まずは・・・」

アリアと、立ち上がってアリアの横に来たシャープを頭から足までじっと観察した。 裸足だったためアリアは足首まで泥だらけで服にも顔にも泥がはねている。 シャープもアリアほどではないが手や服のすそが泥まみれだ。

「・・・我が家へお招きして、お洋服を洗って差し上げましょう」

その場に大勢いた召使いたちが二人をわらわらと取り囲む。

「え、えっ?」
「あ、心配なさらないで下さい。お二人を我が家へお運びしますので。 お泊りの宿はこちらですか?よければお荷物も一緒にお持ちください。お部屋はどちらでしょう」
「その・・・2階の3号室だけど、私は大丈夫だよ?水で洗えば全部落ちるし・・・」
「そう仰らずに。この後のご予定は大丈夫ですか?」
「へ、平気ですけど・・・」

やけに強引に話が進んでいきアリアは焦り始めたが、 ピアはなんとかお礼をしたいようで遠慮させないように畳み掛けてきている。

「では参りましょう。良ければご一緒にお茶でも」
「お茶・・・お菓子も出てくる?」
「はい、たくさんご用意させますよ」
「シャープ、お言葉に甘えて行こうか!!」
「アリアさん・・・・・・」

アリアの早すぎる変わり身にシャープは脱力した。 そして宿屋の中に入っていた召使いたちの後を追ってシャープも説明のために中に入ることにする。

「じゃあアリアさん、私は荷物を持ってきますので」
「うん、おねがいー。・・・・・・おおっ?」

シャープが宿屋の中に入るのを見送った瞬間、アリアの体が浮き上がった。

「えっ、なに!?」
「そこの者、靴をお持ちして」

なんとアリアはパルフェに抱きかかえられていた。 重いんじゃないかと慌てたが、パルフェは全く気にしない様子で歩き出す。

「あ、歩けますよ自分で!!」
「その足では靴は履けないでしょう。大人しくなさってください」
「うぅ、恥ずかしい・・・ピアちゃん、パルフェさん力持ちだねえ・・・」

諦めて両手をお腹の上に置いて静かに運ばれることにした。 パルフェを追いかけて隣を歩き出したピアに小さな声で話しかける。

「パルフェは私の護衛も兼ねていて、ものすごく強いんですよ。同時に5人までなら素手で互角に戦えると思います」
「強すぎる・・・」

素直な感想を述べ、もうこの人にたてつくのはやめておこうとアリアはさらに大人しくなるのだった。






お風呂に入り、その間に服は洗ってもらったがまだ乾かないので代わりの服を用意してもらって、 ピアの家、シュターク家の屋敷に来て1時間ほどしてやっとアリアとシャープは一息つけていた。

通されたのはピアの私室のようで、広くて大きな窓があり真ん中には大きな丸いテーブルが置かれている。

「ピアちゃん・・・この服、誰の?ピアちゃんのにしてはサイズが大きいよね?」
「それは母のものです。失礼ながら部屋着で・・・」
「いや文句なんて何も無いけどね、お洒落だなあ・・・」

アリアが着ているのは白いワンピースとドレスの中間のような服で、 普段は長いスカートを履かないアリアは少し落ち着かなさそうにすそを持ち上げて歩く。

対してシャープはアリアが着ている服よりもう少し布が多く、 床に引きずるぐらいの長さのドレスだった。

「お二人ともとてもよくお似合いですよ。それと、これを・・・」
「ん?」

ピアが両手を差し出すので、二人でそれを覗き込んだ。

「お二人が見つけてくださった、ブローチです。洗ったら元通りになりました。 本当にありがとうございました」
「いーえ」
「わ、私は何も・・・」
「シャープも頑張ったでしょ。私からもお礼を言うね、ありがとう」
「・・・・・・」

アリアに肩を引き寄せられ、至近距離でそう言われてシャープは真っ赤になって凍ってしまう。 照れているのが面白く、しばらくシャープの頭を撫で続けた。



約束どおり部屋には大量のお菓子が運び込まれ、アリアはおいしいおいしいとそればかりを連呼しながら ひたすらお菓子を食べまくった。

お茶に誘われたときのアリアの様子から用意するお菓子の量は多い方がいいとその場にいた者たちは察したようで、 お皿の上からお菓子がなくなればすぐに新しいものが出てくるという状況である。

ピアはもちろん、すでにアリアの食べっぷりを見たことのあるシャープも、 ポカンとしてアリアがひたすら食べる様子を見つめていた。

「二人は食べないの?」
「わ、私はもう・・・」
「あ、はい、私も十分です・・・」

見ているだけで、という言葉はあえて口に出さないでおく。 ピアはケーキを一つ、シャープはクッキーを数枚食べただけだがもう何も入る余地はなかった。

ケーキの上のイチゴをぱくんと食べて紅茶を飲み干し、ようやくごちそうさまという言葉が聞こえたため、 ピアは少しほっとした。ついでに、部屋の外にいた配膳係たちもほっとしていた。

アリアが落ち着いたのを見計らって、ピアは話し始めた。

「ええと・・・その、実は・・・」
「なに?」
「お二人にお願いがありまして・・・」

お腹を満足そうにさすりながら、アリアは顔を上げてピアを見る。

「今夜、ハープの領主のハイド家で舞踏会・・・パーティが開かれることになっているんですが、 私と友人二人が招かれており、夕刻にハープの町で落ち合う予定でした」
「へ〜・・・パーティかぁ、すごいなあ・・・」

シャープなら慣れっこなのかな、と思ったが今はピアの話を聞こうと思い言うのはやめておいた。

「・・・ですが、その二人が相次いで体調を崩しまして・・・よければお二人に、 その・・・友人の代わりにと言っては申し訳ないのですが、共に出席していただければと思いまして・・・」
「・・・・・・え?私たちが?」

思わぬ申し入れに、アリアはきょとんと自分を指でさす。

「はい、身支度に必要なものはこちらで用意いたしますので」
「い、いやいやいや!?無理だよ、私、踊ったことなんてないもん!服踏んづけて転んで笑われるだけだよ!!」
「そう仰らず・・・」
「ダメダメ、シャープなら大丈夫でしょ、私はお城の外で待ってるから」

そう言いながら手をパタパタ振るが、その様子にシャープも慌てて首を横に振った。

「そんな・・・アリアさんが行かないのであれば・・・」
「シャープなら大丈夫だって」
「ですが・・・」

そんな二人を見て、ピアは意を決したように机に両手を置く。

「・・・パーティでは、食事をとるスペースもあります。好きなだけ食べても大丈夫なんですよ」
「行こう、シャープ」
「アリアさん・・・」

今たくさん召し上がったじゃないですか、とシャープは両手で顔を覆った。 しかしアリアの目にはもうおいしい料理をいっぱい食べられるという期待しか宿っていない。

こうしてあっさりと、二人のハイド家での舞踏会への参加が決定したのだった。









    





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