エバはファラをシェリオの体の前に何度かかざして位置を探すようなしぐさをした。

「んー・・・首と腕と腹と足首、どこがいい?」
「・・・へ?」
「肌身離さず・・・となると、輪の姿で体にはめておくのが一番安全だと思うんだよな。 腹は寝苦しいだろうし首はなんか違うかなあ・・・腕にする?」
「好きにしてくれていいけど・・・」

よしじゃあ決まり、と言ってエバはファラを丸い形に戻す。
腕を出してと指示されて、フォルテの服を掴んでいる左手の袖を右手でまくった。

「じゃあつけるぞ」

ファラがシェリオの腕に触れると同時に輪の形になり、ぴったりと腕にくっつくようにはまる。

ずれないだろうかと動かそうとしてみたが、丁度いい大きさになっているようで 動きもしないが血が止まっている様子もなかった。

エバがシェリオの袖を戻して、よしよしと大きく頷く。

「これでもう安心だな。3人で雑魚寝しててシェリオの体がフォルテから離れることがあっても大丈夫」

そういう危険があったんだ、とシェリオは恐ろしくなった。 フォルテから手を離しても苦しくないことを確認して、思わず服の上からファラを撫でる。

「じゃあ、明日の早朝に移動を始められるように、そろそろ休むか。 二人とも疲れてるだろ、寝ていいぞ。見張ってるから」
「いや、ぼくも見張ってられる・・・あの、その前に」
「ん?」

出入り口の近くまで歩いていったエバに、フォルテが声をかけた。

「今更なんだけど・・・エバはどうやってここまで来られたの? ぼくたち半日中移動を続けてたし、この遺跡で休むことにしたのも偶然なんだけど・・・」

そういえばそうだ、とシェリオも小さく頷く。

「・・・ニセモノじゃないよね?」
「ぶはっ」

思わぬ言葉にエバはふき出した。 ひとしきり笑ってから、そんなわけないだろ、と言いつつ目にたまった涙をぬぐう。

「ははっ・・・なんだよ、ニセモノって。やっぱフォルテ、お前ちゃんと寝た方がいいぞ」
「そんなっ・・・!」
「とりあえず俺はホンモノだよ、安心しろ。二人をうまく追いかけられたのは大半が推理で、 あとは・・・その、フォルテに渡したやつのおかげだよ」
「ぼくに渡した・・・?」

なにか預かっていただろうか、としばらく考え、あっ、と声を出した。

「あの・・・ハンカチ?ま、まさかなにか呪いでも・・・」
「ぶふふっ、やめろよ、笑わすなって・・・何だよその発想・・・くくっ」
「し、真剣に考えてるのに笑わないでよ!」
「そうかそうか、手短に話すから早く寝ような、ボク」
「も〜・・・」

遠くから頭を撫でる真似をされて、フォルテは不貞腐れる。

「まず、フォルテは絶対にグロッケンに帰ると思ってたから方向は北東で間違いないだろ。 俺が追いかけてきてる確証がないのに止まって待つことはできない、 シェリオがいるから町には入れないだろうし、となるとある程度寂しい道を通ることになる。 魔法の力込みでも、二人が移動できる距離は限られてる、町じゃなくても休める場所・・・。 あと何を考慮に入れたかな、忘れちゃったけど」
「へえ・・・すごい、全部合ってるよ・・・」
「それと、この前渡したハンカチな。あれを追跡する・・・魔法だな、試してみたら上手くいった」
「物探しの魔法ってこと?」
「そ、むかーし教わって一度も使ってなかったんだけど、案外イケるもんだな」
「そういうものかなあ・・・」

はいはい、とエバは手を叩いて話を切り上げた。

「さ、あの家の奴らが追ってくる前に起きて移動しないといけないんだからこれぐらいにしとこ。 俺もしばらくしたら休むから、二人ともなるべく疲れが取れそうな体勢で寝ろよ」
「うん・・・」
「よし、じゃあおやすみ。途中で目が覚めないようにしろよ?」
「難しいな・・・」

フォルテは壁にもたれて足を前に投げ出して眠ることにし、 シェリオはフォルテが自分の隣に荷物を置いて枕にしていいと言ったので傍らで寝ることにした。

一応シェリオの胸に手を置くようにして、エバになるべく早く寝てね、と告げてから目を閉じた。






次の日、まだ空が薄暗いうちに3人は起きて行動を開始した。 遺跡から出て、遺跡の周りの森を抜けて小休止を何度か挟んだだけでひたすら歩き続け、 昼過ぎになって町の外壁が見える小高い丘の上までやってきた。

今までいくつも遠くに町を見ながらも近づかないように移動してきていたが、 グロッケンの南西に位置するその大きな町「チェロ」に立ち寄ろうとエバが提案した。

まずフォルテが一人でチェロの町に入り、シェリオの頭を隠せる長いローブを購入し、 そのローブをシェリオが着て髪全体を隠す。

宿の位置も確認してきたのでさあ3人で町に入ろうというところで、エバがそれを止めた。

「・・・え?」
「ありがとな、フォルテ。3人で行動するのは、ここまでにしよう」
「ど、どういう・・・」

急に何を言い出すんだ、とフォルテは動揺する。 どうするんだろう、とシェリオもエバの言葉を待った。

「フォルテは、先にグロッケンに帰っててくれ。移動魔法で」
「ぼくだけ・・・!?」
「行ったことがある場所じゃないと魔法で移動はできないし。王様にこのことを知らせて、 俺たちを保護する命令を出してもらってくれよ。テヌートに関する異例の命令だろうけど、 フォルテが言う事ならノール様も分かってくれるだろ」
「・・・・・・」
「様子を見て、安全そうならさらに北東のマリンバの町に移動してみるけど、 人がいないところで追っ手に見つかるより、町の中の方があいつらも何もできないだろうし。 テヌートを匿ってたことが知られたら困るのはリブレット家だもんな」
「・・・・・・うん」

自分だけ安全な場所に逃げることになる、と考えるとフォルテは申し訳なくて仕方なかった。 しかしエバに反論できるような案も思いつかず、ただ静かに頷く。

「・・・じゃあ、先に帰ってる」
「おう、頼んだぞ。ま、もし助けが来なくてもゆっくりグロッケンには向かうからさ」
「・・・わかった・・・」

もっと言いたいことは山ほどあったが、意を決してフォルテは杖を握り締めた。

「・・・あ、ハンカチ返してないけど・・・」
「いいよ、グロッケンに俺たちが着いたときに返してくれれば。ほれ、集中しないと失敗するぞ」
「うん。シェリオ、ぼくが勝手に連れ出したのに一緒に帰れなくてごめんね」
「ううん・・・ありがとう。もっと話したいことがあるけど、また後で」

フォルテは大きく頷いて、そして魔法の詠唱に集中することにした。 グロッケンにある王宮を頭に思い浮かべて、移動魔法を発動させる。

辺りの空気の流れが変わり、フォルテに向けて緩く渦を巻いた。 エバとシェリオは一歩下がってフォルテを見守る。

「コーダウィンド」

淡い緑色の光に包まれ、フォルテの体は風と共に消えてしまった。 無事に移動できたかな、とエバは空を見上げる。

「さてと・・・シェリオ、ホントよく頑張ったな。フォルテに気づかれないように、よく我慢したよ」
「え・・・なんのことだよ」

ぎくっとして、シェリオは思わず後ずさった。 しかしエバは気にせずに、シェリオに近寄って膝をポンと叩く。

「い゛っ・・・!」
「ほーら、もう足が限界だろ。長いこと外に出なかった奴が、よくこんなに歩けたもんだ。 これ以上移動しようとしても効率が悪い、もう今日はこれ以上歩かない方がいい」
「でも・・・きっと、ダンテが追ってきてる・・・」
「町の外でダンテに見つかって、走って逃げられるのか?どーせ足の爪も割れてんだろ」
「う・・・」

エバの言うとおり、シェリオの足の指は慣れない長時間の歩行に悲鳴を上げており、 あまりに痛いので一度靴を脱いで見てみたら3本の足の指の爪が割れて血が出ていた。

それをフォルテには何とか悟られないように足をかばっていたのだが、エバはすぐにそれを見抜いていた。

「とりあえず、足が治るまでは無理して歩くのは禁止な。チェロの宿屋でしばらく休もうぜ」
「・・・・・・」
「治療すればすぐに治るよ、とりあえず部屋に入って、それから薬を買いにいってくるから。 俺と離れるのが不安だったら、宿屋の人に頼めばなんとかしてもらえるだろ。な」
「・・・うん」

まだシェリオが心配そうだったので、エバは安心させるようにローブをかぶった頭を引き寄せる。 そして、なるべくシェリオの足に負担がかからないように体を支えながら町の門に向かって歩き出した。






「・・・・・・着いた」

風の魔法に乗って地面に降り立ったフォルテは、風が収まるのを待ってゆっくり目を開いた。 両手で持っていた杖を片手に持ち替えて辺りを見回す。

非常に見覚えのある、グロッケンのすぐ近くだと分かりほっと安堵の息を吐き出した。 そこまで長期間離れていたわけではなかったのに、町とその奥の王宮が目に入り安心する。

「よかった、失敗しなくて・・・って、休んでる暇なんてないんだった」

フォルテは大急ぎでグロッケンの王宮に向かって走って行った。



予定よりも早く、しかも一人で帰ってきたフォルテに城の中の人たちは驚いていたが、 国王ノールへの目通りを願おうと色んな人に話しかけようとするものの、 他の者へお申し付けくださいとか直接お部屋へどうぞなどと言われてしまう。

フォルテの立場ならば国王の部屋へ直接赴いても咎められることはないと思われるが、 予定外の帰還のため正しい手順を踏みたいと考えていた。

「・・・フォルテ?」
「あっ・・・!!」

後ろから声をかけられ、振り返るとそこには赤い髪の青年が立っていた。

「アルト様・・・!」
「巡礼に出ていたんじゃないのか?エバはどうした」

国王ノールと王妃プラノの一人息子にしてメヌエット国の皇太子、アルトだった。 ほぼ無表情だが、若干不思議そうな顔でフォルテを見ている。

「そ、その・・・・・・あ、何事かあったのでしょうか、皆・・・」

道中で何があったかを話そうと思ったが、その前にこの王宮内の慌しさの理由を尋ねることにした。

「聞いていないのか。・・・父上が、お倒れになられた」
「ええっ?!の、ノール様が・・・?!」
「今朝・・・世話係の一人が父上を起こしに行って・・・不自然な姿勢で眠っておられたらしい。 一度起きた後、意識を失ったかのような・・・」
「そ・・・そんな・・・今も、でしょうか・・・?」
「・・・ああ、まだ目を覚まされない。突然のことで王宮内は騒然としている、 感染する病の類だと危険だと言われて俺も追い出された。部屋にいるのは医療関係者のみだ」
「・・・・・・」

突然のことに、フォルテはすっかり混乱していた。 国王にエバとシェリオを早く助けてもらいたかったが、そうもいかない。

もはや、今フォルテが頼れるのはアルトだけだった。

「あ、あのう、アルト様・・・」
「どうした」
「その、お願いしたいことがあります・・・誰にも聞かれないようにしたいのですが・・・」
「・・・わかった」

アルトはフォルテの余裕のない様子に何かを感じて、質問することをやめて頷く。 どこで話すのがいいかとしばし考え、自室に連れて行くことにした。



「・・・何があったんだ?改めて尋ねるが、エバはどうした」
「それが・・・」

テヌートを助けようとしたことが罪に当たる、改めてそのことを考えると どう切り出せばいいのか分からなってしまう。

「こ、これは、全てぼくの・・・勝手な行動のせいなんです。エバに何も相談せずに・・・」
「いいから、何があったのか、どうしてほしいのかだけ言え。そっちも時間がないんだろう?」
「・・・・・・」

アルトの物言いが少しエバに似ていて、少しだけ冷静になることができた。 幼少時からの付き合いで、アルトはぶっきら棒だが根は優しいことはフォルテはよく知っている。

アルトを信じよう、とフォルテは全て話すことに決めた。

「・・・巡礼の途中、テヌートを発見しました」
「テヌート・・・」

思いがけない単語に、アルトは少し動揺する。 それがフォルテに伝わらないよう、平静を保とうと軽く深呼吸をした。

「そのテヌートを・・・ぼくは・・・助けたくて、保護しました。 テヌートが、危険な存在ではないと分かったからです」
「・・・どういうことだ?」
「テヌートは、強い聖心力に接していると自我を失ったりはしません。 ぼくが手を繋いでいたり、聖心力を秘めた道具を触っていれば大丈夫なんです」
「・・・・・・」
「そのテヌートは、ある屋敷に閉じ込められていました。ぼくはそのテヌートを勝手に連れ出したので、 必ず追っ手が向けられているはずです。エバの提案によりぼくだけが先に王宮へ戻りました。 それは、今アルト様にお話したことをノール様に申し上げ、エバとテヌートを保護してもらいたかったからです」

アルトはフォルテの話を何度か頷きながら聞いていた。 テヌートを保護することは重罪だが、フォルテがそこまでしたのならば何とかしたいと考える。

しかし今はこの国の決定権を持つノールにこの話を持っていけない事態である。 ここは、自分がなんとかするしかなかった。

「・・・わかった。父上を通さずに俺が直接使える者を向かわせよう。二人がいる場所を教えてくれ」
「アルト様・・・!!」

何度もアルトにお礼を言って頭を下げながら、フォルテは泣きそうになるのを必死にこらえた。



こうして、アルト王子の直属の兵士が即日グロッケンの南の町々へ派遣されることとなった。 だが法律違反であるテヌートの保護という任務のため理由を公にすることはできず、 アルトが特に信頼を置いている者たちではあったが主な行動は彼らに任せるしかなかった。

チェロの町、マリンバの町とその周辺を捜索してエバと、テヌートのシェリオを保護すること。 それがアルトが兵士たちに与えた任務だった。

フォルテはエバのことが気がかりで仕方なかったが、 宰相として、神官としての務めは果たさなければいけない。

数日間グロッケンで報告を待ち続けたが、改めて巡礼に出発することにした。 その途中で病状が幾らか回復したノールに護衛を選んでもらい、 4人でまずメヌエットの北東へ向けて旅立った。

そこからいくつかの神殿を回り、ハープの町にやってきたところでノールの病状が悪化して 亡くなったという知らせを受けてグロッケンに帰ることになったその日にチェレスと再会したのだった。



「・・・エバと別れてから、かれこれ3ヶ月は経ってるけど・・・」
「エバもテヌートも・・・どこへ行ってしまったのか分からないのか・・・」








―第三章に続く―









    





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