閉じ込められていた部屋からシェリオの手を絶対に離さないように気をつけながら二人は脱出した。

幸い、廊下の人通りは全くなかったため一度階段を降りることができ、 外に出られる窓を探してそこから飛び降りてひたすら走り続けた。

少しでも安全に移動するためにフォルテの補助魔法を駆使して、 人目につかないようにメヌエットの首都グロッケンのある北東を目指していたが、 何年も部屋から出ていなかったために早くは歩けないシェリオに合わせるしかない。

フォルテは緊張のし通しと魔法の使いすぎで精神的にすっかり疲労しきってしまっていた。

「はあ、はあ・・・シェリオ、大丈夫・・・?」
「俺よりも・・・フォルテの方が、キツそうだぞ・・・」
「・・・・・・」

息を整えようとしても上手くいかず、フォルテは何とか落ち着こうとして空を見上げる。 日はすっかり傾いており、ピンクと紺の綺麗なグラデーションに染まっていた。

「今日はこれ以上進むのはやめて・・・どこか休める場所を探そうか・・・」
「・・・わかった」

フォルテがそう言い、シェリオは歩く速度を落とす。 一応一度振り返って誰もいないことを確認して、改めて周囲を観察した。

「・・・この岩山、自然にできたものじゃないよね・・・」
「建造物・・・遺跡?」

丁度森を抜けてきたところだったが、見れば目の前に まっすぐに切られた岩を積み重ねて作られた2本の柱が立っている。

その奥には、砦のような大きな建物とその周りに小さな塔のようなものがいくつかあった。 壁は崩れている箇所やツタが絡まりコケが生えているものも多く、 今は使われていない建物のようである。

「・・・誰もいないかな」
「いないんじゃない・・・?真っ暗だし・・・」
「うん・・・・・・あっ、これ・・・石像かな?」

建物の入口の横に、大きな台座の上に人の形の像がのっているが、 かなり古いようで削れて凹凸がほとんどなくなってしまっている。

シェリオは珍しそうにその像をしばらく見上げていたが、 手を繋いだままのフォルテが先に進み始めたのでそれに従った。

「・・・川から引いている用水路がまだ残ってるのかな。綺麗な水が流れてるね」

建物の周りを囲むように1メートルほどの幅の水路が走っている。 その上にかかっている石の橋を渡って、二人は建物の中に入った。

「ここなら休めそうだね・・・雨が降ってきても屋根があるし・・・」

入口付近は巨大な格子状の扉で閉ざされて奥には入れないようになっている廊下もあったが、 進める方向に進んでいくと比較的荒れていない部屋を見つけることができた。

壁は小さめの石が隙間なく積み上げられてできており、 木でできた椅子が乱雑に4つ置かれている。

フォルテは椅子には座らず、石でできた床にゆっくりと腰を下ろした。

「ぼくの服を握っててね。非常食ならぼくも持ってたはずだから・・・えっと」

シェリオも隣に座り、フォルテの服の端をしっかりと握り締める。 小さなカバンの中を探って、フォルテは小さな包みを取り出した。

「・・・あったあった。乾燥させた果物と、パン・・・みたいなものだけど、これで我慢してくれる」

差し出されたフォルテの手の上にはカチカチに乾燥している赤い果物と乾パンがのっている。 遠慮しようかと一瞬考えたが、フォルテに要らない心配をかけるのはやめようと大人しくそれを受け取った。

「・・・フォルテの分は?」
「ぼくは・・・さっき、お茶を頂いたから」

さっきと言っても数時間前のことだったが、本当にお腹は空いていなかったのでそう言った。 追っ手にいつ捕まるかと緊張しっぱなしで、空腹も感じなくなってるんだろうなとフォルテは考える。 果物を小さく噛み千切って咀嚼しているシェリオの様子を見て、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。

「・・・ごめんね、いきなりこんなに歩かせて・・・」
「歩くしかないんだし、俺は平気だよ」
「道中会話があんまりできなかったけど・・・その、あの部屋では、どんなことをして生活してたの? あの家の人たちはみんな、シェリオの存在は知ってたのかな・・・」
「ええと・・・まあ、部屋からは出られないから普通の生活ではないよな・・・。 でもクロウやネイとはよく話したし、大量にある本を読んだり・・・ダンテと話したり・・・かな」
「あの執事さんと・・・」

上品で、執事らしく仕事を丁寧に完璧にこなしそうな、あの老人のことをフォルテは思い出す。 クロウは、白蛇の力についての研究は主にダンテが行っていると言っていた。

メヌエットで管理していたテヌートは全て処刑されてしまったし、 他国でも同じような対応がなされているためもう世界にはテヌートはいないだろう。 存在していたとしてもシェリオを含めて極わずかだと思われる。

白蛇の力のために捕まえておいた希少なテヌートが突然いなくなったとしたら、 どんな手段を用いてでも連れ戻しに来るだろうと考えるとフォルテはぞっとした。

そして、エバが来てからシェリオについて話し合うべきだっただろうか、というところに考えが及んで、 エバのことを思い出して急に辛くなって俯いてしまう。

「・・・フォルテ?どうした?」
「ん・・・エバはどうしてるかなって・・・」
「エバ・・・強くて頭もいいって言ってたけど、こういうときにどういう行動をとりそうなヤツなの?」
「・・・・・・」

シェリオを連れ出したとき、フォルテはエバの行動のパターンをいくつか考えていた。

囚われているテヌートを助け出そうとしたんだろうということは察してくれるだろうから、 そして自分がグロッケンにシェリオを連れて行くだろうということも推理できるだろうから、 そのためになる行動を起こしてくれるに違いない。

一つは、いち早くグロッケンに一人で戻って二人の保護を国王に求めること。 もう一つは、合流して一緒にグロッケンに向かうこと。

後者だった場合、なんとかエバと連絡を取って安全な場所でエバを待ちたかったが、 リブレット家から追っ手が出ているだろう、そして万が一エバがリブレット家から出られない状況に 陥っていたとしたら、と考えるとフォルテはひたすらグロッケンに向かって逃げるしかなかった。

人がいる場所に行って必要なものを購入したり宿屋でシェリオを休ませてあげたかったが、 シェリオから手を離すわけにはいかないし町中でテヌートだとばれてしまったら それこそどうなるのか、フォルテには想像もつかない。

「・・・エバが無事なら、王宮に戻って王様に助けを求めるか、 ぼくたちを探して追いかけてくれると思う・・・無事ならね・・・」
「うん・・・」

エバに危険が及んだとしたらそれは自分の行動のせいだと、考え込んで気持ちが暗くなってきたことに自分で気づき、 さらにこのまま日が落ちたら部屋も真っ暗になるだろうと明かりになるものを探して壁を見回した。

「あっ・・・ランプが置いてある。ゴメン、シェリオ、ちょっと立ってくれる」
「ん?」

二人で座ったままでは手が届かなかったので、一緒に立ち上がる。 大きな石と板でできている机のような台の上に置かれている陶器製のランプをフォルテは覗き込んだ。

「油がまだ残ってる・・・火がつくかな」
「マッチとか持ってるの?」
「ううん・・・火の魔法でつけるよ」
「え」

火の魔法、水の魔法などといってもそれは魔法の属性を表す名称であり、 実際に手から火や水を出すわけではない。

水の魔法で水で濡らしたような効果を得たり、火の魔法で暖かさを感じることはできなくはないが、 着火するほどの本当の火の作用を及ぼすにはそれなりの力を使う必要がある。

今まで散々魔法を多用してきたフォルテが、魔法で火をつけることができるのかとシェリオは心配した。

「俺は暗くても平気だから・・・フォルテも食べろよ、ほら」
「でも・・・」
「ちょっとは回復しておけって」
「・・・・・・うん、ありがと」

気を遣わせちゃったな、と申し訳なく思いながら、シェリオの手から半分になったパンを受け取る。 非常用として持ち歩いていただけで実際に食べたことはなかったので、 口に入れるときに少し緊張した。

「・・・ふーん・・・こういう味なんだ・・・うん、これはこれでおいしいね」
「ちょっと喉渇くけどな・・・さっきの水って飲めるか・・・・・・あ」
「・・・・・・!」

石を硬いもので叩くような音が遠くから響いて、二人はぎょっとして顔を見合わせる。 それは連続して聞こえてきて、誰かの足音だとわかった。

急いでフォルテはパンを飲み込み、音を立てないように荷物の中から杖を掴む。 ぎゅっとそれを握って杖を元の長さに戻して、部屋の入口に移動した。

息をひそめて、聞こえてくる音に集中する。 何人いるのか、足音以外に聞こえてくるのはどんな音か。

遠ざかってくれたらいいのだが、色んな部屋を見て回っているのかまた近づいてきて、 ついに二人がいる部屋へ向かい始めたようで、足音が鮮明に、大きくなってくる。

杖の先端を両手で握り締め、意を決して振り上げた。

「・・・・・・!!」

振り下ろされた硬い木の杖はガツンと音を立てて何かにぶつかった。 思わず瞑ってしまっていた目を、フォルテは杖に力を込めながら恐る恐る見開く。

「よっ、熱烈な歓迎だな」
「エバ・・・!!」

そこには剣レギュリエの鞘を横にしてフォルテの杖を受け止めたまま笑っているエバの姿があった。 もうだめだ、と思うほどの極限状態だったフォルテは何が起こったのか咄嗟に分からなかったが、 鞘越しに見えるエバの顔にようやく状況を理解して、握っていた杖から力を抜く。

床に木の杖が転がり、エバも剣をおろした。 手だけでなく全身から力が抜けてしまったフォルテは、そのままへたり込む。

「わ・・・」

シェリオはフォルテの服のすそを掴んでいたため、シェリオも一緒にしゃがみ込んだ。

「う・・・うぅっ、ぐすっ・・・」
「おいおい」
「ふ、ぅええっ・・・よかっ・・・・・・きて、くれて・・・うぅ・・・っ」
「泣くかしゃべるか、どっちかにしろって」

緊張の糸が切れて、フォルテはいよいよ盛大に泣き出してしまった。 エバもフォルテに合わせて屈んで落ち着かせるように背を撫でる。

フォルテの頭越しにエバはシェリオに笑いかけた。

「はじめまして。フォルテから聞いてるだろうけど・・・俺はエバ。よろしくな」
「あ、ああ・・・俺はシェリオ・・・」

泣き続けているフォルテを気にしながらシェリオは相槌を打つ。 嗚咽の中から、ごめん、という謝罪の言葉も聞こえてくるがエバは何も言わず肩を叩くだけだった。

「おー、本当に髪が真っ白なんだな。シェリオって名前しか聞いてなかったけど・・・なるほどな」
「・・・なにが?」
「いや、あの家の人たちの会話からじゃどんな奴かは分からなかったからさ。男か女か、子供なのかも。 フォルテがなんとしても助けようと思ったテヌートだ、俺も守ってやるから安心しろよ」
「・・・・・・」

ポルカも生きていればシェリオと同い年ぐらいだっただろうか、 何度か会ったことのあったあのテヌートと、少し似ているかもしれないなと考える。

フォルテの非常に複雑な心境を、何となく察した気がした。

そして、いつまでも泣きじゃくったままのフォルテが落ち着くまでエバとシェリオはしばらく待っていた。



「・・・ごめん、なんかすごく泣いちゃって・・・」
「いつものことだろ」
「・・・もうっ!」

十数分間泣き続けたためまだ目は赤いものの、フォルテは大分いつもの様子を取り戻した。 泣き止んだところで、とエバは床に置いていたカバンを開ける。

「はは、これ見たら機嫌が直るんじゃないか? ほら、新鮮な牛乳。あとパンも。チーズも買っておいたぞ」
「え・・・!!」

円柱型の紙パックに入った牛乳を取り出し、その横に丸くて柔らかそうなパンを並べた。 さらに葉に包まれた大きなチーズを手に持って振って見せる。

「こ、これ、どこで・・・!?」
「パンは途中の町の様子を見がてら急いで買ってきた。チーズと牛乳はここに来るまでにすれ違った物売りから」

そう言いながらチーズを割ってフォルテとシェリオに順に手渡した。 牛乳は悪いけど一つしかないから回し飲みな、と言ってから立ち上がる。

「あ、ランプあるじゃん。つけとくぞ」
「・・・・・・」
「・・・おい?なにをまた泣きそうになってんだよ」
「だ、だって・・・・・・ありがと・・・ぅ・・・」
「おーい、しっかりしろ」

自分にはシェリオにしてあげられなかったことが多すぎて、 エバがしてくれたことに感謝すると同時に自分の不甲斐なさにまた泣けてきてしまった。

だが、泣いている場合じゃない、と自分を奮い立たせて あむっとパンにかじりつく。 大丈夫そうかな、と判断してエバは懐からファラを取り出してランプにかざして火をつけた。

ランプにともったのは小さな炎だったが、真っ暗な部屋全てに光が届く。 手の上にある丸い宝石の姿のファラを見て、エバは あっ、と声を上げた。

「もぐもぐ・・・どうしたの?」
「ん、もしかしてこの聖玉をシェリオが持ってれば、フォルテが側にいなくても平気かなって」
「なるほど・・・どうだろう、シェリオ?」

やっぱり柔らかい方がおいしいかなと思いながらもくもくとパンを食べていたシェリオだったが、 その食事も片手でフォルテの服を掴んだままである。

どう、と言われてシェリオはエバが持っている赤い聖玉を見上げた。

「それ・・・」
「俺の家に代々伝わる家宝で、火の聖玉「ファラ」っていうんだ。こうやって・・・環の姿にもできる」

そう言ってエバは聖玉を手の中で環の形に変える。 それをひょいっと人差し指で投げたのでシェリオは驚いたが、 大きく旋回してまたエバの手の中に戻ってきた。

「ちょっと持ってみて。聖玉っていうぐらいだから、白蛇の力を抑える効果がありそうじゃないか?」
「んー・・・どうかな」

シェリオはフォルテの服を掴んだままもう片方の手を伸ばしてファラを受け取る。 輪っかを手で掴んだつもりだったが、ファラはするりと丸い宝石の姿になった。

「わっ」

落とさないように慌てて手を上に向けて受け止める。 その様子を、フォルテもエバも驚いたように見つめていた。

「え・・・なに?」
「いや、だって、シェリオ・・・」
「うん、大丈夫みたいだな」
「へ?」

宝石を落とすまいと伸ばしたのは両手であり、シェリオはすくうような形にした手の上に聖玉をのせている。 フォルテから手を離しても体に異常がないことに、シェリオが一番驚いた。

「どう?ぼくが離れても」
「へ、平気みたい・・・だけど、ちょっと、怖い・・・」
「これぐらい離れても大丈夫?」
「だ、大丈夫・・・待って待って、怖い」

フォルテが壁際まで離れていってしまって、 シェリオはおどおどしてファラが乗った両手を前に出したままこわごわとフォルテに近づく。

「ははは」

怖がっているシェリオを気にせず しっかり持ってて、と言いながらフォルテはさらに離れていってしまい、 エバは思わず笑ってしまった。シェリオは慌てているだけで苦しそうな様子は全くない。

よしよし、と頷きながらエバはシェリオの背を押してフォルテに近づいていった。

「ちょっとフォルテの服を掴んでて。ファラを持ってればとりあえず大丈夫みたいだから、 これはシェリオが身につけてた方がいいな」

そう言ってエバはファラをシェリオの手から取ってシェリオの全身を観察する。 外せないような場所、外からはあまり見えない場所がいいかなと考える。

「俺は内ポケットに入れてるんだけど、それじゃ落とさないとも限らないしな。 シェリオの場合、絶対に身につけてないといけないわけだし・・・よし」









  





inserted by FC2 system