思わぬネイの告白もあり、根負けしたダンテはエバとティナを屋敷の中に入れることにした。 主人に取り次いで参ります、と告げて階段を上っていったダンテを3人は広間から見送る。

「・・・お前、名前は・・・ネイ、っていうのか?」
「ああ、あんたはエバなんだろ?」
「フォルテが言ってた?」
「うん」

もう誤魔化す必要がなくなったと判断したのか、ネイはほっとした様子である。 ティナはまだまだネイに話したいことがあるようで、ずっと発言するタイミングを見計らっていた。

「あ、あの・・・」
「おう、会うのは何年ぶりになるんだろうな。覚えてないだろうけど」
「・・・・・・」

ネイは少し低くて撫でやすい位置にあったティナの頭に手を置く。 撫でられながらも、ティナは難しい顔をしていた。

「ぼ、ぼく・・・お兄さんは、亡くなったと聞かされていたんです・・・。 2歳にもならないときで、記憶はないんですけど・・・」
「・・・・・・」
「家の中に、明らかにお下がりのものや、もう一人の子供が使っていたものがたくさんありました。 他にも見覚えのない落書きや、おもちゃの傷とか、幼児用の食器とか・・・」
「・・・はー、ちっちゃい頃から察してたんだな。賢いなぁ」
「生き別れってことか?なにがあったんだ?」

エバは壁にもたれかかって腕組みをする。

「ん、俺は3歳のときにここ・・・リブレット家に引き取られたんだ。養子として」
「養子・・・?」
「俺の家は没落貴族で、俺をここに引き取る代わりに金銭的な援助を申し出たんだってさ。 その代わり、俺には一切会わない、親子の縁を切るっていう条件付きで」
「ふーん・・・」
「で、俺はクロウの弟として今までずーっとオルガンで育ってきたんだ。 クロウのばあちゃんも、俺のこと可愛がってくれたよ。ダンテもよく世話してくれた」
「・・・今も大変そうだけどな」
「うるせーよ!・・・俺は、策略とか情報操作とか、そういうのは全然向いてないんだよ・・・」

ということは、あの執事はそれが得意ってことなんだろうな、とエバは小さく頷いた。

「でもティナ、小さい頃だったけど弟が生まれたことはすごく嬉しかったから覚えてるよ。 赤ちゃんだからあんまり触らせてもらえなかったけど・・・母さんは元気してるか?」
「え、あ、あの・・・」

ティナの母親は確か、とエバは顔を上げる。

「その・・・亡くなり、ました・・・去年・・・病気、で・・・」
「・・・そっか。うん、ごめんな」
「・・・・・・」

しゅんとしてしまったティナの頭を片手で抱き寄せた。

「・・・それで、どうしてここに引き取られたのかは知ってるのか? ただ子供として引き取って家も援助するんじゃ見返りがなさ過ぎて不自然だろ」
「なんかトゲのある言い方だな・・・そうだよ、俺は理由があってここにつれてこられたんだ」

どんな理由だろう、とティナはネイの手の中で緊張して目を瞬かせる。

「白蛇の力を人間が手に入れるために、俺の聖心力が必要だったんだってさ」
「え・・・お前、聖心力が強いの?」
「フォルテもそーゆー、信じられないって顔してたな・・・そうだよ。俺とティナは同じぐらいの聖心力の持ち主だったらしいんだけど、 赤ん坊よりも3歳児の俺の方が連れて行くのに都合がよかったんだろうな。世が世なら、俺とティナの立場は逆になってたかもしれないぞ」
「そ、そんな・・・」

からかうように言われて、ティナは反応に困った。

「白蛇の力を手に入れる方法を、ばあちゃんとダンテはずっと研究してて、俺はそれに協力してた。とは言っても、聖水を作ったり、 ばあちゃんが作った宝石みたいなのに聖心力をためたりしただけで、まあ・・・燃料みたいな扱いだったけどな」
「燃料て・・・」
「そんなことないよ、ネイ」

突然、3人の頭上から声が降ってくる。 声がした方を見上げれば、階段からクロウが降りてくるところだった。

「クロウ・・・」

ネイはティナから手を外して、階段に向き直る。 ゆっくりと階段を降りるクロウを、エバは鋭い視線で睨みつけた。

「・・・お前か、ティナから荷物を奪えって命令をしたのは」
「まあ・・・そうだね。ようこそ、リブレット家へ。心配しないで、あの宰相殿はご無事だから」
「・・・・・・」

ここで敵意を剥き出しにしても事態がよくなるわけではないか、とエバは自分を制そうとする。 軽く深呼吸をして、冷静になろうと努めた。

「なんのために、白蛇の力を手に入れようっていうんだ?」
「なんのため・・・私が敬愛する祖母、ユーベルの遺志を継ぐため・・・かな」
「・・・・・・」

先ほどのネイの物言いで何となくそんな気はしていたが、
やはり祖母は亡くなっているのか、とようやく確信を持つ。

そしてそれは厄介なことだな、とエバは心の中で舌打ちをした。

「白蛇の力を手に入れるために、禁止魔法の香炉が必要だったのか?」
「あれ、そこまで知っているの?ダンテの研究によって、ようやく方法が確立できたんだ。 闇の聖水をテヌートに飲ませることによって、テヌートの体にある白蛇の力の一部を剥離させ、 白蛇の意思を受け入れる心を持った人間がその力を受け取るんだよ」
「・・・つまり、ここにテヌートがいるんだな?」
「うん。この屋敷に閉じ込めてある」
「・・・・・・」

クロウは悪びれる様子もなく言った。

「今夜、闇霧の香炉を使って闇の聖水をネイに作ってもらって、私が白蛇の力を手に入れる予定なんだ。 それが終わるまでは邪魔をしないで欲しいって、フォルテ殿には安全な部屋へお連れしてある」
「・・・テヌートを匿うのは重罪だぞ」
「でもネイの聖心力に包まれた部屋で保護してるから、人間を殺そうとしたりしないんだよ。 テヌートだというだけで問答無用で殺そうとする方が、酷いとは思わない?」
「それでも、法律は法律だ。テヌートの処遇は、国が決めることだろ」
「結局は、殺すんでしょ」

殺伐とした雰囲気になっている二人を、ネイは何気なく、ティナはおろおろしながら見守っている。 ティナの様子に気づき、ネイはティナの隣に行き 大丈夫だって、と声をかけた。

「あの執事の爺さん・・・ダンテは、白蛇の力を持ってるのか?」
「うん。私に危険が及ばないように自ら実験台になってくれてる。私は、彼の努力を無駄にしたくない」

エバは、そう話すクロウに何か違和感を覚えた。

「クロウ・・・お前は、白蛇の力が本当に欲しいのか?世界中の人が求めているような、 普通の魔法とは違う特別な力が。白蛇がしようとしている、人を滅ぼす力が」
「・・・・・・」

意外な問いだったのか、クロウは顔から笑みを消してエバを見つめる。 だがすぐに ふっと笑ってエバから視線を外した。

「私は・・・ダンテを・・・認めてる」
「は?」
「ダンテのことを・・・肯定、したいんだ」
「何言ってんだ・・・?」
「おばあさまがいない今、それができるのは・・・私だけ、だから・・・」
「・・・ワケ分かんねえよ」

コイツはどう思ってるんだろう、とネイをちらりと見てみたが、 ネイも少し不思議そうな表情でクロウを見上げていた。

そのとき、上の階から複数人の騒がしい声と足音が響いてきた。

「クロウ様、大変です!」
「どうした?」

大勢の召使いが開いた扉から出てきている。 その先頭にいるダンテが、息を切らせながら階段を降りてきた。

エバたちがいる広間の扉の前にそれぞれ立っている召使いたちも驚いたようにそれを見ている。 何があったんだよ、とネイもクロウの隣に歩いていった。

「シェリオと、あの宰相殿が・・・この屋敷から、外へ逃げ出したようです・・・!」
「・・・・・・!!」

驚きはしたが、エバは一応剣の柄をすぐに握れるような体勢をとりながら後ずさる。 それを見たティナは何かを察して、エバに向かって叫んだ。

「エバさん、ぼくは大丈夫です。お兄さんと、もっと話がしたいと思ってます。 だから、フォルテ様を助けてください!」
「・・・はは、無責任でゴメンな。ありがとう、ティナ」

そう言いながら、エバは素早く屋敷の外へ続く扉まで走る。 咄嗟に止めようとした女性の召使いの横をすり抜けるようにして、外に駆けていった。

それをダンテは険しい顔で見ていたが特に止めようとせずに、必死の形相でクロウに向き直る。

「クロウ様、必ずシェリオを連れて帰りますので・・・万一それが適わなくとも、 リブレット家に損失になるようなことには絶対に致しません。どうぞあの者たちを追う許可を下さい」
「・・・・・・」

手を胸に当てて深く頭を下げているダンテを、クロウは少し寂しそうな表情で見下ろした。 その場にいる全員が、クロウの返事を待っている。

「・・・行って、おいで・・・ただし、深追いはしないように・・・。 シェリオの存在が国に知られてリブレット家が糾弾されることがあっても、私は構わないから・・・」
「ありがとうございます。・・・では、行って参ります」

そのやり取りを見てティナは何か言いたそうにダンテを追いかけようとしたが、 ネイに肩を掴んで止められた。

「で、でも・・・」

振り返ってネイに抗議しようとしたが、ネイは黙って首を横に振るだけだった。

ダンテは連れていた召使のうち4人を選んで別の部屋へ連れて行った。 その様子を、クロウは光を宿さない目で見つめている。

ネイは心配そうにクロウを覗き込んだ。

「クロウ・・・」
「・・・ああ、ネイ、大丈夫だよ」
「止めなくてよかったのか・・・?」

ネイにそう言われて、クロウはゆるく首を振る。

「ダンテとシェリオのどちらをも救いたいというのが、欲張りだったんだね・・・。 でも、私だけは・・・ダンテを・・・」

クロウは片腕で顔を覆って、壁にもたれかかった。

「・・・・・・」

自分にはどうしようもないことを悟り、ネイはただダンテの無事を祈ることにした。






エバは建物から出た後に正門から出るのはやめておき、 屋敷の裏側に回って木を伝って敷地から外に飛び降りた。

フォルテがどの方向に移動しているかはわからないし、 だからといって屋敷の周辺にいると追っ手に見つかるかもしれない。

屋敷から離れつつ、周囲が見渡せそうな丘に向かって走ることにした。

「あいつらの言動からして、シェリオってのがテヌートで、フォルテが連れ出したんだろう・・・。 だとすればフォルテはテヌートを助けたいと思っているだろうから、フォルテならどうするか・・・」

あらゆる可能性を考えて、状況を分析して早く決定をしなければ危険な状態である。 何度か後ろを振り返りながら、小高い丘に生えている大きな木の陰にひとまず隠れた。

「うーん・・・メヌエットの王宮に連れて行って、ノール様にテヌートの助命を申し出るっていうのが 一番ありそうだな・・・でも、あいつのことだから俺のことを心配して、俺と合流しようと考えるだろうな」

それならばなんとしてもフォルテの考えを読んで、追っ手たちを出し抜かなければいけない。 エバは必死に額に握り拳を当てて考えた。

そのとき、視線の先に馬が走ってくるのが見えた。 2頭の馬を繋いだ小さめの馬車で、中年の男性が御者台に乗っている。

エバには気づいていないようだったが、十数メートルのところで突然馬車を止めた。

「ん・・・?どうしたんだろ」

何もないところで馬車を止めてどうするんだ、と思って見ていると、 男性は腰に手を当てて、馬の正面から体や足をじっと観察している。

馬が足踏みをしようとしたときの足の動きがおかしいのに気づいて、エバは男性に駆け寄った。

「おーい、馬がどうかしたのか?」
「ん?」

声をかけられて、しゃがんで馬を下から見ていた男性は振り返って立ち上がる。

「ああ、馬の様子がさっきから変なんだよ。お客さんをおろしたときはなんともなかったんだけどな・・・」
「ちょっと見せて」

エバは馬が足を上げるタイミングを見計らって、後ろ足を掴んだ。 そして、足の裏を掠めるように撫でる。

馬の反応を見て、一度足の裏を見てから足を手放した。

「丁度、中央辺りに刺し傷があるな、何か踏んだんだろう。・・・えっと、この薬草でとりあえず手当てして、 しばらくは馬車を引かすのはやめておいた方がいいだろうな」

そう言いながらエバはカバンから一束の薬草を取り出して男性に差し出す。 突然のことに戸惑っていたが、ありがとう、とそれを受け取った。

「・・・そうだ。ちょっと聞きたいんだけど・・・ここに来るまでに、誰かとすれ違わなかったか?」
「えーと・・・何人か、すれ違ったけど・・・」
「茶色の髪の、俺と同じぐらいの年齢で、多分木の杖を持ってる奴と、もう一人は・・・えっと、 恐らく青い帽子をかぶってると思う」
「ああ、いたいた!」
「・・・!」

よし、と心の中でガッツポーズをした。

「忙しそうに歩いてる二人の男の子を見たよ。帽子をかぶってる子は下を向いててほとんど顔が見えなかったけど・・・」
「どの辺りで見たんだ?方向は、あっち?」
「10分・・・15分ぐらい、前かなあ・・・?方向はそう、北東だよ」
「そうか・・・ありがとう」

そう言いながら、エバはまたカバンの中をあさった。 そして、高額な紙幣を掴んで取り出す。

「これ・・・」
「ひゃ!?な、なんだい、お金!?」
「教えてくれたお礼と・・・その二人を見たことや俺と話したことを、誰にも言わないで欲しいんだ。 きっとあなたは俺たちを追いかけてる人に会うだろうから・・・どうか「知らない」って言ってもらいたい。 でも勘違いしないで欲しい、決して悪いことをして追われてるわけじゃないんだ。誓って」

差し出された金を受け取ろうとせずに、男性は首を横に振った。 どうして、とエバが手をずいっと前に出しても、手を引っ込めてしまう。

「そんなものいらないよ、こっちがお礼をしたいぐらいだよ。 黙ってることがキミのためになるのなら、そうするよ。気をつけて」
「・・・・・・!」

考えても見なかった反応に、エバはただ感謝した。 何も言わず、大きく頷いて、なるべく笑顔で走り出す。

「・・・人間も、悪い奴ばっかりじゃないんだぜ、白蛇」









  





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