こちらでございます、と連れて来られた部屋は階段を1回上がってたどり着いた。 クロウとお茶を飲んだサロンは2階にあったため、3階にあるんだろうとフォルテは判断する。

ダンテが扉を閉じた後に施錠した大きな音さえ響かなければ非常に上等な部屋だった。 なんとかして逃げられないだろうかと、ダンテたちの足音が遠ざかるまで待つ。

「・・・見張りがいるかな、やっぱり」

複数人の足音が廊下の奥に消えていき、扉の近くに人の気配は感じなかったが、 立っている人がいるかもしれない。

そもそも、外側から鍵がかけられた音がしたのでこの扉からすんなり出られそうもなかった。

「牢みたいなところに連れて来られるのかと思ったけど・・・そうでもなかったな・・・」

脱出する手段を探す前に、部屋の中をとりあえず点検することにする。 床には椅子が四脚に小さめだが豪華な丸いテーブル、壁には星空を描いた風景画がかかっていた。

奥の壁一面を使って設置されている本棚には、重たそうな本が大量に並んでいる。 どんな本があるんだろうかと、本棚に近づいた。

「ユーベル・オペリスティカ・リブレット・・・あの人の、おばあさんが書いた本?」

本のラインナップは図鑑や事典、伝記など様々だったが、 その中に作者名がユーベルとなっているものが何冊かあった。

その本を引っ張り出して中を開いてみてみると、 それはメルディナ大陸に伝わる古書「紫苑の伝承書」の解読された内容と解説が書かれた本だった。

「白蛇は、光の魔法から作られたもの・・・白き民テヌートはその身に白蛇の力を宿して生まれる・・・ その力を人間が得るためには、闇の魔法の力を取り入れさせ・・・へぇ〜・・・」

興味津々でその本を読み耽っていたが、本棚の奥から物音が聞こえた気がして顔を上げる。

「・・・この部屋の隣に誰かいるのかな」

もっと読んでいたかったが本を閉じて立ち上がり、読んでいた本が入っていたスペースに顔を寄せた。

「もしもし?誰かいるの?」
「・・・・・・クロウじゃない?」
「え?」

小さな声が壁の向こうから聞こえる。 壁越しで聞き取りづらかったが、少年の声のようだった。

「ダンテ?」
「ち、違う・・・ぼくはこの家の人じゃないんだ、連れてこられて・・・閉じ込められてて・・・」
「・・・・・・」
「あ、怪しい者じゃないんだよ、悪いこともしてない、あの、ほんとに・・・」

部外者だと知ったら返事をしてくれないかもしれないと思うと気が動転して、 弁明しようと思うのに余計なことをいくつも口走ってしまう。 ドキドキしながら、壁の向こうの人物からの返事を待った。

「・・・じゃあどうして閉じ込められるんだよ」
「ええと・・・神殿から神殿への荷物を、この家のネイって子が持っていっちゃったんだ・・・ それを返してもらいたくてここまで来た、それだけだよ」
「神殿からの荷物・・・」

何か考え込むような声がする。

「・・・あの、そちらはどうしてその部屋にいるの?召使いの人?それともあの人・・・クロウの弟の一人?」
「いや・・・どっちも違う。俺も、閉じ込められてた」
「閉じ込められてた・・・??」

なぜ過去形なんだろう、とフォルテは目を瞬かせた。

「小さい頃にここにつれてこられて、閉じ込められてた」
「えっ・・・」
「でも、今は閉じ込められているわけじゃないのかもしれない。鍵は開いてるから」
「え、え!?」

フォルテは本棚にすがりつくように壁に近づく。

「誘拐されてきたの!?」
「いや・・・自分の意思でここに来た」
「鍵が開いてるならどうしてそこから出ないの!?」
「・・・・・・」
「外に出たいって思わないの!?何年間、この屋敷にいるの?!」
「・・・・・・」

分からないことだらけで思わず感情的になってしまったが、そのせいか相手の反応がなくなってしまった。 しまった、とフォルテは口を手で押さえる。

「ごめん・・・で、でも、その・・・」
「・・・いいよ。そう思うよな。・・・あんた、そこから出たいか?」
「えっ」

思わぬ問いかけに今度はフォルテが言葉をなくす。 もちろん出られるなら出たかったが、今はそれどころではなくなっていた。

「む、無理だよ、外から扉に鍵をかけられてるから・・・あ、本棚と壁を壊すの?」
「・・・意外と過激なこと考えるんだな。違うよ」

がさっ、と音が鳴り、壁の向こうの少年が動いた気配がする。

「少しなら、大丈夫だと思うから・・・」

という声が遠ざかっていった。 慌ててフォルテは壁に向かって呼びかけたが、返事はもうない。

どういうことだろう、とうろたえていると、なんと部屋の扉の鍵が大きな音を立てた。 ガチャリと鍵が回ったのが分かり、フォルテは急いで扉に駆け寄る。

ノブを回してバン、と扉を開けると。

「・・・・・・?!」

大声を出さないように何とかこらえたが、フォルテは紫色の瞳をこれ以上なく見開いた。

扉の前にいたのは恐らく先ほどまで話していた少年であり、 隣の部屋からこの扉を開けに来てくれたことは分かったが、 目の前にいる彼の髪は、床につきそうなほど長く、なによりも真っ白である。

「テヌート・・・?!」

フォルテの動揺に気づいているのかいないのか、少年は非常に苦しそうに胸を押さえていた。 よろよろと壁を伝って、フォルテに背を向ける。

「あ、待って・・・」
「・・・無理、俺は部屋に戻るから・・・」
「じ、じゃあ、ぼくがそっちに行く」

少年は冷や汗を流しながら顔を歪めていたが、 フォルテに肩を支えられた瞬間にふっと目を開き顔を上げた。

しかし何か言う前に、開いていた扉にそのまま二人で入っていくことになった。

「はあ、はあ・・・」
「あ・・・あのう、ありがとう、鍵を開けてくれて・・・」
「もう、逃げられるだろ・・・行けばいいじゃんか」
「そ、そんな・・・」

少年は先ほどまでではないがまだ苦しそうに呼吸を整えようとしている。 痛々しいその姿に、フォルテは何かできないだろうかと背をさすった。

「あんた・・・もしかして、聖心力が強いの?」
「そう・・・だと思うよ、一応、神官だから・・・」
「相当な強さだな・・・ネイと同じぐらいなんじゃないか」
「それは分からないけど・・・」

少年は徐々に落ち着きを取り戻し、もう大丈夫、とフォルテの手から離れる。

「・・・この部屋は、ネイの聖心力で護られてる。ここから少しでも出れば、 俺は白蛇の力に意思をのっとられて・・・ま、どうするかは知ってるだろ、人間なら」
「・・・・・・」

テヌートに殺された母親を思い、フォルテは苦々しい表情で唇を噛んだ。

「ここから出れば、俺は誰かを殺してしまう。俺の存在が知られれば、俺は処刑される。 ・・・だから、俺はここから出ないんだよ」

あきらめたようにそう言って、床にべったりと腰を下ろす。 長い間切られていないのか、長く白い髪が床に広がった。

その様子を、フォルテは思いつめたような表情で見つめていた。

「ぼくは、フォルテっていうんだ・・・キミ、名前は?」
「俺?・・・シェリオだよ」
「シェリオ・・・ぼ、ぼく・・・キミを・・・助けたい、と思う・・・」
「・・・・・・は?」

急に何を言い出すんだ、とシェリオは怪訝そうな顔でフォルテを見上げる。

「ぼく、母親をテヌートに殺されたんだ。だから、テヌートという存在が憎くてたまらなかった。 この世界からいなくなればいいとさえ思ってた。・・・でも、それは・・・ダメだ・・・嫌だ・・・」
「嫌だって・・・法律で決まってるんだろ、テヌートは全て処刑するって。 あんた一人がそう言ったとしても、何も変わらないだろ。 ・・・ここから出たら、俺は多分・・・フォルテ、あんたを一番最初に殺すぞ」
「・・・・・・!」

残酷なシェリオの言葉に、フォルテは強く首を横に振った。

「そんなこと、言わないで!!そうしたいわけじゃないんでしょう!? ここに来て、やっと色んなことがわかったんだ・・・みんな、自分の意思じゃなかったんだって・・・。 ポルカだって、母上を殺したかったわけじゃなかったんだって!」
「ちょっと・・・」
「深く考えず、テヌートという人たち全てを呪った自分が・・・ぼくは許せない。 シェリオ、ぼくがキミを救ってみせるから、変えてみせるから!! 一緒にここから逃げよう。テヌートだというだけで殺そうとする人たちの手から、ぼくが絶対に守る!!」

一息で言い切ったフォルテの剣幕に気圧されてシェリオは、フォルテの顔を呆然と見上げる。 フォルテは座り込んでいるシェリオに、力を込めすぎて震えている手を差し出した。

シェリオはその様子を見て肩をすくめてふふっと笑い、 腕に巻いていた紐で髪を一まとめに縛る。

そして、差し出されていたフォルテの手を取った。






「オルガンの領主の家・・・ここだな」
「フォルテ様はご無事でしょうか・・・」

エバとティナは、オルガンの領主の屋敷に到着した。 とは言っても、馬のコルダの足跡を追ってまともに歩いてきたのではなかった。

「二人ともこの場所の近くに来たことがあってよかったな、移動魔法でここまで来られるなんて」
「フォルテ様の書置きのおかげですね・・・どうやって中に入りますか?」
「うーん・・・」

屋敷の周囲は高さのある鉄の柵で覆われており、正面の門は閉ざされている。 庭には人の気配はなく、エバはやれやれと頭をかいた。

「侵入・・・するか?俺だけ先に入ってみるから」
「お一人で・・・!?き、危険ですよ、ぼくもご一緒します」
「いや、それだと・・・・・・やー、参ったな・・・」

魔法でサポートするつもりでいてくれるのは分かったが、 どこに敵が潜んでいるか分からない場所へ行くのに守るべき対象がいると動きづらい。 そのことを素直に伝えるべきか悩んでいると、遠くに見える玄関の扉が少し開いた。

「あっ・・・誰か出てきたみたいだな。おーい!!」
「すみませーん!!」

できれば不法侵入はしたくないので、二人は必死に門の奥に呼びかける。 二人の声に気づいたようで、その人物はこちらに近づいてきた。

「この屋敷の執事かな?」
「お年寄りですね・・・」

門から建物までの距離があるため歩いてくるその人物を二人で観察する時間があった。 歩み寄ってきているのは、ダンテだった。

「リブレット家の屋敷に何か御用でしょうか」

門の向こう側から、ダンテは二人に問いかける。 御用というかなんというか、とエバは頭をかいた。

「いや・・・友人がこの中にいると思うんだけど。じいさん、あんた知ってるだろ」
「ご友人が?失礼ですが、貴方様は?」
「俺は・・・エバ・ソルディーネ・・・」

名乗っちゃっていいんだろうかと思いながらも、ここで誤魔化しても仕方がないと素直に答える。 ダンテは何度か頷き、驚いたような表情を見せた。

「おお、ソルディーネ家のご子息でしたか。私はこのオルガンの領主を務めるリブレット家の 管理を任されている者、ダンテと申します。しかし生憎・・・貴方様のご友人という方はこちらには・・・」
「あれ?ダンテ、お客さん?」
「・・・・・・」

ダンテが話している途中で、後ろから白い馬を引っ張りながらネイが通りかかった。 連れているのはまだ子馬のようで、足は短くネイよりも背が低い。

ダンテの後ろから身を乗り出して門の向こうの人物を確認して、やばい、と大急ぎで引っ込んだ。

「・・・ゴメン、ダンテ」
「・・・・・・」

もちろんエバはネイに気づいており、腕組みをしてじとっとダンテを睨み付ける。

「フォルテがここにいるはずだな。ついでに盗んだ荷物も返してもらおうか」
「なんのことでしょうか・・・」
「そ、そうだよ、なんのことだよ!俺はお前に今日会ってないぞ!!」
「「・・・・・・」」

いっそすがすがしいほどの誤魔化しの下手さに、エバとダンテは同時にため息をついた。 恨めしそうにダンテはネイに振り返る。

「俺は外にも出てないし、馬にも乗ってない!!」
「・・・ネイ様」
「神官もここに連れてきてない、から・・・・・・なっ、なんだよ、ダンテ」
「・・・もう遅いです」
「う゛・・・だって、こういうの苦手なんだもん・・・」
「ではせめて、黙っていていただけませんか・・・」

手遅れですけどね、とダンテは肩を落とす。

「じゃ、フォルテを返せ。あと荷物も」
「・・・それはできません」
「なんでだよ!まだ白を切るつもりか!?」
「我が主の命令で・・・本日は屋敷への部外者の立ち入りは禁じられておりますので」
「だからフォルテがここにいるんだろ!!どうしてもっていうなら腕ずくでも・・・」

と、一触即発の状態のエバとダンテの横で、ネイは慌てるわけでもなくエバの背後に注目していた。 そこにはエバの剣幕に怯えているティナが隠れている。

「・・・お前・・・名前は?」
「えっ・・・」

門越しに、ネイはティナに声をかけた。 自分に呼びかけがあると思っていなかったので、ティナは驚いてエバの後ろに更に隠れる。

その間も、エバとダンテは言い合いをしていた。

「ティナ・・・だろ?」
「!!」

名前を言い当てられ、ティナは びくっとして飛び上がる。 どうしてぼくの名前を、とネイを見上げた。

そして、初めてネイの顔をじっくりと見る。

「あ、あなたは、まさか・・・」
「・・・だよな。おい、ダンテ」
「そもそも証拠がおありですか!?無理に入ろうというのであれば法の・・・・・・え?」

服を引っ張られて、ダンテがネイの方に振り返った。

「すみません、エバさん・・・」

ティナも申し訳なさそうにエバの背中を叩いている。

「こいつ、俺の弟だわ」
「この人・・・ぼくのお兄さんです」

その言葉に、エバとダンテは思考が停止した。

「「・・・・・・えっ??」」









  





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