「おー・・・降ってきた降ってきた。すげーなぁ・・・予知能力?」
「いや、ただの・・・状況分析、かな・・・?」
「ははは、それなら天気をあらかじめ伝える仕組みとかを作れば役立ちそうだな」

二人が洞窟にたどり着き、腰を下ろす場所を探していると空は一気にどんよりと曇りはじめ、 続いて大粒の雨がボタボタと落ち始めた。

さらには雷も遠くで鳴っている音がしてきて、本格的に外を徒歩では移動できない状況になっている。

「参ったな〜・・・フォルテが途中で捨てられてたらずぶ濡れだろうし、 荷物を盗んだやつと一緒ならそれはそれで困るだろうし・・・どうしてるかな」
「どうでしょうね・・・フォルテ様が、ご無事ならいいんですが・・・」
「まああいつも、身体能力は高い方じゃないけど魔法は使えるからな。 戦うのは好きじゃないみたいだけど・・・いざとなれば、なんとかできるだろ」

エバは青い上着を脱いで、うーん、と伸びをする。 はー、と大きく息を吐き出して岩の壁に寄りかかった。

「・・・にしてもさ、ちょっと聞いていいか、坊主」
「ぼ・・・なんですか?」

子ども扱いせずに名前で呼んでほしいと伝えようと思ったが エバの真剣な表情を見て言い出せなくなり、少し緊張して返事をした。

「率直に言うけどさ。どうして神官見習いが神殿間のお使いに出されるんだ?遠いだろ、ハープは。 お前が頼りないとか責めてるんじゃないよ。客観的に考えると、どうしてだろうって思わないか?」
「・・・・・・」

エバの言葉に少しショックを受けたが、そんな場合じゃないとティナは必死に考える。 神殿の命令は絶対であり、与えられた仕事に疑問を抱くことはなかったのである。

「・・・クラリネの神殿から、ハープへの届け物は、今までもよくありました。 いつも決まった人が届けていたんですが、今日は都合が悪くてぼくが行くことになったんです」
「・・・・・・」
「・・・でも、他にも適任者はいただろうに、どうしてぼくなんだろうと、確かに思いますね・・・」
「なるほど・・・答えてくれてありがとな、坊主」

よしよしと頭をなでられて、ティナはむすっと頬を膨らませた。 なんで機嫌が悪くなるんだよ、とエバが笑うと、ティナは俯いて口ごもる。

「どした?」
「な、名前・・・」

消え入りそうな声で聞き取れず、エバは耳を近づけた。

「ん?」
「坊主じゃなくて・・・名前で呼んでくれませんか・・・せっかく、名前があるんですから・・・」
「・・・・・・ぶふふっ」

思いがけない申し入れに、堪えきれずにふき出す。 エバの様子を見て、ティナは真っ赤になってしまった。

「そ、そそ、そんなに、笑わなくても・・・!!」
「はははっ、悪い悪い。名前で呼べばいいんだろ、ティナちゃん」
「ち・・・ちゃんはいらないですっ!」
「はいはい、分かったよ、ティナ」
「・・・・・・」

いざ呼ばれるとまた恥ずかしくなって黙りこくる。 変なヤツ、とエバはティナの頭をペンと叩いて立ち上がった。

「おい、ティナが面白いこと言うから雨がやんだぞ。そろそろ行こう」
「あ、はいっ」

岩の上に置いてあったエバの上着を持ってティナも立ち上がる。 エバに服を渡して洞窟の外を見れば、通り雨だったようですっかり青空が広がっていた。

忘れ物はないかと一度振り返って確認し、二人はまた歩き出す。

地面はびしょ濡れでところどころ土が露出している部分はぬかるんでいるようだったが、 強く踏まれた部分はそのまま残っており、足跡は何とか辿れそうだった。



「・・・ん、なんだあれ」

しばらくまた歩き続け、幾らか巨木が点在している草原まで辿り着いた。 エバは大きな切り株の上に何かが置かれているのを見つけて歩み寄る。

「石が置かれてますね」
「明らかにこれは誰かが置いたものだよな・・・」

ティナも駆け寄ってエバの後ろから覗き込んだ。 石の下に、白い紙が半分はみ出ているのが見える。 エバは石を手にとってどけてみた。

「・・・これ、フォルテの字か・・・」
「え?!フォルテさんの書置きですか!?な、なんて・・・?」

厚手の紙に、青色の文字が3行ほど書き込まれている。 大量の雨粒を浴びたはずなのに紙は全く傷んでおらず、文字もしっかり読み取れた。

「荷物の中身は禁止魔法の香炉・・・オルガンの領主の屋敷へ行くと思います、 ぼくは無事だから心配しないでね・・・か」
「ど、どういうことですか?どうしてこの紙、濡れてないんですか?この文字は一体・・・」

一人で納得するエバに、ティナは必死に説明を求める。 エバは少し早足で歩き始めた。

「この紙は秘密文書とかに使われる特殊な紙で、 書いた直後は文字は見えないんだけど水に濡れると文字が浮き出るんだ。 で、この範囲だけフォルテは水の魔法であらかじめ文字を出しておいたみたいだな」

そう言いながら、3行目と名前の部分を指でなぞる。

「つまり、フォルテをさらったあいつにはこの部分だけ見せておいて、 俺がこの紙を見つけて隠されてる文字に気づくだろうと思ってここに置いたんだろう。 ま、さっきの雨で文字は全部出ちゃってたけどな」

紙を折りたたんでカバンにしまった。 エバは黙々と歩いているが、ティナは不安そうな顔をしている。

「禁止魔法の香炉って・・・ぼく、そんなものを運んでたんですか・・・?」
「だーかーら、落ち込むなって。フォルテの行き先が分かった今、 とにかくオルガンの領主の屋敷に早く行くしかないだろ?」
「・・・はい・・・・・・あれ、オルガンって・・・」






「クロウ、ただいまー」
「おおっ!」

何人もの召使いたちにお帰りなさいませと屋敷内の道や空間でお辞儀をされまくり、 やっとたどり着いた屋敷の主の部屋にネイは荷物を片手で抱えて入った。

「お帰りー!遅いから心配したよ、ちゃんと取ってこられた?」
「ん、ちょっと色々あって。ほら、ハープの神殿への荷物」
「ありがとう!さっすが、私の自慢の弟だ。さ、それはダンテに任せて、お茶にしよ」

弟ということはこの人がお兄さんなのか、とフォルテは緊張しながら目の前の黒髪の青年を見上げる。 クロウはネイばかり嬉しそうに見ていたが、やっとフォルテに気づいた。

「・・・あれ?ところで、こちらの方は?」
「あー・・・そいつは荷物を運んでたやつと一緒にいて、荷物を離さなかったから連れて来た」
「へえ・・・」

珍しそうに見つめられ、どうしようとフォルテは更に焦る。 このままでは牢屋に閉じ込められるのでは、と心配で、なるべく笑顔で挨拶することにした。

「ふ・・・フォルテといいます、はじめまして・・・」
「ああ、はじめまして。私はクロウ・オペリスティカ・リブレット。オルガンの領主だよ。 あなたは・・・メヌエット国の宰相、フォルテ・シュターク殿でしょう?」
「・・・え」

その通りに言い当てられて、フォルテは言葉を失う。 肯定すればいいのか、誤魔化すべきなのかもわからなかった。

「そ、その・・・」
「知ってるよ、神殿を回る巡礼に出ておられるって事は」

え、宰相だったの?と、やり取りを無言で見ていたネイは隣で目を丸くしている。

「とりあえず、せっかく来て頂いたんだし・・・ダンテ、いる?」
「お呼びでしょうか」

さっ、と扉の向こうからダンテが現れて深々とお辞儀をする。 顔を上げて、ゆっくりと3人に近づいてきた。

「お茶を用意してもらえる、3人分」
「かしこまりました」

再び丁寧に頭を下げて、ダンテは廊下の奥に消える。

さらわれてきた家でアフタヌーンティーなんて飲んでる場合かとフォルテは混乱したが、 どう考えてもこの状況では逃げられないし、ましてやネイの手にある荷物を取り返すことなど 自分ひとりではできそうもなく、大人しく成り行きに身を任せることにした。



「ごゆっくり、おくつろぎくださいませ」

ダンテが用意してくれた紅茶と、クッキーを前にしてフォルテはまだ固まっていた。 食べていいのか、飲んでいいのか、全く分からずに額を汗が伝う。

その様子を察してか、クロウは苦笑しながらフォルテのティーカップを手に取った。

「毒なんて入ってないって。変な薬も入ってないよ。ほら、交換しようか?」
「俺のと取り替えようか?ダンテが焼いたクッキー、おいしいぞ」
「あ、ありがとう・・・これをいただきます・・・」

緊張しながらも、二人の態度に嘘はないように思えてフォルテは入れていただいたお茶を飲もうと決意する。 ちゃんとカップは温められていたようで、いつも飲むお茶よりもおいしく感じられて少しほっとした。

「あの・・・色々、お聞きしてもいい・・・かな」
「そりゃ、そうだろうね・・・どうぞ?」
「・・・・・・」

尋ねたいことしかなかったので、どこから聞けばいいのか分からないぐらいである。 一番訊きたいことはなんだろう、と頭をフル回転させた。

「・・・あの荷物・・・闇の魔法の道具だって、分かったんだけど・・・何に使うつもりなの・・・?」

クロウとネイは少し驚いたような顔をして目を見合わせる。

「闇魔法だなんて、どうして分かったんだよ?中は見てないだろ?」
「仕事で、光や闇の魔法に接することがあるから一応分かるんだ・・・裁判とかで・・・。 それに風呂敷の中の紙は、聖なる力が込められているのが見て取れたから・・・」
「そこまで分かってるなら・・・お話しようか」

クロウは一度カップに口をつけて、息を吐き出した。

「・・・白蛇の力を手に入れるための手段なんだ、闇の力は。 私のおばあさまは、白蛇の力を人間が身につけるための方法を長年研究なさっていた。 その研究を今はダンテが引き継いで、やっと確実な方法を編み出したんだよ」
「え・・・白蛇の力を・・・手に入れる・・・??」

数百年前にメルディナ大陸を危機に陥れた大いなる存在である「白蛇」。 その力を手に入れるとはどういうことなのか、そんな方法があるのか。

思いがけない単語が大量に出てきて、フォルテはうろたえた。

「テヌートは、白蛇の力を宿して生まれる。白蛇が復活した今、テヌートは皆自我を失って、 白蛇の意思の元にその力を行使して人間を滅ぼし絶やそうとしている。 その非常に大きな力を、人間も得る方法があるんだよ」
「ちょ、ちょっと待って、テヌートは・・・白蛇の意思の元、人間を・・・え・・・!?」
「メヌエット国では白蛇の調査をしてないの?宰相様なら知ってるかと思ったけど」
「え、あ・・・」

全然知らなかった、とフォルテは気まずそうに首を横に振る。 クッキーをポリポリ食べていたネイが、横から口を挟んだ。

「その白蛇の力を手に入れるのに、闇魔法の道具が必要なんだよ。 特殊な設備が必要で、俺たちにはそれは作れない。禁止魔法だしな。 でも神殿はそれを作ってやり取りしてたから、隙を突いてそれを横取りしたってワケ」
「神殿が・・・禁止魔法を・・・?」
「あ、罰しようと思わないであげてね。彼らの動機は良いものだから」

先日訪れたクラリネの神殿や、これから向かうはずだったハープの神殿が、 禁止魔法である闇の魔法を扱っているということにフォルテは非常にショックを受けた。

クラリネの神殿の中を一通り見て回ったはずなのに、それに気づけなかったことに落ち込む。 それを察してか、クロウはフォルテの顔を下から覗き込んで呼びかけた。

「神殿は、白蛇を封印する方法を独自に編み出そうとしているんだ。 それには禁止魔法の研究が不可欠だからね」

クロウにそう言われて、ふと気になっていたことを思い出す。 そんなに大切な物を、どうしてティナが運ぶことになっていたのだろうか、と。

「荷物を運んでいたのは、神官見習いの少年だったんだけど・・・それはどうしてか分かる・・・?」
「うん」

クロウはちらりと遠くの扉に目をやった。 そして、視線をフォルテに戻して頷く。

「さっきも言ったけど・・・主に行動を起こしてくれているのはダンテなんだ。 いつも神殿間の荷物のやり取りは特に聖心力の強い者が行っていて、 警護も厳しくて全く近づけなかった。でも、ダンテが国側に情報を流したみたいなんだ」
「ど、どういう・・・?」
「禁止魔法を扱っている可能性がある、とね。それにより、神殿はパターンを変えざるを得なくなった。 さらに、聖心力が高い者が今日出発できないように・・・事件を起こしたらしいね。 それによって、闇魔法の力を保てるほどの強力な聖心力の別の持ち主を行かせることにしたんだろう。 それがその神官見習いの立場の者だった、というだけのことだと思うよ」

自分も国で5本の指に入るほどの聖心力の持ち主だと自負していたが、 ティナにそこまでの力があったなんて、とフォルテは驚いた。

「・・・で、話は戻るけど、白蛇の力を手に入れるのに必要なのが「闇の聖水」なんだ。 強力な聖水に、濃い闇の力を宿させたもの」
「そ、そんなものが・・・?」
「ネイにとってきてもらったのは「闇霧の香炉」という闇魔法の道具。 これと、ネイが作り出す聖水で「闇の聖水」を作り出す予定だよ」
「・・・・・・え?」

やみぎりのこうろ、という初めて聞く単語にも驚いたが、 それ以上に、にわかに信じがたい言葉にフォルテの思考は停止する。

「・・・ネイが、作り出す?聖水を?」
「なんだよ、信じられないみたいな顔しやがって。そうだよ、俺はすーんごい聖心力が強いんだ。 それを知ったダンテが、俺がまだ小さい頃に俺をこのリブレット家に引き取りに来たんだよ」
「引き取りに・・・?それじゃあ・・・」

ネイはクロウを兄と言っていた。 だが、別の家庭からこの家に引き取られたということは。

「おっと、それ以上は言わないこと。ネイとは兄弟同然・・・いや、兄弟として育ったんだ。 それに関しては、反論されたくない」
「う、うん・・・」

強めの口調でそう言うクロウを、ネイは頬杖をついて面白そうに横目で見ている。

「あんま怖がらせるなよ、お兄ちゃん」
「あ、ゴメン」

はっとしてクロウは口を片手で押さえた。 それを見てネイが ははっ、と笑う。

「・・・さてと。俺はちょっとコルダの世話してくる。洗ってあげないとな」

ネイはカップをソーサーに置いて立ち上がった。 窓から一度下を覗いて、そして扉に向かっていく。

「うん、いってらっしゃい」
「あ・・・いってらっしゃーい・・・」

と言うべきなのか分からなかったがフォルテもクロウと同じようにネイを送り出すことにした。 大きな扉が閉じられ、部屋にはフォルテとクロウの二人だけになる。 ダンテが置いていってくれたポットからクロウはお茶のおかわりを自分のカップに入れた。

「いる?」
「いいえ、まだあるから・・・」
「そっか」

立ち上がってフォルテにポットを差し出そうとしたが、フォルテが首を振ったのでまた椅子に腰掛ける。 そのポットを見つめて、フォルテはまた新たに浮かんできた疑問をぶつけてみることにした。

「・・・あの執事さん・・・ダンテ、だよね?あの人はどうしてそんなに、白蛇の力にこだわるの?」
「私のおばあさま・・・ユーベルに、ダンテは非常に恩を受けたと、そのことを感謝しているみたい」
「御恩を・・・それが、どうして白蛇の力を手に入れることとつながるの・・・?」
「・・・おばあさまは、白蛇の力を持っておられた。私にもそうあって欲しい・・・んだよね」

そう言って、クロウの表情が翳る。 フォルテは言いようのない不安を感じて視線を彷徨わせた。

「あ、あなたは・・・それでいいの?本当に白蛇の力を手に入れたいと思っているの? 白蛇は封じられるべきであり、テヌートは滅ぼされるべき存在だと・・・思わないの?」
「・・・・・・」

急に、クロウの顔から笑みが消えた。

そして、それと同時に外から突然大きな雨音が聞こえ始める。 遠くから雷鳴が徐々に近づいてきていた。

「滅ぶべき存在・・・今のメルディナでは、そうなんだろう。けれど・・・私は、白蛇の力を手に入れようと思うよ」
「で・・・でも・・・」
「・・・今夜、ネイに闇の聖水を作ってもらうことは決まってる。闇霧の香炉の力が弱まる前にね。 そして、私は白蛇の力を身につけることになる。それまで・・・邪魔はしないで欲しい」
「え・・・」

クロウは立ち上がり、扉を開けて外に呼びかける。 フォルテがおろおろしているうちに部屋にクロウが呼んだ召使いたちが現れた。

その中には、ダンテの姿もあった。 クロウはフォルテに手のひらを向けて、彼らに指示を出す。

「この方を・・・そうだね、ムスカリの間にお連れして。粗相のないように」
「かしこまりました。宰相様、こちらでございます」
「あ、あの・・・」

ダンテが前を歩き、3人の召使いに囲まれて、フォルテは大人しくついていくしかなかった。 振り返ってみたが、クロウはフォルテと目を合わせようとはしなかった。









  





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