ひょいと抱え上げられて、フォルテは大いに焦った。 ティナの荷物を持ったまま、軽々と青年はフォルテを運び近くに立っていた馬に乗せる。 うつぶせに乗せられて、一瞬何が起きたのか分からず地面を見ていた。 馬がいなないて体が横に傾いて、やっと我に返り抗議の声を上げる。

「待って!何してるの!?」
「暴れると落ちるぞ、生身で落馬したら大怪我するんだからな」
「なんっ・・・」

フォルテが反論するよりも早く馬は走り出してしまった。

「おいっ、フォルテ!!」
「フォルテさーん!!」

遠くからエバとティナの声が聞こえてきたが、あっという間に遠ざかってしまう。 背を青年に押さえつけられており体を起こすこともできない。

「ちょっと、苦しいんだけど・・・!!」
「あいつらが追ってこなくなるまでちょっと待ってろ、少ししたら体勢を変えさせてやるから」
「いやそうじゃなくて、おろして・・・!!」

必死に声を絞り出すが、青年は意に介さずそのまま馬を走らせていってしまった。



「・・・・・・」
「エバさん!?追いかけなくていいんですか!?フォルテさん、さらわれちゃいましたよ・・・!?」

呼びかけて、少しだけ追いかけたもののエバはすぐに立ち止まった。 エバを追い越してしばらく走っていたティナは、息を切らせながらエバの元へ戻る。

「エバさん・・・?」
「・・・ああ、分かってる。でも馬に人間の足が追いつけるわけないからな」
「それは・・・そうですけど」

顎に手をやって、エバは考え込みながら歩き出した。 ティナもその横を慌ててついていく。エバの視線の先を見て、ティナは あっ、と声を上げた。

「すごいひづめの跡ですね・・・」
「物取りか人攫いかわかんないけど・・・どうやらどっちも慣れてないみたいだな。 目撃者が二人もいる状況で、痕跡まで残しながら逃げるとは・・・何者なんだろう」
「ぼくの荷物が目的だったんでしょうか・・・だ、だとしたら、フォルテ様はぼくのせいで・・・!?」

そこまで言いかけたティナの口元に指を持っていって制した。 驚いてエバの手を見つめ、そしてエバの顔を見上げる。

「・・・坊主は全然悪くないよ。完全に護衛の俺の失敗だ。フォルテを守れなかったし、 ましてや今は大事なお荷物も届けないといけなかったのに、どっちも盗まれちゃうなんてな」

はーあ、とエバは大きくため息をついた。ティナは言葉が見つからず、おろおろしている。

「よし、とにかく足跡を辿って追いかけて、あいつの行動の理由を聞かないとな。 なんとしても、お荷物とフォルテを取り戻すぞ」
「あっ・・・はい!」






「あ、の・・・そろそろ、いいんじゃない・・・っ?」
「・・・そうかな」
「そうだよ!」

数分間馬を走らせ続けて、フォルテは体力と呼吸の限界を感じてもう一度声をかけてみた。

「もう何キロも走ってるんだから・・・絶対に追いつかれない!エバは馬じゃないから!」
「エバ?ああ、さっきの背の高い金髪のヤツか」

青年は手綱を引っ張って、ようやく馬を止める。 フォルテはそのまま地面に降り立ちたかったが、 青年に服の首根っこをつかまれていたので体を持ち上げるしかなかった。

「よいしょ・・・・・・って、素直に運ばれると思う?!おろしてよ!!」
「言われたとおりに止めてやったのに・・・あと数分で家に着くんだぞ」
「えっ」

目的地が近かったのにわざわざ止めてくれたのか、とフォルテは驚く。

「その荷物を置いていくならおろしてやってもいいけど?」
「・・・それは無理」
「じゃあやっぱお前ごとつれてくしかないな」
「その理屈はおかしいよ・・・」

馬に揺られながらも落とさなかった風呂敷を抱きしめて下を向いた。 この場から上手く荷物を持ったまま逃げる方法が浮かばず、フォルテはあきらめたようにため息をつく。

「この荷物はなんなの?どうしてこれが必要なの?」
「俺の兄ちゃんが、クラリネの神殿から出発する神官から荷物を奪ってきてくれって言ったんだ」
「・・・なんてお兄ちゃんだ」

と、小さく言ったが青年は気にする様子もなく馬に合図を出した。 馬は先ほどまでの駆け足ではなく、トコトコとゆっくり歩いている。

「・・・あなたのお名前は?」

一応尋ねてみるか、とダメ元で聞いてみたところ、意外なことに返事があった。

「俺?ネイだよ」
「ネイ・・・さん?」
「そ。お前は?」
「ぼくは・・・フォルテ」
「ふーん・・・どっかで聞いた気がす・・・・・・なんだ、あれ?」
「?」

ネイがフォルテよりも後ろを見て小さく声を上げる。フォルテも視線を追って振り返った。

「人間か・・・?」
「すごい勢いで走ってきてるけど・・・」

みるみる近づいてくるその影は、複数の動物であることが見て取れた。

「犬?こ、こっちに来てる!!」
「あれは犬じゃない・・・オオカミだ・・・!!」

馬を走らせて逃げるのかと思いきや、ネイは馬から飛び降りてフォルテは目を丸くする。

「ちょっ・・・逃げないの!?危ないよ!?」
「俺たち二人を乗せた状態のコルダの足よりもあいつらの方が速い、絶対に追いつかれる」

ネイが馬の体を後ろから叩いて走らせようとしていることに気づいて、フォルテは転げ落ちるように馬から下りた。 それを見て、今度はネイが驚いてきょとんとしている。

「コルダと一緒に逃げろよ・・・家、もうすぐだから」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!一人で8匹を相手する気!?」

ネイがしようとしたようにフォルテは馬のお尻をペシッと叩いた。 馬が走り出したのを見届け、ネイと並んで駆け寄ってきているオオカミたちに向き直る。

「・・・ここは一緒になんとか切り抜けようよ。ぼくも手伝うから」
「えっ、お前、戦えるの?」
「言ってる場合じゃないよ!!」

ついに目の前まで走ってきたオオカミの1匹が二人目がけて飛び掛ってきた。 フォルテは必死にネイとは反対方向に避け、持っていた小さな杖を握って力を込める。 杖はフォルテの手の中で元の長さである1メートル以上の長さになり、それを振りかざした。

「ファイアー!!」

杖の先から火の魔法の塊が飛んで、オオカミの頭に直撃する。 よろけたそのオオカミを、ネイがすれ違いざまに短刀で切りつけた。

「よっと!・・・なんだ、魔法で攻撃できるんじゃん」

オオカミは白い光に包まれて消滅してしまい、フォルテはぎゅっと杖を握り締める。

「飾りみたいな、カバサの木の杖しか持ってこなかったんだけど・・・あっ、来てるよ!!」
「分かってるって!」

言うが早いかネイはフォルテの頭に手を置いて飛び上がり、 持っていた短刀を噛み付こうとしていたオオカミの顔に向かって投げつけた。 さらに着地地点の付近にいた2匹に続けざまに回し蹴りを食らわして吹っ飛ばす。

攻撃を受けたオオカミも光って消えてしまい、 残りのオオカミたちは警戒しているのか遠巻きに二人を見ている。 フォルテは着地したネイと背中合わせになってオオカミたちの出方を伺った。

「ネイ・・・風の防御魔法、使える?使えなかったらぼくがかけるけど」
「いや、使えるよ?もしかして、お前・・・」
「じゃあ、自分にかけて。ぼくの詠唱の間、攻撃から守ってくれるとありがたい」
「・・・よし」

ネイはフォルテに背を預けたまま両手を前に広げて自分に風の防御魔法をかける。 薄緑色にネイの周囲が輝き、足元でゆるく風が巻いた。

「地よ・・・我が呼びかけに応えよ・・・」

フォルテは杖を両手で掲げて、意識を集中させる。 そして、地面に叩きつけるように杖を振り下ろした。

「グランドボルト!!」

フォルテを中心に地に光る亀裂が現れて広がり、 その裂け目の上にいたオオカミは吹き出た地の魔法の力によって空中に突き上げられる。

そして、地面に落下する前にオオカミたちは全て消滅してしまった。

「・・・・・・」

風の防御魔法が必要だということは地の攻撃魔法を使うつもりだろうと予測はしていたが、 敵が一撃で全滅するほどだとは思わずネイは言葉を失って辺りを見回す。

「はー・・・すごい威力だなあ・・・地の攻撃魔法ってあんま見たことなかったけど」

地面は魔法の衝撃によりあちこちがえぐれて魔法と一緒にふき出した岩が砕けて散らばっていた。 それをフォルテはあまり見ないようにして小さく頷く。

「・・・うん、ぼくも久々に使った」

フォルテが杖を両手で縮ませるように力を込めると、それは先ほどの短さになる。 ネイはその間に、先ほど投げつけた短剣を拾って戻ってきた。

「なんだよ・・・無事だったのに、勝ったんだから喜べよ」
「・・・あんまり、好きじゃないんだ。戦うの」
「そんな魔法が使えるのに?俺のこと攻撃して逃げればよかったんじゃないの?」
「・・・誰かをぼくの力で傷つけたくないから・・・・」

剣の裏と表を確認してから鞘に収め、黙ってしまったフォルテに向き直る。

「その考えは否定しないけど・・・でも、少なくとも今の戦いに意味はあっただろ。 俺たちはおかげで無事だったし、コルダも怪我しなくて済んだ。俺は感謝してるよ」
「・・・・・・」

難しい顔をしていたフォルテだったが、ネイがそう言うと苦笑して首をかしげた。

「・・・そう?」
「うん・・・あ、そうだ、コルダ。どこまで行っ・・・・・・っていうか、お前、荷物は?」
「あ」

風呂敷包みの荷物は、フォルテの手元にはない。

「え、ええと・・・馬、コルダ・・・だっけ?鞍に引っ掛けたと思う・・・」
「おいっ!?かなりの速さで走ってたぞ、落ちて割れてたらどうすんだよ!!」

ネイは慌ててコルダが走って行った方向に向かって駆け出す。待って、とフォルテもその後を追った。

「あ、コルダ!ここで待ってたんだな〜、さすが。いい子いい子」
「はあ、はあ・・・・・・に・・・荷物は?」
「えっと・・・あ、結び目が解けてる・・・」
「え!!」

紫色の風呂敷の頂点の結び目が一つ解けていて、中身が見えてしまっている。 思わず二人はそれを興味深そうに眺めた。

「・・・紙で包んであるから見えないな」
「でも、この紙って・・・」

と、フォルテが中身を指差したとき、ネイはその荷物をばっと抱え上げる。 そして、軽い身のこなしでひらりとコルダに乗ってしまった。

「ちょっと!」
「もーらい。どうする?ついてくる?」
「・・・それがないと、お使いが果たせなくなっちゃうもの・・・返してもらえるまでついてく」

ネイは荷物を体の前に置いて、フォルテが後ろに乗るために手を伸ばす。 しかしフォルテはその手を取ろうとせず、ネイに背を向けていた。

「おい?乗んないの?」
「ちょっと待って・・・うん、もういいよ」
「・・・なにしてんだ?」

フォルテは近くにあった大きな切り株の上に小さな紙と大きめの石を一つ置く。 その上に手をかざした後、ネイの方へ振り返った。

「置手紙。エバはここを通るだろうから」
「なんて書いたんだよ・・・ちょっと見せろ」
「いいけど」

せっかく置いたのに、と言いながらフォルテは石をどかして紙をネイに手渡す。 ぼくは無事だから心配しないでね、とだけ書かれている紙を凝視し、 一度ひっくり返して確認してからまたフォルテに返した。

「ってか、どうしてここを通るって分かるんだよ」
「んー・・・エバなら分かるかなって・・・勘というか」
「なんだそれ。犬みたいに鼻がいいとか?」
「あははは、エバは確かに犬っぽいかなぁ?」

雨が降った後の草の少ない地面へ、コルダの蹄の跡がクッキリと残っている上に、 人がそこまで通る場所ではないようで他の乗り物や生き物の通った跡が全くないため どう考えても一目瞭然なのだが、あえてそれは言わずに笑って誤魔化すことにした。



ネイが言ったとおり、先ほどオオカミに襲われた場所からそう遠くない場所に目的地はあったらしい。 鉄の柵でしっかりと覆われた、大きな邸宅の前でネイは馬から下りる。

「な・・・すごいお屋敷・・・」
「お前の家、小さいの?」
「いや・・・その・・・」

フォルテは宰相として王宮に住んでいるため、自宅はあるもののあまり帰ることはない。 そのことを今説明する必要もないので言葉を濁しておくことにした。

「お帰りなさいませ、ネイ様」

巨大な門が開き、そこから黒いスーツを着た白髪の執事が姿を現す。 片眼鏡をかけていて物腰は上品で落ち着いており、いかにも執事という風貌だった。

「ただいま、ダンテ。コルダを厩舎につれてっといてくれる」
「かしこまりました・・・おや、そちらのお方は?」
「ん、荷物を離さないから一緒に連れて来た。どうしたらいいかな」
「そうですね・・・クロウ様のご判断に任せましょう。牢もありますし」

なんか自分の処遇が勝手に決められていることにフォルテは冷や汗を流したが、 ほらおりろよとネイが両手を伸ばしたため仕方なくそれにつかまることにする。

「クロウに荷物を渡しに行くけど、クロウにお前をどうするか聞くから一緒に来いよ」
「・・・拒否権は?」
「あるけど、大人しく荷物を俺に渡して帰るってことだよ」
「・・・じゃあ、ついてく」
「ま、クロウは優しいから大丈夫だって」
「弟に物取りや人攫いさせるお兄ちゃんのどこが優しいの・・・」

と、フォルテは嘆いたがネイは全く気にしていない。

そのやり取りを馬から道具を取り外していたダンテは少し笑いながら聞いていた。 笑われた、とフォルテはその気配を感じてさらに落ち込んだ。






地面に残ったひづめの跡を辿りながら、エバとティナはひたすら歩いていた。 かれこれ1時間は歩き続けているが、跡は途切れることなく続いている。

「・・・この方向は、コンチェルトだよな・・・国境の川も越えたのかな・・・」
「足跡がちゃんと地面に残っているといいですけど・・・」

今は草がまばらに生えている草原を歩いているので土が露出している部分も多く、 少しの間見失っても先を見れば足跡は確認できていた。

しかし、硬い素材の地面を通られていたら足跡を探すのに苦労することになる。 そのとき、あっ、とティナが空を見上げて声を上げた。

「どうした?」
「いえ・・・多分、もうすぐ雨が降ると思います」
「は?なんで?晴れてるけど・・・」
「風の感じが・・・雲の流れも速いですし、この感じだと雷も鳴るんじゃないかな」
「え・・・すごいな、どうなってんだよ」

ティナが冗談を言っている風ではなかったので素直にその言葉を信じることにして、 雨宿りできる場所を探して遠くを見渡す。 少し離れた岩場に洞窟のような地形があるのが見えて、エバはそこを指差した。

「よし、じゃああそこで一休みするか。・・・その雨、強そうか?」
「そうですね・・・足跡、消えちゃいますね・・・」
「ま、天気はどうしようもないからな。 事前に雨が降ることが分かって風邪ひかずにすんだだけでも儲けモンだよ。ありがとな」

ティナの頭を軽く叩いて、岩場目指して歩く足を速めた。









  





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