「なに泣いてるんだ?」
「・・・・・・」

下を向いて顔を隠せないからか、フォルテは今度はエバから視線をそらした。 部屋が暗いので一見分からなかったが、よく見ると目は泣き腫らして充血しており頬は涙で濡れていた。 沈黙が続いたが、無理やり押さえつけていることに気づいてエバがフォルテの方から手を離す。

「さっき廊下に出た気配がしたけど・・・そのときに何かあったのか?部屋を出るなら俺も一緒じゃないと危ないだろ」
「う、うん・・・ごめん・・・階段の壁にかかってた絵が綺麗だったから、もう1回みたいなと思って・・・」
「あー・・・風景画がかかってたな。雪山の・・・だっけ?」
「そう・・・多分、バルカローレの景色を描いたものだろうね」
「どうやって、それが泣く原因になるんだよ・・・?」
「・・・・・・」

フォルテは椅子の背もたれに深く寄りかかり、腕の力を抜いて俯いた。

「・・・些細なことなんだ・・・廊下で、下の階に泊まっている子供とすれ違って」
「・・・・・・」
「その子が・・・少し、ポルカに似てて」

あっ、とエバは顔をしかめた。

「・・・それで、逃げるように部屋に帰ってきて・・・窓を見たら、月が出てて・・・。 母上が、殺された日と同じ・・・三日月が」

エバが顔を上げると、細くて白い月がひっそりと浮いているのが見える。 しばらくそれを眺めてから、またフォルテに視線を戻した。

「テヌートなんか・・・この世から全員、一人残らず消え去ればいいのに・・・」

そう言ってまた静かに、泣き出してしまった。 声を必死に押し殺そうとしているフォルテを見てエバは何も言わず、落ち着かせるように頭に手を置いた。






かつて、メルディナ大陸には各地に「テヌート」と呼ばれる人種が存在していた。

生まれながらにして髪が白い人種で、それ以外は普通の人間と何ら変わりなく、 人間とテヌートの混血はテヌートの特徴を失い、白い髪でないことが非常に多かった。 さらにその子孫は一切テヌートの特徴を備えることはなかった。

数百年前に、全てのテヌートを滅ぼす命令が出されて大きな戦争が起こった。 純血のテヌートを残そうという動きがテヌートや人間たちの間でもあったため、 その争いはメルディナ大陸全体を巻き込む大きなものだったらしい。

戦争が終わり、テヌートは各国で全て監視下に置かれることになった。 しかし国の中心から遠い地方では殺されてしまう者もいれば存在を隠され保護されている者もいた。

5年前、メヌエットが管理していたテヌートだけの集落をフォルテの母シアが宰相の妻として 国から出された視察団を率いて訪れたときに、事件は起こった。

「ぼくもテヌートの村への視察はよく同行していたから・・・仲のいいテヌートも多くいたけど、 まさか母上が・・・ポルカに殺されるだなんて、思ってもみなかった」

テヌートたちは突然視察団の一人に襲い掛かって殺してしまい、 それを皮切りに兵士たちとテヌートの戦闘となりその集落のテヌートは全てその場で処刑された。 その際、シアはフォルテと仲のよかったテヌートの少年ポルカに殺されたと、 家でシアの帰りを待っていたフォルテは衝撃的な報告を受けたのだった。

そんな恐ろしい事件が起こるなど考えられないほど、綺麗な三日月の日だった。

その事件をきっかけに、テヌートは改めて危険な存在だとされて全ての国で滅ぼされることが決まった。 それでもあちこちで生き残りの存在が相次いで確認されては国に報告が上がっていた。 現在はテヌートに報奨金までかけられて、すべてのテヌートを探し出し抹殺することになっている。

「テヌートは災いを呼ぶ・・・か。御伽噺なんかじゃなくて、言い伝えはホントだったんだよな・・・」

変わらずポロポロと涙をこぼしているフォルテを見て、エバはどうしたものかと頬杖をついた。

「やれやれ・・・それ、やめよっか」
「・・・え?」

いつまでもめそめそしているなと怒られたのか呆れられたのかと焦って、 フォルテはなんとか涙をごしごしと拭おうとする。 そうじゃない、とエバは苦笑しながらハンカチを取り出して手渡した。

「一人で泣くのはやめろよ。二人でいるときは我慢してて、一人になったら泣き出すなんてな〜・・・。 せっかく一人で泣かなくてもいいときに頼ってもらえないとか、寂しすぎるって」
「・・・・・・」

渡されたからには使わせてもらおう、とフォルテはハンカチで両目をぎゅっと押さえる。 そのまま、エバの顔を見ることなく口を開いた。

「・・・また、泣き出すこともあると思うよ。いいの?」
「いいに決まってるだろ。その代わり」
「?」

エバが立ち上がった気配がして、フォルテはハンカチを顔から離す。

「俺が泣きたくなったら、ちゃんと付き合えよ。それでお互い様だろ」
「・・・エバが泣くことなんてあるの?見たことないんだけど」
「そうか?親友が相談もしてくれず一人で隠れてこそこそしてたら、悲しくて泣いちゃうぞ」
「なっ・・・」

からかうように言われて、むっとしてフォルテも立ち上がった。

「言ったからには、約束は守ってもらうからね。ぼくが相談したいときには絶対に付き合うこと!!」
「上司命令?」
「・・・親友命令」
「ははっ、かしこまりました」

もう大丈夫かな、と察してエバは部屋の扉を開ける。 わざと恭しくお辞儀をしてから、扉の外からひらひらと手を振った。

「じゃ、おやすみ。起こしに来るからな、ちゃんと起きろよ」
「大丈夫だよ、じゃあ明日はまたクラリネの神殿に行くからね」
「おう、いい夢見ろよ」

パタン、と厚めの木の扉が閉められて部屋に静寂が訪れる。 テーブルにはハンカチを持った自分の手が月明かりに照らされて影を作り出していた。

窓の外にふと視線を移してみたが、三日月を見ても勝手に涙がこぼれてくることはもうなかった。






次の日、約束どおりクラリネの神殿に行きフォルテは聖堂で大勢の神官たちの前で講演を行った。 それが終わると僧兵たちに今度はエバが剣術を教える番となり、結局気づけば昼過ぎになっていた。

「・・・ま、そうなるよな」
「時間は大丈夫かな」
「うーん・・・急げばなんとか、夜までにはつくんじゃないか?・・・あれ?」

一通りの講義を終え食事をしてさていよいよハープの神殿に向かって出発しようとしていたとき、 裏口のようなところからティナが出て行くのが見えて二人は声をかける。

「おーい、ティナ?」
「あっ・・・フォルテ様・・・と、エバさん」

大きな風呂敷包みを持ったいでたちで、二人の神官の青年の間を歩いていたが二人に気づいて嬉しそうに走ってきた。

「先ほどはありがとうございました、クラリネの神殿へのご指導に皆感謝しています」
「はは、そりゃよかった。ところでその荷物、なんなんだ?どこかお出かけか?」
「はい」

ティナは包みをよいせと浮かせてから持ち直す。

「これは、ハープの神殿へのお届けものです。ルマンド様から託されました」
「・・・へえ」

そうか偉いな、とティナの頭を撫でたが、 なぜ神官見習いの少年に使いを任せるのかを内心疑問に思った。 フォルテも同じようで、笑顔を作りながらも少し考えごとのときのような表情をしている。

「中身はなんなんだ?」
「さあ、拝見していません」
「開けちゃダメなのか?」
「何も言われておりませんが・・・落とさないように、ぼくが持っているように、とだけ」
「・・・そっか」

エバは何かを感じ取り、ティナの後ろからついてきた二人の神官に目をやった。

「二人とも、ティナと一緒に行くのか?ハープまで」

青年たちは少し戸惑いながらも、はい、と答えて頷く。 するとエバはすくっと立ち上がり、満面の笑みを浮かべながら二人の肩に手を置いた。

「なるほどな。俺たちも丁度今からハープに行く予定だったから、ティナのことも俺が守るよ。 方向が同じなら一緒に行くものだろ?で、お二人さんはティナを守るためにいるなら、 それができる人がここにもういるから。俺に任せてくれよ」

えっ、と二人は驚いた様子で、小声で、どうする?いいのかな、などと言い合っている。 突然のエバの提案に、後ろでフォルテも驚いていた。

「何もおかしいことはないだろ、任せろって!」
「はあ・・・」
「それでは、よろしくお願いします・・・?」

お辞儀をしてから去っていく間も、なんて説明する?などという会話が聞こえてきている。 一方、ティナはとても嬉しそうに目を輝かせていた。

「お二人の旅に・・・ぼくが、同行してもいいんですか!?」
「おう・・・というか、どちらかというと同行者はこっちなんだけど」
「旅は大勢の方が楽しいからね。よろしくね、ティナ」
「はい、よろしくお願いします!!」

荷物を持っていることを忘れるほど喜んでいるようで、持っている包みが大きく揺れている。 よろしく、と言いながらフォルテもエバも届け物が壊れないか心配だった。






「クラリネの町からハープまではこの道をまーっすぐ行けば寝てても着くからな」
「寝てちゃ着かないでしょ」
「頭は寝てて、足だけ動かす」
「あははは、なんか怖いですよそれ」

仲良くハープの町までの道のりを歩いていたが、特に何も起こらず平和だった。 何かあるのでは、と思って同行を申し出たエバは、考えすぎだったかなと思い直す。

「子供一人にお使い、しかも届け物なんて・・・なにか絡んでるかと思ったけどな」
「これだけ平和な道だから、ティナでも大丈夫ってことだったんじゃない?」
「はー、そうかもな・・・疑っちゃって、悪いことしたな」

やれやれと頭を掻き、ティナを見ようと視線を落としたが、 先ほどまで笑顔だったティナの様子がおかしいことに気づいた。 片手で包みを持ち、もう片方の手でエバの服のすそを引っ張って何かを小声で言っている。

「・・・坊主?どした?」
「お、ふ・・・う、うし・・・」
「牛?」

歯をカタカタ震わせながら、必死に何かを伝えようとしている。 服を掴んでいた手を離し、二人の間を指差した。

「う、う・・・後ろ・・・!!」
「「え?」」

二人が振り返ると、進行方向だった道の脇の大きな木の陰からなにやら白い塊が動いているのが見える。 なんだなんだ、とそれを見つめていたが、それらが姿を現し、何者であるかが判明した。

「トラ!?し、白いトラ・・・?!」
「この辺、こんな動物が住んでるのか?!し、しかも・・・」

後ろに重なっていたようで、なんと3頭ものトラがこちらを鋭い目で睨みつけている。

「3頭か・・・厄介だな」

エバは素早く剣を抜き、二人の前に出た。 二人を確実に守るにはどうするかを考え、左手を前に出す。

「ファイアー!!」

手から放たれた火の魔法は一番左にいたトラに直撃し、そのトラは大きく後ずさった。 魔法が当たった顔から白い光が漏れ出ている。

「・・・血じゃないよな、あれ」
「エバ、ぼくも・・・」
「いや、いい。防御魔法をかけて、なるべく体勢を低くしてろ」

エバはそう言って二人から離れ、走り出した。

「・・・うん、わかった」

フォルテは防御魔法を詠唱し、ティナとフォルテの体は水の防御魔法の膜に包まれる。 それを気配で確認して、エバは剣に火の魔法をまとわせた。

トラが大きく前足を振り上げて、エバ目がけて振り下ろしたが、 大きな砂埃が上がっただけでそこにエバの姿はなかった。

「バーニングブレイド!!」

攻撃を仕掛けていたトラの頭上へ剣を振り下ろし、火の魔法が更に爆発を起こす。 あまりの威力の高さに、水の防御魔法はシャボン玉が割れるようにパチンと弾けてしまった。 3頭とも地面に倒れたかと思いきや、最初に攻撃を受けたトラがよろけながらもエバに向かって突進してきた。

「へえ、根性あるな」

大きく口を開いてエバの眼前までトラが迫り、フォルテは思わず顔を手で覆ったが、 エバは逃げるそぶりを見せずに左手を突き出す。

「・・・!!」

その左手には環の形になっている火の聖玉ファラが握られており、エバの手を離れてトラの体を貫通した。 大きく旋回してファラがエバの手に戻ってきたとき、トラは地響きを立てて地面に倒れていた。

「す、すごい・・・・・・あっ」

エバに駆け寄ろうとしたティナだったが、倒れたトラの様子がおかしいことに目を丸くする。 トラは全身から白い光を発し始め、その光が強くなったかと思うと跡形もなく消えてしまっていた。

「・・・なんだ、こりゃ?」
「ただの動物じゃなかったんでしょうか・・・そ、それより!エバさん、どうもありがとうございました!!」
「いや、これが俺の仕事だし。守るって大口叩いたからにはちゃんとやるって」

辺りはトラの攻撃やエバが放った魔法の衝撃で地面はえぐられ草むらがところどころなくなってしまっている。 それをキョロキョロと観察しながらフォルテも近づいてきた。

「ありがとう、エバ・・・お疲れ様です。最後の攻撃に使ったの、聖玉?」
「ああ、投げてもちゃんと戻ってくるんだ、すごいだろ」
「なるほど、これを使って魔法を放てるんだ・・・」

エバが差し出してくれたので、フォルテはファラを手に乗せて眺める。 フォルテの手の上では環ではなく聖玉の形、球体だったがフォルテはそれに強い火の魔法の力を感じた。

「・・・さて、じゃあ行くか・・・って、坊主、荷物はどうした?」
「え?あれ?さっきまで持ってたんですけど・・・」

気づけばティナの手から届け物である風呂敷包みの荷物がなくなっている。 3人は慌てて辺りを見回した。

「ど、どこ行った?まさか高いところから落として粉々になってないだろうな?」
「あわわ、トラを見つけたときは確か持ってたと思うんですけど・・・!」
「そのあとの魔法の衝撃がすごかったから・・・・・・あ、あった!!」

フォルテが大きな木とその下にある岩の陰に隠れている荷物を発見して駆け寄る。 あったか、とエバは腰に手を当ててやっとほっとした。 剣を鞘に戻して、フォルテから返してもらっていた聖玉を服の内側にしまう。

「・・・・・・ん?」

フォルテが荷物を拾おうとすると、引っ張られるような感覚がありさらに力を込めた。 それでも荷物が手元に来ないので顔を上げてみると、そこに人が立っていて驚きのあまり悲鳴を上げる。

「ひゃああああ!?」
「・・・・・・」

ケープについた大きなフードを目深にかぶっているため顔が見えず、フォルテは何とか顔を覗き込もうとした。

「あのー・・・拾ってくれてありがとう、手を離してくれますか?これ、友達の落し物で・・・」
「・・・嫌だ。お前こそ、手を離せよ」
「・・・えっ」

渡してもらえそうもなく、フォルテは焦る。 木の陰に隠れていてエバたちからはその人物が見えなかったが、様子がおかしいことに気づいて近づくことにした。

「おーいフォルテ、なにしてんだ?」
「いや、その・・・荷物、返してください」
「お前が手を離せって」
「そういうわけにはいかないんだってば」
「・・・もう!」

荷物から手を離されたと思ったら、今度はフォルテの体が浮き上がる。 抱きかかえられていることに気づくのに数秒かかった。

「えっ!?ち、ちょっと!?」
「手を離さないなら、お前ごと持ってくことにするから!」
「はぁっ!?」









  





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