ルマンドとフォルテが部屋から出て行ってしまい、エバとティナが取り残される形になった。
ティナはお盆を片付けに取り掛かる。

「おい坊主」
「え・・・あ、はい?」

後ろから声をかけられてティナは振り返り、きょとんとエバを見上げた。

「神官見習いだって言ったな。なんでまた、神官になりたいと思ったんだ?剣術士じゃなくて」

フォルテが神殿の中で仕事をしている間は通常の巡礼者の護衛にとっては休憩の時間となる。
しかし最近は神殿内であっても危険なことがあるので護衛がついて回るのが普通になっていた。

それでもエバがのんびりしているのは、先ほどのこの神殿の司祭であるルマンドにはなにか隠しているような
危険な兆候が見られなかったので大丈夫だろうと判断していたためである。

時間つぶしに、という軽い気持ちでエバはティナに話しかけていた。

「・・・ぼく、一年前に母を亡くしたんです。それで・・・ここに連れてこられました」
「え?」

エバは腕組みをやめて、目を見開いた。

「そりゃ悪いこと聞いちゃったな・・・」
「いいえ。今の生活はとても楽しいですから」
「そっか・・・ってことは通いじゃなくて、神殿で暮らしてるのか」
「はい」
「ふーん・・・将来は何になりたいんだ?」

神殿での仕事に従事する者は神殿で重要な仕事を行う役職につくために修行を積んだり、
神官でありながらも剣術などを学び僧兵になってから出世していく者もいる。

「・・・頑張って修行を重ねて、聖水を作るだけでなく怪我を治せる力を身につけたいと思っています。
母は、怪我が原因で病気になったので・・・」
「怪我?」
「はい、物取りに遭った際に剣で切りつけられて・・・ぼくが、すぐに手当てができれば・・・」
「・・・・・・」

ティナの声は消え入りそうになっていき、エバはティナの頭を片手で引き寄せて抱え込んだ。
突然のことに、ティナは押さえつけられたまま目を瞬かせる。

「あ、あの・・・?」
「・・・どうしてそんな奴がいるんだろうな。辛かったな。剣を持ってる奴なんて・・・みんな憎いだろ」
「そ・・・そんな」

そんなことないです、と言おうと思ったが、
頭をポンポンとなでられて思わず涙がにじみそうになりそれ以上言葉を紡げなかった。

二人とも無言で、しばらくそうしていた。






落ち着いたティナにエバは神殿の中を案内され、普段自分がどのような仕事をしているか、
どのような日程で動いているのかを説明してもらった。

他の大勢の神官見習いの少年たちとも仲良くなり、すっかり打ち解けて話していたが、
フォルテの仕事が終わったようで神殿にいる人全員が聖堂に集められていく。

エバは一番後ろで壁にもたれながらフォルテの話を聞いていた。
窓から外を見れば、もうすっかり暗くなっている。

話が終わり、二人が神殿から出ようとしたときにルマンドがフォルテに声をかけた。

「あの、フォルテ様」
「なんですか?」

なにか不備があったかな、とフォルテは振り返る。

「今晩、お泊りになる宿はもうお決まりでしょうか?」
「え?」

エバと立てた予定では、グロッケンを出発して二日目はクラリネの町に泊まることになっていた。
ここに来るまでに騒動はあったものの、予定通りの時間なのでまだ宿に空きはあるはずである。

「いいえ、まだ決まっていません。これから探しに町に行きます」
「それでしたら、ここに泊まっていかれませんか?」

突然の申し入れに、フォルテは目を丸くした。
エバの様子を見ようとしたが、後ろにいるので表情を確認できない。

「それで、もしよろしければ数日間滞在していただきたいのですが・・・」
「数日間、滞在・・・」

フォルテは頭を抱えた。
巡礼の期間は決まっているし、一つの神殿にそこまで時間はかけていられない。

「皆も是非ともフォルテ様に留まっていただきたいと申しておりまして・・・。
うちの剣術の指導者も、護衛の方に是非ご指導をと・・・一日二日でも構いませんので」
「し、しかし・・・」
「王宮ほどはいかないにしても、絶対に不自由はさせません、了承していただけないでしょうか」
「・・・・・・」

二日間ぐらいならいいだろうか、とフォルテが顔を上げたときにエバが横から口を出した。

「生憎、もう宿は予約してあるんで。ほら行くぞフォルテ」
「えっ」

それを聞いてルマンドは残念そうに肩を落とす。

「そ・・・そうでしたか・・・」

エバに背中を押されて出口に向かいながらも、ルマンドの様子を見てフォルテは慌てて手を振った。

「明日、ハープに出発する前にもう一度来ます!
そのときに、少しでよければ皆さんとお話をさせてもらいますよ」
「本当ですか!ではお待ちしておりますので。お二人とも、お気をつけて」
「はい、ではまた明日」
「じゃーな、おやすみ」

フォルテに前を歩かせながら、エバも軽く振り返る。
大きな階段を足元を気をつけながら降りていき、町の中心に向かって歩き出した。

「あんなにみんなに好いてもらえて、よかったな」
「エバだって子供たちに気に入られてたじゃない」

フォルテが聖堂に人を集めた際にエバがたくさんの子供たちの中心にいたのを見ていて、
保育士さんみたいだな、とフォルテはその光景を微笑ましく思った。

「ま、子供は可愛いよな。にしても・・・クラリネの神殿には問題はなかったみたいだけど、
むしろ問題があるのは巡礼者の方なんだな・・・」
「・・・そうだね。これは、上に持っていかないといけない話だ」

大通りまで出てきて、さて、とフォルテはエバを見上げた。

「それで、とってあるという宿はどこに?」
「ん?そんなのないぞ」
「はい?」

意味が分からず、表情はそのままで首を傾ける。

「え、さっき宿を予約してあるって・・・」
「ただの逃げる口実だよ。どんな宿でもいいだろ?」
「構わないけど・・・」

宿が取ってあると思っていたから安心していたが、まだだと分かると辺りの暗さが急に不安になる。

「エバに任せるよ」
「よし、それじゃああの通りに一軒あったと思う」

フォルテを抱えて神殿を探すために走っているときに通り過ぎた宿をエバは覚えていた。
比較的大きな建物だったので、この時間でもまだ空きがあるかもしれない。

「あったあった・・・宿屋「タネット」だってさ」

スライドさせる扉を横に押して開いて、二人は中に入っていった。
エバが扉を押さえて、フォルテも続いて中に入る。

「いらっしゃいませ、二名様ですか?」

店主と思われるおじいさんがカウンターの中におさまっていた。

「そうだけど、二部屋あいてるか?」
「はい、ございます」
「なるべく隣り合った、近い部屋がいいんだけど」
「かしこまりました」

おじいさんは鍵を棚から二つ取り出して、階段を上り始める。
二人はその後に続いて階段を2回のぼり、部屋の扉の前にやってきた。

それぞれ鍵を渡されて食事の時間を尋ねられ、すぐにしてほしいと伝えると
おじいさんはかしこまりましたと言ってお辞儀をしてから階段を降りていく。

「食事ができるまで30分か・・・じゃ、俺はちょっと風呂でも浴びてこようかな」
「ぼくもそうするよ。また後でね」

フォルテは鍵を差し込んで部屋の中に入っていった。
扉が閉められて内側からフォルテが鍵を閉めるのを確認してからエバも自分の部屋に入る。

エバは部屋の中を見回したが、宿屋の中でも広い方かと思えるつくりだった。
寝るための大きめのベッドが一つ、テーブルが一つと椅子が二つ。

一応キッチンもあり、浴室は入口の右にある。

エバは持っていた荷物を全てテーブルの上にドサっと置き、額に巻いていたバンドを外した。
そして帯剣ベルトから剣を抜いてからベルトを腰から外し、テーブルに立てかけてから風呂場に向かう。



「ヘビに噛まれたところ、傷跡にならないといいけど・・・」

浴槽に湯を張って、備え付けられていた入浴剤の中からミルクを選び、
白濁色の湯の中でふう、とフォルテはため息をついた。

ヘビに噛まれた腕の傷を、さすったりお湯をかけたりしてみたが、まだ少しひりひりと痛む。

お湯をすくって顔にバシャっと1回かけてから、あんまりのんびりもしていられないなと思って湯船から上がった。
肩につくくらいのフォルテの薄茶色の髪からぽたぽたと水が滴り落ちる。

壁に阻まれて見ることはできないが、エバがいるであろう部屋の方を向いた。

父であるオルシモが存命中はフォルテはエバやチェレスと同じ「タン・バリン剣術魔術学園」という学校にいた。
学校に通う人もいるがフォルテは寮生活で、エバとは二人一部屋で生活していた時期もある。

宰相の父のあとを継ぐことになるのは分かっていたため、フォルテはひたすら毎日勉強に打ち込んでいたが、
エバはさして努力している姿を見たことはなく、それでもなんでもそつなくこなしてしまっており
根本的に自分とはつくりが違うんだろうと、そう思っていた。

剣術に長けるだけでなく魔法も使えて、学術の成績も常に上位におり、
エバは学園内でも有名で誰からも一目置かれていた。

そんな彼も完璧人間ではなく、敬語を使うべきところで使うことを忘れて怒られたり、
感情で行動するところもあってそういった一面を見て人間なんだなと変に安心したりもする。

そういえば、剣術の大会でエバを負かした人もいたっけ、
あのときはすごく悔しがっていたなあと思い出して図らずも笑みがこぼれてくる。

結局その人は家庭の事情で学園を去ってしまい、
エバは絶対にリベンジしてやると誓っていたのに再戦はかなわずしばらく落ち込んでいた。

「・・・あ、いけない」

気がつけば顔を洗う手を止めてぼーっとしてしまっている。
手桶に汲んだお湯をばしゃばしゃと顔にかけて首を横に振った。

「・・・・・・」

顔から水気をぬぐうために両手を上から下へと滑らせる。
そのとき、何かを思い出したようにその手が口で止まった。

「感謝しないといけないけど、他にやりようはなかったのかな・・・はあ」

小さくそう呟いて、はあ、と今日で一番大きなため息が出る。
ノーカウント、と頭の中で繰り返しながら手早く頭を洗ってしまうことにした。



「はあ・・・ちょっと危なかったかもな、これは」

フォルテの部屋の浴室と全く同じ構造の浴槽の中で、エバも同じくため息をついている。

「油断・・・いや、焦りか・・・怒りか・・・?」

ヘビに囲まれたときに、一匹だけ避けそこなった攻撃。
右肩にその噛み跡がしっかりと赤く残っている。

実は自分も毒蛇に噛まれていたのだが、それでも自分には応急処置もせずに
フォルテを抱えてクラリネの町まで走り、何とか気力を保って解毒剤を作った。

あと数分、薬を飲むのが遅かったら毒が体中に回って自分も倒れていたことだろう。

左手で右肩の傷口を触ってみた。
牙が刺さったであろう部分に穴が開いており手には凹凸を感じた。

湯がじわっとしみて、いてて、と小さく声を上げる。

「それにしても・・・」

あのヘビはなんだったのか、とエバは考えた。
集団生活をしないはずのヘビがあんなに群れて、危害を加えられたわけでもないのに襲い掛かってきた。
しかも自分たちを取り囲み、避けにくいように統率が取られているかのような攻撃だった。

明らかに二人を狙ったような、作為的な何かを感じる。

今回は何とか切り抜けられたが、今後またこのようなことがあるかもしれない。
そのとき、自分が倒れてしまってはフォルテを守ることはできないと、気合を入れなおした。

「自分の身も守れ、か・・・」

ふとチェレスに言われたことが浮かぶ。

「・・・ま、善処するよ。な」

鏡に映った自分にそう言って笑いかけると、同じように鏡の中の自分も微笑み返してきた。



食事も無事に終えてあとは寝るだけとなり、また二人は部屋に戻ってきた。
フォルテが部屋に入るのを見届けてからエバも部屋に入って鍵を閉める。

真っ暗な部屋の中に少しだけ明るく光っているランプの明かりを強くして、
テーブルの上に置いたままだったカバンをあさった。

本を取り出そうとして中を探っていたが、何か硬いものが当たりそれを本と一緒に掴む。
引っ張り上げると、炎のように赤く淡く輝いている聖玉、ファラがそこにあった。

エバの手のひらの上でそれは輪の形になり手になじむようにおさまる。

「親父の奴・・・こんなもの俺に押し付けやがって・・・」

はあ、とため息をつきながらももう片方の手で椅子を引いてそこに腰掛けた。
ファラを傍らに置いて、手に持った小さな本のページをめくってそれに没頭する。

しばらくして何気なくファラを手に持って、人差し指でくるくると回した。
そしてまた本に視線を落とした瞬間に指からファラが抜けてベッドの方に飛んでいってしまった。
床に当たったファラがカン、と高い音を立てる。

やれやれ、とそれを拾うためにベッドに近づくと、あることに気がついた。

「・・・ん?」

ベッドの上に置いてある荷物を見てエバは首をかしげた。
自分の荷物ではないポーチが一つ混じっている。

フォルテの荷物を調べたときに一緒に持ったままだったようで、
今夜この中に入っているもので何か使うものがあったらフォルテが困るだろうと考えた。

その荷物と部屋の鍵を持って部屋から出て、隣の扉を軽くノックする。

「おいフォルテ、もう寝たか?」

呼びかけるが、中から返事はない。
もう少し強くノックする前に、鍵がかかっているだろうと思いながらもノブに手をかけた。

しかし鍵に阻まれることなく、扉はあっさりと開いた。
そういえばさっきフォルテが部屋に入るとき鍵を閉める音がしなかったな、と思いながら扉を引く。

「フォルテ?入るぞ?」

なるべく部屋の奥に聞こえるように呼びかけながら部屋に入った。
部屋の中は真っ暗で、月明かりでかろうじてどこに何があるかが見える程度である。

扉を背後で閉めてから、エバは部屋の奥へと歩みを進めた。

「・・・おい、なにしてるんだ?」
「わっ!」

フォルテは、窓際に置かれたテーブルに肘をついて外を見ていた。
エバの声に驚いて振り返ったが、月明かりに照らされて目に光っていたものを、エバは見逃さなかった。

「・・・どうした?」
「え、い、いや、なんでも・・・」
「ほらこれ、フォルテの荷物。間違って俺の部屋に持ってきてたから」
「あ・・・ありがとう」

俯いたまま、フォルテはエバの手からポーチを受け取って机に置く。
それと同時に、エバはフォルテの肩をぐいっと押して上を向かせた。

驚いたようにフォルテはエバを見上げる。

「え・・・?」








  





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