「こいつ・・・!」

飛び掛ってきた数匹のヘビを素早く飛び退いてかわし、同時に剣を持っていない方の手で放った魔法で焼き払う。
それでもまだじりじりと間合いを計るように近づいてくるヘビたちに埒が明かないと判断したエバは、
剣を顔の前で立ててもう片方の手を剣にかざした。

「火よ、灼熱をもって焼き尽くせ!」

剣を斜め上に振り上げて、火の魔法をまとわせてそのまま空を切るようになぎ払う。

「バーニング!!」

剣先からほとばしった炎が輪のように広がって、周りにいるヘビたちを焼き尽くしていった。
そして、フォルテを守っていた水の防御魔法の膜がパチンと音を立てて割れた。

エバは体勢を整えて立ち上がり、周りにまだ動いているヘビがいないかさっと見回してからフォルテに駆け寄る。
剣を急いで鞘にしまって、フォルテの肩を軽く叩いた。

「おい、フォルテ!フォルテ、大丈夫か!?」
「・・・う・・・」
「応急処置をしないと・・・あ、あった」

荷物の中から小さな透明のビンを取り出し、フタを開けてフォルテの腕の噛まれた傷口に液体をかける。
ジュウ、と音がして傷から白い煙が上がった。

「痛い・・・」
「ちょっと我慢しろよ、これで表層に毒が集まるはず」

そう言ってから、エバはフォルテの腕に噛み付いた。

「え!?」

驚いて腕を引こうとするが、エバにしっかり捕まれていたのとあまり力が入らないこともあってびくともしない。
エバは血と一緒に毒を吸い出してから、地面に吐き出した。

「やっぱり全部は抜けないか・・・解毒剤は持ってないし・・・準備しとくんだったな、ごめんな」

抱き起こされている体勢のフォルテは独り言のようにそう言うエバを見上げる。
少しの間、視線を左右に動かして考えてからエバはビンをフタごとカバンにしまった。

「とりあえずクラリネの町に行こう。俺にしっかりつかまってろよ」
「え、でも・・・」
「自分で歩くと毒が早く回るぞ、第一動けないだろ。手遅れになる前に早く」
「う、うん」

大人しくフォルテはエバの首の後ろに腕を回してしっかりとつかまる。
エバは勢いをつけて立ち上がり、さっきまで進んでいた方向へ歩き出した。

「フォルテの荷物の中にも聖水はなかったよな、聖水が作れるんだから持ち歩くわけがないか・・・。
この状態でフォルテに作ってもらうわけにもいかないし、このまま神殿に行くしかないな」

フォルテとフォルテの荷物も全部一人で持った状態だったが、10分もしないうちにクラリネの町に到着した。

「解毒剤の調合に必要なものは持ってるから、聖水さえあればなんとかなるか・・・」

町に入って道行く人たちに何度か道を尋ねて、ようやく神殿にたどり着く。
途中で、自分の後ろに回されていた手から力が抜けて呼びかけにも応じなくなったことから
フォルテが気を失ってしまったことがわかってエバはかなり焦っていた。

できる限りの全速力で神殿の階段を駆け上がり、幸いにも門が開いていたので
そのまま入口の幕を体で押して神殿の中に入る。

「おい!誰でもいいから来てくれ!!」

人の気配がなかったため、神殿の入口で大声で呼ばわった。
広い神殿の中は声がよく通り、少ししてから声が反響してもう一度聞こえる。

奥の祭壇の前にいた神官が驚いて駆け下りてきた。

「は、はい!どうされましたか・・・!?」
「俺はメヌエット国王ノール様の勅令で巡礼をしているメヌエットの宰相フォルテの護衛だ。
フォルテがここに来る途中で毒蛇に噛まれた。解毒剤を持ってきてくれ」
「解毒剤を・・・!?それが・・・生憎ですが、ただいま切らしておりまして」

それを聞いて、エバはかっとなって声を荒らげる。

「町の中にある神殿には薬の類を切らすなという指南があるだろうが!?なにをしてるんだ!?」
「もっ、申し訳ございません!!そ、それが、今私たちは・・・」
「・・・もういい、それなら俺が解毒剤を作る。聖水をくれ」
「か、か、かしこまりました!!」

静かなエバの怒りを感じ取り、神官は飛び上がって大急ぎで奥の部屋に引っ込んだ。
その後姿を見ながら、フォルテを床にそっと下ろして片手で支える。
もう片方の手で荷物に手を突っ込んで、解毒剤の材料になる薬草と木の実を引っ張り出した。

それらをフォルテを支えている方の手で持って、空いた手をフォルテの額に当てる。
軽く叩いて刺激を与えてみたが、目を覚ます様子はない。

そのとき、先ほどの神官が調合用の深い皿と特殊な石でできた擂粉木棒と一緒に聖水を持ってきた。
この状況で調合用の道具を持ってきたことにエバは感心して頷く。

「・・・ありがとう、じゃあフォルテを安全な場所に移動させておいてくれ」
「あ、あなた様はどちらへ?」
「解毒剤を作ってくる。部屋を借りるぞ」

神殿は規模ごとにほぼ同じ構造なので、エバは大体どこにどういった用途の部屋があるか目星がついていた。
さっと一つの部屋に入ると、中にいた神官たちに驚かれ、説明をしながら手早く解毒剤を作っていく。

エバの説明に驚いた人たちがフォルテを心配してか部屋から出て行ってしまった。
解毒剤は集中して作成したためすぐに出来上がり、エバは自分で少し飲んでみる。

「うわ、まっず・・・でもま、効き目はあるだろ」

そう言いながらまた部屋から出て、フォルテが運ばれているであろう部屋に駆け込んだ。
エバを案内しようとしていた神官がエバが入ってきたことにまた驚いている。

「お、お早かったですね・・・」
「フォルテは?」
「あちらでございます」

神官が指差した方を見ると、さらに奥に部屋があった。
その部屋に急ぎ足で入り、心配そうに神官は扉の外に立つ。

フォルテを運び込んだと思われる人たちがエバと入れ違いで出て行った。

なにか看護に必要なものを取りに行ってくれたんだろうとエバは判断し、
ベッドに横たわっているフォルテの肩を叩いて呼びかける。

「フォルテ!おい!フォルテ!!解毒剤だぞ、飲めるか?」

しかし、フォルテは全く動かず返事はなかった。
肩から伝わる体温はエバの手より少し暖かいため死んではいないようだが、
このまま解毒剤が飲めないのであればいずれ毒が全身に回って呼吸ができなくなり死んでしまう。

意を決して、エバは持っていた皿を傾けて自分の口に解毒剤を含んだ。

目を覚ましたら怒るだろうな、と思いながらフォルテの頭を持って上を向かせる。
そのまま人工呼吸の要領で口移しで解毒剤を流し込んだ。

少し上体を起こさせて飲み込むのを確認してから、再びエバは解毒剤を口に入れる。
そのとき、フォルテがぎゅっと強く目を瞑った。

「う・・・ん・・・」

口に入っている解毒剤のせいでしゃべることができないため、フォルテが目を覚ますかどうかじっと見つめる。
しかし、わずかに身じろいだだけでフォルテの目が開くことはなかった。

仕方なく、もう一度薬をフォルテの口に移していく。
すると、今度は ぱか、とフォルテの目が開いた。

「・・・・・・?」
「ん?」
「え・・・エバ!?」

いつもの声がして、エバは安心したように顔を離す。

「よっ。目が覚めたか」

口の端に残っていた薬をぐいっと手の甲でぬぐいながら茶化すように笑った。
フォルテは驚きのあまり、口をぱくぱく動かすだけで声が出ていない。

「ちょ、い、いま、まっ、まさか・・・げほげほっ!!」
「おい、大丈夫か?」

ようやく解毒剤の苦さに気づいて、激しく咳き込み始めた。
背中をとんとんと叩かれて、少しずつ咳がおさまってきたが、生理的に目じりに涙がにじんでいる。

「飲むだけでもすぐ効いたな。俺が作ったんだぞ」
「それは、ありがとう・・・で、でも!」
「だって起きなかったし。放っておいたら死ぬし。どっちがいいかなんて明らかだろ。
大丈夫大丈夫、こんなのはノーカウントだ」
「の・・・・・・そういう問題じゃ・・・!!」
「あの、失礼いたします」

フォルテが抗議しようとした瞬間、先ほどの神官が部屋に入ってきた。
それを見てフォルテは、他に部屋に人がいなかったか慌てて見回す。

「クラリネの神殿までご足労でございました、お体は大丈夫でしょうか」
「え、あ、はい、もう大丈夫です・・・あの、エバ?」
「ここはクラリネの神殿の一室で、このおじさんはここの神官だよ」

そう言いながらエバは残りの解毒剤を全部飲んだ。
これ自体が毒なんじゃないかと思うほどの猛烈な苦さはやはり慣れない。

「そ、そっか・・・このような来訪をお許しください。巡礼者のフォルテです、このたびはよろしくお願いします」
「はい、私はクラリネの司祭のルマンドです。毒蛇に噛まれたとお聞きしましたが・・・」
「今はもうほとんど良い状態です。エバが応急処置をしてくれたので」
「そうですか、さすがは良い護衛の方をお連れですね」

ルマンドはエバを見て、そして少し不思議そうな顔をした。

「あの・・・他の方はどちらに?」
「え?」
「他の護衛の方は、外におられるのですか?」
「あ、いえ」

フォルテはしっかり自分で起き上がり、腰につけていたカバンが前に回っているのに気づいて直した。
そしてベッドから降りようとしてよいしょと体の向きを変える。

「ぼくの護衛はエバだけです。エバはノール様がお認めになったメヌエットで一番優秀な剣術士なんですよ」
「ほう・・・それはそれは・・・」

お互い信頼しあっている様子の二人を見て、ルマンドは感心したように頷いた。

「仲がよろしいんですね。護衛が友人という巡礼者の方は見たことがありませんよ」
「そうですね、珍しいかもしれません」

フォルテが笑いながらそう言ったとき、半分開いていた部屋の扉がノックされた。

「ルマンド様、失礼いたします」
「どうぞ、お入りなさい」

ルマンドがそう言うと扉が開き、神官の服を着た橙色の髪の少年が顔を出す。
しかし中の様子を見てまた引っ込んでしまった。

「こ、これはお話中で・・・?」
「いいんですよ、入ってきなさい」
「は・・・はい」

少年はそっと部屋の中に入ってきた。
両手で銀のお盆を持っており、お盆の上には透明な水差しがのっている。

「ルマンドさん、この子は?」

少年を見ながらフォルテが尋ねた。

「この子は神官見習いです。ティナと申します」
「は、はじめまして・・・」

ティナは恥ずかしそうに頭を下げる。
ぽんぽん、とエバがティナの頭を撫でた。

「なんかフォルテも数年前はこんな感じだったよな、よしよし」
「ちょっと・・・同い年でしょぼくたちは・・・」

水差しが揺れるのを気にしながら大人しく頭を撫でられているティナを見て、フォルテが頷く。

「うん・・・でも、何となくぼくに似てるね。ぼくは巡礼者のフォルテです、よろしく」
「はいっ」

元気のいい返事が辺りに響いた。
持っているお盆が揺れて水差しの中の水が音を立てている。

「俺はフォルテの護衛のエバだよ、よろしくな。その水はなんなんだ?」
「これは、クラリネの神殿で町の皆さんにお分かちしている聖水です」

ティナがそう言うと、フォルテは納得して立ち上がった。
すると突然、ルマンドが緊張した面持ちになる。

「はい・・・まずはそちらを見ていただきたく、お持ちいたしました」
「わかりました、じゃあティナ、それをここに置いてください」
「か、かしこまりました」

ベッドの横に置いてある机の上にお盆をそっと置いた。
フォルテは水差しに手を伸ばして、手をかざしてからゆっくりと水差しを傾ける。

フォルテの手を伝ってお盆の上にこぼれた聖水は、淡く細かい光を発した。
その水を今度はお盆の上でなぞり、フォルテは何か考えるようにそれをじっと見つめる。

カチコチに緊張してルマンドはその様子を見ていたが、フォルテは何度か頷いて水差しから顔を上げた。

「ありがとうございました、これはもう大丈夫です。次の要項に参りましょうか。
全て終了してからお話をさせてもらうのでそのときに皆さんを集めてください」
「は、はい!」

ルマンドはフォルテを案内するべく部屋の出口に走って扉を開けた。








  





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