「お友達のご飯を今作ってもらってるんでしょ。シャープちゃんは食べてないんじゃない? このお昼で食堂に来なかったでしょ?」
「ええ・・・食べていません」
「なんで?」
「か、考えてなくて・・・」
「うーん、そんな気がした。食べないと死んじゃうよ?そんな細っこいのに」

改めて考えてみると、シャープも少しだけお腹がすいているような気がした。 エレクの食事を見ていたせいかもしれない。 それを察したエレクは振り返ってキッチンに声をかけた。

「ラカスさん、シャープちゃんにも何か作ってあげてー」
「はいはいそのつもりだったよ、待ってなさい」
「え、あの・・・」

また予想していない事態にシャープは慌てる。 しかしおばさんは少し深いお皿を片手にキッチンから出てきてしまった。

「はい、おかゆはもう少し煮るからね、これ食べてて」
「そんなことをしていただいては・・・その・・・」
「お昼の残りの材料なの、食べてもらった方がありがたいんだから。 それにそんな細い腰じゃネコの子も産めないよ、もっと持ってこようか?」
「い、いいえ・・・ではありがたくいただきます・・・」
「よしよし」

さっきより素直になったね、とシャープの頭を撫でる。 シャープは目の前に置かれたまたまた見たことのない食べ物をじっと見つめた。 それに、なかなかの量である。

「これは炒飯だよ。ラカスさんの得意料理の一つ。よかったね〜」
「ちゃーはん?」

見たことどころか聞いたこともない食べ物だった。 ご飯と様々な種類の具が一緒に炒められているということは分かり、 とにかく食べてみよう、と一緒に持ってきてくれていた大きなスプーンを手に取った。

「い、いただきます」

少し炒飯をスプーンにすくって口に運んでみる。 慣れない味だったが、ご飯の硬さもちょうどよくとてもおいしかった。

「どう?」
「・・・おいしいです」
「でしょ!」

エレクも嬉しそうに笑った。 改めてシャープは皿の中身を見るが、いかにおいしくてもこんな量を食べきることはできないなと感じる。

「セレナードに何しに行くの?」
「え?」
「友達と二人でセレナードに行くんでしょ。旅行?」
「ええと・・・」

自分は家出をして今ここにいるわけだが、それを言うわけにもいかない。 旅行というのは違うし、アリアが記憶喪失で同行しているということも話しづらい。 どうしたものか、と逡巡しているとエレクが申し訳なさそうに首をかしげる。

「ごめん、言えなかった?」
「い、いいえ」
「メヌエットも通っての大移動でしょ、女の子二人で。大変だねえ」
「あー・・・」
「そうだ、メヌエットといえば国王のノール様、死んじゃったんだってね。 まだお若いのにねー。コンチェルトの大公様もお若いけど、わかんないもんだよね」
「そ・・・そうですね」

早口になるとついていけないな、と思いながらシャープはまた炒飯を口に入れた。

「メヌエットを横断してやっとセレナードか・・・行った先では大丈夫?知ってる人いるの?」
「あ・・・はい」

返事をするために急いで飲み込む。

「私はセレナードの出身なんです、家に帰るだけなので・・・」
「あー、シャープちゃんのお家か。じゃあなんで二人でこの国に・・・あ、そういえばさ」
「はい?」
「シャープちゃん・・・白蛇、って知ってる?」
「え?!」

思わずシャープは素っ頓狂な声を上げてしまった。 しかしそれを気にする様子を見せず、エレクは続ける。

「セレナードのどこかにある「聖地カノン」って場所にいるっていわれる伝説の生き物。 シャープちゃんも聞いたことはあるよね?」
「は、はい・・・」

エレクは食べ終わって箸をカタン、と置いた。

「シャープちゃんは・・・大丈夫だよね。家に帰るだけだよね?」
「・・・え?」
「何かに呼ばれて行くわけじゃ・・・ないよね」

ふう、とため息をつきながら軽く握った手を頬に置いた。

「私の弟がね・・・1年前、行方不明になったの」
「えっ・・・なぜですか・・・?」
「もう誰に話にも耳を貸さないで、飛び出して行っちゃった。・・・「白蛇が呼んでる」って言い残して」
「・・・・・・!」

シャープは何かを言おうと思ったがそれを思いとどまって口に炒飯を運んだ。

「弟は昔から勉強好きでね、古い本を色々読んでたみたい。白蛇の伝説もよく話してくれた。 動物好きの優しい子だったんだけど・・・ある日突然、いなくなっちゃった」
「そ、そうなんですか・・・心配ですね・・・」
「白蛇に食われちゃったんじゃないかって、みんな言ってるよ。連絡も何もないし」

あはは、という乾いた笑いが食堂に響く。

「・・・だから、シャープちゃんも同じ理由で白蛇を探すとかカノンに行くとか、 そういうことを言ってるんじゃないかってちょっとだけ不安になっちゃったの。 弟だけじゃないんだ、隣町からも二人、行方不明者が出てる」
「・・・・・・。」

すっかり食欲がなくなってしまったシャープは、力なくスプーンを置いた。 それと同時に、キッチンの奥からおばさんが登場した。

「はいおまちどおさま。おかゆ3人前だったね」

大量のおかゆが入った大きな大きな丼がお盆にのっている。 おばさんはシャープが立ち上がるのを待って、お盆を差し出した。

その量に圧倒されそうになったが、慎重にそのお盆を受け取る。 残りは部屋で食べる?とシャープが食べていた炒飯もおかゆの隣に置かれた。

「あ、ありがとうございます!あの、アリアさんがお腹をすかせているので失礼しますね・・・!」
「しっかり食べさせてあげてね。早くよくなるといいね」
「じゃあまた夜にね、シャープちゃん」
「は、はいっ」

非常にお世話になった二人にはちゃんとお辞儀をしたかったが、 さらに重たくなったお盆を持った状態では頭を下げられずせめて声だけでも元気よくお礼をする。

私が運ぼうか?と申し出てくれたエレクに大丈夫です、と告げてよろよろしながら食堂を出発した。






「あ・・・アリアさん!!」

一度床にお盆を置いて扉を開けて中を確認すると、 なんとベッドから上半身だけだらりと床に投げ出している見るも無残なアリアの姿があった。 ベッドから出ようとしてそこで力尽きた様子である。 シャープは全速力でお盆を部屋に運び込んで扉を閉めた。

「アリアさん!しっかりしてください!!遅くなって申し訳ありません、ほら、おかゆですよ!」

テーブルにお盆を置いて流れ出ているアリアをなんとか持ち上げる。 しかしアリアの体には全く力が入っていない。

「おそい・・・遅いよ〜・・・すぐだって言ったじゃん・・・」
「ごめんなさい、慣れていないことが多くて・・・」
「ああもう半分ぐらい死んでるかも・・・なんだっけ、おかゆだっけ・・・?」

半分死んでいても、食べ物の名前は認識できていたらしい。

「はい、おかゆと・・・私の食べかけですが、炒飯もあります・・・」
「炒飯?!」

がばっと起き上がって目を輝かせる。 あまりの速さについていけず、シャープの視線はアリアがいなくなったベッドのままだった。

「やだー、それさえ言ってくれれば一瞬で復活したのに!わーい、炒飯だ〜」
「あの、だから私の食べかけで・・・何度か口をつけてしまいまして・・・」
「私そういうの全然気にしないって。あ、あれだね〜、おかゆとちゃーはーん」
「・・・・・・。」

テーブルに駆け寄るアリアを呆然と眺める。 風邪のせいで声はガラガラだったが、先ほどまでベッドから流れ落ちていたとは思えない回復ぶりだった。

「では、ありがたくいただきます」
「どうぞ・・・」

尋常じゃない量の食卓、ましてや病人の食事とは思えない量にシャープは肩を落とす。 しっかりと手を合わせてからまずはおかゆをスプーンいっぱいに口に入れた。

「おーいしい!宿屋の人が作ってくれたの?」
「はい、材料を買おうと思ったんですが、無料で作ってくださると・・・」
「そうなんだ、治ったらちゃんとお礼言わないとな〜・・・あーおいしい、 こういうシンプルな料理こそ上手かどうかって出るよね」
「そうかもしれないですね・・・」

風邪なのに味も分かるんだ、とシャープはもはや逆に感心していた。

「おー、炒飯もおいしい!すごい!!これはお嫁さんにほしいレベル!!」
「およめ・・・」
「シャープ、お水くんでもらっていい?」
「あ、はい。すみません気づかなくて」

アリアのために用意していた大きな水差しからコップに水を注ぐ。 ありがとう、とアリアがそれを受け取り水を飲んでいる姿を見て、あ、と思い出す。

「そうだ、早く作らないと」
「もほひは?」
「・・・・・・ぶふっ」

顔の形が変わるほど炒飯を口に詰め込んでいるのを見て思わず噴出した。 笑ってしまったことがバレないようにとっさに顔を背けたが、 もごもごと幸せそうに口を動かしているのを横目で眺めていると思わず和んでしまう。

しかしはっと我に返り、置いてある自分の荷物に向かった。

「今から風邪薬をお作りします」
「え、風邪薬?シャープ、薬の調合できるの?」
「はい、習ったことがあるので・・・薬の中ではとても簡単な部類なんですよ」
「そーなんだ・・・」

そう言いながらシャープは手荷物の中から神殿でもらった聖水や購入した薬草や木の実を取り出す。 テーブルの上に置かれたそれらをアリアは珍しそうに見た。

「あ、聖水だ・・・綺麗だね」
「そうですね・・・えっと、あったあった」

シャープは食器棚の中から分厚くて深い皿と麺棒を取り出す。 コトンとテーブルにそれを並べて袖をまくって手を洗いに行った。

「シャープ、麺棒で作るものなの?」
「はい?」

水音で聞こえなかったらしく、シャープの声が壁越しに響く。 しばらくして蛇口をひねる音がしてから部屋にシャープが戻ってきた。

「なに・・・ぼー、とおっしゃいました?」
「麺棒。それのこと」
「めんぼう?これはすりこぎ棒じゃないんですか?」
「・・・大丈夫かな、ちゃんとお薬できる?」
「だ、大丈夫ですってば!」

麺棒を手にとって気合を入れているがアリアは不安になってきている。

「この木の実をすりつぶして、ちぎった薬草と混ぜて聖水をかけてからまた混ぜて、火にかけて・・・」
「いやいや、待った待った」
「え?」

ジェスチャーつきで力説するシャープを片手を出して止める。

「だからそれ麺棒だって。麺棒はすりつぶす道具じゃないよ?」
「えっと・・・その、めんぼう、ってなんですか・・・?」
「麺棒ってのは、粉でできた生地を薄く延ばす道具。こうやって使うの」

と、今度はアリアが動作で使い方を伝える。横に倒して使うものだと分かったが、シャープは納得したように頷いた。

「でも縦にすれば使えますよね。こっちを下にして」
「まあできなくはない・・・のかな?いいの、その辺はアバウトで?」
「代用できるものならばなんでも。あ、ちゃんと材料は整ってますから。 聖水じゃなくて水で、なんてことはしませんから大丈夫です!」
「・・・うん、期待してるよ」

シャープに任せて食べよ、とアリアはおかゆを口に入れる。麺棒を垂直にしてシャープは元気よく木の実をすりつぶし始めた。

「几帳面なんだと思ってたけど・・・割と融通が利くんだね」
「はい?」
「ううん、ごちそうさま」

食器を置いて手を合わせる。カラになった二つのお皿を見てシャープは目を丸くした。

「も、もう全部食べ終わったんですか・・・」
「おいしかったよ〜。夜ごはんも楽しみだなあ」
「・・・食べるんですね」

満足そうに立ち上がったアリアを見て、シャープは作業する手を早めた。 皮も種も念入りにすりつぶしてから今度は薬草をなるべく小さく、細かくちぎる。 それをさらに混ぜ合わせるようにすりつぶす。

しばらくその様子を見ていたが、食べ終わるとまた眠気が襲ってきてアリアはベッドに向かった。

「結構色んな工程があるんだね・・・ごめん、ちょっと横になる・・・」
「あ、はいどうぞ寝ててください。出来上がったら声をおかけしますね」
「うん、待ってる」

食べたことによりエネルギーはチャージできたが、熱は下がっていないので全身はだるいままだった。 重い体を動かしてベッドに入り、ごろりと体を横に向かせる。

シャープは、チェレスから受け取った聖水のビンのフタを開けた。






「チェレスター」
「なに?」
「いや・・・なに、じゃなくて・・・」

一方こちらもハープの町の宿屋の一室。 アリアとシャープが宿泊している部屋よりずっと高級な宿屋で、非常に広く内装も豪華である。 その部屋のソファに腰掛けているチェレスをフォルテが腕を組んで見下ろしている。

「なんで、この部屋にいるの?」
「たまたま同じ宿を取ってたってことじゃない?」
「・・・それは同じ宿にいる理由。なんで、この部屋にいるの。部屋開けたらいるとか・・・」
「まあいいじゃん、細かいことは」
「細かくない・・・」
「よーいしょ」

この広い部屋にはフォルテとチェレスの二人しかおらず、フォルテの3人の護衛は隣の部屋に待機している。 一人になりたいから、とフォルテがこの部屋に来たのになぜかすでにチェレスが部屋で待っていたのだった。

もたれていた体を起こしてチェレスは立ち上がった。

「・・・もっと詳しく聞かせて。エバはどうしていなくなったの?」
「・・・・・・。」

フォルテはチェレスと向かい合ったが、ふっと目をそらす。

「・・・もしかして、白蛇が・・・関係ある?」
「白蛇・・・?」
「フォルテもメヌエットの宰相なら知ってるでしょ、白蛇の復活のことは」
「うん・・・聞いてる」

明らかに生気のないフォルテに、チェレスはどう話したものかと頭を悩ませた。 フォルテはため息をついて、大きなテーブルの周りにいくつか置かれている椅子に座り顔の前で手を組んだ。 それをチェレスも追って椅子に腰をかけてフォルテの顔を窺う。

しばらくの間どちらも話さなかったが、やがて口を開いたのはフォルテだった。

「・・・白蛇が、無関係ではないと思う・・・ううん、むしろそのせい・・・」
「何があったの?エバに・・・」

額に組んだ手を置いて俯いて、フォルテはゆっくりと話し始めた。

「・・・エバは・・・」








―第二章に続く―









 





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