「お、お若いのに・・・大変でしょう」
「いいえ、王様は優秀だし他の人たちが有能で。ぼくは相談に乗るぐらいですよ」
「そんな・・・」

自分だったらそんな仕事がつとまるだろうか、とシャープは考え込む。 責任の大きさに身震いしそうだった。

「シャープさんは、なぜお一人で今ここに?」
「聖水を頂きに来たんです。お店になかったので・・・」
「え、聖水を?」
「はい、薬を調合しようと思いまして・・・」
「じゃあ今ぼくが作りましょうか、聖水を」

フォルテは杖を持っていない方の手をぱっと開いた。慌ててシャープが手を振る。

「いいえ、今・・・連れの者が、聖水をもらいに神殿の中に入っているんです。もうすぐ出てくると思います」
「そっか・・・聖水を作るところをお見せしようと思ったんですけど」
「あ・・・」

それは見たかったかも、と思ったがありがとうございます、とだけ言って微笑んだ。 杖を握り直したフォルテが、おや、とシャープの顔から視線を落とした。

「その・・・ペンダントは・・・」
「え・・・?これですか?これは、月光・・・」
「フォルテ」

ペンダントを持ち上げてフォルテに差し出そうとしたとき、二人のどちらのものでもない声が背後から聞こえた。

「え?」

二人は同時に声を上げて振り返る。先に声を出したのはフォルテだった。

「チェレスター・・・?」
「や、フォルテお久しぶり。元気してた?探しちゃったよ」

その声の主はチェレスだった。 にこやかに手を振り、もう片方の手には微かにキラキラ光る水が入ったビンが握られている。

「なぜここに?シャープさんの連れの方って、チェレスターなの・・・?」
「そ、可愛いお姫様を一人にしておけないからね。美人さんでしょ、シャープ姫は」
「う、うん・・・そりゃ、お綺麗だけど・・・そうじゃなくて」

シャープは否定しようとしたが口を挟むタイミングを見つけられなかった。 おどおどしているシャープに、チェレスはビンを差し出す。

「はい」
「・・・え」
「聖水。もらってきてあげたよ」
「あ・・・!寄付金は・・・」
「払っておいたよ?」
「い、いくら?お支払いしますから」
「いーじゃない、ぼくとシャープ姫の仲でしょ」
「か・・・借りを作りたくないって言ってるじゃないですか!!」

面白そうに二人のやり取りを見ているフォルテにシャープは助けを求めた。

「あの、私、寄付金の相場を知らなくて・・・これぐらいの聖水、おいくらぐらいが妥当なんでしょう・・・?」
「いいんじゃないですか?チェレスターが好きでやってるなら。これぐらい女性には普通ですよ」
「そういうわけには・・・」
「足りなかったら、ぼくでよければいくらでもお作りしますよ。お水さえあれば」
「じゃあぼくにも作ってよフォルテ」
「では神殿に1000ビートのご寄付を」
「えー、友達割引してよ!」

仲のよさそうなフォルテとチェレスを見て、仕方ないかとシャープはビンを受け取った。

「チェレスター、シャープさんとはどのようなご関係?」
「ん?ぼくの可愛い教え子ちゃんだよ。ほら、前に言ったでしょ」
「あー・・・チェレスターが家庭教師として教えに行っていたのは、シャープさんの家だったんだ・・・」

二人が話しているのを見て、シャープは早くアリアの元に戻らなければ、と思い出した。 ビンを握り締めて、すっと立ち上がる。

「あの、私、アリアさんが待っているので戻ります」
「薬草買ってないでしょ?ついていくよ」
「絶対についてこないで下さい。もう構わないで下さい。さようなら」
「つめた〜い」

肩をすくませておどけた様子で首を振る。 じろりとそんなチェレスを見ていたが、フォルテに向き直ったシャープはぺこりと頭を下げた。

「またお会いできましたら、是非もっとお話をお聞かせください・・・いいでしょうか」
「もちろん。またお会いしましょうシャープさん」
「はい」
「ぼくと全然態度が違う〜・・・」
「黙ってなさい」

ぴしゃりと言い放ち、さらにシャープは別の方向を向いた。

「ええと・・・私に構ってくださってありがとうございました、困らせてしまってごめんなさい」
「・・・へ?わ、私ですか?!」

少し離れた位置から声が聞こえて、チェレスとフォルテは振り返った。 神殿の大きな入り口の右端に立っている僧兵の青年がまた顔を真っ赤にしている。

「そうだ、シャープの事を預けてたんだった。ありがとうね。大丈夫?沸騰しそうだけど」
「へ・・・平気です・・・」

大分遠くにいるシャープを凝視したまま動かない青年に、フォルテは苦笑した。

「ハープの神殿にいると女性と話すことないだろうしね」
「はは・・・はい・・・」

シャープは微笑んで軽く手を振って、階段を軽快に下りていった。その後姿を3人で見送る。

「そっか、それは酷なことしちゃったな。ごめんね」
「と、とととんでもないです」
「さ、あんまりお仕事のお邪魔しちゃ悪いね。じゃあね〜」
「・・・は〜い・・・」

残された青年は両手で自分の頬をぱちぱちと叩いて首を振って気合を入れなおした。 チェレスも階段を降り始めたので、フォルテもそれを追う。 そして、先ほどのシャープのチェレスに対する態度が気になって尋ねてみることにした。

「・・・チェレスター、シャープさんになにしたの?随分と嫌われていたみたいだけど・・・」
「そう?そういうところも可愛いよね」
「答えになってないって」

全く悪びれる様子もなくチェレスはけろりと答える。

「彼女はどうしてセレナードからこんなところまで?一人でお帰しして大丈夫なの?」
「ま、この町には浄化獣はもういないみたいだし平気じゃない?・・・それよりもさ、フォルテ」
「え?」

急にチェレスの声が低くなった。

「・・・エバは?さっきの護衛の中にいなかったけど」
「・・・・・・。」
「そもそも、フォルテの巡礼の護衛ってエバ一人じゃなかったっけ」

そう言われ、フォルテはぎゅっと杖を握って俯いた。立ち止まってしまったため、チェレスも歩みを止める。

「・・・今は、違う護衛をつけてる」
「なんで?」
「ノール様が新しく3人の護衛を選んでくださったから」
「・・・今度はぼくの番?あのね、そうじゃなくてさ」

答えを促したが、フォルテは何も言わなかった。 チェレスはフォルテの肩に手を置いて、下を向いていて見えない顔を覗き込んだ。

「フォルテ・・・?」

視界に入ってきたチェレスの顔をちら、と見てからフォルテは目を閉じた。そして、やっと口を開く。

「・・・エバは」

目をさらに強くつぶって、辛そうに息を吐き出した。

「エバは・・・行方不明なんだ・・・ぼくの、せいで・・・」
「・・・・・・え?!」

フォルテは今にも泣きそうなほど顔を歪めた。

「エバが行方不明!?ど、どうして・・・!?」






「アリアさん!?なんで起きてるんですか!!」
「あ、シャープ・・・」

雑貨屋に寄って風邪薬の調合に必要な薬草と木の実を入手し、大急ぎでシャープは宿屋に帰ってきた。 時はお昼過ぎ、おやつの時間という具合だが、あんなに熱が高かったし眠っているかなと思っていた病人は、 なんとちょうどベッドから這い出てきていたところだった。

慌ててシャープはアリアを引っ張ってベッドに戻そうとする。 腕を引こうとして、布越しに伝わるアリアの熱の高さに驚愕した。

「ま、まだ熱があるじゃないですか!どうして大人しく寝ててくださらないんですか・・・」
「だって〜・・・」

アリアの体から力ががっくりと抜けて、シャープは何とかアリアを支える。 しゃべるのが遅いアリアを待っていられず、まくし立てた。

「ベッドから出たらいつまで経っても治らないですし、悪化して肺炎になったらどうするんです。 ちゃんと寝ていてください、お水をお持ちしますし今から薬を作りますから」
「ははは〜・・・シャープ、お母さんみたい」
「あのね・・・」

母みたいと言われて少し嬉しくなってしまったシャープだったが、それどころでもない。 何とかアリアをベッドに押し込み、風邪薬の材料が入ったポーチを机に置いた。

「だって・・・お腹すいたんだもん・・・」
「・・・え?」

驚いたため、返事のタイミングがずれた。

「な、なんて?」
「お腹すいた・・・こんなんじゃ眠れないよ〜・・・」
「風邪をひいているのに、空腹なんですか?」
「そりゃそうだよ〜・・・」
「そんな、それが当たり前みたいに・・・」

病気になると食欲はなくなる、ということはアリアには起こらないらしい。

「こんなんじゃ肺炎よりも飢え死にする・・・」
「ええええ・・・じゃあ、何か食べ物を持ってきますから」
「・・・カバンに、食べ物ある・・・」
「カバン?」

アリアの視線が向けられている方向に置いてあるカバンをシャープも見る。 そしてその中身を思い出して、首を振った。

「ダメですよ、保存食ばかりで胃によくありません」
「でもたべる・・・」
「いけません!!」

アリアは熱のせいで意識が朦朧としているのか、すでに視線が定まっていない。 そんな状態でも食欲があるということがシャープは信じられなかったが、 何とかしてこの弱った病人がベッドから出てくることだけは避けなければいけなかった。

「外には行きません、この宿屋の食堂で何か買ってきます。すぐに戻ってきますから」
「すぐ・・・」
「そう、すぐにです。お願いですから、ベッドに入っていてください」
「はあーい・・・」

ようやく大人しく動く様子を見せずに目を半分閉じたアリアを確認して、 シャープは大急ぎでテーブルに先ほど置いたお金が入っているポーチを掴んだ。

「じゃあ、行ってきます!絶対にベッドから出ないで!」
「ふえーい・・・」

今度は、アリアに隠れてこそこそと、ではなく堂々と部屋を飛び出す。

バタンと勢いよく閉まった扉を見て、アリアは回らない頭で必死に 起きたらシャープがいなかった理由を考えようとした・・・が、思考は途中で止まってしまった。

熱のせいではなく、空腹のためである。

「うう・・・死んじゃう・・・お腹すいたよう・・・」

部屋の中に、哀れな少女の嘆きが響いた。






「すみません、お米とタマゴをいただきたいのですが」

大きな宿屋には下の階に宿屋の客以外も利用できる食堂があるところが多い。 このハープの町の宿屋も、大勢で同時に食事をとれるスペースがあった。 今は食事の時間ではないので客は数名しかいない。

シャープが食堂の奥のキッチンに呼びかけると、女性の声が聞こえてきた。

「ん?今日お泊りのお客さんだね?」
「あ、はい!」

奥からタオルで手を拭きながらおばさんが出てきた。白い三角巾が似合う優しそうな女性だ。

「どうしたって?」
「はい、友人が風邪をひいてしまいまして・・・何か食材を・・・」
「お友達が風邪?」
「はい・・・なので、お米などを売っていただけないでしょうか」

そう言いながらシャープはポーチからお札を5枚取り出した。それを見ておばさんは目を丸くする。

「お嬢ちゃん、お米が何キロほしいの?」
「ええと・・・おかゆを、3杯程度作れる量を・・・」
「5000ビートもするおかゆなんてないよ。それより自分で作れるの?」
「あ・・・」

今まで必死だったので全く考えていなかった。おかゆは見たことがあったが、自分で作ったことはない。 お米と水を煮るだけ・・・と思っていたが、よく考えるとどう味をつけるのかは想像がつかなかった。 頭の中でシミュレートしてみるが、黒胡椒やパセリを上に置いてしまってなかなか完成しない。

シャープはお金を握ったままフリーズしてしまった。その様子を見たおばさんは、シャープの頭をぽん、と叩く。

「はいはい作ってあげようね。タマゴのおかゆでいいのかな?」
「作っていただけるのですか?」
「夜のための仕込みも終わったからね、おかゆなんてすぐできるから待ってらっしゃい」

ほっとしたが、手にお金を握ったままだということに気づいて慌てた。

「あの、おいくらでしょうか?お代は・・・」
「ん?いいのよ、こんなのいつでもいくらでも作れるんだから」

笑いが混じった声が聞こえてきて、シャープはさらに焦る。

「そういうわけには・・・!」
「あたしが作りたい気分だったのよ、こういうのは素直に甘えときなさい、ね」
「は・・・はい・・・」

安心させるように言われて、シャープはそれ以上食い下がるのはやめることにした。 大人しくお金をポーチに戻し、落ち着いて何気なく食堂を眺める。 遠くの窓際の席で食事をしている男女の二人組がこちらを見て笑っているようだった。 今のやり取りを見られちゃったのかな、とシャープは少し顔を赤くしながら会釈する。

「あらあら、変わったお客様だね」
「え?」

突然後ろから声をかけられて振り返った。 先ほどのおばさんと同じ前掛けを腕にかけて丼を両手で持ったポニーテールのお姉さんが笑っている。 丼の中身はラーメンだった。

「随分とお上品なお嬢さんだね、高そうな服〜」
「あ、あの・・・」
「こーんなボロ宿屋には似つかわしくないお客様だねー、ラカスさん」
「なにがボロだってー」

キッチンからさっきのおばさんの声が聞こえてくる。 お姉さんは椅子に座り、箸を二つに割ってラーメンを食べ始めた。 ずっと立っているシャープに、座って待ってたら?と促す。

「ええと・・・じゃあ、失礼します」

お姉さんの斜め向かいの椅子におどおどと腰をかけた。

「ホント綺麗な子だね。どこかのお姫様だったりして。どこに行くの?」
「え、あ・・・」

早口で言われてどこから返事をしていいのかとシャープは戸惑う。それを見てお姉さんは あははは、と笑った。

「ごめんごめん、私はエレク。この宿で住み込みで働いてるんだ」
「わ、私はシャープと申します・・・」
「シャープちゃんね」

ラーメンを あむあむと咀嚼し、シャープをじーっと観察している。 何を話そう、と思ったが先ほどどこに行くのか尋ねられたことを思い出した。

「・・・今、友人と二人でセレナードに向かっているんです」
「友人?あー、あの赤い髪の可愛い子ね。その子は今部屋にいるの?」
「はい、ハープに来る途中で雨に降られて・・・風邪をひいてしまって、部屋で寝ています」
「あらら、そりゃ可哀想に」

そう言いながらエレクはラーメンのスープをずずず、と飲む。 エレクにシャープが観察されていたが、シャープは初めて見る食べ物に興味津々だった。 食べてみる?と訊いてみたかったが、育ちのよさそうなこの子は遠慮するだろうなと思ってあえてエレクは尋ねるのをやめておいた。

「それでラカスさんにおかゆを作ってもらう、と。なるほどね」
「はい」
「ところでシャープちゃんのごはんは?」
「・・・はい?」









  





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