いつから存在しているのか、誰も知らないほど遠い昔から海に浮かんでいる「メルディナ大陸」。 4つの国が、君主を持ちそれぞれの文化を持って、長い間中立を保ち続けている。

はるか昔、大地を脅かす存在「白蛇(はくだ)」を一人の勇者が破邪の剣を用いて水の底の封じた、 その剣も賢者たちに封じられ、白蛇はどこにいるのか、剣はどこにあるのか知るものはいない。

そんな話が、メルディナ大陸に昔から伝わっている。 そのことを今に伝えるのは4つの国に置かれた古い伝承書のみであり、白蛇の話は伝説やおとぎ話として語り継がれている。

白蛇の封印から数百年が経過して、平和だったメルディナ大陸に再び何かが起ころうとしていた。 これは、一人の少女とメルディナ大陸をめぐる、白蛇にまつわる物語である。






「ちょっと!?シャープ、どういうことなの!?」
「お、落ち着いてくださいアリアさん・・・!」

部屋の中に、少女の怒号が響き渡った。

「他の部屋の人たちに聞こえてしまいますから、あの・・・」

どこかの広いお屋敷の一室にいる二人の少女。

首と両腕に金の輪をはめている、アリアと呼ばれた赤い髪の女の子は腰に手を当ててひたすら怒っている。 もう片方のシャープと呼ばれた水色の髪の姫君は、着替えの途中だったのか乱れたドレスを胸の前で両手で合わせている。

「そ、そんな・・・一体どうしたら・・・!」

もう一人、この部屋には黒い髪の青年が立っていた。アリアとシャープの横で、頭を抱えて一人で苦悩している様子である。 そんな彼の状態を横目で見た後、ため息をついてアリアはシャープに再び向き直った。

「・・・ねえ、これ、どういうこと?ちゃんと説明してくれるよね?」
「あの・・・その、怒っていらっしゃいます・・・?」
「そうだね・・・これが喜んでいるように見えるかなあ?」
「み・・・」

見えないです、ごめんなさい・・・と、消え入りそうな声でシャープは言った。 そんな二人の様子を全く気にせずに、床にくず折れて頭を抱えていた青年は突然立ち上がった。

「わ、私はどうしたら!?どうしたらいいんですか!?ねえ!!」

アリアとシャープにすがり付いて叫ぶ。 彼の頭をぺん、と軽く叩いてアリアも負けじと叫んだ。

「こっちもこっちで忙しいの!!見て分かるでしょクラヴィさん!?」
「そんな!私はどうなるんですかっ!いや、こうなったらこの際きちんと父上に話して認めてもらうしか・・・!?」
「認めてもらえるわけないでしょ!!忙しいんだから黙ってて!!」

二人分の大声に気圧されて、シャープは身をすくめて前で合わせているドレスをさらに強く握り締める。 現実逃避するように窓を眺めると、リンゴのように真っ赤な夕日がとても綺麗だった。

・・・この状況は、一体どういうことなのか?なぜ、少女はこんなにお怒りなのか? 全ては、まずアリアとシャープ、この二人の不思議な出会いから始まる。







アリアは「コンチェルト国」の中で最も西に位置する「フルートの町」を目指して森の中を歩いていた。 その手首と首にはやはり金輪がはめられており、腰の緩めのベルトからは羽の形の柄の剣が吊り下げられている。 軽そうな荷物を背負い、地図を片手持ってそれをじっと見つめる。

「村を出てからかなり歩いたけど・・・そろそろ森を抜けてもいい頃のはず・・・」

もう何時間も、この鬱蒼とした森を歩き続けていた。 この森を抜けるのがフルートへの近道だと地図に記されていたため、多少足元が悪くてもこの道を選んだのだった。

緑豊かな国、メルディナ大陸の最も西にあるコンチェルト大公国。 その中にあるフルートの町は、アリアの旅の中間地点でもあり今日の宿場になる予定の場所でもある。 既に陽は傾いており、急いで森を抜けないと宿探しが間に合わなくなる。 アリアは木々の間から僅かに見えるそんな空を見て、歩く足を速めた。

「今日は何を食べられるかな、お腹すいてきちゃった・・・」

その時、アリアの視界に森の中で見られる草や木とは違うものが映った。木の根に寄りかかるように、水色の髪の少女が倒れこんでいるのである。 その少女は、こんな森を独りで歩くには不自然なドレスを着ており、髪は草の上に散るほど長い。

アリアは死んでいるのかと思いぎょっとして恐る恐る倒れている少女に近づいていった。 そっと、髪と服の間から覗いている首に手の甲を当ててみたが、自分の手よりは冷たいものの生きている証拠に温かくてアリアはほっとした。

そして、しゃがみこんだままあごに手を当ててふむ、と考えた。

「行き倒れかな、こんなとこに置いておくわけにもいかないし・・・よいせ」

少女の片腕を肩に負って、もう片方の手で腰を支えながらアリアは立ち上がった。 思ったよりも体重は軽く、そのまま全体重を背中で受け止めてもそこまで負担にはならなかった。 荷物を持っていた手から腕にそのままベルトを滑らせて、少女を両腕でしっかりと背負って歩き出す。

「森の中で大きな落し物拾っちゃうとはね・・・宿屋さんは、二人部屋にしてもらわないと」

目を上げると、森の切れ目が見えており草原の先に城壁に囲まれた大きな町が広がった。 予定外のことはあったが、ようやくフルートの町に到着したのである。






「うーん・・・・・・」

次の日の朝。落し物として拾われた少女は、ようやく目を覚ました。

眠い目をこすって辺りを見回すと、誰かの荷物が壁に立て掛けてあるのが見えた。 ベッドの下を見れば、自分の履いていた白い靴が並べられている。 まだはっきり覚醒していない頭を左右に振り、とりあえず靴を履こうとベッドから出た瞬間。

「あ、起きてる起きてる。おはよー」
「わ!?」

突然後ろから聞こえてきた明るい声に驚き、危うく舌を噛みそうになった。慌てて声がした方に振り返った。

「あ・・・!?」

アリアを見た瞬間、少女は目を見開いてパクパクと何かを言おうと口を動かしたが声すら出ない様子で硬直している。 かけられていた薄い布団をぎゅっと顔の下で握り締めて、目を白黒させた。 その姿を見て笑いながらアリアは部屋の扉をバタン、と閉めてベッドに近づいていった。

「体は大丈夫?森の中で倒れてたから、背負って拾ってきちゃったんだけど」
「す、すみません、運んでいただいたんですね・・・」
「謝らなくていいよー、そういうときは謝るよりありがとう、でしょ」
「ありがとう・・・ございます・・・」

あはは、と明るく笑い、部屋に備え付けてある木の椅子に腰掛けた。 両足の間から座ったままずずず、と椅子を引きずり、またベッドの近くまでやってきた。

「そうだそうだ、名前教えてくれる?」
「え・・・?」
「あー、そうだった、普通は聞く方から名乗るものだよね。私は、アリア」

そう言ってアリアはにっこりと微笑んだ。そして、少し首を傾けた。

「どうして森で一人でいたの?なんで倒れてたの?家はどこ?」
「あ、あの」

いきなり連投された質問に、少女は困ったように言葉を詰まらせた。また視線を泳がせているその様子にアリアはまた笑った。

「ふふふ、質問ばっかりしてごめんごめん。じゃあ、まず名前だけ教えてくれる?名前が分からないと呼べないから」

布団から手を離して、膝の上に置いていた手にアリアの手がぽん、と重ねられた。それにまた少し驚きながらも、おどおどと少女は口を開いた。

「わ・・・私は・・・」

一瞬言いかけてから戸惑ったが、息を一度吸ってから意を決したようにアリアを見つめた。

「私は、シャープです。シャープといいます」






「え・・・セレナード国の、トランの町の領主のお姫様?!公爵家のご令嬢!?」
「わ、声が大きいですっ!」
「あ・・・ゴメン」

シャープは思わずアリアの口の前に両手を持っていってフタをした。

メルディナ大陸の、一番東にある「セレナード王国」。 シャープの話によると、そのセレナードの地方の一つ「西トラン」を治める領主の家の第一子だということだった。

今度はアリアの方が驚きのあまり硬直していた。

「な、なんで、そんなとこのお嬢様が、一人でこんなとこにいるの?お付の人は?何で倒れてたわけ?」

また無意識に質問を投げまくってしまっている。どう答えようか必死に考えて、シャープは軽く顔をしかめた。

「ええと・・・その、私・・・人探しをしていて・・・だから家を出てきたんです」
「ひとさがし?え、家出!?」
「だ、だから声が大きいですってば!」
「あ・・・ごめんなさい」

さっきと同じようなやり取りが繰り返される。アリアはしばらく放心状態でシャープを頭から足までぼーっと眺めていた。

「・・・あ、あの、アリアさん・・・」
「え?あ、とにかくさ」

しばらくして正気に戻ったアリアは、ポン、と自分の頬を叩いた。

「家出なんてとんでもないよ。ご両親には言ってきたの?コンチェルトにいることは知ってるの?」
「いいえ・・・何も言わずに出てきました・・・」
「あらあら・・・何があったか知らないけどね。ちゃんと話し合いで解決しないと。ね」
「はい・・・」

諭すような口調で、アリアはシャープの両肩の上に手を置いた。

「だから、ちゃんと家に帰ろう。うん、丁度よかった」
「・・・丁度いい?」

一人で納得するように頷いて、椅子から立ち上がった。アリアの姿を目で追って、シャープは こてん、と首をかしげた。

「うん。私ね、セレナードに向かって旅をしてるんだ。一路東に向かってるってわけ」
「え・・・そうなんですか・・・」
「だから、シャープが家に帰るなら私と一緒に行こう。一人でなんて危ないから、私が送っていってあげる」
「・・・え?」

突然の申し出に、はっとして顔を上げた。アリアの青い目が、嬉しそうに細められてシャープを見下ろしている。 握手を求める形で手を差し出され、おずおずとシャープも手を出した。

「是非・・・お願いします」
「よし、じゃあ決まり!仲良くしようね、その代わり、何かあっても守ってあげるから」
「は、はい・・・よろしくお願いします、アリアさん・・・」

そっと握ったアリアの手は、とても暖かくて安心できた。






シャープが運ばれたのが夕方、目を覚ましたのが次の日の昼。 その日はアリアとシャープはのんびりとフルートの町の中を散策しながら過ごした。 仲良くなるため打ち解けるため、一日を十分に使ったのである。

セレナードの様子を尋ねられたり、住んでいる城での生活の様子を聞かれては答えたりを繰り返し、 シャープはひたすらアリアからの質問に答えてそのたびにアリアは珍しそうに嬉しそうな反応をしていた。

同じ宿にまた泊まり、隣同士のベッドで眠りについた二人。そして、その次の日。

「アリアさん、アリアさん!起きてください!」
「うー・・・だって、眠い・・・まぶたが・・・重い・・・」
「ちょっと・・・!あー、もう・・・」

必死にシャープがゆすり起こす布団の中身は、眠そうな声を発するだけで全く動かない。ついには何の反応もなくなってしまった。

「同じ時間、睡眠をとったはずなのに・・・」

全く起きる様子がないアリアに、ガックリと肩を落とす。団子状態の布団の中からは、安らかな寝息だけが聞こえてくる。

じーっとその団子を見て、動く様子がないことを確かめてから、シャープは大急ぎで上の服を着替えた。 動きにくいドレスではなく、上下に分かれているゆったりとした服である。

月の飾りがついた帽子をかぶろうとしたが、まだ部屋の中だし今はいいか、と判断して帽子は机の上に置いた。 さらに、ベッドの脇に置いておいたオレンジ色の宝石がはまったペンダントを首からかける。 シャープの胸の前に、台座が月の形をしたペンダントがぶら下がった。

次に、櫛で髪をとかし始めた。洗顔は起床直後にしていたのですでに顔はさっぱりしている。 一通り櫛を通し終わり、髪を一度手でひとまとめにしてから手を離すと、さらりと背中に水色の髪が広がった。

「・・・ぜ、全然起きない・・・」

身支度を一通り整え終わったが、ベッドの上の芋虫はピクリとも動かない。シャープはいよいよ、本腰入れてアリアを起こすことにした。

「アリアさん!アリアさん、起きてください、朝ですよ!!たくさん寝たでしょう!!」
「うー・・・」
「今日はフルートの町を出発するんでしょう?ほら、起きないと間に合わないですよ!」
「あと5分・・・」
「さっきもそう言って・・・もう5分はとっくに経過してますってば」
「私、朝はダメなんだよう・・・うう、眠いよ・・・」
「もー・・・」

反応はするようになって、会話もできる程度まで覚醒してきたようだが、布団から出てくる様子はない。 両手で全体重をかけてアリアをゆすって、何とか起こそうとシャープは頑張った。

「起きてください!もう・・・さっき、宿の方が朝食ができたって知らせに来てくださったのに・・・」
「・・・えー?」
「朝食の用意はもう整えてくださっているそうですよ。ほら、布団から出てきてください」
「・・・うん、食べたい・・・今、出る・・・」

まだまだ眠そうな声だったが、ナマケモノよりもゆっくりとアリアは身を起こした。 起き上がったアリアを、また布団にパッタリ倒れこまないように両肩を必死に支える。 ご老人のお世話をしている気分だな、とシャープは思った。

「よし・・・朝ごはんを、食べに行こう・・・」
「ちょ、ちょっと」

ゆらりとベッドから降りて、ふらふらと出口に向かい始めた。寝ぼけ眼で、焦点が合っていなさそうである。 まるでゾンビのようにのろのろと扉に向かい、ノブに手をかけた。布団を直していたシャープは、慌ててアリアに駆け寄った。

「あの、その前に顔を洗った方が・・・髪もすごいことになってますけど・・・」
「いい、あとでいい・・・ごはん食べようよ・・・」
「え、ちょっと」

今にも転びそうな足取りで、アリアは部屋から出て行ってしまった。部屋に残されたシャープは、大いに焦った。

「え、ええと、部屋の鍵・・・!アリアさん、一人で行かないで、階段で転んだら・・・」

扉の外に向かって呼びかけながら、部屋を出るために大急ぎで部屋の鍵を探し始めた。 昨夜、人差し指を鍵の輪に入れてくるくる回して遊んでいたことを思い出す。 その後テーブルの上に置き、荷物を置くために棚の上に置き・・・。 何とか思考を回転させながら探し回る。

鍵をかけずに部屋を出るわけにもいかないが、アリアを放っておくわけにもいかない。 とにかく鍵を見つけなければ、と必死に目をこらして部屋の中を見回した。

「あ・・・・・・あった!!」

ベッドの陰になっていて隠れていた椅子の上に、銀色に光る鍵を見つけた。 バタバタと鍵に駆け寄って、そして大急ぎで部屋を出る。

誰もいなくなった部屋の中に、ガチャガチャとぎこちない鍵をかける音が響いた。









  





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