――昔々のお話。 「それで、この後はどうなされるのですか?」 遠くの庭先で一人、遊んでいる可愛らしい少年――バイエル君を見ながら、私はそう聞いた。 「この先のことは、こちらで決める。君に手間を掛けさせる訳にはいかない」 広間の巨大な食卓。 傍に座っている、ラベル城の領主ミュートが厳かにそう言った。 「しかし、あなた方だけでは太刀打ち出来ないのでは? 相手はあのカペルマイスターとのことです。私も力を貸した方が……」 決して深い意味は無い。好意でそうすることを決めたのだ。 「ふむ。確かに君の力なら大軍相手でも負けはしないだろう」 ミュートは静かに私の力の強さを肯定した。が、 「しかし、これは我々の問題だ。迷惑を掛けたくは無い」 結局はそう頑なに断られてしまった。 「そう、ですか」 ミュートの領主としての威厳だろうか。 それはとても重い決断だっただろう。 それでも、頼りになるのに頼られないもどかしさ、手伝い虚しさで少し暗くなってしまう。 東トランの領主であるラベル家。 私はそこの者達とひょんなことから知り合いになった。 旅人であり、浮浪者同然である私なんかとどうして親しくしてくれのかは分からない。 それでも、とても良い関係を築けた、と思う。 だが、それはいつまでも続かなかった。 私は詳しく知らないが、禁止魔法を使ったせいだろうか。 直に国の軍がここに攻め込んでくるらしい。 それを風の噂で知った私は、こうして彼らと話しに来たのだが。 ……別れの挨拶になってしまったようだ。 「今まで本当にありがとうございました。色々とお世話になりましたね」 恐らく、これで会うのは最後だろう。 私はそう悟り、笑顔で今までのお礼を言った。 「そんなことは無い。私も、君の話を聞けて楽しかったよ」 ミュートも笑顔になり、社交辞令だろうがそう言い返してくれた。 「そうですよ。あなたのお話はとても面白い物でしたよ」 これは、ミュートに隣で上品に座っているミュートの妻ネウマの言葉。 とても美しい人で、息子であるバイエルが少女のように見えるのも納得がいく。 「恐縮です」 「あなたは、この後どうするのですか?」 ネウマが、私へ丁寧に聞いた。 「そうですね。しばらくは旅をしてみますよ。この世界には、まだ面白い場所がたくさんありますから」 「旅ですか。楽しそうですね」 ネウマが、ふふ、と口を右手で隠して上品に微笑む。 ……私も、いつか妻を迎える日が来るのだろうか。 「ええ。とても楽しいですよ。旅は」 その後、他愛も無い話をしてから私は庭へと出た。 一面緑の中、いくつか花が咲いている。 そんな場所の中、ずっと一人で遊んでいるバイエル君が座っていた。 「やあ、バイエル君」 私はそんなバイエル君の背中に向かって、声を掛けた。 私の声を聞いて、バイエル君が私へと振り向く。 そして気付く。 彼は、白い人形達と戯れていたのだ、と。 「……こんにちは」 白い人形達から目を離し、バイエル君が私を見上げて挨拶をした。 「その白い人形は?」 バイエル君が動かしているのだろうか。 色々な動物がいて、楽しそうに動きまわっている。 それは、人形使いがするそれとは違って、まるで生きているかのようだった。 「ホロスコープだよ」 「ほろ、すこーぷ……?」 バイエル君から聞き慣れない単語が飛び出る。 魔法か何かだろうか? 私が知っているのとは違うらしい。 これだから、この世は面白い。 それにしても、人形を操る魔法か。 これが禁止魔法に関わっているのかいないのか。 恐らく、知ることは無いだろう。 「うん。パパとママがくれたんだ」 「ミュートとネウマが……」 あの二人が絡むとすれば、やはり、魔法の一種だろう。 それにしても、魔法にしたって不思議な力だ。 生きた人形だなんて、世界でも見たことが無い。 「そうなんだ。なら、大事にするんだよ? 親から貰った物は、一生で一番大事な物になるのだから」 両親からもらった物ほど大事にするべき物は無い。 それは、二度と手に入らない物かも知れないから……。 この子の場合は特に……。 「うん。分かった」 バイエルは不思議そうな顔をしながら頷いた。 子供にはまだ分からないかも知れない。 でも、いつか分かる時が来るだろう。 「ねぇ」 バイエル君が女の子っぽく私を見上げる。 傍から見れば、大人を見上げる少女の図に見えているに違いない。 私だって、彼のことを少女と見間違うことがあるのだから仕方ない。 「何かな?」 「一緒に遊ぼうよ」 子供らしく、それでいて無邪気に、彼は言った。 「そうだね。良いよ。みんなで遊ぼうか」 私は快く返事をし、彼と彼の仲間達と共に一時を過ごした。 それからしばらくして、私は世界中を回る旅へと戻ることとなる。 あの城がどうなったのか。 それは私よりも詳しい者がいるだろう。 いずれはバイエル君のことを見守る人も現れるに違いない。 だから、私があの場所に戻っても意味は無いだろう。 今後も、私はあの城へは戻らない。 ――今も私は旅を続けている―― |