★ アナザー・サイド ★ シオンがカペルマイスターになっていた一年の間の出来事。 「本は、と。あー、これで全部か」 目の前の机の上に山積みになった本を持ち上げる。 辞書サイズの本がざっと、3冊。 その重さは半端では無い。ってか、重い。 「チッ。こんな量の本を運べとか。マジ無いわ」 愚痴を漏らしつつも、本を持って部屋を出る。 「くそ。本来ならこんなのはオレの役じゃ、………ん?」 ブツブツ言いながら歩いていると、廊下の先の方から歩いて来る人影があった。 あれは確か。 「どうもこんにちは。イル様」 金髪に、異なる色の両目を持った少年。 そして、預言者イリヤ様の弟君で在らせられるイル様だった。 こんな子供にまで敬語を使わなければいけないとは。 全くついてない。 「こんにちは、ケイトさん。そんな大きな本を持ってどうしたんですか?」 ケイトとはオレの名前だ。 イル様は、オレが大量の本を持っていることを不思議がった。 「ビアンカ様に言われて運んでいるのです。何でも、魔法の研究に使うとか何とか」 とは言いつつも、ほとんどが趣味に用いる本に違いない。 歴史書やら古文書やら、本当に面倒だ。 「それは大変ですね。私も運ぶのを手伝いましょうか?」 イル様が笑顔で言った。 「いえ、結構です。これはオレの仕事ですし、イル様のお手を煩わせる気もありません」 「そ、そうですか?」 イル様がちょっと戸惑った顔を見せる。 オレの声が少し怖かったのだろう。 根は良い奴なんだろうが、どうも重労働をさせる気にはならない。 「ええ。では」 ぶっきらぼうに言って、その場を去った。 オレの名前はケイト。 ただし偽名だ。 本来ならメヌエットで兵士をして、普通に暮らしているはずだった。 しかし、そんなオレの生活を狂わせたのは、あいつだ。 現メヌエット王、ロイア様のカペルマイスターとなったシオンの所為だ。 オレは国王の王位継承権争いはロイア派だったので、何も問題無かったのだ。 だが、問題はあいつがビアンカを生かして追い出したことだ。 ビアンカが逃げた先はここ、コンチェルト。 コンチェルトにビアンカが逃げたとなれば話は変わる。 もし、ビアンカがコンチェルトと手を組んでメヌエットに戦いを挑みでもしたら、 戦争が起き、ロイア様の王位が危険に晒される可能性がある。 どうあってもそれだけはあってはならない。 故に、ロイア様には内緒でオレがここに派遣された訳だ。 しかも運の悪いことに、判断基準が間諜では無いが能力があり、ロイア様に知られていない者と言う理由だけだ。 くそ、これはある意味で左遷じゃないか。 「ビアンカ様。言われた通り資料をお持ちしました」 ビアンカの部屋に入る。入ってすぐ、赤く長い髪が目に入る。 「ありがとう。そこの机に置いてくれるかい?」 ビアンカが部屋の隅にある机の上を指差す。 ビアンカは相変わらず自分の研究に没頭しているらしい。 魔法なんて、何が良いのだろうか。 あんな不安定な物に頼るなんてどうかしている。 「分かりました」 机の上に本を置く。 それにしても、研究する部屋にしては、汚くない。 オレの知っている研究者は、大抵部屋が汚いものだ。 「そうだ、ケイト。君に面白い物を見せてあげよう」 「はぁ」 ビアンカの手伝い兼監視をして、数ヶ月。 いい加減この話も慣れてきた。 「今度は何ですか?」 「うん。これだよ」 そう言って、ビアンカは白い球の付いた木の棒を取り出した。 「で、それは何を作る道具ですか」 飽きた、と言う感情を込めて言った。 この間は、麺棒だったか? 「これは料理をする道具じゃないよ。これは、マッサージをする道具なんだ。 こうやって、球の部分で肩のツボを刺激すれば………」 目の前で実践し始めた。 手に棒を持って、白い球で肩を押す。 なるほど、肩叩きが自分で出来る訳か。 「ああ、そうですか」 その光景を頭の片隅に押し込んで部屋を出ようとした。 「あ、待ってよ」 ビアンカが優しい声でオレを止める。 くそ、本来のオレはあんたの友達でも無いし、部下でも無いし、ましてやこの国の人間ですら無い。 本心では、あんたを殺せば国に帰れる、と暗殺を企てたりもしてるんだ。 それなのに、 「ビアンカ様。どうしてオレに構うんですか?」 つい、頭に来て聞いてしまった。 しかもイライラした声で。 ここでのオレはビアンカの手伝い係り。 それがコンチェルト内での生きて行く道だと言うのに。 「あ、すいません。出過ぎた真似を………」 「君が、何を考えているのかは知らないけど」 ビアンカが笑顔でオレの顔を、目を覗く。 「君はこうして私の研究の手伝いをしてくれる。だから構うんだよ」 ビアンカが静かに言った。 くそ、そんな風に言うなよ。 「本当にすいません。こんなことを聞いて」 「いや、良いんだよ。そうだ。これをあげるよ」 さっきのマッサージ機をオレに渡した。 「え。ありがとうございます。でも、良いんですか?こんな大事な物を」 「本当に良いんだ。また作れるしね」 「………そうだ。オレ、他に仕事がありますので」 「うん。じゃあね」 「それでは」 そう挨拶をして、部屋を出た。 「ったく。お人好しなのか、馬鹿なのか。いや、天才と馬鹿は紙一重とも言うな。 頭がおかしいことに変わりは無いが」 そう呟いて廊下を渡る。 自分の部屋へと向かうためだ。 「ん?」 また前方から人が歩いて来る。 今度は、白い髪のテヌート。 ああ、アルスか。 「やあ、アルス」 軽く挨拶をする。 オレをここまで来させるはめになったシオンの弟だ。 だが、こいつ自身は人思いの良い子だ。 憎い、と言う感情は抱いていない。 「あ、こんにちは。ケイトさん」 アルスもこちらに気付き会釈する。 「やけに楽しそうだが、何処に行くんだ?」 敬語を使わないのは、一応親しくなったからだ。 まあ、誰にでも敬語を使っていたらオレの身が持たない。 「これからメヌエットに行くんです」 「メヌエット?またどうして」 「兄さんに会いに行くんです」 兄さん、か。 チッ、オレはそのメヌエットに帰れずにいるのに。 「そうか。アルスの兄、シオン様はメヌエットのカペルマイスターだからな」 「はい。やっと兄さんに会えるんです」 アルスはとても嬉しそうな顔をしている。 本当に会いたいんだろうな。 こんな弟に好かれる兄とは、きっとブラコンに違いない。 そう考えて心の中で笑う。 「それは良かったな。会ったら、たっぷり可愛がってもらうと良い」 「はい!」 「じゃ、オレは行くから」 「はい。ではまた」 手を振って別れる。 そうか。 大好きな兄にも会えずにいる弟、か。 だとすると、兄のシオンも弟に会えず、苦しんでいるのか。 ブラコンらしいからな。 「まぁ。まずは」 自分の部屋に入る。 特にこれと言って、特筆すべき物は置いていない。 いつでも逃げられるようにするためだ。 あるとすれば、籠の中に入った黄色い鳥だ。 メヌエットから連れて来た唯一の相棒だ。 「さて、紙とペンを、と」 机の上に座り、真っ白な羊皮紙の上にさらさらと文字を書く。 「これで良し。頼むぞ」 それを籠の中に入っている鳥の足に括り付け、空高く放した。 「これがオレの出した答えさ。悪いな、ロイア王。オレは国を捨てるよ」 爽やかな青空に向かって、そう小声で言った。 紙に書いたのはオレの仕事、間諜としての報告書だ。 紙には『ビアンカはただの魔法バカ。王位を狙う気すら無い。 だが、オレはコンチェルトの監視で残る』と書いておいた。 これが今後、役に立つかどうかは分からないし、それがどうなろうと関係無い。 オレはこの国で生きていこうと思う。 そうだな。まずはビアンカの助手にしてもらおう。 魔法の良さが分からないからな。 アノアノさんの後書き メヌエットの兵士でも、こんなことがあったら面白いなー、とか妄想して書きました。 オリキャラ優先ですいません・・・。 どうも雫月さんのキャラを主人公に使うのは恐れ多いと言うか、今の自分が使って良いのか!?と言う思いがあったので・・・。 内容が酷過ぎてすいません・・・。もっと頑張ります。 そして、雫月さん。サイトの各コンテンツの更新、遅くても良いので待ってます!いつでも応援しています! |