「なっ・・・」
「今だったら強盗の未遂で済むけど、殺したら殺人犯。
しかも人質がいなくなるから逃げられなくなるよ。そんなことにも頭が回らない?」
頭悪いね、とイリヤは笑った。
「簡単に殺すとか言う人、ぼく大嫌いなんだよね・・・残念だけど」
そう言った瞬間、そこにいた人全員にイリヤの姿が見えなくなった。
「えっ?!」
イリヤは素早く剣を抜いて飛び上がっていた。
そして剣に左手を当てた。
「風よ、切り裂き貫く刃となれ!」
男が気づいた時には、イリヤは風の魔法を帯びた剣を振り下ろしていた。
「ウィンドエッジ!!」
「ぐわあっ!!」
頭を剣で思い切り叩かれて男は叫び、その場に倒れた。
風の反動で空中で一回転して、イリヤは男の後ろに着地した。
一連の攻撃の流れのあまりの鮮やかさに、周囲からは感嘆の声と歓声が上がった。
「何だ今のは?」
「すごい、見たことのない攻撃だ・・・」
周りの人たちは驚いてイリヤを見ていた。
そして、それはイルも同じだった。
「今のは魔法剣技・・・練習していると言っていたけど、まさかこんなに使いこなせていたなんて・・・」
イリヤは倒れた男を見て怯えている女性に歩み寄った。
「大丈夫だった?」
女性はイリヤの胸に飛び込んだ。
それを見てイルはビックリした。
「・・・あ!・・・す、すみません、怖くて・・・」
「いいんだよ、大変な目に遭ったね。」
「あ・・・」
イリヤを見上げ、女性は思わず顔を赤くしてイリヤの顔に見とれた。
その間にも、周りの人たちはイリヤの魔法剣技を受けて伸びている可哀想な男の逮捕に忙しそうにしていた。
「あ、ありがとうございました・・・」
「いいえ。こんなに可愛い女性なら誰だって助けるよ。それでよかったら、また会い」
「こらイリヤ!!」
また女性を口説き始めたイリヤの耳を思い切り引っぱった。
「い、痛いって痛いって!千切れる!」
「これ以上のロスは許しません!とっとと行きますよ!」
「わっ、分かったから痛いって、離してよイル〜・・・」
「・・・あ?」
イリヤの耳から手を離して、イルは女性の手の甲を見た。
先ほどの騒動で怪我をしたらしく、手から血が流れていた。
「だ、大丈夫ですか?こんな怪我をなさっていたなんて」
「ええ、そんなに深くありませんから・・・」
「ちょっと見せてください」
イルは女性の手を左手で持ち上げた。
そして右手を怪我の上にかざす。
手が暖かく輝き、イルが手をどけた時はすでにその怪我はほとんど見えなくなっていた。
「え、今のは・・・」
「じゃ、これで今日あったことはなかったことになりましたね。お元気で」
「じゃあね〜」
「あ、あのっ・・・」
イルとイリヤはその場から足早に立ち去って行った。
人だかりは不思議そうに二人をしばらく見つめていた。
「何だお前は?」
イルとイリヤはメヌエット王国の首都、グロッケンにある王宮に到着していた。
大きな門にたくさん並んでいる兵士の一人に入城を止められた。
「許可のない者は王城に立ち入ることはできない」
そう言われ、イルは預かっていた書状を取り出した。
「私はコンチェルトの特命大使として来ました。イル・シュタークと申します」
「そうそう、ロイアに会わせてほしいんだけど」
「王に会わせろだと?お前が特命大使?」
兵士は驚いて仲間に相談しに行った。
しばらく話し合っていたようだが、今度は数名で戻ってきた。
「王はご多忙の身だ。お前達を相手にしている暇はない、引き取ってもらおう」
「えっ・・・」
考えてもいなかった返答に、イルとイリヤは目を丸くした。
「と、特命大使ですよ!?ロイア様に確認もとらずに、何を言うんですか?!」
「お前達に説教される筋合いはない、とっとと立ち去れ」
「な・・・」
イルが反論しようとしたが、兵士は元の持ち場に帰ってしまった。
イルとイリヤは城壁の近くまで歩いて行った。
「・・・まさか、入れないなんて・・・門前払いを食らうなんて考えてもいませんでした・・・」
「戦争しようとしてるならそりゃ忙しいだろうね。どうしようか?」
「私たちを知っている人が通ってくれたらいいんですけど」
「そんな都合よくは通らないでしょ。大体、今はセレナードからの・・・」
イリヤがそう言った瞬間、城に何の断りもなく入っていく人物が見えた。
慌てて二人は駆け寄った。
「ち、ちょっと!待ってください!」
「あ?」
突然呼び止められ、その人物は振り返った。
イルがとてもよく知っている、幼馴染だった。
「シオン・・・城に入れなくて困っていたんです、入れてください」
「入れない?普通に歩いて入ればいいじゃん」
「特命大使で来たって言っても、信じてくれないんですよそこの人たちがっ!」
シオンと会話しているのを見て驚いていた兵士たちは、突然指差されて焦った。
「こいつらが?」
「そうですよ書状を見せても帰れって言うんです」
「ま、まさかカペルマイスターのお知り合いとは・・・」
「申し訳ありません・・・」
シオンは兵士達に歩み寄った。
「ロイアが忙しいとか言ったんだろ。確認もせずに。確かに忙しいけどさ」
「・・・・・・」
「おいそれとロイアに会わせるわけにもいかねえけどな、少しは確かめてやれよ。サインだって本物なんだから」
「すみません・・・」
「まーいいや、ほら入れ。ありがたく思えよー」
「・・・・・・。」
釣竿を振りながら、シオンは二人を促した。
イルはシオンをむすっとした顔で見ながら城に入っていった。
「久しぶりだな、イル、イリヤ」
「は、はい・・・」
なぜか食事風景のテーブルに招かれて、イルは萎縮していた。
昼食の時間だったので、話すなら一緒に食事をというロイアの意見で謁見の部屋ではなく食堂に連れて来られたのである。
「変わってないね、ロイア。まあ少し前も来たけど・・・奥さん候補はまだ?可愛い子にしなよ?」
「・・・はあ、イリヤも相変わらずだな」
同い年の二人は、仲良く話し始めてしまった。
そこに同席していたシオンに、イルはそっと話しかけた。
「シオン・・・」
「ん?」
「ええと・・・その、さっきは・・・」
「城に入れねえでネズミみたいにおろおろしてたんだよな。よかったな俺が通って」
「なっ・・・」
もぐもぐとパンを食べながら、シオンはにやにやしながらイルを見た。
「・・・せっかく礼を言ってあげようと思ったのに言う気が失せました」
「何だよ、言うなら言えよ。聞いててやるぞ」
「絶対言いません!」
イルはそう言いながらフォークを野菜に突き刺した。
そして意地悪そうに顔を上げた。
「・・・そういえばシオン、勉強はしてるんですか?」
「・・・え」
「メヌエットにもタン・バリンの分校があるでしょう。行ってないんですか?」
「・・・い、忙しいから」
「どーでしょうね」
「・・・・・・。」
シオンはふてくされた顔でイルを睨みつけた。
「イルこそちょっとは戦えるようになったのかよ。剣の練習はしてんのか?」
「・・・私には必要ありません」
「男なら剣扱えるようになれって言ってるだろーが」
「うるさいですね!そんな野蛮なこと私の性に合わないんですよ!」
「野蛮とは何だよ!いざって時に今までどおり役立たずでいいってか!?」
「役立たずはそっちでしょうが!!」
「それで、何の話なんだ?」
「「・・・え?」」
突然ロイアの声が聞こえて、シオンとイルは同時に振り返った。
「あ・・・えーと」
急に話題を変えられて、イルは必死に思考を切り替えようと試みた。
だがロイアは返答を待たずに続けた。
「イルが特命大使としてメヌエットに来たということは・・・大体想像はつくけどな」
そう言って、丁度食事を終えてロイアは係の者に食器を下げさせた。
食事のスピードは非常に速く、食事のための時間を取り過ぎないようにしているようだ。
「イリスがしようとすることは分かってる。あいつ、また夢見たんだろ」
テーブルに寄りかかったロイアを、少しだけ鋭い目つきでイリヤが見た。
「俺に言うこと聞かせようとしてのイルの特命大使の肩書きだろう。違うか?」
「・・・・・・。」
イルはスプーンを口からゆっくり離して、ロイアから目を逸らした。
不思議そうにシオンはイルの顔を覗き込んだ。
「そうだった、イルはどうして来たんだよ?」
さっきまでイルと言い合いをしているだけだった何も分かっていない様子のシオンは首を傾げた。
「特命大使って、滅多にないだろ?」
「・・・ロイア様が仰ったとおりです」
イルは静かに下を向いたまま言った。
「姉上から・・・いえ、コンチェルトからのシオンとロイア様に対しての手紙をお持ちしました」
イルは服の中から厳重に包まれた封筒を取り出した。
「シオンを、コンチェルトの王宮剣士にしたいという要請です・・・シオンはメヌエットのカペルマイスターですが」
ロイアにその手紙を渡した。
「どうか、ご承認頂きたいと・・・お食事の席で話すことではないですが、申し訳ありません・・・」
「・・・・・・。」
ロイアは手紙に目を通した。
一通り読み終わると、ぱたっと紙をとじて近くにいた召使いにそれを持って行かせた。
「全く、イリスらしいな。何が俺に対しての手紙だ」
「・・・え?」
頬杖をつきながら、ロイアは目を細めた。
「これは俺に対してじゃないだろ。シオンにだ」
「俺に?」
すでに食事を終えていたシオンは急に名指されて自分を指差した。
「何でだよ」
「メヌエットのカペルマイスターか、コンチェルトの王宮剣士か。どっちになるか決めるのはシオンの自由だ」
「えっ・・・」
ロイアは少し顔を下げてシオンの顔を見上げた。
「俺は、何度も忠告した。それを踏まえた上で、決めるのはシオンだ」
「忠告・・・」
シオンはコンチェルトに帰るなと何度も言われたことを思い出した。
シオン自身、アルスに会えないのは寂しかったがメヌエットにいるのはそこまで嫌ではなかった。
しかし今日、その状況は変わってしまった。
「イリス様は・・・戦争をさせないために俺を呼んでくれたのか?」
セレナードと戦争間近と囁かれるメヌエットに、自分がいては確実に戦争が起こってしまう。
シオンはそう思い、小さな声で呟いた。
「・・・俺は・・・」
顔を上げて、ロイアを見た。
ロイアの目を見て、一瞬決意が揺らいだが何とか目を逸らして言葉を紡いだ。
「俺は、コンチェルトに帰る。コンチェルトの王宮剣士の要請を受ける」
それを聞いて、イリヤとイルは安心したような表情になった。
「・・・よかった」
イルは嬉しそうにロイアに見えないように下を向いて微笑んだ。
「・・・そうか」
目を閉じて、ロイアは首を振った。
「シオンが決めたならそうすればいい。俺は止めはしない」
「・・・ロイア」
「いいか。俺は十分注意したからな。それを覚悟で帰るんだぞ」
ロイアにすごまれて、シオンは負けじと頷いた。
「わ・・・分かってる・・・」
「ならいい」
そう言って、ロイアは部屋から出て行ってしまった。
まだ食事が終わっていなかったイルは ぼーっとロイアを見つめていたが、突然我に帰って慌てて食べ始めた。
随分前に食べ終わっていたイリヤは、ロイアの後を追いかけるように退室した。
「イル、食べるの遅いよなあ」
ロイアがいなくなって緊張が解けたシオンがイルの食事風景を見て何気なく言った。
「戦場じゃ食事してる暇なんかねえんだぞ」
「・・・ここは、戦場じゃっ・・・」
「食い終わってからしゃべれよ・・・あ、それで」
「ん?」
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