コンチェルトの王宮を誰にも行き先を告げずに出発したシオンとイル。
東に向かってひたすら歩く二人の隣には、なぜかもう一人が同行していた。

「ビアンカ様・・・その荷物、重くないですか?少し持ちますから・・・」
「んー?いいよいいよ、朝の風は気持ちいいから」
「・・・そうですか」

シオンとイルの隣を歩くのは、大きな風呂敷を背負ったビアンカだった。
何が入っているのかは二人はよく分からなかったが、たまにガチャン、と硬い音が荷物の中から聞こえる。

「それよりもさ、かなりコンチェルトの王宮から離れたし、私が二人にくっついていく途中にするって言った話を
そろそろしようかと思うんだ。シオンが持ってる本見せてくれない?」
「あー・・・はい」

シオンは自分のカバンから、一冊の本を取り出した。
青い表紙の古い本、トルライトから預かってきた藍の伝承書だ。

「私が持ってる本、これが茜の伝承書ね。2冊を合わせる前に、ちょっとここを見てくれる?」
「・・・あわせる?」

ビアンカの言葉に疑問を抱きつつも、二人はビアンカが開いた茜の伝承書を覗き込んだ。

「天授力が3つ書いてある。一つはイリスの未来予知夢。もう一つは・・・夢幻の翼」
「・・・・・・。」

アルスが持っていた天授力の名前を聞き、シオンは表情を曇らせた。

「そしてもう一つが「祝福の唄」。」
「しゅくふくのうた?どういう力なんですか?」
「誰が持っている力なんでしょう・・・」

ビアンカは伝承書を1ページめくった。

「白き民から力を取り出すことができる・・・というのが、祝福の唄らしいよ。」
「・・・白き民から・・・?なんですかそれ・・・」
「そして、その力を持っている人は・・・二人とも、よく知っている人だよ」
「えっ・・・?!」

驚いてシオンとイルは顔を見合わせた。
ビアンカの答えを待ったが、ビアンカは突然座り込んでしまった。
そして、背中の大きな荷物を地面に降ろした。

「ど、どうしたんですか?」
「いや、疲れちゃって。ちょっと休も」
「・・・・・・。」

荷物がでかすぎるからではないかと二人とも思ったが、言わないでおいた。

「・・・さて、これからする話はちょっと大事だよ。ちゃんと聞いてほしいんだ」
「え・・・は、はい」
「分かりました・・・」

シオンとイルも自分の荷物を降ろして、ビアンカの前に座り込んだ。

「まず・・・この二冊の伝承書を、合わせるよ。シオン、藍の伝承書をこっちに」
「はい・・・」

ビアンカはシオンから藍の伝承書を受け取った。
茜の伝承書を下にして、藍の伝承書を上に重ねた。

「わ・・・!?」

ビアンカの手の中の二冊の本が白く輝いたかと思うと、それらの本は一冊の本に変わっていた。
厚さにはそこまで変化はないが、表紙は紫色になっている。

「こ、これは・・・?」
「これが、この伝承書の本来の姿。「紫苑の伝承書」だよ」
「・・・しおんの、でんしょうしょ・・・」

また二人は顔を見合わせた。

「あの・・・ビアンカ様、俺たち全然分からないことばっかなんですけど・・・ビアンカ様はどうして、そんなに色んなことを知ってるんですか?」
「私もずっとお聞きしたいと思っていました。その本も読めるし不思議な道具を作ることもできるし、何でもご存知だし・・・」
「ははは、何でも知ってるわけじゃないよ」

ビアンカは笑いながら軽く首を横に振った。

「じゃあ、まずは私のことから話そうか。私がどうして伝承書を読める力があるのかだけどね・・・それは、私にも分からないんだ。
この本を残した人がどういう意図を持っていたのか、そこから考えないといけないからね」
「・・・この伝承書を残した人・・・?」
「古い本だからね、大昔の人の考えることだから私には分からないよ・・・それで、じゃあ私がどうして色々知っているのか・・・」

そう言いながら、ビアンカは紫苑の伝承書を開いてページをぱらぱらとめくり始めた。
中を読みながら探しているらしく、内容に納得している様子も見せながらしばらくページをめくり続ける。

かなり待たされたが、ようやくお目当てのページにたどり着いたらしくビアンカは二人に本を向けた。

「6つの天授力の内容がそれぞれ書かれているページなんだけど」
「・・・はあ」

一応目を上げて見てみたが、やはり二人には理解できない文字が並んでいる。

「イルの天授力「癒しの願い」、バイエルの天授力「ホロスコープの統率」・・・それで、ここ。「悠久の響き」ってあるんだけど」
「悠久の響き・・・どういう力なんですか?」
「そうだね・・・触れた「もの」の過去を見る力・・・と言うと分かりやすいかな。人でも、物でもなんでも。」
「か、過去を・・・!?」

驚く二人とは対照的に、ビアンカはゆっくりと振り返って自分たちに木陰を作っている木を見上げた。

「・・・そう。例えば、この木・・・」

そして、木の幹にそっと触れた。

「・・・この木は、もう100年以上もここに立ってるみたいだね。色んな人がのぼったり、実を取ったりしている。
元は隣にもっと大きな木があったみたいだよ。でも、雷に打たれて枯れてしまったんだって」
「・・・・・・!?」

思わずシオンは立ち上がり、木に駆け寄った。
木を見上げて大きく揺れる枝葉を見つめ、そして振り返ってビアンカを見た。

「・・・ビアンカ様・・・そんな、天授力を持ってたんですか・・・」

イルも驚きの余り声が出なかった。

「そう、これが私の天授力。誰かに触れれば、その人が生まれた瞬間までさかのぼることができる。
今まで生きてきて、私は本当にたくさんの過去を見てきたんだ・・・私がこんな風になるのも、分かるでしょ」

ビアンカは冗談めかしく笑ったが、シオンもイルもまったく反応ができなかった。

「イリスの天授力は未来を見ることだけど、私には過去しか見えないんだ。ずっと私はこの力を隠してきたんだけど、
シオンとイルにそれを話すってことは結構大事な話をしてるって、そんな感じするんじゃないかな」
「そ・・・それはもう・・・」
「ずっと隠してきたって・・・あの、ロイアもビアンカ様の天授力のこと・・・知らなかったんですか?」
「・・・・・・。」

木に添えていた手を静かに離して、ビアンカは少し俯いた。

「・・・ロイアにも隠してたよ。父上にも母上にも。誰にも言わなかった」
「そうですか・・・」
「でもね・・・ロイアはすごいよ。私に直接は言わなかったけど・・・ロイアだけは、分かってたと思う」
「え・・・」
「天授力だとか、詳しい内容だとかは分からないだろうけど・・・でも、何となく私にはそういう力があるって
ロイアだけは見抜いてたと思うよ。」

ビアンカは大きな荷物にもたれて、空を見上げた。
かなり日が高くなっており、ビアンカは眩しさに目を細めた。

「はは・・・ロイアにはさ、本当に・・・何度も・・・」

手の甲を顔の前に当てた。
消え入りそうな声で、最後の方はよく聞き取れなかった。

シオンもイルも何を言っていいのか分からず、しばらく黙っていた。

「・・・あ、ゴメンね、いけないいけない・・・」

ビアンカは はっとして顔を覆っていた手をどかして身を起こした。
いつの間にか地面に落ちていた紫苑の伝承書をまた手に取った。

「それでね・・・さっき言った「祝福の唄」の天授力を持つ者。これは恐らく・・・」

本を開くわけでもなく、表紙に片手を置いて二人に向き直った。

「・・・フレイ。恐らく彼だろうね」
「えっ!?」
「フレイが?!・・・な、なんでですか・・・?」

ビアンカは本に表紙に視線を落とした。

「フレイの過去を見たとき・・・分かったんだ。まず彼は・・・あの子は、モデラートの王子だった。」
「モデラートの王子!?」
「でも、モデラートは100年前に滅んだんじゃ・・・」
「フレイはセレナードのラベル城の封印に巻き込まれて100年間バイエルと一緒に時が止まった状態でいたんだ。
彼の目的は、全てのホロスコープを集めて「大いなる存在」と呼ばれるホロスコープを生み出して
テヌートの王国モデラートを再興させること。父王と兄の無念を晴らそうとしているんだろうね」
「・・・・・・。」

シオンは衝撃の余り目を見開いたままゆっくりと下を向いた。

「・・・お父さんとお兄さんも・・・今はもういない・・・フレイ、確かそう言ってた・・・」

ぼく、シオンに会えてよかった・・・シオンと話せて嬉しかったよ
いつか、全部話せたらいいな・・・シオンには、全部話したい

微笑みながら、それでいてどこか複雑な表情を浮かべ、フレイがそう言った日のことをシオンは思い出した。

「・・・セレナードに滅ぼされたモデラートの王子様か・・・フレイ、なんかそんな感じだったかもなあ・・・」
「シオン・・・」

シオンは、ぎゅっと地面の草を握り締めた。

「・・・あいつ、そんなこと自分ひとりで抱えてたのか・・・俺に話してくれたらよかったのに・・・」
「あの、ビアンカ様・・・」

シオンの様子を気にしながら、イルが口を挟んだ。

「その・・・「大いなる存在」ってのは、どういうものなんですか?それがあればモデラートが再興するって・・・?」
「そう、それについてなんだけど」

ビアンカはいつの間にか本を開いており、またページをめくり始めた。

「大いなる存在。それは13番目のホロスコープを操る者と一体となる。争いを止めぬ命を浄化する絶対の力。
光を持って生まれ、天より授かりし力と闇によって封じられる。・・・ってね。ここにあるんだ」

言われた意味が分からず、とりあえず二人はビアンカの言葉を待った。

「争い、つまり国家間の戦争だね。戦争をする「命」つまりは人間。浄化とはつまり消し去ること。
天授力と「闇」によって封じられる、だから天授力を持つ人間は狙われたんだ」
「そのせいでアルスもイリス様も、イルも狙われたんだな」
「私、狙われたりしましたっけ・・・?」
「・・・イリヤさんから聞いた・・・いや、覚えてないならその方がいいよ」

きょとんとしているイルの思考を止めようとシオンは素早く手をイルの顔の前に出した。
それに驚いてイルはさらに目を丸くした。

その様子を見て、ビアンカは くすっと笑った。

「・・・つまりね、この「大いなる存在」、これが生み出されてフレイがその力を手に入れたとすると、
テヌート以外の人間はメルディナから消え去ることになるんだ」
「き・・・」
「消え去る・・・?」
「そう、各国が戦争してたらそうなる。だからフレイが率いるテヌートたちは戦争を起こさせようとしていたんだよ」
「戦争を起こさせるって、どうやって・・・?」

ビアンカは本をパタン、と閉じて人差し指を出した。

「マラカ王女の失踪、各地の偽の出兵要請、セレナードによるメヌエットへの攻撃、その和解文書の紛失。そして・・・」
「・・・そして?」
「・・・ううん、もう一つは置いておこうかな。全部私が言っちゃダメだと思う」
「え・・・」

何でダメなんだろう、とシオンは顔をしかめた。

「逆に言うと、人々が争ってないと大いなる存在は生まれることができないんだ。
それで、どうしてフレイが天授力「祝福の唄」を持っているのかと言うと・・・祝福の唄の持ち主は、
「「光」と「闇」のどちらの力も持っている」からだよ」
「どっちもって・・・?」
「私が前に、シオンにあげた緑色の丸い玉があるでしょ。「ファシール」っていう宝石みたいなの」
「あ、はい・・・」
「わ、私も持ってます!今もここにあります」

そう言って二人は荷物の中からそれぞれビアンカから渡された物を取り出した。
シオンは緑色、イルはオレンジ色の、拳ぐらいの大きさの丸い玉だ。

二人がそれを持つと、ファシールは羽が生えてシオンの手の上で浮き上がり、イルの持つシードは杖の形になった。

「天授力は属性を持っている。シオンは風、イルは地。その天授力を今持っているから、それらは具現化したんだ」
「シオンにも、天授力が?」
「そうだね。あるはずだよね、シオン」
「・・・・・・。」

シオンは投げ上げるように手を動かして、ファシールを上に飛ばした。

「・・・はい。アルスが俺に、夢幻の翼を渡してくれました」
「えっ!?じゃあシオン、空飛べるんですか?!」
「・・・ま、まあ・・・そうなるけど」

イルは思わずシオンの背中の辺りを見てしまった。

「フレイは光の石エールと、闇の剣ランフォルセを持っていたからね。つまり大いなる存在を生み出せるのも、
封じることができるのも、フレイってこと。ランフォルセを鞘から抜ける人間でないと、ランフォルセを扱えないから」
「・・・そ、うですか・・・」

シオンは何かを思い出したように体を震わせたが、ビアンカとイルには悟られないように声を整えて頷いた。

「あのー・・・」

また、おずおずとイルが発言した。

「つまりその伝承書は、6つの天授力とホロスコープと大いなる存在について書かれている本ということなんですね?
その、すごい力を得る方法と、封じる方法について書かれていると・・・いうことなんですよね。
それらの方法を知ったテヌートたちが、大いなる存在を生み出し、封じる術を消そうとしている・・・ということですね」
「うーん・・・そうだろうし、そうとも言えないかな・・・」
「・・・どうしてですか?」

ビアンカはまた本を開いた。
しかし今度は内容を見ているようではなく、バラバラと音を立てて早くページをめくっている。

「ここだね。ほら、奥の方見てみて」
「・・・あ、これって確か、ビアンカ様が前言ってた・・・」

本の中央部分を覗き込んでみると、ページが破られていた。

「さらに、こっちも一箇所破れてる。茜の伝承書と藍の伝承書が合わさって元の姿に戻ったこの本だけど、
それぞれ1ページずつ欠けていたから、中身はまだ2ページ分足りてないんだよ」
「じゃあ、そこに書かれていることによっては・・・まだ分からないってことですか」
「そうだね。どこにページがあるのか、誰が何のために破ったのか全く想像がつかないけど」

今度こそ本を綺麗に閉じて、シオンの伝承書を荷物に押し込んでから立ち上がった。

「・・・さて、休憩は終了。そろそろ行かないとお昼過ぎちゃうよ」
「・・・・・・あ、はい」

まだまだ疑問があったが、ビアンカはとっとと歩いて行ってしまった。
二人は急いで荷物を整えて、ビアンカの後を追って行った。









         





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