「・・・どこもここも、メヌエットの兵だらけだな・・・」

シオンは身を隠しながら王宮内を走り回っていた。
兵士に見つかると厄介なので隠れつつ移動していたが、たまに見つかって戦闘になっていた。

「向こう側にも行ってみるか・・・」

城にあるいくつかの塔に向かうには城と塔をつなぐ大きな橋を渡らなければならない。
柵はない、30メートルほどの高さのところにかかっている大きな橋だ。

シオンは橋を渡り、反対側を探索することにした。

「・・・兄さん!」
「!?」

声がした方を見て、シオンは思わず硬直した。
橋の向こう側にいるのは、アルスだった。

アルスはシオンの姿を見ると、一目散に駆け寄ってきた。

「兄さん・・・!ど、どうやってここまで・・・?」
「アルス!!あ〜、会いたかった・・・!!」
「・・・あのっ、兄さん・・・」

頭を抱きしめられて、アルスは必死にシオンの顔を見ようとした。
どうやってセレナードからここまで来たのかというアルスの問いかけも聞こえていない様子だ。

「そうだ、イリス様は?!」
「離宮におられると思ったんですけど、そこにいなくて・・・お探ししてたんです」
「そっか・・・でもアルス、もう中はメヌエットの兵でいっぱいだし逃げた方がいいぞ」
「でも・・・」

シオンは言い聞かせるようにアルスの頭を撫でた。

「そこの二人」
「・・・え」

遠くから声が聞こえた。
シオンとアルスが振り返ると、いつの間にか橋の反対側には3人の兵士が立っていた。

そのうちの一人は、シオンには見覚えのある人物だった。

「・・・え?あんた、確かメヌエットのカペルマイスターと一緒にいた・・・?」
「・・・・・・!」
「兄さん、知り合いの方ですか・・・?」

二人の部下を連れ、真ん中に立っているのはラスアだった。
テヌート特有のいつもの白い髪ではなく、髪の色は薄い茶色になっている。

「・・・なんのこと?人違いでしょ」
「いや、ええと・・・なんだっけ、バルゴって名乗ってくれただろ。あんたもメヌエットの兵士だったのか・・・?」
「・・・・・・。」

部下の二人がラスアを見上げたが、ラスアは何も言わなかった。

「弟と一緒にいただろ?でかい姉さんだなって思って・・・」
「おしゃべりをしに来たんじゃないんだ。予言者イリスの居場所を教えてもらいたい」
「・・・イリス様の?」

シオンは片手で持っている剣を握り締めて身構えた。

「知らない。俺はついさっきコンチェルトに着いたんだ。知ってたとしても教えられない」
「そっちの子は?」

ラスアはアルスを見ながら首を傾げた。
怯えた様子で、アルスはシオンの少し後ろに隠れた。

「し・・・知りません・・・」
「教えられるわけがないだろ。イリス様を殺そうとする人間なんかに」
「・・・・・・そう」

言うが早いか、ラスアは石の床を蹴り一気に間合いを詰めた。

「!!」

シオンは後ずさりながら剣でラスアの剣を受け止めた。

「・・・余計な戦いはしたくない。早く教えて」
「・・・・・・このっ!!」

押し合いになった剣を力を込めて振り上げ、お互いに大きく後ろに下がった。

「にっ・・・兄さん・・・」
「アルス、向こう側に逃げろ!」
「そんなっ・・・」

再び剣を振りかぶって、シオンとラスアの剣が激しくぶつかり合った。
大きな金属音が辺りに鳴り響く。

「早く!早く向こうに・・・・・・うわっ!!」

ラスアの部下の一人が、シオンに横から斬りかかった。
とっさにラスアの剣を横に受け流して、さらにシオンは後ろに下がった。

「・・・どうしてテヌートの君たちが、コンチェルトに?」

急にラスアがシオンに尋ねた。
剣の先を見ていたシオンは、思わずラスアに視線を移した。

「・・・メヌエットのカペルマイスターだった父さんが、俺たち二人をコンチェルトに住まわせたがったからだよ」
「カペルマイスター・・・メヌエットの・・・?」
「あんたもメヌエットの人間なら、俺の父さんは知ってるんだろ」
「・・・あ、うん・・・」

ラスアは突然動揺した様子だったが、立場には変わりはない。
シオンは追い詰められ、これ以上後ろに下がれなくなった。

「・・・もう後がないよ」

剣をシオンに突きつけて、ラスアは静かに言った。
背後を見やると遥か下に石畳が広がっていて、落ちたらひとたまりもない。

その様子を、遠くからアルスは はらはらしながら見ていた。

「イリスの居場所・・・言ってくれない?」
「・・・知らない」
「・・・・・・そう」

ラスアは容赦なく剣を素早く薙ぎ払い、シオンの剣を弾き飛ばした。

「わっ・・・・・・!!」

その反動で足を踏み外したシオンは、真っ逆さまに橋から落ちてしまった。

「・・・・・・!!」

アルスは、思わずシオンの方へ駆け出していた。
そして、シオンを追いかけるように橋の下へ飛び降りた。

「えっ・・・?!」

シオンから視線を外していたラスアは、アルスの行動に驚愕した。

目を閉じていたシオンは、地面に叩きつけられるのとは違う衝撃を感じた。

「わ・・・・・・!!」

抱き締められた感覚と、空中で体が止まった感覚に恐る恐るシオンは目を開けた。

「・・・・・・アルス!?」

目の前には、アルスの顔があった。
シオンを強く抱き締めており、さらにアルスのその背には光る白い翼があった。

「え、ええ・・・?!そ、それ、それ・・・な・・・なんなんだ・・・?その・・・羽は・・・」
「・・・・・・」

シオンを抱っこしているのと同じだけの力がいるようで、アルスは苦しそうにしている。
とりあえず尋ねるのはやめておいて、アルスの負担が少ないようにシオンもアルスの背に腕を回した。

アルスは羽ばたいて浮き上がり、橋から見下ろした場所から見える塔の上に着地した。
まずシオンをおろして、それから自分も着地した。

それと同時に、アルスの背から翼が周りに光が散るようにして消えた。

「・・・・・・」

着地してからも、シオンと視線を合わそうとせずにアルスは俯いていた。

「・・・・・・アルス?」
「・・・黙っていて、本当にごめんなさい。これは・・・ぼくの天授力です。」
「てっ・・・天授力!?その、羽が・・・!?」
「誰にも見せちゃいけないって、母さんから言われてて・・・イリス様からも言われて・・・それで・・・」

今にも消え入りそうな声で、泣きそうに話すアルスにシオンは慌てた。

「な、泣くなって!そりゃ、驚いたけど・・・そっか、アルスそんな力があったのか・・・」
「兄さんに、隠し事なんてしてて・・・ごめんなさい・・・」
「そんなことどうでもいい。助けてくれて本当にありがとな、さすがは俺の自慢の弟だ」
「・・・・・・はい」

シオンはまだ内心驚いていたが、笑みを作ってアルスの頭をまた撫でた。

「・・・あれが、天授力「夢幻の翼」・・・あの子が、夢幻の翼の持ち主だったんだ・・・」

橋の上から、二人の部下と一緒にラスアは塔の上にいるシオンとアルスを見下ろしていた。
ゆっくりと目を閉じて、そして剣を鞘に収めた。

「天授力の持ち主は・・・抹殺しなければいけない・・・」

ラスアの声に、シオンは目を見開いた。
橋の上を見上げてみると、ラスアがこちらを指差していた。

何をしようとしているのかが分からず、アルスは不思議そうに橋の上を見た。

「・・・貫け、射手座のサジタリウス」
「え?」
「カウス・メディア!」

ラスアの手に光が集中し、一点になったかと思うとそれは光の矢となって放たれた。
二人がいる塔の上に向かったその矢は、一直線に飛んで、アルスの胸を貫いた。

「・・・・・・!!」

アルスは、声もなくゆっくりと後ろへ倒れこんだ。

「・・・・・・え?」

目の前で起こったことが理解できず、シオンはアルスを支えることもせずに一緒に倒れた。

「・・・アルス・・・?」

シオンはアルスを抱えて上半身だけ起こした。
自分の手と服がアルスの血で染まっているのを見て、これ以上ないほどに目を見開いた。

「アルス・・・!?あ・・・アル・・・ス・・・」

どうしたらいいのか分からず、うわ言のようにアルスの名前を口にすることしかできない。
シオンの腕の中で、アルスがゆっくり顔を上げた。

「・・・・・・兄さん・・・」

薄っすらと目を開けたアルスが、シオンを見上げた。

「分かって・・・たんです・・・天授力を見せたらこうなるって・・・イリス様に・・・教えて頂いて・・・」
「し、しゃべるな、アルス・・・そ、そうだ、あ・・・イルなら、イルだったら、なっ・・・治せるから・・・」
「・・・いいえ・・・」

アルスは微笑んで弱々しく首を横に振った。

そして、シオンの片手に手を重ねた。
その手が、微かに淡く光った。

「兄さん・・・ほんとに、ありがとうございました・・・最後にお礼が言えて、嬉しいです・・・」
「アルス・・・や、やめて・・・そんな、こと・・・言わないで・・・っ」
「・・・・・・ぼく・・・兄さんの弟で・・・・・・本当によかった・・・・・・」

そう言うとアルスは、目を静かに閉じて動かなくなった。

「・・・・・・」

アルスを抱きかかえたまま、シオンは瞬きを繰り返した。
全身が小刻みに震えて、歯の奥がガチガチと音を立てた。

「アルス・・・そんな・・・嘘だろ・・・?アルス・・・・・・アルス・・・・・・っ!!」

アルスの肩を揺さぶって何度も呼びかける。
その様子を橋の上からラスアはしばらく見ていたが、苦々しい表情で目を逸らした。

シオンはアルスの体を抱き締め、橋をゆっくりと見上げた。
目は虚ろだったが、真っ直ぐにラスアを睨み付けていた。

「よくも・・・・・・よくも、アルスを・・・」
「・・・・・・」

シオンが片手を上げると、辺りから風が巻き起こった。
風は徐々に強まり、シオンを中心に渦を巻き始めた。

「なっ・・・!?」

立っているのもやっとなほどの強風で、ラスアは顔を腕で覆った。

「絶対に・・・許さねえ・・・っ!!」

突然、シオンのポケットから緑色の丸い宝石、ファシールが飛び出した。
ファシールには4枚の羽がついている。

「ファシールシンフォニア!!」

シオンが叫ぶと、ファシールがさらに強い風を巻き起こし辺りのレンガが吹き飛び始めた。
ラスアに四方から鋭く風が吹き付けて、さらにラスアはそのまま上空へ吹き飛ばされた。

「うわあああああっ!!」

風の轟音と、大量のガラスが割れる音と共に、ラスアの声も風の中に吸い込まれていった。



「・・・な、なんだこの風・・・」

城の中庭にいるのはサビク。
突然吹いてきた強力な風に、思わず目を細めた。

大きな木の太い枝が途中で折れ、土煙が舞い上がっている。

「あっ・・・?!」

その風の中に人がいるのを見つけて、サビクは走った。

息を切らせて走ってきた大きな花壇には、ラスアが倒れていた。
咲いている花たちを踏みつけ蹴散らすのも気にせずに、サビクはラスアに駆け寄った。

「お、おい!?兄貴!?」
「・・・その声・・・サビク・・・?」
「どうしたんだ?!誰にやられたんだよ!?今のは、風の最高位魔法の・・・・・・わっ?!」

ラスアは全身が切り刻まれていて、服はずたずたな状態だった。
体を強く打っていて意識もほとんどないようだったが、ラスアは何とかサビクに向かって手を伸ばした。

「私・・・全然、兄らしいこと何一つできなくて・・・ほんと・・・ごめんね・・・」
「何言ってんだよ・・・!何があったんだ!?い、一体誰に・・・」

サビク必死にラスアの手を握り締めたが、ラスアの手にはほとんど力が入っていなかった。
僅かに目を開けたラスアが、サビクに笑顔を向けた。

「・・・可愛くて頼もしい弟たちと一緒にいられて、幸せだったよ・・・さよなら、みんな・・・・・・」
「お・・・おい?兄貴・・・・・・?」

ぺちぺち、とラスアの頬を叩いてみたが、もう何の反応もなかった。

「ああ〜、今の風なんだったんだろ?転んじゃったよぅ〜・・・あれ?」

宮殿の方から走ってくるのはリムだった。
膝をさすっていたが、顔を上げるとサビクが花壇にいるのに気がついた。

「サビク?そんなとこでなにしてんの?蹴飛ばしちゃおうかなぁ〜」
「・・・・・・。」

花壇の真ん中で、もう動かないラスアを見下ろしている。
声が聞こえているはずなのに、全く反応がないサビクにリムは顔を傾げた。

ゆっくりと歩いて近づくに連れて、様子がおかしいことに気がついた。

「・・・・・・サビク?・・・・・・どうしたの?」






メヌエット軍によるコンチェルトの王宮襲撃事件。
王はいち早く変装して逃亡しており、予言者イリスも兵士たちに守られて無事だった。

しかし双方には多数の犠牲者が出ていて、王宮内は数日が経過してからも騒然としている。
かつて城中に多数いたメヌエットの兵士たちは、戦闘で倒れた者を除いて既に撤退してしまっていた。

「・・・・・・。」

コンチェルトの王宮の裏の林。
空は薄っすらと暗くなっており、弱い雨が降っている。

シオンは、一人で座り込んで膝に額を置いて下を向いていた。

「・・・・・・。」

後ろから、ゆっくりと誰かが近づいてきた。
足音は聞こえていたが、シオンは全く身動きしなかった。

「・・・・・・シオン」

声をかけたのは、イルだった。
イルが声をかけても、シオンは顔を上げない。

「・・・・・・何しにきたんだよ」

下を向いたまま、シオンが抑揚のない声で尋ねた。

「雨が降ってきましたよ、早く中に入らないと風邪をひきますから・・・」
「・・・いいよ。イルこそ風邪ひくぞ。帰れよ・・・」

イルはシオンの隣まで歩き、草むらの上にぺたん、と座った。
その気配に気づいて、シオンは少し顔を上げた。

「シオン・・・みんな、心配してるんですよ・・・」
「・・・俺のことなんかほっとけよ・・・みんなって、誰だよ・・・」
「姉上も、イリヤも・・・もちろん、私もです。ビアンカ様も、シオンを探していらっしゃったし・・・」
「関係ないだろッ!!」

突然、シオンが体育座りをやめてイルに向かって叫んだ。

「えっ・・・」
「イリス様もイリヤさんが助けて無事だったし、イルには家族がいるだろ!家族が・・・!!」
「し・・・シオン・・・」
「俺はもう一人なんだよ!俺にとって全てだった、何より大切だったアルスが殺されて、俺はもう一人ぼっちなんだよ・・・!!」
「・・・・・・」

早口でまくし立て、地面の草を握り締めた。
シオンの手の甲に、シオンの涙が ぽたっと落ちた。

「なんで・・・あの時イルがアルスを助けてくれなかったんだよ!なんであの場にいなかったんだよ!!」
「そ・・・そんな・・・」
「・・・俺が橋から落ちなければ・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・俺がもっと、強ければ・・・俺が・・・・・・アルスは・・・俺のせいでっ・・・・・・」

シオンはイルの服にすがり付いて泣き出してしまった。
俺のせいだ、と繰り返すシオンにイルは何も言わずにただシオンの背中を支えた。

「アルス・・・ごめん・・・アルスは俺のこと助けてくれたのに、俺はアルスのこと守れなくて・・・
でも、もう・・・謝ることもできない・・・どうしたら・・・いいんだよ・・・っ!!」

ふう、と息を吐き出して、イルはシオンの肩をそっと叩いた。

「シオン・・・シオンの家族がまだここにいるってお話を、してあげましょうか?」









         





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