「いったたたた・・・!!」
「もー・・・痛いじゃないですか・・・!!」

コンチェルトの王宮の近くの草原に、シオンとイルは風の魔法に乗って飛ばされてきていた。

「・・・あ、ここ・・・」
「コンチェルトに、本当に来られたんですね・・・」

二人は立ち上がり、周りを見回した。
遠くに、王宮が見える。

「メヌエットの軍が・・・来てるのかな」
「ここからじゃ分かりませんね・・・でも間違った情報なんてセレナードに来るはずないですし・・・」
「とにかく、行くか。走るぞ!」
「はい・・・・・・え?」

やっと立ち上がったイルを置いて、シオンはとっとと草むらを走って行ってしまった。

「ちょっと!!置いていく気ですか?!」

必死に叫んだが、シオンの背中はどんどん小さくなっていくだけだった。
イルはそれを追いかけて何とか走って行った。



「ほ・・・本当だ・・・」

いち早く王宮まで駆けつけたシオンは、城の周りの様子に唖然とした。
メヌエットの旗、そして見覚えのあるメヌエット軍の鎧を着た兵士たちが王宮を取り囲んでいる。

中がどうなっているのか分からないし想像もしたくなかったが、シオンは何とか中に入ろうと画策した。

「おい!!」
「!?」

突然、後ろから呼び止められた。
シオンはとっさに剣に手をかけて振り返った。

「お前、薬が切れたのか?髪を見てみろ」
「え・・・??」

馬の上から銀色の鎧を着込んだ兵士がシオンを見下ろしていた。

「私はあいにくトリステを持っていない、中の奴の誰かが持ってるだろう。とっとと使って来い」
「は・・・はい・・・?」

何のことかサッパリ分からなかったが、シオンは正面から恐る恐る王宮の中に入った。
城内にいる兵士たちもシオンに向かってくる様子はない。

中も兵士でいっぱいだが、既に制圧されているのか激しい戦闘は見られない。
それよりも、バタバタと走り回る人が多く何かを探しているようだった。

シオンは、近くで二人で話していた若い兵士に意を決して話しかけてみた。

「・・・おい」
「ん?どうした?お前、トリステが切れたのか?」
「えっと・・・」

それってなんなの、と聞くわけにはいかないので話を合わせておくことにした。

「ああ、そうなんだよ・・・それで、もう見つかったのか?」
「どっちが?王か?予言者イリスか?」
「えっ・・・えっと、どっちも」
「王はどうやらいち早く城から変装して逃げ出したらしい。イリスは探索中だ、お前も探して来いよ」
「わ・・・分かった」

イリスを狙っていることが分かり、シオンは心当たりのある方向へ走り出した。






「わーい!!作戦大成功〜!!」
「まだ全然成功してませんよ、リム」
「・・・そうなの?」

一方、王宮内の大きな階段の下。
リムとブラムが早歩きで移動していた。

リムの髪は黒っぽい色になっており、ブラムはいつもの布を取っていてフレイそっくりの顔が見えている。

「メヌエットがコンチェルトに侵攻してきたっていう情報は流せたし、王様は逃げたけど目的は果たせたんじゃないんですか?」
「・・・まだ、天授力の持ち主を消すという大きな目的を達成できてません」
「大丈夫ですよぉ、そこらへんに隠れてるだろうからすぐに見つかりますって」
「とにかくリム、コンチェルトの残党に気をつけて様子を探ってください」
「はーい」

リムとブラムは階段を上った先の左右に分かれた廊下を別々に走り出した。
特に警戒する様子もなく、リムは窓の外を見ながら段々速度を落としていった。

「ラスアもサビクも、ちゃんとやってるかなぁ?ラスアは大丈夫だろうけど、サビクは不安だなぁ〜」

一つずつ部屋を調べようと思い、リムは手始めに目に付いた大きな扉に手をかけた。
しかし。

「わあっ!?」

扉を開けようと力を入れる前に扉が突然開き、手首を掴まれて扉の中に引きずり込まれた。

「な・・・なに・・・?!」

扉を背にして何者かに押さえつけられた。
リムの片手を掴んでいるのは、ビアンカだった。

「・・・きみは?」
「い、いきなり何すんの?!ビックリしたじゃん!!」
「きみ・・・ロイアに会ったことがある・・・?え、メヌエットの人じゃ・・・テヌート・・・?」
「ちょっと!きっこえないよ!離してよっ!!」

手を掴んだまま驚いた様子のビアンカを見上げて、リムは声限りに叫んだ。
しばらく何かを考えているようだったが、やっとビアンカはリムの手を離した。

「まったく・・・ぼくのこと誰って言う前に、そっちが誰さ!」
「えっと・・・私は、ちょっとここに隠れていたんだけど・・・」
「男なのになっさけないなあ・・・もう天授力を持ってる人以外は狙われないから大丈夫だよっ!じゃーねっ!」
「え・・・・・・」

反応ができないでいたビアンカを放って、リムは部屋から走って行ってしまった。

「ロイアが私を殺そうとしたんだと思ってたけど・・・違うのかな」

ビアンカは部屋の鍵をかけて、部屋の中を見回した。
部屋の中には、ビアンカが作った様々な道具たちやその材料や破片やその他諸々が散らばっている。

「・・・とりあえず、片付けよう」

普通なら逃げるような状況だが、ビアンカは散らかった部屋の中を黙々と片付け始めた。



「や、やっと・・・着いた・・・」

シオンより相当遅いスピードで走ってきたイルは、ようやく王宮に近づくことができた。
しかし、イルの姿を見つけるやいなや、兵士が数人駆け寄ってきた。

「何者だ?」
「え、ええと・・・王宮に入るのは・・・無理、でしょうか・・・」
「コンチェルトの王宮は、我々メヌエットが占拠した。死にたくなければ近寄るな」
「せ、占拠って・・・じゃあ、姉上は・・・?!」
「姉?お前の姉は誰なんだ」
「あ・・・」

いつの間にかすっかり囲まれており、イルは困って口をつぐんだ。
その時。

「うわあ!?」

ガキン、という鈍い音がしてイルに突きつけられていた兵士の剣が遠くへ弾かれた。

「なんだ?!」
「武器も持たない人を脅して尋問するなんて、酷いね。何も言えなくなっちゃうでしょ」
「・・・あ?!」

イルが隣を見てみれば、そこにはイリヤが立っていた。

「イル、走ってきたところ申し訳ないんだけど・・・もう一走りしてくれる?」
「な、何を突然・・・」
「走って!!」

イリヤはイルの背中を ドン、と押した。
そのままイルは走り出し、イリヤは周りの兵士の一人に向かって飛び上がってみねうちを食らわせた。

兵士たちは馬に乗っていて素早く動けず、その隙にイリヤは足元に閃光弾を投げつけた。

「なっ・・・!!」
「目がっ・・・!」

追いかけて来ないのを確認してから、イルのあとを追いかけた。
イルの走る速度には、あっという間に追いつくことができた。

「イル、お待たせ」
「はあ、はあ・・・もう、走れない・・・」
「体力ないなあ・・・」

兵士たちの目を盗んで、イリヤはイルと城壁の裏に隠れた。
後ろと上を確認してから、イリヤはしゃがみ込んだ。

「・・・イル、ここは危ない。城下町にでも逃げた方がいいよ」
「城が襲われているのに、城下町も同じでしょう・・・?」
「いいや・・・まだ分からないんだけど、もしかしたらこれは・・・・・・え?」

イリヤは途中で言葉を途切れさせた。
イルがイリヤの左手を持ち上げたからだった。

「・・・怪我してるじゃないですか」
「あはは、王様を逃がすときにちょっとね。でも王はご無事だからさ」
「いいから、かしてください」
「・・・・・・。」

左手をぐいっと引っ張って、イルはイリヤの腕に手をかざした。
しばらくすると滲んでいた血が止まり、傷口が目立たないほどに治っていた。

「・・・ありがと。でも・・・」
「・・・なんですか」

イリヤはイルから目を逸らした。

「もう、あまり人前で怪我を治さない方がいいかもしれない。この力は、もう人には見せない方がいい」
「・・・・・・」

きっぱりとそう言ったイリヤに、イルは言葉を失った。

「・・・さっきの話だけどね。このメヌエット軍による急襲、もしかしたらこれは・・・」
「これは、なんです?」

しばらく考え込んでから、イリヤは顔を上げた。

「・・・もしかしたら、あの二人がしたことと関係があるかもしれない」
「あの二人?・・・も、もしかして・・・」
「うん」

イルは思わず両手で口を押さえた。

「クラングさんと、ローチェさん・・・?」
「本物のメヌエットの軍じゃないとしたら、そうかもしれない。そして、そうだとすると・・・イルも狙われる」
「天授力を持つ人間を・・・えっ、それなら!!」

大声を出したイルの口を、イリヤは慌てて押さえた。

「・・・そう、イリスが狙われる可能性は十分ある。メヌエット軍だとしても、イリスは狙われるかもしれない」
「そ、そんな・・・」
「だからぼくは、イリスを助けに行く。イルは早く王宮から離れて」

立ち上がったイリヤを目で追って、イルは言葉もなく頷いた。



「・・・ビアンカ王子?」
「え?」

人に見つからないように気をつけて廊下を歩いていたビアンカだったが、突然名前を呼ばれて振り返った。

「名を呼ばれて振り返ったら、自分がその人物であると肯定したも同じですね。」
「・・・フレイ?」
「・・・・・・。」

ビアンカを呼び止めたのは、ブラムだった。
ビアンカの反応を聞いて、ブラムはため息をついた。

「フレイと面識があるんですか。そういえば、コンチェルトにも来たんですよね・・・とにかくビアンカ王子、あなたにも」

ブラムは、腰から剣を引き抜いた。
そしてそれを両手で持ちビアンカと向き合った。

しかし、それを気にする様子を全く見せずにビアンカは腕を組んだ。

「ロイアが何をしたいのか知ってるの?それとも、全くの無関係?」
「・・・え?」

ブラムはそれ聞いて顔をしかめた。

「どういう意味ですか?」
「メヌエット軍のはずなのにテヌートばっかりだし、カノンから来た人が大半だなんておかしい」
「な・・・なぜ、それを・・・?」

ビアンカは動揺しているブラムに歩み寄った。
そして、ブラムの剣を持っていない方の手を掴んだ。

「なっ・・・・・・」
「・・・・・・。」

ブラムの手を掴んだまま、ビアンカはじっとしている。
なぜか動くことができず、ブラムはビアンカの顔を見上げた。

「どうしてきみには・・・100年以上も記憶があるの?」
「!?」
「それなのに小さい頃の記憶はない・・・一番最初は・・・」
「な、なにを・・・」

ブラムは慌ててビアンカの手を振りほどこうとしたが、さらに強く握られて離すことができなかった。

「・・・エレウテリア?」
「!!」

ビアンカが呟いた言葉を耳にした瞬間、ブラムは持っていた剣を落として片耳をふさいだ。

「エレウテリアディ・・・」
「や、やめて!!」

渾身の力を込めてビアンカの手を振りほどいて両手で耳をふさいだ。
そのまま後ずさり、壁に一度ぶつかった。

「・・・・・・」
「こ・・・来ないで・・・」
「・・・どうしたの?」
「来ないで!!」

両耳をふさいだまま、ブラムは走り出してしまった。
ビアンカは無感情にその後姿を見つめた。



何度も転びながら、ブラムは必死に走り続けて城壁のそばまでやって来た。
そして、両耳を押さえて首を必死に振った。

「・・・ブラムさん?」
「・・・・・・!!」

後ろから声がして、ブラムは飛び上がるほど驚いた。
反動で、頭を壁にぶつけたが全く気にしていない。

「さ・・・サビク・・・」

ブラムに呼びかけたのはサビクだった。
片手に本を持っていて、不思議そうにブラムを見下ろしている。

今にも泣き出しそうな顔で、ブラムはサビクに縋り付いた。

「わ・・・!?」

後ろによろけながらも、何とか倒れないようにブラムの肩を支えた。

「サビク・・・!ぼくの記憶が・・・記憶が、消えちゃう・・・!!助けて・・・!!」
「ど、どうしたんですか・・・!?」
「嫌だ、消したくない・・・記憶が消えるなんて、嫌だ・・・!!」

サビクから顔は見えないが、泣いているような声で必死に訴えている。
初めて見る様子のブラムに驚いたが、落ち着くまでサビクは何も言わないことにした。



「・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・。」

サビクからようやく離れて、地面に座り込んだブラムに恐る恐るサビクは声をかけた。
しばらく虚空を見つめていたようだったが、やっとサビクに向かって顔を上げた。

「サビク・・・ごめん・・・」
「い、いや・・・どうしたんですか?記憶が消えるとかどうとか・・・言ってましたけど・・・」
「うん・・・消えてなくてよかった・・・」
「・・・・・・?」

自分に言い聞かせるように呟くブラムに、サビクは首を傾げた。

「ブラムさん・・・この前教えてもらったとおり、ブラムさんはフレイ王子がもう一人いるのと同じなんですよね?」
「・・・え」
「王子と全く同じ考えを持って行動しているんですよね。それなら王子のことを一番に思っているんですよね」
「それは・・・そうですけど・・・」

落ち着いたのか、ブラムはいつもの口調に戻っていた。

「・・・記憶が消えるの、怖いんですか?王子だけがブラムさんの記憶を消せるんですよね。
王子がそれを望んでいたとして、ブラムさんはそれを嫌がるんですか?」
「・・・・・・。」

ブラムは考え込んだ。
地面をじっと見つめて、それから目を閉じた。

「・・・分かりません。まさかこんなに長く、100年間も同じ記憶を持って動けるとは思ってませんでしたから」

ぱっと顔を上げて、ブラムは明るく笑った。

「ははは・・・取り乱してしまってすみません。私は王子のために行動し、そのためだけに存在しているんです。
それ以上でもそれ以下でもありません。私の意志なんて関係ないんですよ、記憶が消えたらそれで終わりなんですから」
「・・・・・・。」

今度はサビクが黙ってしまった。
しかしブラムは一人で歩き出してしまった。

「ど、どこ行くんです?」
「私はもう王宮には入らないで、皆さんの報告を待ちます。予言者イリスの始末が成功したらコムコインで教えてください」
「・・・はあ」

サビクはブラムの後姿を見つめていたが、王宮の周りを囲む木々の間に消えて行ってしまった。
仕方なく、サビクは王宮の庭に入っていくことにした。









         





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