「今はね、ジェミニという名前は名乗っていないんですよ。私は「ブラム」という名で動いています」
「ブラム・・・?」
「今から、外に出られますか?フレイ」
「え・・・う、うん・・・」

また混乱してきて、フレイは手をぎゅっと握り締めて左右に視線を泳がせた。

「どうしたんですか、私は100年前と何も変わっていないんですよ。フレイが100年前と姿が変わっていないのと同じです。
フレイが私を生み出した、100年前の気持ちのままです。この口調が気持ち悪かったら、戻しましょうか?」
「う・・・ううん・・・そ、外に出て、どうするの・・・?」
「フレイに会わせたい人が大勢いるんですよ。今日フレイは忙しいようですから、盛大にするのは後日改めて」
「・・・会わせたい人・・・?」

部屋から二人で出て行き、すぐに戻ってくるという託を部屋の係の人に伝えた。
ブラムは、部屋から出る前にまた頭に布をかぶっていた。



「・・・ブラム」
「なんです?」

王宮の外門に向かう道を歩く途中、フレイは今日の式の関係者に何度も頭を下げた。
すぐ戻ってきます、と何度も笑顔を作ってとにかく王宮の外に急いだ。

「2年前に・・・ぼくは今の世界、100年後に来ちゃったんだ。それで、ぼくはこの世界で一人ぼっちになったと思って・・・」
「どうして私のことを思い出さなかったんですか」
「そんな・・・突然100年後に来たってことが分かって、そんな余裕なくて・・・」

ブラムは横目でフレイを見て、ふう、とため息をついた。

「フレイは、ラベル城の封印に巻き込まれてしまったんですよ。」
「ラベル城?封印って、ミュートさんとネウマさんが?」
「ええ。彼らの禁止魔法によってラベル城が封印され、中の時間が停止しました。それが100年前」
「そ、それなら、ミュートさんとネウマさん、あとバイエルくんも、この世界にいるの・・・?!」

フレイは驚きと期待に声を上げた。

「・・・ミュートとネウマの二人は、5年前にメヌエットのカペルマイスター、ルシャンによって処刑されました」
「えっ・・・!」
「息子であるバイエルは行方不明。現在は再びラベル城に封印が施されており、入ることができません」
「そ・・・う・・・」

力なくフレイが呟くと、ブラムはトン、とフレイの肩を叩いた。

「ほら、彼らですよ」
「・・・・・・?」

ブラムが指差す方向を見ると、城の外の木の下に数人の人影が見えた。
近寄ってみると、それは全てテヌートの人たちだった。

「ブラム・・・」

説明を求めるためにフレイはブラムの顔を見た。

「テヌートの王国を復活させる、モデラートを再び作り出す、そのために動いてくれているカノンの人たちです」
「カノン・・・?カノンの町が、まだあるの!?」
「あります。100年前、領主であるハルプトーン家の人たちが中心となり、カノンの町全体を封印して隠したんです。
外部の人間は入れないようになっており、そこを拠点に私たちは活動しているんですよ」
「ハルプトーン家・・・エリーゼも・・・?」
「ええ」

ブラムは立っている人たちを手のひらで示した。

「彼はクラング・ハルプトーン、こちらはその妹のローチェ。かつてのカノンの領主エリーゼの孫の孫の人たちです」
「エリーゼの・・・!?」

思わずフレイはクラングとローチェに駆け寄った。

「あ・・・はじめまして・・・二人とも・・・」
「は、はい」

突然フレイが目の前までやってきて、お互いぎこちなく頭を下げた。

「ぼ、ぼくね・・・ぼくの、好きだった人の孫の、孫の人に会えるなんて・・・嬉しくて・・・」

クラングとローチェは少し困ったように顔を見合わせて笑った。

「両親から話はよく聞かされています、フレイ王子」
「えっ・・・」

突然王子と呼ばれ、フレイは はっとして顔を上げた。
それを見て、ブラムは横から話し始めた。

「フレイがラベル城の封印に巻き込まれたことは、私がしばらくしてから突き止めてそれをカノンへ伝えに行ったんです。
いつ封印が解けるか分からない、ということを話しました」
「・・・・・・。」
「それで、いつ封印が解けてもフレイを王子として迎えられるように準備をしておくことにしたんですよ」

まさか100年もかかるとは思いませんでしたけど、とブラムは笑った。
クラングは、フレイに向かってまた頭を下げた。

「4代前の領主であるエリーゼは、フレイ王子、あなたのことを忘れないということを相手に伝えてから結婚しました。
ハルプトーン家、そしてカノンをこの世界から消さないためにもハルプトーン家の血は代々受け継がれてきたんです」
「・・・・・・っ」

それを聞いて、フレイの目に涙が浮かんだ。
もうエリーゼとは話せない悲しさと、自分を忘れないと言ってくれた嬉しさに今にも泣き出しそうになった。

クラングよりもいくらかかしこまった感じで、ローチェも頭を下げた。

「私たちの代で王子とお会いできるのは本当に光栄です・・・王子のためならば、何でもいたします」
「あ・・・ありがと・・・う・・・」

顔を真っ赤にしながらフレイはローチェに差し出された手を握って握手した。
ちらりとローチェの顔を間近で見てみたが、エリーゼの面影が少し残っているような気がした。

いつの間にかブラムの横に白い服を着た少女の姿のホロスコープ、バルゴも立っている。
ブラムはバルゴの横からフレイに呼びかけた。

「フレイ、それとこちらの3人も紹介しておきますね」
「あ・・・」

フレイが目をやると、ブラムの後ろに3人の少年が立っていた。

「はじめまして、フレイ王子。俺はサビクと申します。こっちが兄のラスア、そんでこっちが・・・いだっ」
「あはは〜、初めまして王子!ぼくたち、ハルプトーン家に代々仕えてたマルフィク家の3兄弟です!」

サビクの後ろから飛び上がってサビクの頭を押しのけ、リムが顔を出した。
突然目の前に飛んできたリムにフレイは驚いて思わず後ずさった。

「頑張って、モデラートを再興しましょーね王子!ラスアわぁ、すんごい剣術の達人なんですよ!
で、ぼくはすっごく可愛くってぇ、サビクはなーんもできない役立たず君でーす」
「うるっさいわ!!お前は王子の前に出たらしゃべんなって言っただろうが!!」
「やーい、当たんないよーだ」
「待て!!」

サビクが振り上げた手を素早く飛びのいて避けたリムは、後ろの方に走って行ってしまった。
そして、それをサビクはむきになって全力で追い始めてフレイの前からいなくなってしまった。

「げ・・・元気だね・・・そっか、マルフィク家の人たちも・・・」
「王子・・・よろしくお願いします・・・」
「え、あ、はい、よろしく」

ものすごく遅くしゃべるラスアに、フレイはタイミングを何度も逃しながらも頷いた。

「フレイ、今日連れてきたのはカノンの主要な地位の者たちですが、カノンにいる仲間たちは
こんなものではありません。みんな、フレイのことを待っていたんですよ」
「そ・・・そうなの・・・」
「テヌートの王国を復活させるため、テヌートが一致団結してカノンでフレイの命令を待っているんです」
「・・・・・・」

突然そんなことを言われても、フレイにはどうしたらいいのか全く分からなかった。
しかし、ブラムは戸惑うフレイを他所に語り始めた。

「私たちがするべきことは、まず「大いなる存在」の力を手に入れることです」
「あ・・・うん」

そういえばそんなのもあった、とフレイは今更ながら思い出した。

「全てのホロスコープとフレイが持つ光の石エール、そして伝承書に記された大いなる存在を呼ぶ「言葉」。
これらを揃えることが先決です。まあ、他にもやるべきことはあるんですけど」
「他にも?」
「せっかくセレナードのカペルマイスターなんていう地位につくんですから、フレイにしかできないことをお願いしますね」
「・・・ぼくは、何をしたらいいのかな」

おどおどしているフレイに歩み寄り、ブラムは片手でフレイの肩を叩いた。

「フレイはセレナードの王宮にあると思われる藍の伝承書を探してください。」
「藍の伝承書・・・」

リオーズ様の本だ、とフレイは目を細めて頷いた。

「ですがフレイはテヌートすべての希望として元気に存在してくれていたらそれでいいです。私たちが頑張りますからね」
「あ・・・ありがとう・・・」

フレイは両手を握り締め、目の前の全員に頭を下げた。

「ぼくがセレナードのカペルマイスターになったら、みんなとはなかなか会えないかもしれない。
その間、ジェミニの・・・ブラムの指示に従ってください。ぼくも、できる限りのことはするから・・・お願いします」

手を差し出してきたクラングやサビクとまた握手をし、フレイはセレナードの王宮に向かって走り出した。

「・・・・・・。」

走りながら、フレイの心境は複雑だった。

一方、フレイの後姿を見送ったブラムは布を深くかぶって地面を見下ろした。

「・・・大いなる存在をおびやかす天授力を持つ人間の抹殺、そしてメルディナ各国に戦争の火種をまく・・・」

ブラムは顔を上げて、微笑んだ。

「必ずやり遂げて見せるよ・・・フレイ」

布と髪の間から、赤い目が光っていた。






セレナードのカペルマイスターに就任したフレイだったが、その働きは非常に優秀だった。
程なくして国を挙げてラベル城の調査に乗り出すことになり、そこでフレイはバイエルと二度目の出会いを果たしたのだった。

「シオンとイルが・・・目の前で消えたって・・・?」

時は戻り、ここはセレナードの王宮の中。
風の移動魔法で消えてしまったシオンたちのことをフレイがトルライトに話している。
フレイの隣には、フレイの服をしっかり掴んだバイエルも立っている。

「風がぶわーって吹いて、消えちゃったんだ」
「・・・ど、どういうことなのフレイ?」

尋ねられたがフレイはトルライトとあまり目を合わせないようにしている。
壁の方を見ている目線のまま、ゆっくり口を開いた。

「風の・・・移動魔法という高度な魔法の使い方が、トルライト様の藍の伝承書に・・・書いてあったみたいです」
「いどうまほう?それを使って、シオンたちはコンチェルトに帰っちゃったのかな?」
「多分・・・失敗せず無事に魔法が成功していれば、そうだと思います・・・」
「うん・・・」

フレイの様子がおかしいことに気づいたトルライトは、フレイをそっと観察しながら頷いた。

「・・・コンチェルトから、あれから連絡はありました・・・?」
「ううん、なにも・・・こちらからの呼びかけにも反応はないよ。」
「そうですか・・・」
「・・・あの、フレイ?」
「・・・・・・え?」

トルライトは下からフレイの顔を覗き込んだ。

「どうしたの?顔色悪いよ・・・?コンチェルトは遠い国だしさ、ぼくたちにできることは少ないと思うんだ」
「・・・あ、はい」
「メヌエットがコンチェルトを襲撃するなんて、何かの間違いだと思いたいんだけど・・・とにかく待つしかない」
「はい・・・」
「・・・・・・。」

どうも上の空だと思ったトルライトは、話しかけるのをやめてみた。
しかし、フレイは何も言わず、何かをずっと考え込んでいるようだった。

「・・・とにかく、メヌエットはお隣さんだからね。セレナードも一応緊急の事態に備えておこうと思うんだ」
「そうですね・・・」
「ま、連絡が来るまで待ってて。・・・あ、バイエル」
「なに?」

くるりと振り返ろうとした直前、トルライトはバイエルを見た。

「シオンにいち早く報せに行ってくれてありがとうね。バイエルより早くシオンのところに行けた人はいなかったと思うよ」
「ほんと?」
「うん。とっても助かったよ、ありがとう」

バイエルは嬉しそうに頷いた。
以前のような無表情で無気力な動作ではなかった。

その様子を見てトルライトも嬉しそうな様子で、その場を後にした。

トルライトが去ってからも動く様子がないフレイの隣で、バイエルはフレイの服を掴んだまま立っていた。
しばらく動かなかったフレイだったが、ようやく歩き始めた。
それに合わせて、バイエルもついて行った。

フレイの部屋まで戻ってきて、バイエルも一緒に中に入った。
それでもフレイは何も言わず、バルコニーに出てしまった。

バイエルもついて行こうとしたとき、フレイが突然バイエルに呼びかけた。

「・・・バイエル」
「なに?」

フレイは、外の景色を見ているだけで振り返りはしなかった。

「もしも・・・ぼくが、すごく悪い奴だったら・・・バイエルはどうする?」
「・・・・・・。」

唐突な問いかけに、バイエルは思わず言葉を失った。
そして、少しだけ考えた。

「・・・なんで?フレイは悪くないよ?悪くないから分かんない」
「・・・そうじゃなくて・・・」

苦笑して、フレイは振り返りバイエルの頭をなでた。

「バイエル、ぼくはね・・・」
「・・・え?」
「・・・・・・・・・。」

何かを言い出そうとしたが、バイエルの目を見てためらったように口を閉じて目をそらした。
バイエルは、頭に置かれているフレイの手を両手で持った。

「・・・フレイ、あのね」
「?」

今度はバイエルが話し出して、フレイは目をきょとんとさせて首を傾げた。

「何年間も一人ぼっちですごして、笑うことも忘れてたぼくに、友達にも家族にもなってくれて
ぼくを城から連れ出してくれたフレイが、ぼくは大好きなんだよ。大きくなったら、絶対にいっぱいお礼をしたい」
「お、お礼?」
「おやこうこうっていうんでしょ?フレイに喜んでもらえるようなことがしたい。だから」

バイエルはフレイの手を掴んだ両手を胸の前まで持ってきて微笑んだ。

「悩まないで、フレイがやりたいことをやって。ぼくも必ず、フレイについていくから」

それを聞いて、フレイは弾かれたように目を見開いた。
そしてしゃがみ込んで、バイエルを抱きしめた。

「・・・フレイ?」
「すごいねバイエル・・・ぼくが悩んでるの、分かっちゃうんだね・・・」
「・・・・・・」
「ありがとう、バイエル・・・覚悟ができたよ。本当に、一緒に行ってくれるんだよね」
「うん」

フレイはバイエルから顔を離して、空を見上げた。

「一緒に・・・カノンに行こう。あと二つのホロスコープを見つけて、一緒に・・・大いなる存在を・・・」
「・・・・・・うん」

最後の方は声が小さくなり聞き取れなかったが、それでもバイエルは頷いた。









         





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