突然、リオーズの両手が淡く輝きだした。
体が浮くような感覚を覚えて、フレイはきょろきょろと足元を見回した。

「リオーズ様、な、なにを・・・」
「・・・呼んで、フレイ。最後に1回だけでいいから」
「えっ・・・」

手をぎゅっと握り締め、リオーズは微笑んだ。

「「お兄さん」って、呼んで。フレイ・・・フレイは私にとって、何よりも大切な弟だったよ」

辺りに風が巻き起こり、フレイの体は光に包まれた。

「り・・・リオーズ様?!」
「言って」

体が消えかけ、どこからともなく吹く風に驚いたが気にしている余裕は全くなかった。
フレイはリオーズの手を必死に握り締めて、そして叫んだ。

「・・・お兄さんっ・・・リオーズ様は、ぼくにとって何よりも大切なお兄さんです!!」
「ありがとうフレイ・・・・・・さようなら」

フレイは、光に包まれて消えてしまった。

リオーズが握っていたフレイの手も消えて、リオーズはそのままゆっくりとその場にしゃがみ込んだ。

「・・・サーペンタリウス・・・ラエティティア、だったかな・・・」

ふふっ、と笑って、静かに目を閉じた。

「フレイはそんなこと、気にしなくていいんだ・・・父上の分も、私の分も、精一杯生きて欲しい。私の願いは、それだけだよ・・・」

胸の前で軽く握っていた手が、牢屋の床に力なく落ちた。
そして、リオーズの体はもう動くことはなかった。



「こ、ここは・・・」

吹き飛ばされるように地面に落ちたフレイは、頭をさすりながら辺りを見回した。
何とそこは、カノンの町の目の前だった。

「どうしてここに・・・そ、そうだ」

フレイは慌てて町の中に入っていった。

「ここにはまだセレナードの軍は来てないみたい・・・よかった・・・」

すっかり夜になってしまい、人通りは少ないがその街中をフレイは走って行った。

「今、大いなる存在を生み出して王宮に行けば・・・間に合うかもしれない・・・!!」

途中で不思議そうに町行く人たちに見られたが、全く気にせずにカノンの領主の屋敷まで全力で走った。

「フレイです!開けて下さい!!」

屋敷の門の前で、フレイは叫んだ。
庭の奥から召使達が走ってきたのが見えたが、それにも構わずフレイは門を乗り越えてとにかく中に入っていった。



「セレナードが!?」
「モデラートの王宮を・・・」

フレイはエリーゼとカノンの領主であるエリーゼの父に、事の次第を説明した。

「このカノン町もテヌートだけで構成されているためいつセレナードの軍が攻めてくるか分かりません。非常に危険なんです」
「それなら、私たちはどうしたら・・・」

エリーゼの父は、エリーゼの隣でうろたえているがエリーゼは冷静だった。

「お父様、こうなったら私たちでカノンの町を隠すしかありません」
「町を・・・隠す?」

思わずフレイは聞き返した。

「この町を覆っている森を封印して、外部の人々が町に入れないようにします。その間にフレイ様は」
「あ・・・ああ、ぼくはラベル家の城に行って、バイエルくんとホロスコープを連れてくるよ」
「はい、お待ちしています。急ぎましょうフレイ様」
「う・・・うん」

てきぱきと行動するエリーゼに、フレイも、エリーゼの父も驚いている。
フレイは大急ぎで屋敷の出口に向かい、そこには既にエリーゼが用意した馬が待っていた。

「この町で一番速い馬です」
「ありがとう、何から何まで・・・絶対に、大いなる存在を使ってセレナード軍なんかモデラートから追い出すから」
「はい、それまで絶対にカノンを守ります。私たちにお任せ下さい」
「・・・エリーゼ」

馬の手綱を持っていた手を離して、フレイはエリーゼに歩み寄った。
エリーゼは驚いてフレイを見上げた。

「フレイ様・・・?」
「こんなことになっちゃって、本当にゴメンね・・・平和を取り戻して、必ずエリーゼを迎えに来るから」
「・・・・・・。」

エリーゼの両肩に手を置いて、フレイは下を向いた。
しばらく何かに迷っているようなそぶりを見せていたエリーゼだったが、片手を上げて首飾りについていた大きな宝石を外した。

「これを・・・持って行って下さい」
「・・・なに?これは・・・・・・わっ!」

フレイの手に黒い宝石が乗った瞬間、それは突然大きな剣の形に変わった。

「これは、我が家に伝わる家宝「ランフォルセ」という剣です。この剣を具現させられたフレイ様、あなたなら使うことができます」
「ど、どういうこと・・・?」
「この剣は、大いなる存在を封じる力を持っています。それを封じることができるのも、この剣を抜くことができるフレイ様だけです」

剣を抜こうと力を入れると、するりと鞘の中で剣が動いた。
抜き放つことはせずに、フレイは目を見開いたまま剣をまた戻した。

「フレイ様がランフォルセを持っていれば、大いなる存在を封じようとする人から守ることができます」
「う・・・うん」
「そしてもしも、大いなる存在が脅威ならば・・・ランフォルセを使ってそれを封じて下さい。お願いします」
「分かった・・・ありがとう」

元々持っていた剣をベルトから外し、エリーゼに渡してランフォルセを代わりに差し込んだ。
そして、フレイは馬に飛び乗った。

「エリーゼ、待ってて!すぐに戻るから!」
「・・・はい、お待ちしています!」

森の中の一部開けた道を駆け出した馬に乗ったフレイの後姿を、エリーゼはフレイの剣を握り締めながら見つめていた。

「ランフォルセを・・・使う人は・・・」



馬を飛ばし、フレイはラベル家の城へ急いだ。
すっかり日は暮れ、空には満月が輝いている。

「えっ・・・・・・!?」

フレイは目の前の光景を見て、突然馬を止めた。
ラベル城は、なんと大勢の兵士達に包囲されていた。

「ど、どうして、ラベルの城までセレナード軍に?!・・・・・・あっ、あれは・・・?」

城から、いくつもの白い光が飛び出してきた。
四方八方に散り散りになって飛び去っていくが、そのうちの二つだけはフレイの方へ向かってきていた。

「待って!!」

フレイは大声でそれを呼び止めた。
立ち止まったのは、白い光で覆われた二人の人間だった。

「と、突然にゴメン・・・せ、説明している暇がないんだけど、君たちはラベル城にいたんだよね?どうやって出てきたの?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

二人は顔を見合わせるだけで何も話そうとしない。
片方は白い服を着た男の子、もう片方は髪が肩ぐらいまである女の子だった。

そのうちの一人、男の子の方がフレイに近づいてきた。
そして、両手を差し出した。

「・・・な、なに?」

フレイも思わず手を出すと、男の子はその手を握った。
その瞬間、光に二人が包まれてフレイは思わず目を閉じた。

そして再び目を開いた時、目前にいる人物をぽかん、と見つめた。

「あははっ、なに呆けてるの?ぼくと会話したかったんでしょ?」
「ど、ど、どういうこと?どうして、ぼくがもう一人・・・??」
「ぼくはジェミニ。こっちはバルゴ。二人ともホロスコープだよ」
「・・・ホロスコープ?!」

フレイが出した大声に、バルゴがビックリしたらしくジェミニの後ろに隠れてしまった。

「あ・・・あの、ホロスコープ全員に、カノンの町に来てもらいたいん・・・」
「知ってるよ。分かってる。フレイ、君が考えてることも全て分かってる」
「え・・・なんで・・・?」

ジェミニは少し首を傾けて笑った。
その仕草は、フレイがよくやる笑い方だった。

「ぼくは、同化した人の姿を映すホロスコープなんだ。つまり、君がもう一人増えたのと同じなんだよ」
「・・・え、ぼくがもう一人?」
「そ。顔も姿も声もみんな同じでしょ?君の考えと全く同じ考えを持ってる。」
「じゃあ・・・性格は・・・?」
「性格は一応ぼくの性格があるけど、持っているのは君の考えだから、君が行動するのと同じだよ」
「そ・・・それなら・・・」

フレイは思わずジェミニに駆け寄って、片手を両手で握り締めた。

「分かってるよね?!ホロスコープ全てを集めて、大いなる存在を生み出して、セレナードからモデラートを守りたいんだ!
他のホロスコープがどこにいるのか教えて!テヌートのみんなを、助けて・・・!!」
「もちろん。ね、バルゴ」

ジェミニが笑いかけると、バルゴも静かに頷いた。

「普通の人には、ホロスコープを集めることはできないよ。バイエルにしか操ることはできないんだ」
「バイエルくん・・・?」
「テヌートの体には一つホロスコープを入れられるけど・・・13人のテヌートを集めてくるよりかは、バイエルに集めさせる方がいい。
そのために、フレイはバイエルを連れてきて。・・・今、ラベルの城はセレナードに襲撃されてる。バイエルの両親が応戦してるから」
「ミュートさんと、ネウマさんが・・・」
「その二人が、ぼくたちホロスコープを外に逃がしたんだ。もしフレイがホロスコープを見つけても体に入れられないからね」
「どうして?ぼくもテヌートなのに・・・?」

それを聞いてジェミニは自分を片手で、もう片手でフレイを指差した。

「フレイには、ぼくが入ってる。だからもう入れられない。・・・それと」
「・・・え?」

ジェミニがフレイの側まで歩み寄った。
そして、人差し指で自分の頭をトン、と叩いた。

「ジェミニをフレイの体から出すにはジェミニの記憶をリセットしないといけないんだ。」
「キミの・・・記憶を?リセットって、消すってこと・・・?」
「そう。ぼくを体から出すにはこう言って」
「え・・・あ、うん」

ジェミニはフレイの耳元で短い言葉を告げた。
フレイに 覚えた?と尋ねてフレイが頷くのを見てから、ラベル城の方を見た。
時折、大きな爆発音のようなものが聞こえてくる。

「ぼくたちは、テヌートの仲間をまとめて大いなる存在を生み出すために行動する。フレイはバイエルと、ホロスコープを集めて」
「・・・ありがとう。急に、こんなに心強い仲間ができるなんて・・・嬉しいよ。ありがとうジェミニ、それにバルゴも」
「あはは・・・やめてよ急に。こんなことしてる場合じゃない、フレイはラベル城に急いで!」
「うん。二人とも気をつけて!」

再び馬にまたがり、フレイはラベル城の裏側を目指して駆け出した。



「ここからなら、城壁を越えられるかな・・・よし」

城の裏側の木が何本か立っているところから城に入ることにし、馬の上に立って木の枝を掴んだ。
そのまま木を登っていき、城壁に飛び移った。

「・・・ふう・・・入れる・・・あ、あそこの窓が開いてる」

飛びつけば届く2階の窓が開いていた。
フレイはそこ目掛けてジャンプして、窓にぶら下がった。
そして壁を蹴って、勢いよく窓の淵まで体を持ち上げて城の中に入った。

「よっ・・・・・・わっ!!」

そこまではよかったのだが、勢い余って廊下の中に滑り落ちてうつぶせに倒れてしまった。
床は硬く、肩を打ってしまい痛かったがそれどころではなかった。

「い、いたたた・・・いけない、早くバイエルくんを・・・」

床から立ち上がろうと力を入れたとき、フレイは体に違和感を覚えた。

「さがさ・・・ないと」

次の瞬間、フレイの動きが止まった。
ミュートとネウマがラベル城を封印したため、時間が止まったのだった。



それから、100年近くの時が流れた。
世界の時間は進んだが、ラベル城の時間だけは止まったままだった。

長い時を経て、ラベル城の封印が解けて時間が動き始めても全てが同時に動き出したわけではなかった。
ミュートとネウマはいち早く封印から覚めたが、バイエルとフレイの時間が動き始めたのは少し後のことだった。

セレナードがラベル城の封印が解けたと分かるとすぐに、再びラベル城へ兵を派遣した。
そしてメヌエットからセレナードに派遣されたカペルマイスター、ルシャンによりミュートとネウマは処刑されたのだった。

バイエルが両親の死を目の当たりにし、部屋から一切出ないと決意した。
しかしそれでもフレイの時間は動かず3年近くの時が流れた。

そして、城全体の封印がようやく弱まり始め、フレイの時間が動き始めたのだった。

「・・・・・・あれ?」

立ち上がろうと力を入れたが、そのまま動かず床を見つめて目を瞬かせた。

「急に、明るくなった・・・?今は、夜のはず・・・」

予定よりもゆっくりと、体を起こした。
前に進むはずだったが、いきなり起こった目の前の変化に思わず後ろを見た。

「?!」

ついさっきまで満月の出ていた夜の空が、すっかり日が昇っている。
フレイは先ほど入ってきたはずの窓に駆け寄った。

「昼になってる・・・エリーゼの馬がいない・・・違う、こんな景色じゃない・・・」

混乱する頭を何とか落ち着かせようと、フレイは窓枠に両手を着いて下を向いた。

「どういうこと・・・?あ・・・人がいる・・・」

城の裏にある林の中を、誰かが走っているのが見えた。
フレイは、誰でもいいからとにかく、誰かに説明をしてもらいたかった。

急いで窓から城壁に飛び移り、そこからさらに草むらの上に飛び降りた。
フレイが話をしようと思っていた人物は、丁度こちらへ走ってきているようだった。

「あ、あの・・・・・・え?!」
「だっ、誰か!!た、たたたた助けて・・・!!」

男の子か女の子か分からない高い声がこちらへ足音と共に近づいてきた。
木々の間を抜けて、フレイの横へ走ってきて城壁を背にして息を切らせている。
深い青色の髪の子供だった。

「バイエルくん・・・?」









         





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