「まあ、遠いところをようこそ。妻のネウマでございます」

客間を抜けて、さらに奥の部屋まで通された。
フレイの護衛の青年は客間で待たされている。

「フレイ王子、初めまして。私がこのラベル家の当主、ミュート・クァルトフレーテ・ラベルです」
「あ、はい・・・フレイ・エコセーズです・・・」
「えっ?」

部屋には3人しかいなかったが、そのうち二人が同時に声を上げた。

「・・・お名前が・・・?」
「あ・・・はい、そう名乗ることになっています・・・真名はフレイ・シュリットバイゼ・オーレオです」
「なるほど・・・そうでしたね。我々はヨーデル王から事情も聞いております。どうぞ心置きなくお話しください」
「・・・ありがとうございます」

フレイは嬉しそうに、頭を下げた。
その時、まだフレイの腕の中にいたレオがぴょん、と床に飛び降りた。

「あっ」
「・・・・・・パパ?だあれ?」

レオが走っていく方向と反対に、眠そうな声が聞こえてきた。
レオは別の部屋に逃げて行ってしまったらしい。

「バイエル、この部屋にいたのか!大事なお客様とお話しているんだよ」
「・・・おきゃくさま?」
「こんにちは」

フレイはバイエルに向かって歩いていった。
バイエルは片手にウサギのぬいぐるみを掴んで引きずっている。

「バイエル、ご挨拶しなさい」
「こんにちはっ」
「はい、こんにちは。バイエルちゃん、何歳なのかな?」
「明日で、9歳だよ」
「そっか・・・可愛いですね。やっぱり女の子はお人形遊びが好きなのかな」

バイエルの人形を見ながらフレイは微笑んだ。
ネウマの足元にバイエルは走っていった。

「フレイ様、バイエルは男の子ですのよ」
「・・・・・・えっ」
「そうなんですよ。ははっ、ネウマにそっくりになって、可愛いんですけど」

驚いたのと親バカだなと思ったのと納得したのが同時になり、フレイは目を瞬かせながらとりあえず頷いた。

「ゴメン・・・じゃあ、バイエルくん、だったね」
「ママ、ぼく眠い」
「はいはい、あちらの部屋で休んでらっしゃい。ちょっと失礼いたしますわ」

ネウマはまた眠そうに目をこするバイエルを連れて、部屋から出て行った。
その間にミュートは小さな箱を持ってきた。

「フレイ王子、これがお貸し頂いた光の石エールです。」

箱の中には、赤くて丸い石が銀の輪にはめられたペンダントが入っていた。

「この石の力を使う許可を、ヨーデル様から頂き・・・ホロスコープを作り出すことができました」
「・・・ホロスコープ・・・さっきの、猫ですか?」
「あ、ですから猫ではないんですよ。あれは・・・ライオンですね」
「ラッ・・・・・・?」

確かに小さなライオンのようではあったが、フレイは理解ができなかった。

「ライオンの人形なんです。他にもあと11種類のホロスコープがいます」
「じゃあ、全部で12種類?」
「いいえ」
「・・・・・・??」

ミュートの説明が、フレイにはいちいち意味が分からなかった。

「ホロスコープは、大いなる力、大いなる存在を生み出すための媒体にすぎません。
そしてバイエル、あの子にはホロスコープを統率するという天授力があります。」
「ホロスコープの・・・統率?あの子にそんな力が?」
「テヌートの皆さんには、ホロスコープを一つだけ体に入れることができます。
王子にも1つなら入れることができます」
「い、入れる?どうやって?」
「入れるというか、同化するわけです。それぞれのホロスコープの力を使うことができます。」
「は・・・はあ」

全部の疑問を解き明かしていたらキリがないので、フレイはとりあえず頷いた。

「モデラート国に安寧をもたらすための大いなる存在の力を得るため、
王子にはカノンに行って頂きたいのです」
「・・・カノンの町に、ですか?」
「はい。ホロスコープ全てを、つまりホロスコープを完全に操れるようになったバイエルを
イードプリオルの泉に連れて行き、再びこのエールをお使いください。」
「バイエルくんと・・・イードプリオルの泉・・・カノンの真ん中にある、あの泉に・・・?」

カノンの深い森の中心にあると言われている泉で、かつては非常に綺麗な水が湧き出る泉として重宝されていた。
現在はその泉がある場所は閉ざされており、人々は近づかなくなっている。

「しかし・・・その時、エールは力を使い果たしてしまいます」
「えっ?」

思わずフレイはエールが入った箱をぎゅっと握った。

「ご安心ください。光より闇よりも強い、最も強い力がエールを甦らせます・・・」
「え・・・はい・・・」

ミュートが突然立ち上がった。

「あの子が天授力を持っていなければ、大いなる存在を生み出すことはできませんでした。
バイエルが天授力を持っていることはすなわち、今こそが大いなる存在の力を得るべき時なのです、王子」

力強く言われて、フレイは少し気圧された。
しかしフレイもエールが入った箱を持って立ち上がった。

「今までもホロスコープとは違いますが、我々が作った人形を使わせてきました。
バイエルが全てのホロスコープの力を使いこなせるようになるまで、もう少しだけお待ちください。」
「・・・分かりました・・・じゃあ、ぼくはどうすれば・・・?」
「それが・・・」

ミュートは ふっと本棚の方を見た。

「実は・・・あと一つだけ、大いなる存在を生み出すために必要なものがあるのです・・・」
「な、なんですか?」
「モデラートの王家に伝わる「藍の伝承書」という本、フレイ様はご存知ありませんか?」
「し・・・知ってます・・・リオーズ様に見せていただいたことがありますが、ぼくには読めなくて・・・」
「その本に、大いなる存在を呼ぶ、何か言葉が記されているはずです。それが必要なのです」
「それじゃあ・・・ぼくは、それをリオーズ様にお聞きしてきます。お任せください」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします」

エールを持って、ミュートに一礼をして部屋から出た。
この屋敷に仕えるたくさんの人が部屋の前にいて、フレイはその人たちにも頭を下げてから歩き出した。



「・・・なんだか、難しいお話ですね・・・私にはサッパリ何のことだか・・・」
「あはは、ぼくにもよく分からないよ。
でもイードプリオルの泉に行くのもリオーズ様だし、ぼくはこの石を持ち帰ればいいだけだからね」
「それにしては・・・フレイ様、方向が違いませんか?」
「・・・・・・。」

馬を歩かせたまま、フレイは少し赤くなった。

「・・・その、カノンに行きたいんだ・・・」
「カノンに?」
「だから、ちょっと遅くなるって・・・ヨーデル様に、先に帰って知らせておいてくれない?」
「え・・・はい、分かりました・・・」
「すぐ近くだから、さ。心配しないで」
「じゃあ・・・私はこれで」
「うん」

不思議そうな顔をしながらも、護衛の青年はモデラートの王宮の方角に馬を向けて走っていった。
それをしばらく横目で見ていたが、フレイもカノンの町の方向へ走り出した。






カノンの町は、モデラートの森の中に隠れるように存在している。
フレイは何度も行っているため道に迷うことはないが、
普通の人間が行こうとしても木々に阻まれてなかなか辿りつく事はできない。

馬でも通れる道を選んで、フレイはようやくカノンの町の入り口までやってきた。

「この中は、相変わらず明るくて綺麗だな・・・」

町の中に川が流れ、自然と一体になっているカノンの町が、フレイは大好きだった。
その川の始まりは、町の中心にあるイードプリオルの泉である。

そして、もう一つカノンの町に来るのが好きな理由があった。

「・・・あ、エリーゼ・・・」
「?」

二人の背の高い女性の間に立つように、少女が馬から下りてきた。
二つ結びにした長い髪は、テヌート特有の真っ白い色をしている。

フレイに気づいた少女は、嬉しそうに走り寄ってきた。

「フレイ様!どうしてこちらへ?」
「あ、ええとね・・・はははは・・・」

真っ赤になりながら、フレイは目を泳がせた。

「お供の方はいらっしゃらないのですか?」
「う、うん」
「ほら、なにをぼさっとしてるの!お父様にフレイ様がいらっしゃったことをお伝えして!私も後から参りますから!」
「あ・・・あの、エリーゼ・・・」

エリーゼという少女は付き添いの女性二人に大声で指示を出した。
二人はエリーゼが乗っていた馬を引いて、後ろに見えている大きな屋敷に向かって行った。

「ヨーデル様とリオーズ様が、セレナードからお帰りになったそうですね」
「うん、ご無事に帰って来られたよ」
「それで・・・私のことは何か仰っていましたか?」
「えーと・・・・・・ううん」
「そうですか・・・」

エリーゼはしゅん、として下を向いてしまった。
その姿にフレイは慌てた。

「で、でも、明日はリオーズ様の誕生日だし、今年中の結婚式は間違いないと思うよ」

明日はリオーズの誕生日の式典で、それに合わせてセレナードから二人は帰国している。

「・・・そうですね。私も先日16になりました。
今まで以上に、リオーズ様の婚約者として恥ずかしくないよう気をつけないと」
「・・・・・・うん」

今度は少しだけフレイが表情を曇らせた。

「エリーゼ・・・分かってるよね?」
「はい?」
「・・・その・・・リオーズ様に今後、万一のことがあったら・・・ぼくが、全部リオーズ様の代わりになるってこと・・・。
エリーゼの立場は変わることはないけど・・・その時は、ぼくがエリーゼと・・・」
「もちろん」

エリーゼは大きく頷いて後ろで腕を組んだ。

「ヨーデル様からも、もう何度もすっかりご説明を頂いてます。私はお二方のどちらも、大好きです」
「どちらも・・・だいすき・・・・・・」

フレイは真っ赤になってしまった顔を何とかしないと、と頬を何度も軽く叩いた。
それに気付いているのかいないのか、エリーゼはフレイよりも少し早く歩いて行ってしまった。



カノンの領主であるエリーゼの父と、そしてエリーゼと一頻り話してからフレイはカノンの町を後にした。

「イードプリオルの泉の場所も確認したし、とにかく早く城に帰らないと・・・」

日は沈みかけ、いくつか空には星が見えている。
フレイは馬を急がせた。

王宮が見える場所まで来た時、フレイは進んでいる方向に異変を感じた。

「・・・・・・なんだろう、あの光・・・?」

王宮がある方向の空が、やけに赤かった。
空ばかりを見て走っていたため、その方向から走ってくる人に気付くのに時間がかかった。

「フレイ様・・・っ」
「・・・・・・!?」

フレイの名前を呼んだのは、今日東トランまで一緒に行った護衛の青年だった。
彼が乗っている馬も、彼自身も切り傷だらけだった。

「どっ・・・・・・」

どうしたの、という声も出ないほど驚いたフレイは、慌てて馬を急停止させた。
そして馬から下りて青年に駆け寄った。

「フレイ様・・・王宮に、お戻りになってはいけません・・・」
「な、なんで?!どうして、何があったの!?」
「・・・セレナードの・・・軍が・・・モデラートは、もう・・・・・・」
「あ・・・・・・」

フレイに寄りかかるように、青年は力尽きて目を閉じた。

「・・・・・・!」

驚き目を見開いて何度も肩を揺すりながら呼びかけたが、もう彼は動くことがなかった。

「そんな・・・・・・セレナードが・・・?王宮が・・・・・・」

王宮の方に再び目をやると、続々と隊列をなして兵士達が城に入っていくのが見えた。
フレイは起きている事全てが信じられなかったが、首を何度も横に振って立ち上がった。

「・・・ありがとう、必死に知らせに来てくれて・・・」



全速力で馬を走らせ、フレイは王宮の近くまで来ていた。
正面も裏も、セレナードの兵士達でいっぱいだった。

「あっ・・・・!!」

城から逃げ出そうとしたテヌートの一人が、容赦なく斬り殺された。
飛び出して行きたい衝動に駆られたが、フレイはその気持ちを必死に抑えて城の裏の森に入っていった。

「ここにいてね・・・でもぼくがもし帰ってこなかったら、好きなところに行っていいから」

フレイは乗っていた馬から降りた。
しかし、馬を木に繋ぐことはしなかった。

「確か、ここに・・・・・・あった・・・」

森の中の茂みで隠れて見えない場所に、平たい石が置いてある。
その石を持ち上げてどかすと、そこは古井戸だった。

中には既に水は全くなく、両手足を壁に突っ張らせれば下りていける大きさだ。
フレイは中に入ってから片手で器用に元通りに石でフタをした。

そうなると中は真っ暗だったが、慎重に少しずつ、下におりて行った。

地面にたどり着くと、先がほのかに明るくなっている。
階段までゆっくり歩き、足に階段が当たったら今度はその階段を上り、ようやく扉の前までやってきた。

「・・・・・・。」

扉を少しだけ押すと、外の光が入ってきた。
それと同時に、外から物音も聞こえてきた。

「城内の人間はほとんど処刑が終了したようです」
「王族も全員か?」
「国王ヨーデルの処刑は先ほど執行されました。皇太子リオーズは現在地下牢にとらえてあります」

それを聞いてフレイは思わず衝撃に体を震わせた。
しかし、必死に唇を噛んで泣き出しそうになるのをこらえた。

フレイの口から、一筋の血が流れ落ちた。



秘密の通路を抜け、壁と同化している扉から王宮内に入った。
城内にいるセレナードの兵士達の目をかいくぐり、途中で数度戦闘になりながらもなんとか切り抜けた。

そして、ついにフレイは地下牢に忍び込むことに成功した。

「・・・・・・リオーズ様」
「?!」

鉄格子にもたれていたリオーズに、フレイは後ろから声をかけた。
声に驚いたリオーズは慌てて振り返った。

「ふ・・・フレイ・・・!?どうやってここに・・・!?」
「助けに来ました、リオーズ様。ぼくがお守りします、一緒に逃げましょう。必ず逃がしてご覧に入れます」
「・・・・・・。」

立ち上がったリオーズは、鉄格子を片手で掴んでその手の上に顔を傾けた。

「・・・無理だよ、フレイ・・・城の中の人間はほとんど殺されてしまった。
セレナードは、テヌートを皆殺しにするつもりなのかもしれない。
フレイこそ、早く逃げて」
「ご存知かもしれませんが・・・ヨーデル様が殺されてしまいました。
もうリオーズ様しかモデラートにはいないんですよ!」
「・・・私は、もうだめだから」

静かに目を閉じて、下を向いて首を横に振った。
そして、鉄格子を掴んでいた方と逆の手を、フレイに開いて見せた。

「リオーズ様・・・!!」

リオーズの手のひらは、既に固まった血でいっぱいだった。
服も袖も、血だらけだった。

「私のことは、もういい。それより、カノンや他の町のみんなに、このことを知らせてきてほしいんだ」
「だから、一緒にここから逃げて・・・」
「私と一緒にいるところを見つかったら、フレイまでその場で殺されてしまうよ。
それに私はもうまともに動けない」
「そ、そんな・・・・・・」

鉄格子の中に手を伸ばして、フレイは血まみれのリオーズの手を握り締めた。

「リオーズ様を置いて・・・城のみんなを見捨てて・・・ぼくだけ、生きているなんて嫌です・・・」
「フレイ・・・」

リオーズは、フレイの左手から滴っている血に気がついた。
左肩が斬られており、腕を伝って手に流れてきていた。

それを見て、リオーズは自分の髪を結んでいる黄色い布を解き、
格子ごしに両手を差し入れてフレイの腕を強く縛った。

「だ、大丈夫です、これぐらいの傷・・・全然、痛くないです」
「・・・じっとしてて」
「・・・・・・。」

その時、フレイの頭にあることが浮かんだ。

「・・・リオーズ様、藍の伝承書の中のこと・・・覚えていらっしゃいますか・・・?」
「藍の伝承書?城のどこかにあるはずだけど・・・」
「その中にホロスコープから生まれる「大いなる存在」を呼び起こす言葉が書かれているはずなんです」
「・・・・・・」
「リオーズ様にしか読めない言葉です。ご存知だったら、教えて下さい。
モデラートを、テヌートを助けることができるかもしれないんです」

驚きにリオーズは少し目を大きく開けた。
フレイの腕に布を縛り終えた手を離して、フレイに捕まれている方の手に重ねた。

「・・・・・・どうだったかな・・・本がないと、分からないよ」
「・・・そうですか・・・」
「いいんだよ。フレイは。私たちのこと、国民のテヌートたちのこと、考えていてくれて嬉しいよ。でも・・・・・・」
「あっ・・・?!」









         





inserted by FC2 system