メルディナ大陸が生まれたと言われる遥かな遠い昔から歴史を刻んでいる、メルディナの東に位置するモデラート王国。
いつしかその小さな国の遠くにもいくつか人が住み着き、やがてそれらは村となり町となり、そして国となっていった。

モデラートの起こりは誰も知らない。
その国で生きる者たちは全て、白い髪を持つテヌートであり長い間他の国とは交流を持つことはなかった。

そんなモデラートも長い時を経て、隣国となったメヌエット、
そしてセレナードとの間で次第に国交が行われるようになっていった。

長い歴史を誇るモデラート王国の国王ヨーデル・シュリットバイゼ・オーレオ、
そしてその息子であり第一王子であるリオーズはセレナードに招かれていた。

「セレナードは美しいところでしたね、父上」
「水資源の豊富な地形だからな・・・さあ、急いで国に帰らなければ」
「そうですね、7日間も王がいないなど城の者たちも寂しがっておりますよ」
「ははは、それはどうだかな」

ヨーデルとリオーズとその側近が乗った馬車は、護衛の馬車に挟まれさらにいくつもの馬車が続く大行列を率いている。
二人は楽しげに談笑しながら、その足を急がせている馬車に揺られていた。

「リオーズ、お前もあと3日で18歳か。早いものだな」
「はい、これからも何事にも努力し励んで行こうと思っております・・・・・・ごほっ、ごほっ」
「お、おい」
「ごほっ・・・す、すみません・・・」

ヨーデルはリオーズの背を軽く叩きながら、向かいに座っている大臣に向かって手を差し出した。
それを見るよりも早く、大臣は隣に置いてあった箱を開けて瓶と白い包みを取り出してヨーデルに手渡した。

「大丈夫か?」
「は・・・はい・・・・・・」

粉薬を飲み、リオーズは息を整えた。
胸に手を当てたまま、何度も深呼吸をする。

「帰国したらまず、医師の診察だな。リオーズ、お前もこの心臓の病さえなければ・・・」
「はは、大丈夫ですよ・・・・・・・・・私が、いなくなっても」

リオーズの言葉の後半は、聞き取れないほど小さかった。



「ヨーデル様、リオーズ様、ご帰還でございます」

時は昼過ぎ、町中が二人の帰国を歓迎するために沸いていた。

白い馬に引かれた馬車は、静かに王宮へ入っていった。



リオーズは廊下を護衛たちに囲まれたまま歩き、私室の前までやってきた。
くるりと振り返り、彼らに笑顔を向けると護衛たちは一礼をして部屋から離れていった。

部屋のノブに手をかけたリオーズだったが、部屋の周りに人の気配がなくなったのを確認するとそのまま手を離した。
そして、さらに廊下を歩き続け城の奥へ入っていった。

「ただいま」

ある部屋の前に来ると、リオーズは軽くノックしながら扉に向かって呼びかけた。
しばらくして、扉の向こうからバタバタと足音が聞こえそれが近づいてきて止まり、ゆっくりと扉が開いた。

「・・・リオーズ様・・・?お、お帰りなさいませ」
「あははは・・・うん、ただいま。フレイ」

部屋から出てきたのは、フレイだった。
周りをきょろきょろと見回し、誰もいないのを確認してからさらに扉を開いた。

「ど、どうしたんですか・・・?」
「入っていい?」
「どうぞ・・・」

フレイはリオーズを部屋に招き入れた。
広い部屋だが部屋の中はとても質素で片付いている。

絵を描くためのキャンバスが置いてあることと剣が数本立て掛けてあること以外は、
特に特筆するような家具や装飾品などはない。

リオーズが歩く方を先回りして、フレイは急いで椅子を引いた。

「いいって、そんなことしなくて」
「いえ・・・あの、リオーズ様・・・」
「やめてって、言ってるでしょそれは」

椅子にゆっくり座りながら、リオーズは笑った。

「夢なんだけどな、フレイに「お兄さん」って呼んでもらうの。
せめて、二人っきりの時はその「様」づけはやめてよ。ね?」
「そ、そういうわけにはいきません」
「ははは」

小さく首を振りながら緊張した面持ちのフレイを見て、またリオーズは微笑んだ。

「母が違うからといっても、フレイは私にとっては大切な弟だよ」
「ですが、ぼくはこの国では公表されていない存在ですから・・・」
「・・・・・・。」

それを聞いて、リオーズは表情を少し曇らせた。
またフレイは慌てた。

「あ、あの、お気を悪くなさらないでください・・・」
「・・・なんで私が不機嫌になるの。
大丈夫だよフレイ、きっともうすぐ・・・・・・フレイのことは国の皆に知ってもらえるから」
「・・・・・・え?」

フレイは目を見開いた。

「・・・私の病は、もう治らない。そればかりか悪化の一途を辿ってる。
自分で分かるんだ・・・もう、あまり長くないってね」
「そんなっ・・・」

思わずフレイはリオーズに駆け寄った。
そして、リオーズの足元に屈みこんだ。

「そんなこと、仰らないでください・・・!リオーズ様は、誰よりも知識に秀でいらっしゃる、
心優しい素晴らしい王になられます!ぼくは、リオーズ様の代わりになるよりも、
リオーズ様がモデラートの王になられるところを見たいんです!」

下を向いてしまってフレイの顔は見えなかったが、リオーズは優しくフレイの頭を撫でた。

「ありがとうフレイ・・・そんなフレイがいてくれるから、私は安心していられるんだ。
医師が言っていたよ、本来ならとっくに心臓は止まっていてもいいはずだって・・・それぐらいの病状なんだって」
「・・・・・・!」

驚いて顔を上げたフレイの顔は今にも泣き出しそうだった。

「私が今生きていられるのは、フレイのおかげだと思ってる。
だから・・・・・・その時になったら、父上と、モデラートを、頼むよ」
「・・・リオーズ様・・・っ」

頬に添えられたリオーズの手に、そっと触れた。
その瞬間、フレイの目から大粒の涙が零れた。

「ははは・・・でも泣き虫なのは困るな。皆を元気付けられるような、笑顔でいないとね」
「・・・・・・リオーズ様のためなら、いくらでも笑っていますよ」
「あははっ、本当に?じゃあ、ずっと笑ってて」
「・・・えっ」

困った顔をしたかったが、笑っていなければという思いが重なってフレイは自分でもよく分からない顔をしていた。
それを見て、リオーズは思わず噴出した。

「ふふっ・・・やだぁ、今の顔・・・面白すぎるよフレイ・・・」
「え、ええ・・・!?そ、そ、そんな、笑わないでくださいよリオーズ様っ!」

フレイは思わず立ち上がった。
それでもリオーズの笑いは止まらず、お腹を抱えて笑い出してしまった。

「そ、そんなひどい顔してました・・・?」
「泣いてたのと笑おうとしてたのと驚いたのが混ざった顔だったよ・・・ほら、こんな感じ」
「わーっ!!やっ、やめてください!!」

顔真似したリオーズをフレイは首を思い切り振って止めた。
そのせいで部屋には更に楽しそうな声が満ちた。

「あはははっ・・・ほんと、フレイって面白い・・・・・・ははははっ・・・・・・げほっ、げほっ!」
「あ・・・リオーズ様・・・!」

それからは、リオーズの苦しそうな咳の音だけが響いた。



2日後。
いつも通り目を覚ましたフレイはベッドから降りると部屋の大きなカーテンを開いた。

それと同時に、部屋をノックする音が聞こえてきた。
フレイは扉に向かって呼びかけた。

「どうぞ」
「失礼します」

扉が開いて、入ってきたのはヨーデルの側近の大臣の、召使の女性だった。

「なに?」
「ヨーデル様がお呼びでございます。お部屋に来られますよう」
「・・・あ、はい。ありがとう」

軽く頭を下げると、女性はすぐにいなくなってしまった。
まだ少しぼーっとしている頭を横に振ってから、フレイは急いで着替え始めた。



「お呼びでしょうか・・・」
「フレイか。入りなさい」

そこは国王ヨーデルの食事の部屋だった。
大勢で食事をとることもあるが、たまにヨーデルは毒見させた後の食事を
部屋に運ばせ、一人で食事をすることもあった。

「失礼します・・・」
「食事は済んでいるか?」
「いいえ、申し訳ありません起きたばかりなので」
「そうか」

ヨーデルは立ち上がり、部屋の外で立っている食事係に何かを告げた。
その様子をフレイは後ろから見ていたが、しばらくしてヨーデルはまたテーブルに戻ってきた。

「それならここで食事をとりなさい。たまには親子で食事するのも悪くないだろう」
「い、いいんですか・・・?ありがとうございます・・・」
「はは、お前は畏まりすぎだな」

リオーズとどこか似た表情で、ヨーデルは笑った。

食事が運び込まれ、フレイは緊張しながら席に着いた。

「フレイ、実はお前に頼みがある」
「なんでしょう・・・?」
「先日のセレナードとの会合で察したのだが・・・セレナードの国力は相当なものだ。
我々はもしかしたら太刀打ちができないかもしれない」
「えっ・・・」
「そこで、フレイには行って来てもらいたいところがあるのだ。東トランの領主の屋敷なのだが」
「東トラン・・・ですか」

フレイはサラダを食べる手を止めた。

「トラン地方・・・セレナードとモデラートのどちらにも属していないミュートという領主が治める場所ですね」
「その通りだ。そのミュートが、我々に力を貸すと言ってきている。テヌートを守るためだと」
「テヌートを守る・・・?」
「そのために、我が王家に伝わる「光の石エール」の力が必要だと言われそれを彼らに預けてあるのだ」
「エール・・・ヨーデル様からリオーズ様に受け継がれた、王家の秘宝ですね・・・」
「それを今日、フレイに引き取りに行ってもらいたい。そして彼の意向も聞いてきて欲しい」
「ぼくが東トランに・・・分かりました、行ってきます」
「頼んだぞ」

ヨーデルはパンを口に運び、じっとフレイを見た。

「・・・・・・フレイは、髪は伸ばさないのか?」
「・・・・・・・・・へっ?」

思いがけない質問に、飲んでいた途中のスープを噴出しそうになった。

「けほっ・・・・・・え、あの、伸ばした方がいいのですか・・・?」
「リオーズは布でまとめるほどの長さだからな。まあ、見分けがついていいが」
「ぼくとリオーズ様・・・似てるんでしょうか・・・」
「それはそうだろう、何と言ってもどっちの父も私だからな。あれの母親も美人だった、もちろんフレイの母もな」
「あはは・・・そ、そうですか・・・顔は全く覚えていないので・・・」
「肖像画でもあればよかったのだがな。正式な結婚式をする前に亡くなったからな・・・」

はあ、とため息をついて少し暗くなってしまったヨーデルに、フレイは慌てて話題を変えようとした。

「あっ、あの・・・ええと、父上はまたご再婚なさるおつもりで・・・・・・あっ!」
「ん?」
「いえ、あ・・・ヨーデル様は・・・そのっ・・・」
「ここには私とフレイしかいないんだ、父上でいい。リオーズが成人するまで、あと少しだけ辛抱してほしい」
「・・・・・・はい、あの・・・ありがとうございます・・・」
「・・・・・・?」

突然真っ赤になってしまったフレイに、ヨーデルは頭に疑問符を浮かべた。



モデラート王国の第二王子という身分ではあったが、そのことを知る者は王宮内でも一部の人間であった。
それは、リオーズの生まれつきの心臓の病のために起こるかもしれない王位継承権争いを防ぐためだった。

「・・・ねえ、ぼくってリオーズ様にちゃんと似てるのかな」
「えっ」

東トランに向かうフレイに付き添う者は、たった一人だった。
フレイがヨーデルの第二婦人となるはずだった女性の子供であることを知っている数少ない人物の一人である。

「どうなさったんですか突然。似てらっしゃいますよ」
「そっか・・・」
「リオーズ様に万一のことがあって、フレイ様がリオーズ様に成り代わられても誰も気付くものはおりません」
「・・・・・・。」

リオーズが王位を継承できない、となった時。
その時は、フレイがリオーズと名乗って王位を継ぐことになっていた。

「穏やかで情深く素直な性格も、立ち振る舞いや物腰も、
ご自分で気付いておられないかもしれませんが、そっくりですよ」
「・・・そ・・・そう・・・よかった・・・」

安心させるように言ってくれた護衛の青年の言葉に、複雑な感情を抱きつつも何とか笑顔を作った。

「東トランの領主の屋敷、到着しましたね。取次ぎをお願いしてきます」
「あ・・・うん、ありがとう」

馬から下りて屋敷の扉に近づいていく後姿を力なく見送った。
フレイもゆっくり馬から下りた。

「・・・ぼくは、リオーズ様にならないといけないんだよね」

手綱をぎゅっと握り締め、ぽつりと呟いた。

「ん・・・?」

その時、足に何かがぶつかる感覚があった。
下を見てみると、足元に小さな猫が座り込んでいた。

「猫だ・・・この屋敷で飼われてるのかな・・・」

しゃがみ込んで片手を出すと、その猫は大きな口を開けた。

「わっ!!」

フレイが慌てて手を引っ込めたため、がちっ、と猫の歯は空気を噛んだ。

「ビックリした・・・・・・あれ、この猫・・・たてがみがある・・・」

よく見るとその猫は普通の猫より丸っこく、尻尾は長く、白いたてがみで顔が覆われていた。

「・・・もしかして、子供のライオン?え、でもたてがみあるし・・・・・・??」

じーっと観察してみるが、猫なのか何なのかサッパリ分からなかった。
さらによく見ると、額に赤い星の模様がある。

「・・・まあいいか・・・ほらほら、おいで」

腰に挿している剣のふさべりを目の前にちらつかせた。
途端に、猫のようなその生き物は目を輝かせた。

「おっ・・・興味持ったぞ・・・やっぱ猫なのかな・・・」

上にちょいっと持ち上げると短い手でそれを捕まえようとする。
左右に動かせばそれをじっと目で追う。

「あはは、かわいーな・・・」

しばらく夢中で遊んでいたが、剣を手前に引いた途端に猫が懐に飛び込んできた。

「わっ!」

自分でも飛び込んでいったことが分からないらしく、不思議そうにフレイの顔を見上げている。
とりあえず剣を挿しなおし、猫を抱かかえて立ち上がった。

「取次ぎ、まだなのかな・・・あっ」

門の奥を見てみると、数人が走ってきているのが見えた。

「フレイ様ようこそおいでくださいました!そちらに、レオが・・・あ、いたっ!」
「え?レオ・・・?」

先頭を走ってきているのがミュートらしく、その後ろから3、4人の召使もついてきている。

「申し訳ありません、ネウマが逃がしてしまい・・・お、お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫です・・・あの、レオって?この猫の名前ですか?」
「いいえ、それは猫ではありません。ホロスコープという、人形で・・・・・・とにかく、中へお入りください」
「あ・・・はい」

レオを渡すことを要求されず、フレイはレオを抱っこしたままミュートたちの後をついて行った。









    





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