二人がどさっと地面に倒れこんだ瞬間、シオンが穴を開けた城壁が爆発を起こして崩れた。
ガラガラと音を立てて砕けたレンガが転がっていく。

「・・・い、今のは・・・?」
「魔法、じゃないのか?何となく向こうから気配がしたんだけど・・・」

シオンは城の方を見上げた。

「アルスを狙ってたな・・・」

思わずアルスの頭をぎゅっと抱きしめる。
衝撃音を聞きつけて、やがて辺りからたくさん人が集まってきた。

「今の爆発音は何ですか?!」
「カペルマイスター、今のは・・・」

兵士達が駆け寄ってシオンに尋ねた。

「どこからか攻撃を受けて、避けた結果だ。恐らく魔法による攻撃だと思う。ロイアに報告しといてくれ」
「はいっ」

アルスを助け起こし、シオンは城の中に足早に向かった。

その様子を、城のバルコニーから見ている人物がいた。

「この好機を逃すとは・・・次は必ず仕留めなければ」

その数人の人影は、城の中に消えていった。






「アルスにも一部屋って思ったんだけど。久々だから一緒でもいいよな」
「はい、兄さんと一緒に寝るの久々ですね」

自分の服をたたみながら、アルスは嬉しそうに言った。

夜になり、一泊していくことが決まったアルスとイリヤは、それぞれ寝る部屋に案内されていた。
イリヤは来客用の部屋だったが、アルスはシオンの部屋に来ていた。

「アルスも、ここに住むか?俺がここでカペルマイスターとしているなら生活はできるけど」
「あー・・・・・・」

アルスは困ったように頬をかいた。

「・・・ええと・・・そうしたいんですけど、やっぱりできないです・・・」

下を向いて残念そうに肩を落とす。

「イリス様のお世話があるから・・・兄さんが、早く帰ってきてくれないかなって思ってるんですけど・・・」
「・・・うーん、そうなんだけどな」

ロイアから言われたことを考えると、そうすることはできなかった。
せめてロイアは1年はメヌエットにいろと言っていた。

「まあずっと俺もここにいるわけじゃないからな。直に戻るよ」
「でも、カペルマイスターとして働くなら・・・」
「ん?」

ベッドの布団をめくりながら、アルスは力なく言った。

「危ないんじゃないですか・・・?」
「危ないって?」
「だから、父さんみたいに・・・」
「・・・・・・。」

シオンとアルスの父親、ルシャンはメヌエットのカペルマイスターだった。
しかし、ある犯罪者を捕まえるためにセレナードに赴き、作戦中に敵と相打ちになり死亡した。
5年前の話、シオンが11歳の時だった。

「父さんは・・・何があったのか分からないけどカペルマイスターとして立派に生きたって思うよ俺は」
「ええ、父さんは・・・本当に尊敬してます。いつも優しくて、母さんとも仲がよくてお互いを思いやっていて・・・」

アルスは懐かしそうに虚空を見つめた。

「父さんが死んで、同時に母さんもいなくなって・・・もう、ぼくには兄さんしかいないんです・・・」
「アルス・・・?」

アルスは下を向いたまま声を震わせた。

「もしも兄さんがいなくなったら、ぼくは・・・」
「それは俺も同じだよ。そうだろ?」

アルスの横に座って、アルスの肩を抱き寄せた。

「俺にもアルスしかいないよ。アルスのこと、俺は一番大事にしてる。アルスが悲しむようなことは絶対にしないから」
「・・・・・・はい」

シオンは布団に入りながら手招きした。

「ほら、もう寝よう。帰るのは明後日なんだろ?明日は一日中外で遊べるぞ」
「そうですね」

アルスも布団にもぐりこんだ。

「・・・・・・。」

上を向いて安らかな寝息を立て始めたシオンの横顔を、アルスはずっと不安そうに見つめていた。






そしてそれからあっという間にまた数ヶ月が経った。
メヌエットに来てから1年が経ったが、シオンはまだメヌエットから出ていなかった。

「・・・ロイア、いつまで俺はここにいればいいんだよ?」

ロイアの部屋で、書類をまとめながらシオンは怒り気味に言った。

「1年って言っただろ、もう1年は過ぎてる!聞いてんのかよっ!」

本棚の方を向いたまま動かないロイアにいらいらしながらシオンはロイアに歩み寄った。
肩を掴んで無理矢理自分の方に向かせた。

「アルスにも、もうメヌエットに来るなって言うし・・・いい加減にしろよ、どうしたいんだよ?」
「・・・もう少し待ってろ」
「もう少しもう少しって、どれだけ待たせるんだよ!」

シオンは ばん、と机を叩いた。

「ビアンカ様のことももう国民は忘れてる、俺が帰っても構わねえだろ!」
「今、セレナードが好戦的なんだ。宣戦布告をしてきたらこっちのものだ」
「・・・・・・え?」

シオンは思わぬ返答に首をかしげた。

「・・・戦争するのか?」
「メヌエットも東の領地が増えればさらに豊かになる。セレナードとの戦いにもシオンに役立ってもらいたいんだ」
「・・・・・・。」

机を叩いた手をそのまま机に押さえつけ、下を向いた。

「メルディナ大陸を統一すれば、平和になるだろう。俺にはそれができる」
「・・・だから毎度毎度、その自信はどこからくるんだよ?」
「シオンが手伝ってくれるんだろ?」
「確かに最初はそう言ったけど」

机に寄りかかってため息をついた。

「アルスがコンチェルトにいるなら、俺は早く帰りたいんだよ。俺がいなきゃ肩身が狭いかもしれないし・・・」
「イリスの世話係でそんな思いしてる奴はいないだろ?アルスは信頼されているようだしな」
「・・・ロイアは知ってるのかよ?」
「何をだ?」

ロイアは右目にかかっている眼鏡を直し、シオンに向き直った。

「アルスにもうメヌエットに来るなっていうことは、イリス様がアルスに言ってることと同じなんだよ。
イリス様がアルスをコンチェルトから出させないようにしてるらしいってことだけは、聞いたことがある」
「・・・ああ、それはそうだな」

少しだけ目線を逸らして軽く頷いた。

「イリスはどういうわけかアルスを外に出したがらない、前にイリヤと来たときもくれぐれも身辺警備を怠るなという
手紙が一緒だった。だが、俺はどうしてイリスがそんなことを言うのかという理由までは知らない」
「・・・そっか」

シオンは難しい顔をして考え込んだ。

「アルスを外に出したくない理由・・・まあ、アルスはイリス様の世話係の仲でも特に気に入られてるみたいだし・・・。
王宮の中でも大事にされてるんだけどさ」
「はいはい、弟自慢は耳にタコができるほど聞いてるぞ」
「だっていい子だろ。可愛いだろ。あー、ロイアみたいなのが弟じゃなくてよかったよ」
「・・・俺の方が年上だろうが」

何を言ってるんだ、とロイアは頭を抱えた。

「とにかく、セレナードの小さな攻撃がもう国境近くでは何度も起きている」
「そうらしいな、俺も何度か報告もらってる・・・セレナードは何を考えてるんだ?」
「潜り込ませたやつの話によると、カペルマイスターに扇動されているとのことだ」
「セレナードのカペルマイスターが・・・?」
「ついこの間、ラベル城が攻略されたらしい。そのカペルマイスターによってな」

あごに当てていた手を離して、シオンは はっとしたように顔を上げた。

「ら・・・ラベル家の城が?!」

シオンは驚きのあまり大声で叫んでいた。

「どうして、どうやって?!誰だよ、そのカペルマイスターは・・・」
「落ち着けって」

手をシオンの顔の前で振りながら苦笑した。

ラベル城というのは、セレナードにあるトランの町の領主の城だが現在は断絶されている。
シオンの父ルシャンがカペルマイスターとして赴き、戦闘で相討ちになった場所である。

「確か名前は・・・フレイ、とかいったな」
「フレイ・・・何歳なんだ?もしかしてじいさんか?」
「いや、シオンと同じかそれより少し上・・・俺と同じくらいだったかもしれないな」
「・・・え」

シオンは、自分と同じくらい若いカペルマイスターがいると思っていなかった。

「何だか悔しいな、それ・・・そんな優秀な奴がいるのかよ」
「そのカペルマイスターは国王の信頼を相当得ているらしい。そいつがメヌエットとの国境付近に攻撃を仕掛けているそうだ」
「結局は私利私欲か・・・セレナードもそのカペルマイスターも、とんでもないな」
「売られた喧嘩は買うしかないな。やられた分は、きっちりやり返すつもりだ」
「どうせロイアのことだから、倍返し以上になるんだろ・・・」

頭を抱え、シオンはため息をついた。

「でも俺は戦争は反対だ。結果はどうなっても、メヌエットのためにならないし誰が苦しむかなんてロイアもよく分かってるだろ」
「ほう、意外だな」
「何がだよ?」

ロイアに笑われ、シオンは むっとして聞き返した。

「セレナードはシオンの父親の敵でもあるだろう。
ましてや父が死んだ場所を攻略した人間が相手だ、そいつよりも自分が勝っていることを示そうと意地になると思ったんだがな」
「・・・まあ、そういう思いがないわけじゃねえけどさ。俺の感情だけで動くなんてそれこそあり得ないだろ」
「偉いものだな、それなら感情で動くことはないということか?」
「分かんないけど、誰かを巻き込んだことはないよ。これからもそうするよう努力する」

ぶっきらぼうにそう言って、シオンはそのまま部屋の出口に向かった。

「おい、まだ話は終わってないぞ?」
「もういい、ロイアは国のことしか考えてないってことがよーく分かった」
「シオンこそ、アルスのことしか考えてないだろ」
「・・・ちょっと、頭を冷やしがてら釣りしに湖まで行ってくる」
「どうしたんだ急に?釣りがメインなんだろ」

くすくす笑いながら、ロイアは本棚から取り出した本を机に置いた。
迷子になるなよ、と からかいつつ、シオンの後姿を見送った。






「もう、いつまで待たせるんですか!」

イルはイリヤの服を引っぱって無理矢理歩かせた。

「本当だったら昨日到着してたんですよ!」
「わ、分かったから、いたたた・・・」

後ろ向きに歩くことになり、イリヤは自分の足を踏んでしまった。
ようやくイルは手を離した。

「女性であれば全然見境がないんですから!どれだけタイムロスしてると思ってるんですか!」
「いやいや、ちゃんと好みはあるんだよね」
「そんなこときいてません、ほらさっさと歩く」
「はーい」

イリスに特命大使の肩書きをもらってシオンをコンチェルトに連れ戻しにイルはイリヤと国を出た。
二人ががコンチェルトを出発したのは2日前で、現在は丁度お昼時である。

「やっとメヌエットの首都グロッケンに着きましたね・・・」
「ほんとだね、あ、ちょっとそこのお嬢さん可愛いね、よく言われるでしょ」
「何度言えば分かるんですかっ!」

ぱかっとイリヤの頭を叩いて引きずって連れて行く。
イリヤに声をかけられた女性は少し照れた様子だったが、不思議そうに二人を見ていた。

「いいですか、姉上も言っていたでしょう!戦争が起こってからでは遅いんですよ」
「でもロイアの性格じゃ、挑発されたらとっととやっちゃいそうだけど」
「だから急いでるんじゃないですか!」
「急いだってさ〜・・・」

ずるずるとイリヤを引きずって、イルは歩き続けた。
その時。

「きゃああーっ!!」
「え?」

二人の後ろの方から声がした。

ここは商店街で、専門店がたくさん出ており人通りも多い。
女性の悲鳴が聞こえると同時にその方向へ周りの人たちも注意を向けた。

「何でしょう?」
「行ってみよう」
「は、はい」

二人も他の人たちと一緒に走り出した。

「近づくな、動けばこの女の命はねえぞ!」
「うわ・・・」

イリヤは思わず片手で顔を覆った。

先ほど声をかけた女性が人質になり、がたいのいい男が女性の喉元に刃物を当てていた。
男のものとは思えない可愛いバッグが腕にかけられているため、どうやら物取りの類らしい。

「俺が安全に逃げられるまでお前は一緒に来い」
「だ、誰かっ・・・」

人だかりの真ん中を分けて、男は歩き始めた。

「ストップ。ダメだよそれは」
「なっ・・・」

刃物を持った男に恐れをなして人々が道をあけたのに、イリヤはその通り道でわざわざ立ち止まった。
イルは人だかりの方に避けていたので、それを見て驚いた。

「イリヤ・・・!」
「何だお前は?!」
「その人の恋人。人の彼女に刃物向けるなんていい度胸してるね〜。はい、その人返してくれる」
「え・・・」

女性は目を丸くした。
男は一瞬戸惑ったがすぐに声を荒げた。

「何をふざけたことを・・・こいつは人質だ、そこをどけ!」
「メヌエットはこんなに治安が悪いんだ・・・何だか残念だな」

そう言いながらイリヤは二人に歩み寄った。
男は慌てた。

「おい、それ以上近づくとこいつを殺すぞ!」

それを聞いて、イリヤはいつもの笑みを消して男を睨みつけた。

「へえ?それでどうするの?」









         





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