「おおーい、アルス!」
「アルスー」

シオンとバイエルは、鏡の中に向かって手を振った。
ジェイドミロワールが置いてある部屋で、後ろにはトルライトもいる。

「兄さん!あ、バイエルくん?」

鏡の中からジェイドミロワールの係の人がいなくなってから、アルスが顔を出した。
そしてその隣に、もう一人が立っていて手を振っている。

「・・・え、ビアンカ様?」
「お久しぶり〜。シオン、元気だった?」
「は、はい・・・」
「バイエルも元気?」
「うんっ」

バイエルは元気よく頷いた。

「アルス、元気ないってイルが言ってたんだけど・・・大丈夫か?具合悪いのか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。兄さんと話せて安心しました」
「そっかー、よかったよかった」

シオンは本当に嬉しそうに手を叩いた。
その後ろから、別の嬉しそうな声が近づいてきた。

「ビアンカ王子!ビアンカ王子、生きてらっしゃったんですねー!」
「・・・え、トルライト?」

ビアンカが鏡に近寄ってきた。

「本当によかった、お元気でしたか!うう、よかった!」
「あ、ありがとうトルライト・・・そんなに喜んでもらえるとは・・・」
「もう一度是非お会いしたいって思ってたんです!まさかお元気な姿を見られるとは思ってなくて・・・」
「う・・・うん・・・」
「セレナードでも正式に発表しないと!ビアンカ王子はご存命だって!是非セレナードにもご来訪下さいっ!」

鏡越しだが、トルライトは飛びついて行かんばかりにはしゃいでいる。
少々気圧されているビアンカの姿を、シオンとアルスは初めて見たため珍しそうにその光景を見守っている。

「と、トルライト、それは待ってくれる?」
「え?なにをです?」
「私が生きているのは、あまり知られたくないんだ。死んだと思われているなら、その方がいいんだよ」
「どうして?王子には是非、我が国に来てもらいたいんですけど・・・ダメですか?」
「・・・ビアンカとしてじゃなく、一個人としてなら・・・だから正式な来訪はできないよ」
「そうですか・・・残念です」

しょんぼりとトルライトは落ち込んでしまった。
それを見てビアンカは少し慌てた。

「変装して、一人でなら行ってあげるよ。そのときは、私が作った面白いお土産持って行くからね」
「ほんとですかっ!」

トルライトはまた顔を輝かせた。

「・・・ビアンカ様が作った、お土産?」
「どんなのでしょうね・・・」

シオンの呟きに、アルスも小声で答えた。

「じゃあぼくはこれで失礼します、シオン、ジェイドミロワールの部屋から出る時は係に声をかけていってね」
「あ・・・はい・・・」
「ビアンカ王子、じゃあまたっ!」
「う、うん。またね、トルライト」

ビアンカはパタパタと力なく手を振った。

「・・・ふう、マラカが戻ってきてからずっとあんな感じなのかな?」
「そーですね、ハハハ・・・でもトルライト様は優しいし勉強熱心だし、将来有望ですよ。」
「有望っていうか、もう王様だけどね」
「あ、そうだった・・・・・・あ、そうだった!」
「え?」

同じ言葉を繰り返したが、2回目は何かを思い出した様子だった。

「ど、どうしたのシオン?」
「ほら、これ・・・見てくださいよビアンカ様」
「え・・・?」
「兄さん、それって・・・?」

シオンは持っていた包みを開けて、藍の伝承書を取り出してジェイドミロワールの水面に近づけた。

「セレナードの王宮の書斎にあったのを王様が貸してくれたんですよ。ビアンカ様が持ってる本とそっくりでしょ」
「私の茜の伝承書と対になる伝承書だね・・・藍の伝承書、だっけ?」
「そうそう。それで、このページ・・・ビアンカ様、読めます?」
「んー・・・・・・」

ビアンカは目を細めて水面を必死に見た。
しかしガラスのように平らではない水面では常に微妙に画面が揺れてしまい、細かい字は読めなかった。

「・・・ダメだね・・・ちょっとここからじゃ読めない・・・」
「そっか・・・ま、今日で俺セレナードを出発してコンチェルトに戻るんで。その時に読んでください」
「うん、読めたらね。」
「それに、伝承書は2冊で意味を持つ・・・って、ロイアが言ってたし」
「・・・・・・。」

後ろに持っていたらしく、ビアンカは すっと茜の伝承書を取り出した。

「これと、その藍の伝承書が揃ったら・・・何か分かるのかもしれないね」
「で、でも」

突然アルスがビアンカの手元を覗き込んだ。

「これ、1ページ破れてるんですよね・・・?」
「あ・・・そうだった!」

それを聞いてシオンも藍の伝承書をバラバラとめくった。

「これも!こっちの本も、破られてるんですよ1ページ!」
「え・・・!?」

ビアンカとアルスは声を揃えて驚いた。

「そ、それも?どうしてだろう・・・?」
「誰が、何のために破ったんでしょう・・・?」
「うーん・・・」

3人とも鏡越しに考えたが、何も浮かんでこなかった。

「・・・まあ、ここで考えてても分からないよね。じゃあシオン、早く帰っておいで。」
「あ、はい、分かりました」
「気をつけてくださいね。無事に帰ってきてください」
「もちろん。大急ぎで帰るから、いい子で待ってろよ〜」
「あはは、はーい」
「分かりました〜」
「え、ちょっと、ビアンカ様まで」

あははは、とジェイドミロワールの部屋に笑い声が響いた。






「・・・報告します」

白い髪の、兵士の格好をした二人が大きな紙を持って何かを告げていった。
ありがとう、と笑顔を見せて振り返った人もまた、白い髪をしていた。

それは、いつもかぶっている布がない、素顔を晒しているブラムだった。

「みんな、本当にありがとう。ぼくのために・・・これが最後で、始まりだよ。どうか頑張ってほしい」
「はい、全員に伝えてまいります。王子が後方にいてくだされば士気も高まりますでしょう」
「あはは、いつも支えてもらってばかりなのに・・・ぼくも頑張るから。じゃあ最後の合図まで待機で」
「かしこまりました」

二人は一礼して去っていった。

「ふう・・・・・・」

ここはコンチェルトの静かな森の中。
少し離れたところに野営している人たちがかなりいるらしく、遠くから声が聞こえてくる。

そんな中、切り株に腰掛けているブラムの後ろに数人が静かに歩み寄ってきていた。

「・・・ブラムさん」
「えっ?」

呼びかけにブラムはくるりと振り返り、そして立ち上がった。

「あ、3人とも。そっちは大丈夫かな?」
「はい、今昼を過ぎたところですから、あと数十分ってとこですね」
「うわぁ〜・・・ドキドキするなぁ・・・」
「そうだね・・・」

ラスア、サビク、リムの3人だった。

「ブラムさん、そんな話し方もできるんだぁ・・・なんか、本当に王子そっくりですねっ」
「そっくりなのは当たり前だろ・・・ブラムさん、俺たちの方も準備完了です。」
「ありがとう、じゃあ予定通りサビクとリムは一緒に行動してね。ラスアはぼくとだから」
「はい・・・あのブラムさん」
「なに?」

ラスアがブラムの手元を指差した。

「見取り図、少し貸して頂けます?」
「ああいいよ、ゆっくり見てて」

ブラムから紙を受け取り、ラスアは少し離れたところでそれを広げた。
そして、背の高いラスアがいなくなったことでもう一人その場に隠れていたことが判明した。
ラスアの後ろにもう一人誰かが立っていたらしい。

それに気付いたブラムは、その人物の目の前までつかつかと歩いていった。
サビクとリムは横目で顔を見合わせた。

「・・・この、浮気者」

顔をじっと見てから、口を開いて出た最初の言葉はそれだった。

「・・・・・・!」

そこに立っていたのは、ホロスコープのバルゴだった。
バルゴは声は出さないが、必死に首を横に振っている。

「浮気者っ!私がいるじゃないですか!メヌエットのカペルマイスターだか何だか知りませんけど・・・!
随分いい雰囲気だったそうですね!バルゴ、私のこともう愛してないんですか!?私はバルゴ一筋なのに・・・!!」
「・・・・・・あの」

目の前で起きている状況を見かねたサビクが口を挟んだ。

「な、なにを言ってるんですか・・・?ブラムさん、そのホロスコープを・・・?え・・・?」
「だから言ったでしょう、私もホロスコープだって。私とバルゴは相思相愛なんです」
「・・・・・・」

大きな声で周りの人に聞かれないか、サビクは気が気でなかった。

「ブラムさーん、バルゴが何か言ってるよぅ、聞いてあげようって」
「・・・え?なんです?」

バルゴの口元に耳が来るようにブラムは前に屈んだ。

「・・・王子そっくりだと思ったけど、やっぱブラムさんだな」
「そっくりなのにねぇ・・・でも王子は女の人、苦手だもんね」

二人がささやき合っていると、ブラムが えっ、と声を上げて目を丸くした。

「・・・バルゴの気持ちじゃないって?あれはラスアが?」
「・・・・・・」

バルゴはこくこくと何度も頷いた。
はたから見ていてサビクとリムはそれが何だか可愛いなと思った。

「そうだったんですか・・・なあんだ、安心しました!バルゴ、もう離れちゃダメですよ」

またバルゴは頷いた。

「じゃ、時間までバルゴと二人っきりにしといてください。それまで準備は怠りなくお願いね!」
「・・・はいはい」
「王子とブラムさんが混ざってるみたいになってるよぅ・・・」

バルゴの肩を抱いて歩いて行ってしまったブラムを見ながら二人はため息をついた。

「・・・おーい兄貴、もう散々打ち合わせしただろ?絶対に大丈夫だって。何か食っとこうぜ」
「あはは〜、そんなこと言っててサビクだけ失敗したりして!いっつもそうだもんねぇ」
「だ、誰がっ!二人がバルカローレ行ってる間にものすごい魔法練習したんだからな。リムなんか吹っ飛ぶぞ」
「へへーんだ、そんなの当たらなきゃ・・・いーもんっ!」
「いだっ!」

勢いをつけてサビクの頭に跳び蹴りを浴びせた。
蹴られた頭を押さえながら、サビクはリムを追いかけた。

「待てー!!このっ・・・ウィンド!!」

サビクの手から風の魔法が巻き起こり、リム目掛けて飛んでいったがリムはあっさりとジャンプして避けてしまった。
くるりと空中で一回転して草むらに着地し、べーっと舌を出して見せた。

「ほーら、当たんないじゃん。サビク のっろま〜」
「んだとー!!この、待ちやがれー!!」

どこまでも走って行ってしまうリムを、これまたサビクはどこまでも追いかけるつもりで本気で走り出した。

「はは・・・二人とも、そんなことしてる場合じゃないよー」

以前よりずっと口が回るようになっているラスアが、くすくす笑いながら二人を視線で追いかけた。



「ただいまー・・・って言うのもヘンだな。ちょっとこれ置いとくから、見張っといてくれよ」
「あ、シオン・・・今度は何です?私の話全然聞かないで出て行っちゃって・・・」
「もうセレナードを出ようと思ってるんだけど、ちょっと川に行きたいなと・・・」
「川?・・・も、もしかして釣りに行く気ですか!?」

読書をしていたイルは、机をバン、と叩いて立ち上がった。

「そんなことしてるヒマあるんですか?!私はシオンが帰ってくるの待ってたんですから・・・!」
「え、何で俺を?ヒマだな」
「シオンが勝手に出て行くからでしょうが!もう!私も一緒に行きます!」
「なんでだよ!?イルがついて来たって邪魔だって!」
「邪魔とは何ですかこのアホっ!!」
「アホとは何だ馬鹿!!」

そう言いつつも二人して部屋から出て行ってしまった。
部屋には、シオンがテーブルの上に置いた藍の伝承書が残された。

二人の足音と騒がしい声が遠ざかってから、その部屋に近づく人物がいた。

「・・・・・・しばらく帰ってこないかな・・・」

フレイだった。
部屋のノブに手をかけようとした瞬間。

「あれ、フレイ?」
「?!」

また心臓が口から出るかと思うほど驚いてフレイは文字通り飛び上がった。

「ご、ゴメン・・・そんな驚くとは思わなくて・・・」
「シオン・・・?!あ、ど、ど、どうしたの?どこか行くんじゃなかったの・・・?」
「ああ、最後にセレナードの川で釣りをしておこう!って思ってさ。フレイはどうしたんだ?」
「その、と、と、通りかかったものだから・・・」
「フレイも一緒に来るか?あ、忙しいか。バイエルは?」
「バイエルは・・・す、すぐそこにいる・・・」

フレイは廊下の角を指差した。
するとバイエルがひょこっと顔を出した。

「お、バイエル。今から釣りに行くんだけど、久々に一緒に行かない?」
「フレイと一緒にいるからいい」
「あ、ひどいな・・・まあやっと会えたんだもんな・・・」

フレイにしがみつくバイエルの足元には、ずっとシオンと一緒にいたレオもまとわりついている。

「じゃ、二人でちょっと俺の部屋にある王様から借りてる本を見張ってて。盗まれたりでもしたら大変だから」
「え!」

声を上げて驚いたフレイだったが、バイエルは素直に頷いた。

「いいよ。」
「ありがと・・・・・・お、あったあった。じゃあ行ってくる、なんかあったら知らせて。すぐ横の川にいるから」
「う、うん・・・分かった」
「いってらっしゃーい」

部屋の中から小さな釣り針を探し当てたシオンは、それを片手にイルが待っているであろう方向へ走っていった。
残されたフレイは、恐る恐るシオンの部屋に入っていった。









         





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