「そういやさ」
「なんですか?」

セレナードの王宮。
シオンに用意されている部屋が元々二人用の部屋だったため、イルも同じ部屋を使うことになっていた。

「イルとバイエル、大層な馬車に乗ってきただろ?なんで?コンチェルトが出してくれたのか?」
「いいえ、話すと長いんですけどね。西トランの領主のご厚意で乗せて頂いたんです。」
「ふーん・・・?そういやイリヤさんは?」
「イリヤはその西トランの領主様と話があるって言って残りました。私とバイエルだけ来たんです」
「へえ」

何気なく返事をして、シオンは髪を直してからいつものヘアバンドをつけた。

「・・・アルス元気かな」
「どうでしょうね・・・」
「え?!」

鏡の方からシオンが勢いよく振り返った。

「アルス元気ないのか!?なんで?!」
「落ち着きなさい、単細胞」
「んだと?!いやそれはいいからなんで、アルス 風邪でもひいたのか!?」
「そういうわけじゃないんですけど」

イルはのほほんと窓の外をベッドの淵に座って眺めたまま言った。

「本当は私たちと一緒にセレナードに行きたいって言ったんですよ」
「え・・・コンチェルトから出たいって?」
「それで姉上に許可をもらいに行ったんですけどダメだったみたいで・・・ガッカリしてたみたいです」
「そうか・・・」

シオンは何度も頷いた。

「やっぱ早く帰らないと。よし、今日出よう」
「え・・・あ、あの、それはちょっと・・・」

イルは慌てて立ち上がった。

「その、私・・・実はセレナードの南にあるカノンという町を探したいんです。それで、少しでいいのでシオンも一緒に・・・」

と言い掛けたところでイルが見たのは扉に向かって走って行くシオンの後姿だった。

「ジェイドミロワールでアルスと話してくる!留守番してろよイルっ!」

シオンはあっという間に部屋から走り出ていってしまった。
後に残されたイルはしばらく言葉を失っていた。

「・・・・・・ひっ、人の話全然聞かないで・・・もう!いいですよ!!シオンには頼みませんから!馬鹿っ!!」

虚しくイルの声が部屋に響いた。



「よっ、フレイ!」
「あ・・・シオン、おはよ」

廊下を歩いていたフレイの横をシオンが走りながら声をかけた。
フレイの横にはバイエルがくっついている。

「バイエル、よかったなフレイに会えて」
「うん」

バイエルはフレイの服を掴みながら頷いた。

「どこにいくの?」
「あ、王様にジェイドミロワール使わせてくれって頼みにいくとこ」

それを聞いてフレイは ぎょっとした。

「ジェイドミロワールで・・・何を話すの?」
「ん?ああ、アルスが元気ないってイルが言ってたから。心配だから話しに行くんだ」
「ああ・・・そんなことのために?」
「そんなことっ?!重大なことなんだよ!」
「ご、ゴメン・・・」

シオンの剣幕に押されてフレイは反射的に謝った。
ジェイドミロワールは国同士の重要な話し合いや連絡に使うためのものなので、確かに「そんなこと」である。

「アルスと話すの?ぼくも行く」
「バイエルも?おおいいぞ、俺とフレイが出発してからアルスとなにか話したか?」
「一緒に遊んだよ、作ってもらったおもちゃで」
「作ってもらった・・・?ああ、ビアンカ様が作ったんだな」

フレイは、話しながら歩いて行ってしまう二人をじっと見ていた。
角を曲がって行ってしまってから、フレイはシオンが走ってきた方に歩いて行った。



「・・・・・・。」

客人用の部屋の前にフレイはやってきた。
つまり、シオンが現在使っている部屋である。

「・・・普通に置いてあるといいんだけど・・・」

フレイが扉に手をかけた瞬間、その扉は勝手に開いた。

「・・・・・・!!」

フレイは心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

「・・・フレイ?」

驚いた顔をしてフレイを見上げているのはイルだった。

「何かご用ですか?シオンは生憎いないんですよ。私の話も聞かずに出て行っちゃったんです」
「あはは・・・そ、そうなんだ」

何と言ったらいいのか全く浮かばず、誤魔化すように笑った。

「そういえばマラカ姫の護送、お疲れ様でした。シオンなんかと一緒で大変だったでしょう」
「そ、そんな。シオンと一緒で本当に助かったよ」
「・・・そうなんですか?まあ、剣の腕だけは確かですからね。」
「・・・・・・。」

不満そうに言うイルに、フレイは首を傾げた。

「・・・あのさ」
「なんです?」
「その・・・なんでそんなに二人は仲が悪いの?」
「え」

イルは目を瞬かせて動きを止めた。
不躾なこと聞いちゃったかな、とフレイは少し後悔した。

「・・・別に。深い理由なんてないんですよ。」

腕を組んでイルは ぷいっと顔を背けた。

「まず第一印象が最悪。性格も私と合わない。あんな運だけで生きてきたような人、気に食わないんです」
「・・・えーと、第一印象って・・・?」
「聞きたいですか?酷いんですよ、本当に」

本腰入れて話すつもりになったらしく、イルは壁にもたれて語りだした。

「初めて会ったのはまだ幼い時で、シオンとアルスと、二人の両親がメヌエットに住んでいた頃なんですけど。
私は姉上と当時のメヌエット国王ケッセル様に謁見することになって王宮へ向かったんです」
「イリスさんと?」
「ええ、イリヤもいましたけど。そのときにたまたま、シオンと庭で会ったんです」

イルは腕を組んで首を振った。

「私がこんにちは、と言って自己紹介をした時、シオンは私を見て何と言ったと思います?」
「え、さあ・・・?」
「私の目を見て。「ヘンテコだな」って言ったんですよ!ひっどいと思いませんかっ!?」
「あ・・・ははは・・・」

フレイはとりあえず笑っておいた。

「け・・・けど、イルの目って、少し・・・変わってるよね?」
「ええ・・・まあ・・・フレイは、どう思いました?」
「えっ?」

フレイを見上げて、イルは尋ねてみた。

「あの・・・気を悪くしたらゴメンね、ぼくは・・・可愛いなって思った・・・」
「かわっ・・・?」

バイエルに「面白い」と言われた時同様、予想外の意見にイルは言葉を失った。

「な・・・なんで?」
「いや・・・はは、ネコみたいで可愛いなって・・・ゴメン・・・」
「い、いえいえ、いいんですよ!初めて言われましたから・・・」
「そっか・・・どうして左右色が違うのかは、分かってるの?」
「ええ」

イルは頷き、右目を指差した。

「こっちの目は母譲りです。イリヤや姉上と母は同じなので」
「え・・・じゃあお父さんは違うの?」
「私の父はテヌートなんです。イリヤたちの父は普通の人間なんですけどね。私は会ったことないんですよ」
「ふーん・・・そうか・・・」

しばらく沈黙が続いたが、一呼吸置いてイルがまた話し始めた。

「それでしばらくしてからもシオンはコンチェルトに来たんですよ。何度も」
「どうして?」
「親御さんたちがコンチェルトでシオンを勉強させたがったらしいです。優秀な先生がたくさんいますから」
「そっか・・・アルスも一緒に?」
「ええ。シオンは勉強はからっきしですけど、アルスは別ですね。本当にいい子だし飲み込みは早いし、素晴らしいですよ」
「・・・・・・。」

アルスを褒める様子がなんだかシオンに似てるな、と思ったがあえて言わないでおいた。

「あっ・・・私の愚痴ばっかり聞かせちゃいましたね・・・すみません」
「う、ううん。とんでもない」
「ええと・・・あ、それとついでなんですけど」
「なに?」
「私、セレナードの南にあるカノンという町を探しに行くんですよ」
「え?!」

フレイは思わず声を上げた。

「な・・・なんです?どうしました?」
「あ、ゴメン・・・か、カノンに、何か用があるの?」
「実は・・・先日コンチェルトでテヌートの二人が姉上を殺そうとした後、紆余曲折あって亡くなってしまって・・・」
「うん・・・」
「私は、そのお二人に・・・姉上を暗殺しようとした二人だったんですが、好意を持っていまして・・・。
あ、それで、数名の兵士はお二人がテヌートだと気付いたようでしたが、国ではそのようには処理されずに葬られました」
「そ・・・そうか・・・」

目を伏せて、フレイは片手を壁についた。

「それで・・・クラングとローチェがカノンについて何か話したの?」
「いいえ。ただ、二人がテヌートならテヌートだけで構成され自治を保っているカノンに何か手がかりがあるかと思いまして」
「手がかり?」
「はい。お二人が死ななければならなかった、真実を私は知りたいんです」
「・・・・・・。」
「二人を殺したのは一体なんだったのか・・・姉上を殺そうとした理由も、私を狙うと言った理由も、何も教えて頂けませんでした。
二人にそうさせたのは何なのか、私が突き止めようと思っています。」

イルは組んでいた手を解いて、あははと笑った。

「とは言っても・・・まだなんにも分からないんですけどね。カノンがどこにあるのかも全然知らないんです」
「・・・そ、そっか」
「最近道中も物騒ですから。カノンを探しに行くのをシオンにも手伝ってもらおうと思ってたんですけどね・・・。
でもダメみたいですね、あのカラッポの頭には弟のことしか入ってないみたいですから」
「はは・・・」

まったく、とイルは頭を振った。

「ただ、クラングさんとローチェさんが仰っていたのは私と姉上は天授力を持っているから殺さなければいけない・・・ということだけです」
「・・・・・・」
「でもそれだけでした。それ以上は何も言って頂けませんでした」
「イルの・・・天授力って、癒しの願い・・・だっけ?」
「え?ああ、そんな名前なのかもしれませんね・・・そうですよ、怪我を治すことができるんです。自然に治る怪我だけですけどね」
「・・・・・・」

それを聞いて、フレイは突然自分の指に噛み付いた。

「なっ・・・」

イルは飛び上がって驚き、フレイに駆け寄った。

「何するんですか!?ちょっと、離して離して!!」

慌ててフレイの口から指を引き抜いた。
少しだけ血がにじんでしまっている。

「な・・・なんてこと、するんですか・・・」
「・・・これ、治せるの?」

フレイは噛み付いた手をイルの目の前に出した。

「治せますよ・・・治せますけど・・・」

乱暴にフレイの手をバシッと掴んだ。

「治せますけど!!自分を自分で傷付けるような人の怪我、私は治したくありません!」
「え・・・・・・」

手を掴んだ方と逆の手を、フレイの手にかざした。
暖かな光がフレイの手を包み、いつの間にか指の痛みがなくなっていた。

「なんで・・・?なんで急にこんなことするんですか?」
「・・・本当に、そんな力があるのか・・・確かめたかったから」
「口で言って信じられないんですか?あるって言ったらあるんです、信じてくださいよ・・・」

イルはフレイの手をぽいっと投げ捨てるように離した。

「・・・痛かったでしょ。いつでも治してあげますから、わざと怪我なんてしないでください。お願いですから」
「うん・・・・・・ゴメン」

治った指をさすりながら、フレイは唇を噛んで下を向いた。

「・・・まあ、見てみたいっていう気持ちも分からないでもないですけどね。でも、これきりにしてください」
「はい・・・」

暗くなってしまったフレイの肩をバシバシ叩いて、イルは明るく笑った。

「もういいですって!じゃ、代わりに、さっき話したことフレイも何か知っていたら是非教えてください。ね」

イルは満面の笑みでフレイの片手を両手で掴んで握手した。

「あ・・・うん、分かった」

イルの左右違う色の目を見ながら、フレイはぎこちなく頷いた。









         





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