一方ここはセレナード。
シオンはトルライトのおかげで王宮の書斎に堂々と出入りできるようになっていた。
「・・・ほんと、何なんだろうなこの本・・・」
隠してある藍の伝承書をまた取り出して読んでいた。
1ページずつめくって読もうとしているが、意味不明な文字が並んでいるだけだった。
「まあ今日コンチェルトに帰るわけで・・・ビアンカ様なら読めるだろ・・・」
まとめて何ページか手に持ち、ばらばらっとページを落としていく。
その時、途中で何かに気付いて手を止めた。
「・・・あ、あれ?ここ・・・読める・・・?」
本を持ち上げて文字を指でなぞった。
「風の移動魔法・・・コーダ、ウィンド・・・?な、なんで読めるんだ?」
そのページを一頻り読んだ後、シオンは手のひらを上にして意識を集中させてみた。
「風よ・・・此処に集い・・・あ、できてるできてる」
書斎の中で魔法を放つわけにはいかないので、途中でやめておいた。
「他の魔法はできないけど、風の魔法はなんか使えるんだよなあ・・・なんでだろ」
手をぐっと握り、手の周りに集まった風の魔法の力を打ち消した。
薄い緑色の光が細かく散って消えていった。
「アルスも風の魔法が得意みたいだし・・・・・・」
そう言った時にアルスのことを思い出して窓の外を見た。
丁度白い鳥が雲の下を飛んでいくところが見えた。
「・・・・・・いかん、早く帰らないと。今日全速で帰ろう・・・」
そう言いながらまた藍の伝承書のページをめくった。
次のページを見て、またシオンは目を丸くした。
「あ・・・?な、なんで?このページも読める・・・??」
壁に寄りかかるのをやめて両手で本をしっかりと持った。
目を細めながらまた文字を指でなぞる。
「・・・大いなる存在・・・は、メルディナに、満ちた・・・・・・憎しみを、清め・・・・・・え?!」
ガタン、という物音がしてシオンは驚いて振り返った。
「あ・・・」
そこにはフレイが立っていた。
なぜか息を切らせている。
「フレイ?どうしたんだ?」
「こっ・・・ここにいたんだシオン・・・あ、いや、その・・・」
シオンが手に持っている藍の伝承書を見てから、慌ててそこから視線を逸らした。
「ううん・・・」
「あ、それよりさフレイ」
シオンは本をフレイに寄せて見せた。
「ここ。フレイ読める?」
「え・・・ええと・・・大いなる存在が・・・必要な世界、光の・・・魔法は、禁じ・・・・・・」
「・・・・・・え?」
先ほど自分が読んでいたことと違い、シオンは首を傾げた。
「あれ?俺が読んでたとこと違う・・・?」
シオンはまた本を自分の方に持って行ってしまった。
それをもどかしそうに見ていたフレイは、はっとしてシオンの肩を叩いた。
「そ、そうそう、あの、イルとバイエルが到着したって!」
「・・・え?イルたちが?二人だけ?イリヤさんは?」
「二人だけだって・・・」
「そっか・・・バイエルが来たんならフレイに会いたがるだろ?もう会ったの?」
「ううん・・・」
「俺に知らせるの優先してくれたのか、ありがと・・・じゃあ出迎えに行ってやろっか」
「・・・・・・あ、うん」
シオンは藍の伝承書を戻さずに、持っていた布に包んで持って行ってしまった。
しばらくそれをじっと見ていたが、フレイもシオンの後ろから走って行った。
「ただいま戻りましたロイア様」
メヌエットの王宮、ロイアの部屋にレインはやって来ていた。
無事に船でバルカローレから3人で帰ってくることができていた。
「どうだったんだ?」
「はい・・・伝承書のことは分かりませんでしたが、あの神聖光使にセレナードに策謀をめぐらせることはできないと思われます」
「ライラにはな・・・陰で糸を引いてる奴の可能性は?」
「こちらが神聖光使の腹心、元老院の主な人員のリストです。権力が集中する仕組みではないと思われます」
「なるほど・・・よくやってくれたな」
いつの間に用意していたのか、レインはバルカローレで報告書をしっかりと作成していた。
「それであの二人は?何を企んでいる様子だ?」
「バルゴさんとリムですか・・・あの二人は兄弟のようです。「ホロスコープ」というものを集めているらしいです」
「ホロスコープ?」
ロイアはシオンが連れて来たレオのことを思い出した。
「あの巨大なネコか・・・他にもあんなのがいるってことか?」
「各地で巨大な白い生物を見たという情報が多数あります。ヤギとウシはセレナードにある村で捕獲され領主が買い上げたそうです」
「・・・物好きな」
ぺらりと報告書をめくりながらロイアは頬杖をついた。
「リムが最初に宝物庫に忍び込んでいたのは伝承書を探すためでしょう。仲間は何人かいるようですが」
「二人は取り逃がしたと言っていたな。そのうちの一人がその女なんじゃないのか?」
「バルゴさんですか・・・」
レインは少し悲しそうに下を向いた。
「そうではない・・・と言いたいですが、そうである可能性はあります。いえ・・・その可能性が高いかと・・・」
「女に現を抜かすなと言っているだろうが。あの名剣を持ち歩いている時点で只者じゃないだろ」
「でっ、ですが、私は本当に、真剣にバルゴさんを・・・」
と言いかけて口を押さえた。
長い沈黙の後、口を開いたのはロイアだった。
「・・・まあ、いい。バルカローレから帰ったらリムは解放してやる約束だったし逃げもしなかったんならあいつは自由にしていいだろう。
ただしバルゴとリムの接触時の監視は絶対に怠るな。あとは、もう1冊の伝承書が見つかるまでは情報を集める」
「は・・・はい、かしこまりました」
ロイアが報告書をトントンと束ねて机に置いた。
報告は終了したためレインは一礼し、部屋から出るためにくるりと後ろを向いた。
「レイン」
「はい?」
瞬きしながらレインはまた振り返った。
「明日以降はどう過ごす予定なんだ?休暇を出してやっただろうが」
「あー・・・・・・」
レインは視線を泳がせながら首の辺りをかいた。
「え、ええと・・・その、久々に実家へ帰ろうかと・・・兄も来る予定なので・・・」
「兄?ああ、セレナードの領主のところにいるらしいな。名前は・・・」
「エクラです。結婚相手を連れて来るそうなので・・・その、私も・・・」
「・・・・・・あの女を連れて行く気か」
「あははは・・・・・・」
一方、レインの部屋。
しかしレインの姿はなく、ラスアとリムの二人しかいない。
「無事にバルカローレから帰ってこられたんだからさぁ、もうぼくもお城から自由に出ていいってことだよね?」
「そういうことだと思うよ・・・あ、そういえばちょっとそれ、見せてみてくれない?」
「それ・・・あ、ああこれか。いーよ」
リム自体を指差されて それと言われて一瞬何のことか分からなかったが、理解したリムは立ち上がった。
「えーと・・・・・・ほいっ」
リムは両手を合わせて手のひらを上に向けた。
するとバイエルのように手から光の玉が現れ、その光は弓の形になった。
「・・・これ、なんだろう?」
「弓だよねぇ」
「弓だけど・・・矢は?弦は?」
「なかったよ」
「・・・ないの?じゃあこれどうするの?インテリア?」
「だからバルカローレの王宮に飾ってあったんじゃないかなぁ・・・この天秤と一緒に」
リムは後ろに置いてあった天秤を取り出した。
白い弓と天秤だが弓は金の輪で装飾されており、天秤も二つの皿は金色で他のホロスコープのように真っ白ではない。
「でもこれ、使えるようになったよ」
「ええっ、リム使えるの?!」
「うん。体に入れたら使い方分かったんだ。こうやって弓を持って・・・」
リムは普通に弓を構えるように持った。
「で・・・攻撃する方に向けて・・・・・・貫け、射手座のサジタリウス!カウス・メディアっ!!」
白い光の矢が現れ、リムが右手を離すとそれは一直線に飛んでいった。
バン、と的に命中したかのように壁に光の矢が当たり、そして弾けて消えていった。
「・・・・・・。」
二人はそれに驚いて唖然としていたが、同時に我に返って壁に向かって走り出した。
「だ、大丈夫!?穴開いてない!?」
「こっ・・・こんなすごいの?レインさんの部屋なのに・・・!」
壁を何度もさすって跡を消そうと試みたが、壁はへこんでしまっていた。
遠くから射たため威力は半減していたようだが、それでも魔法が当たった衝撃は大きいようだ。
リムは誤魔化すように笑いながら、体の中に弓矢のホロスコープ、サジタリウスを戻した。
「・・・それにしてもさぁ、ぼくにもホロスコープが体に入れられるなんてねぇ」
「テヌートは1つだけ入れられるんだよね。いくつでも入れられるのは、ホロスコープを統率する天授力の持ち主だって」
「1つしか入れられないんじゃ・・・これ、どうしよっか」
そう言ってリムは机の上に置きっぱなしの天秤のホロスコープを指差した。
「うーん・・・目立つねこれ・・・レインさんは絶対に気付くだろうし・・・」
「でもぼくは今外に出らんないじゃん?だからと言って外にも置いておけないし。うーん・・・」
二人で腕組みをして考えていると、突然部屋の扉が開いた。
ノブを持ったままドアを半分だけ開けてレインが顔を出した。
「あっ、二人とも」
「レインさん・・・」
「・・・ラスア」
嬉しそうに手を合わせてレインを見たラスアにリムはため息をついた。
「食事の時間ですよ。それが終わったらロイア様がお話があるそうです」
「わ・・・分かりました、支度を調えたらすぐに行きます」
「はい、お待ちしてます」
レインはにっこり笑って扉を閉じた。
「ラスア、支度って?」
「・・・・・・。」
リムはラスアを覗き込んだが、照れている様子ではなかった。
深刻な表情をしていてリムは少し戸惑った。
「ラスア?」
「・・・これが、レインさんとの最後のお食事になるだろうから」
「・・・・・・そ、そっか」
レインと少し仲良くなり始めていたリムも残念そうに頷いた。
「そうだよねぇ・・・もう、メヌエットの王宮にいる場合じゃないんだよね・・・」
「サビクとブラムさんももうコンチェルトに向かってる。私たちも早く行かないと」
「うん・・・じゃあ逃げ出すのは今夜の深夜、ね」
「・・・そうだね」
そしてラスアはレインに買ってもらった花飾りを頭につけ、服を着替え始めた。
リムはラスアから目を逸らして、天秤のホロスコープを持って隠す場所を探し始めた。
「・・・ここでいっかな、ぼくが寝てるとこの下だし」
安直だが自分が使っているベッドの下に天秤を押し込んだ。
そしてしばらく待っていたが、いつまでも鏡の前にいるラスアを引っ張って部屋から出て行った。
「ご苦労だったな、リム」
「・・・・・・いーえ」
食事が終わり、ラスアとリムはロイアのいる部屋に行った。
レインをはじめ、国の要人がずらりと並んでいるが、それはいつものことなのでもう二人ともあまり気にしていない。
「まあ、俺が言ったことは真面目にやったわけだ。もうお前は自由だ、どこへでも行っていいぞ」
「真面目に?バルカローレに行って帰ってきただけじゃん・・・?」
「逃げ出さなかったんだろ?それだけで十分だ。お前に何も期待してないからな」
「あっ・・・ひっどぉ〜い!ふん、ぼくだって役に立つのにっ!」
「ならメヌエットで働かせてやろうか?」
「いーっだ!やだよっ!出てっていいならもう出てくもん!」
「はいはい。でもいいのか?こいつはメヌエットに残るつもりなんだろう?」
そう言ってロイアはラスアを指差した。
すると、リムではなくレインが反応した。
「ば、バルゴさんはっ・・・いて、くださいますよね・・・?」
「レインさん・・・・・・もっ・・・もちろん・・・です・・・」
嬉しそうな声だったが、後半は聞き取れないぐらい小さくなっていった。
「優しいお姉ちゃんの側にいなくて平気か?シスコン坊や」
「いいもん!!もう知らないっ!じゃあねレイン、王様、お世話になりましたっ!!」
「・・・り、リム、王様は一応リムを罪に定めないで大目に見てくれた恩人なんだから、もうちょっと丁寧に・・・」
「ふーんだっ」
リムは ぷいっとロイアから顔を背けて部屋から駆け出てしまった。
王の御前で本来ならあるまじき行為だが、ロイアが咎めないため周りの人たちも何も言わなかった。
「本当に面白い奴だな。見ていて飽きない」
くすくすと笑いながら椅子の肘掛に手を置きなおした。
「ロイア様、そろそろお時間です」
「そうか、分かった」
他の仕事が待っているらしく、側にいた大臣がロイアにそう告げた。
ロイアは立ち上がり、奥の部屋へ入っていった。
「・・・・・・。」
振り返って、ラスアを一瞬だけ見たが ふふっと目だけ笑ってまた歩いて行ってしまった。
「・・・バルゴさん?どうしたんです?」
「あっ・・・いいえ・・・」
「バルゴさんは先に部屋にはお帰り下さい・・・その、大切な話がありますので・・・」
「レインさんはこれから何か・・・?」
周りの人たちがそれぞれの場所に移動し始めたが、部屋のど真ん中でラスアとレインは話し始めた。
「私はバルカローレでのことの報告書の補足を書いたら今日の業務は終了です」
「そうですか・・・遅くなりそうですか?」
「はい・・・あの、申し訳ないのですが・・・」
レインは手を胸の前で無意味に動かしながら言った。
「私が帰るまで起きていて下さらなくて構わないのですが・・・」
「はい・・・?」
「ですが、私が寝る前に、お話があります・・・そのときだけ、すぐなので、起きて頂けますか・・・?」
ラスアは唇を軽く噛んだ後、しばらくしてからゆっくりと大きく頷いた。
「はい。お待ちしています・・・」
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