リムとライラの、その数メートル先にある椅子には別の二人組の姿。

「バルゴさん、お口に合いますか?」
「はい・・・」

レインとラスアが並んで座っている。
たまに通行人が噂しながら通り過ぎていく。

「・・・でも、やっぱり私たち二人だけでも王宮を調査しているべきだったんじゃ・・・」
「構いません、神聖光使を町に連れてくると私も決めたんですから。今はそんなこと考えなくていいんですよ」
「・・・・・・。」
「それにリムと二人だけにしておいて町の人たちにバレたら大変なことになりますし」
「それは・・・確かにそうですね」

ラスアはココナツミルクの飲み物をまた一口飲んだ。

「リムがまさか神聖光使を連れて来るとは思いませんでしたけど。リムが捕まったりもしなくてよかったですね」
「ええ・・・」
「・・・・・・バルゴさん?」

レインの方も見ないでラスアは下を向いたままストローをくわえている。
気になってレインはラスアの顔を下から覗きこんだ。

それでも、ラスアは驚いた様子も見せずレインと視線を合わせようともしなかった。

「・・・どうかなさったんですか?やはりお口に合いませんでしたか?」
「いいえ、そんなことはありません・・・ありがとうございます」
「お元気がないようですけど・・・私、気づかないうちに何か貴女を傷つけるようなことを・・・」
「いえ、違うんです」

違うんです・・・と口の中で繰り返して、ラスアはコップを握り締めた。

「・・・バルゴさん?」
「レインさん・・・私のこと、全くお尋ねにならない・・・ですよね・・・」
「え・・・・・・」

また金髪のカツラをかぶっているラスアの頭を見下ろした。

「・・・ごめんなさい、変なことばかり言って・・・ごめんなさい・・・」
「ば、バルゴさん」

レインはラスアの手に手を重ねた。

「わ・・・私がバルゴさんのことを深く聞かないから、落ち込んでいらしたんですか?」
「・・・・・・。」
「お聞きしてもよかったんですか?」
「・・・・・・あ」

ラスアは目をぱかっと開いて、同時に口も開いた。
話しちゃいけないんだ・・・と、口を動かした。

「いいえ・・・いいえ、き・・・聞かないで、ください・・・」

泣きそうな声になりながら、ラスアは声を絞り出した。
レインは苦笑して、ラスアから手を離した。

「なんとなく、ね・・・分かるんですよ。話せないようなことがおありだと。そういうことも見抜けないとできない仕事ですから」
「・・・・・・!」
「でも、これだけは忘れないで下さい。」

腕を膝に置き、足の間で手を組んでレインは目の前の通りを見つめた。

「貴女がどんな方でも構いません。バルゴさんが何をしていようと、何をしようと、貴女は私にとって大切なんです」
「れっ・・・レインさん・・・」
「話したくないなら、いつまでも、一生、話さなくてもいいんですよ。何が来たって、私がお守りします」

ラスアは今にも泣きそうに顔を歪めて唇をかんだ。
息を整えるために飲み物を飲もうとストローを口に入れたが、吸い上げることができなかった。

「レインさん・・・っ、ごめんなさい、私・・・私・・・」
「あ、泣かないで下さい・・・バルゴさん・・・?」

自分が差し出した手に影が降りて、レインは振り返った。
そこにはリムとライラが立っていた。

「・・・レイン、なに泣かしてんの」
「り、リム!違うんです、これは・・・!」
「ぼくだったら女の子を泣かせたりなんか絶対にしないよ!レインひっどぉ〜い」
「わー!違うんですって!」

しゃくり上げているラスアを気遣いつつも、誤解を解こうとリムに向かって両手を振った。

「もう、日が暮れるよ!早く行こうよ」
「え、あ、はいっ!」






「とにかく高いところって思ったんだけど・・・ごめん、ライラは見慣れた景色だよね・・・」

リムが3人を連れてきたのは、町の時計塔だった。

「・・・勝手に上がってきてよかったの?」

柵に両手を置きながら、ライラは小声でリムに尋ねた。
塔の管理人の兵士二人の目を盗んで4人は大きな鐘がある最上部まで上がってきていた。

「え、えーとぉ・・・まあいいじゃんっ!よくはないけど!」
「・・・あのね」

ラスアが頭に手を置いて下を向いた。

「どうして見つかったら逃げ場のないようなところに連れてきちゃうの・・・」
「高いところがよかったんだってばぁ・・・すっごく高いところだったら、太陽が沈むときに水平線に見えるかもしれないじゃん!」
「・・・リム、太陽と雲の仕組み分かってる?」
「・・・・・・??」

分からない、という様子で顔は笑顔で首を傾げるリムに、ラスアはそれ以上何も言えなかった。

「こっちからだと、王宮が見えますね」
「ほんとだ」

レインが指差す方を見ると、逃げ出してきた王宮が聳え立っていた。
それを見てライラは少し悲しげに目を細めた。

「・・・あそこに帰ったら、私・・・明日は絶対に太陽乞いをしないといけないんだ・・・セレナードと戦ってる皆のためにも・・・」

手の甲にあごをのせて、小さく呟いた。

「ライラ・・・」

リムが何か言おうとしたとき、ラスアが二人の肩をバシバシと叩いた。

「み、みんな、ほら!!」
「いっ、痛いよ!なに?!」
「な・・・なんですかバルゴさん?」

3人が振り返ると、ラスアが指差す先には水平線があった。
そして、今にも沈みそうな太陽が雲の合間と海の間に僅かだけ顔を見せていた。

ほんの少しの時間だったが、太陽の光に時計塔の頂上が照らし出された。

「・・・・・・見えた?」
「うん・・・一瞬だったけど、見えた」
「・・・よし。」

また厚い雲に覆われた海の上の空を見ながら、リムは頷いた。

「ライラ、頑張って。明日は絶対に太陽が出るよ。ライラの気持ちに、明日の太陽は応えてくれるよ」
「・・・・・・うん」

ライラの手の甲に、リムは無意識にそっと手を重ねていた。






「レイン・・・今日絶対に帰んなきゃダメなんだよね?」
「はい、バルカローレの滞在期間は延びても1日まででしたから今日が限界です、早く帰らないと」
「・・・・・・うん」

次の日のお昼。
レインとラスア、リムの3人はまだバルカローレにいた。
城下町の食べ物屋さんの中で座っている。

窓から見える空は雲がまばらで、何と太陽が出ている。

「よかったねリム、太陽が出てくれて」
「絶妙なタイミングだったよねぇ、ライラが何だっけあれ・・・太陽乞いの・・・のり、とかのさぁ」
「祝詞でしょ。終わった瞬間に雲が途切れて太陽が出たものね」
「すごかったよねぇ〜・・・ね、レイン」
「ええ・・・まあ」

レインは何かを書いているらしく、下を向いたまま頷いた。

「何書いてんの?」
「今日はメヌエットに向かう船で密航しますから、見つかった時のための書状を書いているんですよ」
「メヌエット行きなら大丈夫なんじゃないの?」
「私はいいですけど、リムが困りますよ」
「な、なんでぼくだけっ?ラっ・・・ええと、バルゴは?」
「バルゴさんは私がお守りすると誓いましたから」
「・・・レインさん・・・」

いつまでも新鮮に頬を染めて嬉しそうにするラスアを見てリムは目を細めてため息をついた。

「・・・じゃあやっぱなんでぼくだけ・・・い、いや、それはいいや」

発言の途中でリムは顔を上げて急にきょろきょろし始めた。

「どうしたの?」
「ええと・・・ちょっと、行って来ていいかな・・・すぐに、絶対にすぐに戻ってくるから!」

リムは椅子から飛び降りて店の外に出て行ってしまった。

「いいですけど!30分後には船に乗りますよ!それまでに帰ってきてください!」
「分かったー!」

姿は見えないが、店の外からリムの声とリムの軽い足音が聞こえてきた。

「まったく・・・伝承書の手がかりも見つからなかったし・・・まあちょっと時間がなさ過ぎましたよね・・・」

レインは小さく呟いてから、またペンを動かし始めた。
ラスアはその様子をずっと、ただひたすら見つめていた。



「お疲れ様でしたライラ様」
「ライラ様、お見事でした」

玉座にいるライラに向かって、町の代表者などバルカローレの要人たちが口々に礼を述べている。
今日の太陽乞いが成功したため、儀式のあともライラはずっと忙しかった。

「皆さんありがとう。これからも私、神聖光使として励みます。どうぞご助力下さい」

立ち上がり、ライラは一同に一礼をした。
すると歓声と拍手が沸き起こった。

「・・・・・・あ」

ライラは顔を上げると、驚いたように小さく声を上げた。
そして、急にそわそわし始めた。

「・・・あ、あのう」
「いかがされました?」
「ええと・・・私、少し休みます・・・」
「お疲れでしょう、午後の授業の時間までごゆっくりなさってください」
「あ、ありがとう・・・・・・それと、あれを外して渡してくれませんか?」
「あれを?はい、かしこまりました」

そして大臣たちの間を歩いて、ライラは部屋からそそくさと出て行った。



「ばあっ」
「わ!」

ライラが自室に戻って扉を閉めると、なんと扉の後ろからリムが登場した。

「そっ、そんなところにいたの・・・?さっきの部屋では、みんなの後ろにいたのに・・・」
「えへへ〜、ぼくがいるのよく気付いたねぇ」
「それは分かるよ・・・」

スカートを手で直し、白い箱を机に置いてからライラは椅子に座った。

「今日は、太陽乞い成功してよかったね」
「うん・・・リムのおかげだよ、本当にありがとう」
「ライラが頑張ったからだよ。これからもまだまだ大変なことたくさんあるだろうけど、頑張ってね」
「・・・・・・。」

ライラは歩いてくるリムを見上げ、少し悲しそうに笑った。

「・・・どうしたの?」
「・・・リム、もう行っちゃうんでしょ?」
「う、うん・・・もう、あと数分で行かないと船が出ちゃうんだ」
「・・・・・・あのさ」

ライラは肩からかかっているローブを机に置いて、立ち上がった。

「な・・・なに?」
「昨日、バルゴさんが「ホロスコープ」というものを知らないか、尋ねてこられて・・・」
「ラスアが?!・・・・・・あ」
「・・・ラスア?バルゴさん、ですけど・・・」
「う〜・・・・・・」

しまった、とリムは口を押さえたがしばらくして苦笑しながら手を放した。

「いいや。ライラには隠し事したくない」

リムはライラに笑顔で向き直った。

「絶対に、誰にも言わないでね。約束してくれる?」
「は・・・はい」

何を言われるんだろう、とライラは思わず身構えたが素直に頷いた。

「バルゴってのは本当の名前じゃなくて、ラスアっていうんだ。ぼくのお兄ちゃん」
「おっ・・・お兄さん!?」
「うん。」
「で、でも、女性じゃ・・・!?あの、レインさんととても仲がよろしくて・・・!」
「あ〜・・・そうなんだ、レインはラスアを女の子だと思い込んでるから。それもホロスコープの力なの」
「・・・・・・。」

驚きと困惑で、ライラは目を瞬かせる以外に何もできなかった。

「ぼくたちはホロスコープを集めてるんだ。ホロスコープにはすごい力があってね、それで世界を変えるんだよ」
「世界を・・・変える・・・?」
「うん。でも、ライラのことは絶対に助けてあげる。誰にも言わないでくれたら、必ず助けに来るから」
「・・・わ・・・分かりました・・・」

何と言っていいのか分からなかったがとりあえず思ったことを口に出した。

「・・・ぼくが、何もやるべきことがなかったら、ずっとライラと一緒にいたかったな・・・」

腕を後ろに組んで、リムはくるりと後ろを向いた。

「でも、メヌエットに行く前にライラに太陽乞い成功おめでとうって言いたかったんだ。頑張ってね、神聖光使様」
「・・・・・・リム」
「え?」

ライラはリムに駆け寄ってリムの手を取った。
ぎょっとしてリムは硬直し、目を丸くした。

「私・・・リムと一緒にいたいけど・・・でも、リムがやらなきゃいけないことがあるならリムにはそれを頑張ってほしいから・・・。
だから私、リムが来てくれるまで絶対に誰とも結婚しないからね」
「・・・・・・!?」

何も言えず、リムは顔を真っ赤に染めた。
ライラに握られている片手が震えている。

「・・・女の子の方からプロポーズしたんだから・・・絶対に来てくれなきゃ、いやだからね」

そう言ってライラは、机の上に置いていた四角い箱の蓋を開けた。

「だからこれ、リムにあげる・・・」

箱の中身を見て驚いたリムは、恐る恐るその箱をライラから受け取った。
そしてライラを見つめて静かに頷いた。

「・・・ありがとう」









         





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