「しーっ!」

突然その置物が立ち上がり、リムの口を塞いだ。

目だけをぱちくりさせ、自分の口を押さえている人物を必死に見とめた。

「さ、騒がないでください・・・私、ここで隠れているんです・・・」
「ぷはっ・・・き、きみ、誰なの?」
「・・・・・・。」

手を離され、リムは慌てて息を吸い込んだ。

「ええと・・・なんで、ここで隠れてんの?」
「・・・私のこと、ご存じないんですか?」
「う、うん・・・」

暗くてよく見えないし、声も聞き覚えがなかった。

「・・・あなたはどなたですか?」
「え、ぼく?」

ぼくの方が先に聞いたんだけどな、と思いながらリムは名乗ることにした。

「ぼくは・・・リム。リム・マルフィクってゆーんだ。えーと、大臣の・・・息子、だっけ・・・?」
「バルカローレの方ですか?」
「え?」

そこまではレインに言われていなかったのでリムは戸惑った。

「あ、えーと・・・ち、違う・・・」
「そうなんですか」

いくらか安心したような声が聞こえてきた。

「私は・・・私は、ライラアヴィリオンです。」
「ライラ?」
「はい・・・バルカローレの、神聖光使です・・・」
「・・・・・・へ??」

あまりに驚いたため、叫ぶのすら忘れた。

「し、し、し、神聖光使?ライラアヴィリオン皇帝??君がっ?」
「はい・・・」
「なにしてんのこんなとこで?隠れてるって・・・な、なんで??」

リムは ぽかんとしつつ ライラを指差して尋ねた。

「・・・私をみんなが探しに来るので・・・」
「そ、そりゃそうだよ!君がいなかったらみんな大騒ぎでしょ!?いつからここにいるの?」
「・・・1時間は経過していると思います」
「い・・・いちじかん・・・」

こんな暗いところで、と リムは思わず部屋を見回した。
相変わらず部屋は真っ暗で、置いてある物も目の前のライラもぼんやりとしか見えない。

「可哀想に・・・なんで隠れないといけないのさ・・・」
「それは・・・」

ライラは自分の手を重ねてしゃがみ込んだ。

「・・・カドリールにはもう3ヶ月、陽が出ていないんです」
「3ヶ月も?」
「はい、毎日曇りか雨、雪の日も多いです。このままでは、いけないんですけれど・・・」
「だってそういう気候なんでしょ?しょうがないよ」
「・・・・・・。」

リムもライラと同じ高さまでしゃがんだ。

「・・・私は神聖光使として「太陽乞い」をしなければいけないんです」
「たいようごい?」

雨乞いは聞いたことがあったが、太陽乞いというのは初耳だった。

「天に私が祈り、太陽を求めるんです・・・代々の神聖光使はそうやって、バルカローレに晴天をもたらしてきたんです・・・」
「すごいねぇ、神聖光使ってそんなことできるんだ・・・ライラはできるの?」
「・・・・・・。」

ライラは体育座りをして膝に顔を伏せてしまった。

「・・・ライラ?あの・・・ごめん・・・」

返事がなく、リムは不安になってとりあえず謝った。

「・・・分かりません」
「?」

顔は下に向けたまま、ライラが小さく言った。

「・・・分からないんです。私にそんなことができるのか・・・もしできなかったらどうすればいいのか・・・」
「・・・・・・。」
「私には太陽の瞳があるというだけで神聖光使に選ばれました・・・でも太陽乞いが失敗したら、私は・・・」
「ライラ・・・」

リムは床にぺとん、と座り込んでライラの肩を叩いた。

「・・・だから、ずっとこんな部屋で隠れてたの・・・?いつまでも隠れられるわけないじゃない・・・」
「それは・・・そうですけど・・・」
「外に出よう」
「え・・・」

リムは立ち上がった。
思わず顔を上げて、ライラはリムを目で追った。

「こんな暗いところで一人でじっとしてるからどんどん気持ちが落ち込んじゃうんだよ。一緒に外に行こう?」
「で、でも、城の外に抜け出せるわけが・・・」
「ぼくに任せて」

そう言ってリムは黒髪のカツラを外した。
ライラはそれを見て驚いて目を見開いた。

「あなたは・・・テヌート・・・!?」
「これ貸してあげる。ほら、これをかぶって・・・」

カツラをライラにかぶせようとした時、ライラの顔を間近で見てリムは凍りついた。

「・・・・・・あの、これって・・・」

ライラの頭の上で手を硬直させて、声を絞り出した。

「・・・これが、太陽の瞳です」

ライラの額には、二つの目と同じ色の目がもうひとつあった。
二つの目を閉じると、それは同時に閉じた。
そしてライラが目を細めると、額の目も同じように笑った。

「めっ・・・目が、3つもあるの・・・!?」
「・・・・・・。」

リムの驚きの声を聴いて、ライラは寂しそうに目を伏せた。

「生まれつきです・・・ごめんなさい、気持ち悪いでしょう?」
「・・・・・・」

リムはライラの額の目を不思議そうに、物珍しそうに見つめた。
しばらくじっとそれを見て、一通り観察し終わると何事もなかったかのようにカツラをライラに ぼふっとかぶせた。

「わっ・・・」
「すごいね3つもあるなんて。後ろから「だーれだ」ってやっても一気に隠せないなぁ」
「・・・・・・。」

リムの言葉にライラは3つの目でリムを呆然と見た。
そして、口を手で押さえて笑い出した。

「あははっ・・・そんなこと、言われたの初めて・・・っ」
「え、え?だ、だってそうじゃない?おでこの目もお化粧するの?」
「ふふふふっ・・・あはははっ!」

相当おかしいらしく、お腹をおさえて笑い出した。
その様子に、今度はまたリムが呆気に取られた。

「面白いっ・・・あっははは・・・!」
「ち、ちょっと、大きな声出したら外にいる人に聞こえちゃうよ!」
「ふっふふふ・・・!そ、そうですよね・・・っ」
「・・・・・・もう」

あきれたように腰に手を当てたが、楽しそうなライラを見て苦笑した。

「はあ・・・ごめんなさい、もう大丈夫・・・ですから・・・っ」
「・・・まだ笑ってるよ」
「あなた・・・リム、でしたっけ?」
「うん」

ライラは頭のカツラをおさえて髪型を整えた。

「私を外に出してくれるなら・・・連れて行ってください、リム」
「分かった・・・じゃ、行こうか」

リムは物置の扉を少しだけ開いた。
そこから光が差し込んできた。

「走れる?」
「はい」
「じゃあ、今なら廊下に誰もいないから走るよ。出たら右に曲がって、その後窓から飛び降りるから」
「えっ・・・窓から・・・?」
「ぼくの手を絶対に離さないでね。大丈夫だから、行くよっ!」

リムは物置の扉を開け放って、ライラの手を取った。



「・・・・・・で?」

無事にリムと落ち合えたレインは、腰に両手を当てて首を傾げた。

王宮の建物の外ではあるが、敷地内の庭の中にいる。
一般の人たちは入って来られないが、王宮に関係する人たちは自由に入れる場所だ。

「神聖光使を連れてくるなんて、何考えてるんですかっ!?」
「だ、だってさぁ、何時間も暗い部屋に一人ぼっちで隠れてて、可哀想だったんだもん〜・・・」
「そ・・・それは確かに可哀想ですけどね・・・」

レインは音が鳴るぐらい勢いよく頭に手を置いた。

「私たちには藍の伝承書とホロスコープを探すっていう使命があるんですからっ!もう!」
「・・・・・・。」

脱力して下を向いたレインをリムはそっと覗き込んだ。

「・・・ごめん、レイン・・・」
「すみません・・・」
「!!」

その声に一同が驚いた。

「私の我侭で・・・ごめんなさい、私、王宮に戻ります・・・」
「ま、待って待って!せっかく外に出たのに、何かしようよ!」

ライラが下を向いたまま言った。
リムがかぶせた黒髪のカツラのせいで顔は見えない。

「はあ〜・・・神聖光使を連れて王宮から抜け出すなんて、リム、あなたはすごいんですけどね・・・」
「すごい?」
「すごいですけど褒めてる場合じゃありません。何度も言うようですが時間はないんです」
「ちょっとだけ!ちょっとだけ、町に行ってもいい?」
「だーかーら!危険でしょ!神聖光使を連れ出したって捕まったりしたらどーする気ですか!」

二人が言い合いをしている間、ラスアは周りの人に聞かれていないかと気が気でなかった。

「・・・神聖光使様、ちょっとこちらへ」
「?」

ラスアはライラを手招きした。
とことこと歩いてきて、ラスアの足元までやってきた。

ラスアは大きいので、ライラの身長はラスアの胸ぐらいまでしかない。

「あの・・・あなたたちは一体・・・?」
「あの方、レインさんはメヌエットのカペルマイスターです。私は、バルゴと申します」
「バルゴさんと、リムは・・・どうしてレインさんと一緒にバルカローレへ?」
「ええと・・・」

ラスアは腰を屈めてライラと視線を合わせた。

「王様の命令で、伝承書とホロスコープというものを探しているんです・・・王室に、伝わっていませんか?」
「伝承書・・・いえ、きいたことはありませんけど・・・」
「・・・そうですか」

残念そうな様子のラスアに、ライラは慌てた。

「で、でも、ホロスコープなら、聞いたことがありますっ!」
「え?」
「王宮に献上された二つの道具があって、あれは確か・・・ホロスコープっていう名前だったと思います」
「道具?ど、どんな?」
「皇帝の間に飾られているんですけど・・・天秤と、弓矢です」
「・・・・・・」

ラスアは目を見開いたまま、レインとリムの方を向いた。

「あ、あの、レインさん」
「こうやって言い合っている間にも時間は過ぎていくんですよ!」
「じゃあ言い合ってないでライラを連れて行けばいいでしょ!」
「もーその時間は過ぎたんですよ!!」

不毛な言い合いは飽くことなく続いていた。
お互い平行線で話題は進んでいなかった。

「・・・あのー、二人とも」
「なら今から行けばいーじゃん!レインのわからずや!!」
「わ、わからずや?!今までそんなこと言われたことありませんよ・・・!」
「だ・・・だってそうじゃんっ!ラスア、もういいよレインなんて!三人で行こうっ!!」
「ちょ・・・ちょっと、リム・・・」

さり気なくラスアの名前を叫んでいる。
しかしレインは気がつかなかったらしい。わからずやと言われたことが相当ショックだったようだ。

「・・・私、そんなにわからずやですか?私が言うこと、間違ってるんでしょうか・・・」
「・・・・・・。」

レインが突然頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
そんなに思い悩むとは思わず、リムは慌てた。

「ちっ、違うよ、ぼ、ぼくが無理言ってんの!レインは正しいんだよ!!」
「・・・・・・ほんと?」
「うん・・・でも、その正しいことの中に少しだけぼくのお願いを聞いてほしいだけ・・・」
「・・・・・・。」

その様子を遠巻きにライラとラスアは はらはらしながら見ていた。

「・・・なんか、本当にごめんなさい・・・」
「ライラ様は気にしないで下さい・・・」

レインはしばらく腕の中に頭をうずめていたが、しばらくして顔を上げた。

「・・・分かりました。行きましょう。善は急げです」
「え、いいの!?ライラ、いいって!!」
「決めたからには急ぎますよ。神聖光使を町で気晴らしさせ太陽乞いを成功させ時間が減った分迅速に任務に取り掛かります」
「・・・きっ・・・じっ・・・・・・わ、分かった。じゃあ行こっ!」

早歩きして行ってしまうレインに、事態を把握しきれないまま三人は慌ててついて行った。



「おいしい?」
「はい」

バルカローレの首都、カドリールの城下町まで難なく来られた4人。
ライラに町を見せて回り、色々な店に立ち寄っていた。

「意外だったなぁ〜、こんな寒い国でアイス屋さんがあるなんて」
「食事でもよく出るんです、城の中は暖かいから」
「確かにそうだったかも・・・」

忍び込んでからライラを連れ出すまでの少しの間しか王宮にはいなかったが、確かに中は暖かかった。

「・・・でも、町の人たちはみんな、寒いんですよね・・・」
「うーん・・・」
「私のせいで・・・」

ミルクアイスを食べながら、ライラはまた黙り込んでしまった。
二人は市場の公共の椅子に座っている。
そこから少し離れた場所の別の椅子にはレインとラスアが並んで座っている。

「落ち込まないでよ!元気にならないならそれ食べても意味ないね。ぼく食べちゃお」
「あっ!!」

ひょい、とライラの手からアイスを取り上げて一口食べてしまった。

「うひゃぁ、つめた〜い・・・」
「わ、私食べますっ!返して!」
「ほんとに〜?いーよ、はいどーぞ」
「・・・・・・。」

口の中でアイスをまだ味わっているリムをライラは横目で見上げた。
そして、また一口アイスを口に含んだ。

「・・・いつもさ、神聖光使って何してんの?そんな簡単に誰にも知られないで隠れたりできるの?」
「うーん・・・まだ私には全ての権限があるわけじゃないんです。成人するまでは、決められたことを承認するだけ」
「へえ・・・」
「今日は太陽乞いの準備の時間までは読書の時間で・・・図書室に行くと言って、そのままずっと隠れてて・・・」

ふーん、と相槌を打ちながらリムは両手を頭の後ろに組んで空を見上げた。

「まだまだ勉強しないといけないこともたくさんあるし・・・本当なら今頃は太陽乞いだけど、普段は勉強の時間かな」
「外に出て遊ぶ時間とか、ないの?」
「遊ぶ時間・・・」

ライラは かりっ、とコーンをかじった。

「話し合いというか、みんなと会話をする時間はあるけど・・・王宮からはほとんど出ません」
「そっか。じゃあ久々に外に出られたなら思いっきり楽しまないとね。みんなが心配してるとか、そういうことは忘れて」
「うん・・・」

手を振り下ろして膝の上に載せ、手を組んでリムは振り返った。

「でも、晩ご飯までには帰らないとね。」
「・・・晩ご飯・・・」
「ぼくもよく晩ご飯に遅れるぐらい外で遊んじゃって、よく怒られたんだぁ。サビクがうるさいの」
「・・・サビク?」
「あぁ〜、ぼくの、お兄ちゃんなんだけどね。口うるさいんだよぅ、だからいっつも叩き合い蹴り合いで」
「た・・・叩き合い?蹴り合い?」
「会う度いっつもね。」

リムは椅子から立ち上がって しゅっと足を蹴り出した。

「男のコミュニケーション、ってやつ?」
「・・・ぷっ、あははははっ!」
「そ、そんなに笑うようなこと?」
「あっはははは・・・ふふふふっ・・・ほんと、リムって・・・面白いっ・・・!」
「アイス落ちるよ・・・」

そう言われてライラは笑いながら最後の一口のアイスとコーンを口に入れた。

「・・・笑ってるといいね」
「え?」
「国民が幸せでも王様が幸せじゃなかったら国は幸せじゃない。ライラは、みんなのためにも笑っててほしいな」
「り・・・リム・・・」

ライラは ぽーっとしてリムを見つめた。
その様子を見てリムは慌てた。

「やっ、やだな、どうしたのさ急に?ぼ、ぼくの顔なんかおかしいっ?」
「ううん・・・嬉しい、リム・・・ありがとう・・・」
「え・・・あ、そう・・・よかった・・・ライラが嬉しいならよかった・・・」

リムは真っ赤になりながらライラから目を逸らして下を向いた。









         





inserted by FC2 system