「バルカローレって・・・少し寒いんですね・・・」
「バルゴさん・・・こうしていれば、暖かいですよ」
「レインさん・・・・・・」

手を繋いでうっとりと見詰め合う二人に、リムはうんざりして頭の後ろで手を組んだ。

「もう!二人ともっ!バルカローレにいられる時間あんまないんだからぁ、とっとと王宮に行こうよっ!!」
「あ・・・そうでした」

手は繋いだままで、ラスアが頷いた。

「正式な入国でもないし、ロイア様に言われてきたことも秘密ですし・・・忍び込むしかないですね」
「また忍び込むのかぁ・・・ぼくはいいけど、ラ・・・バルゴは大丈夫なの?」

横目でリムはラスアを見た。

「バルゴさんは、私が命に代えてもお守りします」
「レインさん・・・ありがとうございます・・・」
「いいえ、男として当然のことです」

どっちもだけどね、とリムは心の中で悪態をついた。

「うわ・・・寒いと思ったら、雪が降ってきたよぅ・・・」
「バルカローレは雪の日と雨の日が多いんですよリム。」
「そうなの?だからこんなに寒いんだぁ・・・早くどこか部屋の中に入りたいよ・・・」
「それじゃ、王宮に急ぎましょうか」

バルカローレの首都カドリールにある、王宮が遠くに見えている。
3人はそこへ向かって歩き始めた。



「女官とかに化けて潜入した方がいいかな・・・」
「そんなヒマないよ!レインが今王宮に入り込む準備してるんだから、待ってよーよ」
「そうだね・・・」

王宮の近くの人通りの多い道でラスアとリムの二人は並んで立っていた。
レインが先に偵察として王宮に侵入しており、二人は暇だった。

「あっさり中に入れちゃうなんてぇ、レインってすごいんだね」
「それはそうだよ、メヌエットの一番の実力者のカペルマイスターなんだから」
「ふーん・・・まあちょっとは見直したかも」
「ちょっとは、って・・・」

ラスアは困ったような顔で片手を頬に当てた。

「ところでさ」
「なに?」

リムが立っているのが疲れたのか、しゃがみ込んでラスアを見上げながら言った。

「ラスアの状態が、まだぼくよく分かんないんだけど」
「私の状態?」
「うん・・・ホロスコープのバルゴだっけ?ラスアの中に入ってるんでしょ?」
「そうだよ」
「そのせいで、ラスアが女の子の心になっちゃってるんだよね」
「あ・・・うん・・・」

ラスアは視線を泳がせながら伸ばした手を組みなおした。

「女の子になったのは心だけ?」
「えっ?」

どういう意味だろう、とラスアは驚いて聞き返した。

「だからぁ、力とか。今までのラスアみたいにそのレギュリエ、ちゃんと扱えるの?」
「あ、ああ、そういうことか・・・えーとね、実は・・・あんまり・・・」
「えー!?」

リムが勢いよく立ち上がった。

「剣使えないの!?力まで弱くなっちゃってるの!?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど・・・」
「じゃあどういうことっ?!」

ラスアは周りの人たちの視線を気にした。

「ええと・・・女の子だから、体に力はあってもそれを上手に扱えない、って感じかな・・・」
「じゃあ力自体はそのまんまなの?」
「うん。腕相撲とかリムとやっても勝てると思うよ」
「なぁんだ・・・」
「でもとっさにこの剣を扱えるか、とか素早く逃げられるか、とかそういうのはできないかもしれない」
「そっかぁ・・・まあここ最近そんなことしないで生活してたもんねぇ」

うんうん、と頷いてからリムは改めてラスアの顔をまじまじと見た。

「・・・あとさ、今までのラスアと全然違うのはしゃべり方だよ」
「・・・・・・。」
「今まで、一つの文章しゃべるのも日が暮れそうだったじゃない。ホントにラスアが自分の意思でしゃべってんの?」
「う、うん、私が思ったことしゃべってるよ・・・?」
「じゃあそんなに今たくさんしゃべれるのは、バルゴが入ってるからなの?」
「うーん・・・今までは、思ったことを口に出すのが難しくて・・・でもバルゴと同化してから口が動くようになってね」

嬉しそうに話すラスアの背中が、ぽんと叩かれた。

「きゃっ?!」
「あ、ああすみませんバルゴさん・・・!」
「レインさん・・・いえ、すみませんでした」
「お待たせして申し訳ありません。バルゴさんやリムでも侵入できそうな経路を見つけてきました。」
「へえ〜、すごーい」

リムは音が出ないように手を叩いた。

「昼食をとったら、今度は3人で忍び込みましょう。城の見取り図もありますからそれを見ながら」
「そんなのまで取ってきたの?」
「違いますよ、ロイア様が下さったんです」
「なんでそんなのあるんだろ・・・」

さり気なくラスアの背に手を回して歩くように促し、3人は城下町に向かって歩き出した。



「平然と歩いてていいのかなあ・・・」
「そのほうが怪しまれないんだよ、しっかりしてリム」
「うん・・・・・・」

適当に昼食をとり、息つく間もなく3人はバルカローレの王宮への侵入を決行した。
しかし壁に紐をかけて上るとか、窓から入り込むとかではなく、裏の搬入口から堂々と忍び込んでいた。

「・・・その服、どうしたんだろ?」
「さあ・・・私のサイズに合うのがあってビックリしたけど・・・」

ラスアは布を多めに使った長いスカートをはいていた。
二重になっている部分には剣が隠してあり、外からは見えないようになっているがすぐに取り出せる。

一方リムはいつもの軽装ではなく、きっちりとしたおぼっちゃんの服を着ていた。
どちらもレインが調達してきた服である。

さらにテヌートの二人はカツラまでかぶせられていた。
リムはレインと同じ黒髪、ラスアは金髪のロングヘアのものである。

そしてレインは、二人の前を堂々と歩いていた。特に変装はしていない。

「・・・ホントに、レインってスゴイかも」
「そうだね・・・なんて言うか・・・慣れていらっしゃるみたいだね」
「そうなんですよバルゴさん」

くるりとレインが振り返った。
褒められて嬉しそうだ。

「メヌエットのカペルマイスターになる前も、セレナードに間諜として入っていたんですよ。潜入はお手の物です、はは」
「そーなんだぁ・・・」
「流石ですね、レインさん・・・」
「バルゴさん・・・」

立ち止まって見つめ合い始めた二人に、リムは頭を抱えた。
そしてラスアのお尻を叩き、レインの足を踏んづけた。

「「いたっ」」
「もうっ!真面目にやってよ!!いちゃいちゃすんのも後で!」

いや、しないでよ、と言えばよかったと思ったがもう遅かった。
二人は並んで歩き出してしまい、レインはラスアの背中をさり気なく支えている。

「・・・レイン、ところでどういう設定で堂々と歩いてるんだっけ?」
「リムは私の弟ということで、バルゴさんはその家庭教師です」
「へえ・・・」
「というわけで、私とリムは大臣の息子ということになってますから、尋ねられたらちゃんと答えてくださいね」
「はいはい」

城の中ではたまに誰かとすれ違うが、召使いの人が多いため逆にお辞儀をされることが多い。
中に入ってしまえば、確かに行動するのは楽だった。

「さて、とにかく伝承書を探しましょうか。」
「入れてくれない部屋とかはどうすんの?」
「無理に入ろうとすると怪しまれますから、場所だけ覚えて置いてください。」
「はーい。」

レインは立ち止まり、長い廊下を指差した。

「この先に図書室があります。右の道を行くと宝物庫があります。その奥には確か物置みたいな部屋があったはずです」
「へえ・・・」
「そうなんですか・・・」
「とにかくそれぞれ入りましょう。20分後にまたここに集合です。バラバラでいるよりも怪しまれませんから」
「はーい」
「分かりました」

レインとラスアは図書室に、リムは宝物庫に向かって歩き出した。
しかしその時。

「早く、お探しするんだ!!」
「神聖光使様はまだ見つからないのか!?」
「外に出られていたら大変だぞ!!」

10人ぐらいの男の人たちがバタバタとこちらに向かって走ってきていた。
廊下は広いのですれ違うのは余裕だったが、人数が多いのでラスアが先頭の人とぶつかりそうになった。

「バルゴさん、こっちへ」
「あっ・・・!」

手を引いて移動させられたが、突然だったのでラスアはバランスを崩した。
慌てて頭をおさえたがほんの少し遅かった。

「・・・え?」
「・・・・・・!!」

ずるり、とラスアの頭からカールした金髪のカツラがずり落ちてしまった。
前を走って行った人たちは気づかなかったが、後ろから来ていた3、4人が驚いて立ち止まった。

「な、何者だ!?」
「テヌートか!」
「貴様たち、名は何という?」

全員、剣に手をかけている。
レインがラスアの前に出た。

「バルゴさん、先ほど来た方の窓から逃げてください」

すぐ後ろにいるラスアにだけ聞こえる声で囁いた。

「そんな・・・こんな人数、いくらレインさんだって・・・」
「私は大丈夫です、早く・・・」

とレインが言いかけたとき、男の一人が剣を抜きレインに突きつけた。

「名乗らないつもりか?二人とも、一緒に来てもらおう」
「・・・そういうわけには・・・いきませんっ!!」

素早く一歩下がってレインは剣を抜いた。
同時に上に振り上げて、相手の剣を弾き飛ばした。

「バルゴさん、早くっ!」
「い、いいえ、私もっ・・・」

そう言いながら、ラスアは服の間からレギュリエを取り出した。
その場にいた人たちは驚いたが、それでもラスアに斬りかかっていった。

「きゃあっ!」

体が思うように動かず、ラスアは相手の太刀を両手で持った剣で受け止めた。

「バルゴさん・・・くっ!!」

ラスアに気を取られたレインは、二人同時の攻撃に後ずさった。
その結果、二人は少し離れた位置に立つことになった。

レインが二人を相手に戦っているのを見て、ラスアは意を決した。

「・・・バルゴ、出てきて!!」
「!?」

ラスアが呼びかけると、ラスアの体から白い光となって少女が出現した。
白い髪に白い服、赤い目の少女、ホロスコープのバルゴだった。

「はっ!!」

ラスアは素早くレギュリエを引き抜き、剣を横になぎ払った。

「うわあ!!」

剣士の一人から剣を弾き、もう一人の足を蹴りつけて転ばせた。

「バルゴ、私につかまって!」

バルゴはラスアの首にしがみつき、ラスアはそれを左手で支えた。
そのままレインの方に走って行き、レインと交戦中の一人の剣を弾いた。

レインは驚いたが戦うのに必死でラスアを見る余裕がなかった。
バルゴを抱えたままレインの前を駆け抜け、レインに向かって叫んだ。

「レインさん、早く!!私は大丈夫です、早くこちらへ!」
「はっ・・・はい!」

レインはラスアが窓から飛び降りたのを確認してから剣の前に手をかざした。

「アクアエッジっ!」

剣を振り払って最後の一人の剣士に水の魔法をぶつけた。
不意をつかれ、まともに魔法を食らってそのまま相手は後ろにいた人と激しくぶつかって倒れた。

「ば、バルゴさんっ!」

そして大急ぎでラスアの後を追ってレインも窓から飛び降りた。

「・・・・・・。」

意識がある人とない人がいるが、戦った人たちはただ呆然としていた。

「な、なんなんだ今の二人は・・・?」
「おい、大丈夫か?」

床に倒れている仲間を起こし、また窓の方を見た。
廊下の先に走って行ってしまった人たちが、戻ってきているのが見える。

「・・・・・・。」

その様子を、廊下の角からずっとリムは見ていた。

「・・・あーあ、ぼくどうすればいいんだろ・・・」

逃げ道の方にはまだ倒れている人たちがいて通ることができない。
このままでは一人でいるところを見られてしまうためとりあえずリムは振り返り、入ろうとしていた部屋に素直に入ることにした。

「えっと、ここが宝物庫のはず・・・」

中は真っ暗だった。
窓はあるが大きなカーテンが閉まっている。

とりあえずリムは部屋の奥まで歩き、カーテンを少しだけ開いた。
光が僅かに差込み、部屋の中が照らし出された。

「あ!しまった、ここ宝物庫じゃない・・・物置だ」

カーテンを閉め直し、部屋の外に向かって歩き出す。
その時、立てかけてある大きな絵の横にある置物が目に留まった。

「髪の毛がある、大きな人形かな。まさかホロスコープじゃ・・・」

頭の部分を触ると、なんとその置物は動き出した。

「わわっ!?な、なんだこれぇ?!」









         





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