その後。
シオンは、城内を走り回っていた。

「フレイっ!!」
「あ・・・・・・」

フレイの行方を捜していたシオンは、フレイは兵舎にいると言われてそこまで走ってきた。
そして、その司令官室の扉を、ノックもせずにいきなり開け放ったのだった。

「シオン・・・」
「・・・おい、どーゆーことだよ!」
「はははは・・・」

フレイは半分開いていた奥の扉を閉めて、部屋の外に出た。
その部屋には他にも人がいるような気配がしたが、シオンは気にせずフレイに向かって怒鳴った。

「ごめん・・・その、マラカ様がシオンと二人っきりで話がしたいって、それしか言われなかったんだけどね」
「・・・でも、何を言われたかは分かってるだろ」

じろりと下から見上げるようにフレイを睨みつけた。

「・・・やっぱり?」
「分かってるな」
「い、いいじゃない・・・玉の輿だよ?」
「乗るのは女の子だろうが!!」

シオンは手を振り下ろしながら叫んだ。
心なしか顔が赤い。

「それで・・・何て言ったの?」
「面白がってるな・・・」

またじとっとフレイを睨みつけた。

「・・・マラカ王女の方から、3年後に俺に好きな人がいなかったら・・・だってさ」
「・・・3年後・・・ほほう」
「ほほうじゃねえよ!!」
「あ、ゴメン・・・いや、相当マラカ様も、本気だなって・・・」
「だろ・・・俺はどうすりゃいいんだろ・・・は、早くコンチェルトに帰りたいのに・・・俺ずっとこればっか言ってる気がするけど・・・」
「はははは・・・」

何と反応したらいいのか分からず、フレイは苦笑した。






「そこの子、今からちょっと時間ある?」

一方、ここはメヌエットの城下町。
イルとバイエル、そしてイリヤの3人はセレナードに向かって出発し、順調に進んでいた。
はずだった。

「あーもう!!また女性に声かけて!!」
「・・・・・・。」

気づけば隣にいないイリヤの姿を探し、振り返っては怒鳴りつけて連れ戻す、の繰り返し。
そしてそのイルの様子をバイエルが不思議そうに見つめている。

「何年計画でセレナードに行く気ですか?!すれ違う女性全員に話しかけてたら一生着きませんよ!!」
「ゴメンゴメン、だってほら、あの子可愛いじゃん〜」
「ったく・・・いい加減その見境のなさを何とかしてくださいよ・・・」
「だから見境ないんじゃなくて、好みがあるんだって」
「しゃべる暇があるなら歩く!!口に布巻いて歩かせましょうか!!」
「それは死んじゃう・・・分かりました分かりました、ごめんなさい」

イルとイリヤのやり取りを見ながら、バイエルはアルスと別れたときのことを思い出していた。

「じゃあ、気をつけてねバイエルくん」
「アルスは・・・セレナードに来られないの?」
「ぼくは・・・うん、今はまだ・・・ダメかな」
「今?それじゃ、いつか来られる?ぼくの家にいる人形に会わせてあげたい」
「他にもいっぱいいるの?うん、絶対に行くよ。約束」

そう言って、アルスは手を差し出した。
バイエルも片手を出して、その手をぎゅっと握った。

そして、二人同時に微笑んだ。

「・・・・・・。」
「バイエル?どうしたんです?」
「・・・あ」

思い出している間ぼーっとしていたら、いつの間にか歩くのまで止まっていたらしい。
前方を並んで歩いているイリヤとイルがバイエルの方に振り返っていた。

「歩くの疲れちゃった?お腹すいたかな?」
「ええ?さっきあんなに食べたじゃないですか!」
「・・・・・・平気」

元気のないバイエルを見て、イルとイリヤは顔を見合わせた。
するとイリヤが突然また進行方向から逸れて走り出した。

「ち、ちょっとイリヤっ!またどこに行くんですか!!」
「ああ、違うって。そこのパン買ってあげようと思って」

イリヤが走った先には、パン屋さんのワゴン車があった。
それにバイエルは目を輝かせた。

「パン?」
「なるべく長持ちしそうな、噛むのに時間が掛かりそうな大きくて硬いやつ・・・よし、このフランスパン下さい」
「まだ食べる気ですか・・・。」

ここ数日間バイエルと食事していて食べる量には慣れてきたが、空腹になるまでが早い。
イリヤがパン屋さんからパンを受け取り、そしてそれをバイエルが受け取る。
その様子を遠巻きに見ているイルだったが。

「・・・おい」
「・・・・・・はい?」

後ろから低い声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには黒い髪の青年が立っていた。イルより背が高く、イルはその青年を見上げた。

「!?」

そしてその青年は、突然イルの顔を両手で捕まえた。
無理矢理上を向かされ見詰め合わされ、通行人の視線が二人に集中している。

しかし青年は全く気にする様子もなく、イルを見つめたまま何かを呟いた。

「・・・この目・・・」
「な・・・なんですか・・・あの、放してください・・・」
「イル・シュタークだな?」
「そっ・・・そうですけど・・・・・・わっ!?」

顔から手が放されたかと思うと今度は片手で体を抱え上げられた。

「ち、ちょっとちょっと!?なにするんですか!?」
「危害は加えない。大人しくしていろ」
「えええ!?ちょっと待っ・・・」

抗議の声は全く聞き入れられず、その青年はそのままずかずかと歩いて行ってしまう。
何のことか分からずパニックになりかけたが、とにかくイルはイリヤとバイエルに助けを求めた。

「イリヤ!!バイエル!!助けてくださいー!!」
「うるさい、大人しくしていろと言っているだろう」
「んっ!?」

今度はうるさいという理由で抱えている方の腕とは反対の手で口をふさがれた。
必死に暴れるが、全く効果はない。
そのままあっさりと彼が乗ってきたのであろう白い馬に乗せられてしまった。

横向きに乗せられたイルが降りようとするよりも早く、青年は馬を高速で走らせた。

「イリヤーっ!!バイエルー!!」

町から猛烈な勢いで遠ざかっていくが、イルはあきらめずに二人に向かって叫んだ。
すると、前に乗っている青年がくるりと振り返った。
イルは、馬を飛ばしているのに余所見は危ない、と思ってしまった。

そして青年はただ一言、

「うるさい。黙っていろ」

とだけ言い、また前に向き直った。

「なんっ・・・なん、ですか・・・」

イルは訳が分からなかったが、とりあえずもう大人しくしていることにした。

「イリヤ、イルがあそこにっ!」
「あ・・・!!」

イルの必死の叫びが聞こえ、バイエルは町を囲っている壁の門の外を指差した。

「イル・・・!!」

イリヤは全速力で後を追って走った。
しかし、馬の速度に追いつくはずもない。

「ま、待って・・・」

町の壁が遠くに見えるところまでしばらく走り、そこでイリヤは止まった。
イリヤを追いかけて息切れしているバイエルの消え入りそうな声が聞こえてきたからである。

「はあ・・・はあ・・・イリヤ、早いよ・・・」
「ご、ごめん・・・!でも急がないと、イルが・・・・・・え、バイエル?」
「・・・・・・。」

バイエルは両膝に両手をついて下を向いて肩で息をしている。
そしてそのまましゃがみ込み、何かを拾い上げた。

「・・・これ・・・」
「なにそれ?ガラス玉?」
「これ、イルが持ってたやつだ!あ・・・」

バイエルは遠くの地面を見つめたまま、歩き出した。
そしてまたしゃがみ込んだ。

「こっちにも落ちてる・・・」
「どういうこと?」
「前にイルがおじさんからもらったんだ。いっぱいこれが入った袋」
「じゃあこれを探せば・・・でも時間掛かるな・・・」

イリヤが腕を組んだとき、バイエルが両手の手のひらを上に向けた。

「タウルス、アリエス、出てきて」

バイエルの手から光の玉が飛び出し、二人の前でタウルスとアリエスの姿になった。
最初から大きなサイズになっているタウルスの目の前にバイエルは歩いていった。

「タウルス、この丸いの分かる?これを辿って」

タウルスの目の前に、ガラス玉を差し出した。
タウルスはその玉を見つめ、瞬きをしてから前を見た。どうやら分かったらしい。

「イリヤはアリエスに乗って。」
「え、だ、大丈夫かな・・・?羊でしょ、これ・・・?」
「早く、大丈夫だから。タウルス、アリエス、走って!」

タウルスは猛烈な勢いで走り出した。
取り残されたイリヤは慌ててアリエスによじ登り、アリエスのもこもこの背中をぽん、と叩いた。

「・・・じゃあアリエス、タウルスを見失わないように、後を追いかけてくれる?・・・・・・うわあ!!」

同じくアリエスも、土煙を立てながら突進を始めた。



「降りろ」
「・・・・・・。」

一時間近く走り続け、大きな城の前でようやく止まった。
今まで高速で走っていてずっと青年にしがみついていたため、イルは足が震えて降りられなかった。

「・・・ほら」

先に馬から下りていた青年は、イルに向かって両手を上げた。
子ども扱いか、とイルは思ったが本当に下りられなかったので素直に手を伸ばした。

「ずっと馬に乗ってて聞けませんでしたけど・・・色々聞きますよ。」
「中に入るまでなら何でも聞いたらいい」
「そーですか・・・」

城門が開き、城内に入って中にいた人に馬を引き渡した。
馬を渡された人は、馬小屋があると思われる場所に向かって馬を引いていった。

「・・・まず、あなたのお名前は?」
「私か?私はエクラ。エクラ・リブレットだ」
「・・・・・・。」

あっさり名乗られ、次は何を聞こうか悩んだ。

「・・・エクラさんですか・・・じゃあ、ここはどこなんですか?」
「ここは私が仕える城。西トランの領主トリアング家の屋敷だ」
「にっ、西トランの領主!?えええ!?」

エクラと名乗った青年の横を歩きながら、イルはオーバーに叫んだ。
しかし城の中を歩き回っている人たちは特に気にしていないらしい。
というか、みんなそれどころではないらしく、バタバタと行ったり来たり走り回っている。

「じ、じゃあ、最後の質問です・・・」
「ああ」
「・・・私をどうしてここに連れて来たんですか?」
「・・・・・・。」

しかしエクラは答えなかった。
代わりに、目の前にある大きな扉を開けた。

「・・・入って」
「・・・・・・わ」

扉が開いたと思うとイルの横から箱を持った女性がイルにぶつかりそうになりながら部屋に入っていった。
部屋の中には大きなベッドが一つと、中に人がたくさんいた。

その中の一人の女性が二人の方に歩いてきた。

「フォリア様、ただいま戻りました」
「お、お帰りなさいエクラ・・・そちらの方は?」

西トランの領主の妹のフォリアだった。
足元にはホロスコープのカプリコーンもいる。

「わ・・・私はイルと申します・・・と、突然連れて来られたんですが、何のご用でしょうか・・・」
「イル!あなたが!」

フォリアはイルの右手を両手で握った。

「あ、あの」
「お願いします・・・姉上を・・・私の姉さまを、助けてください・・・!!」
「・・・・・・え?」

フォリアに手を引かれて部屋の奥まで歩いた。
部屋の真ん中にある大きなベッドには、フォリアと同じ薄い青の髪をした女性が横たわっていた。

肩と脇腹に何重にも包帯が巻かれているが、そこから新しい血がにじんでいる。
足首も怪我をしているらしく、女性が3人がかりで手当てをしているところだ。

「こ、これは・・・」

イルは思わず両手で口を押さえた。
フォリアの後ろからエクラが言った。

「西トランの領主であられるスピエ様だ。先のメヌエットの国境での戦の折に負傷なさった」
「め、メヌエットの国境で・・・?何の戦ですか?」
「セレナード国からの出撃の要請があった。メヌエットへ進撃しろと」
「ええ?そんな馬鹿な・・・」

バルカローレとセレナードが交戦中なのは聞いていたが、メヌエットととも戦争しているなど知らなかった。
しかし今はそんなことを考えている場合じゃない、とイルは軽く首を振った。

「な・・・治せるかな・・・」

周りの人には聞こえないぐらい小さな声でイルは一番の不安ごとをつぶやいた。

「トランの中で優秀な医者を探したのだけれど、傷が深くて・・・いくら治療しても、意識が戻らないの」

フォリアはスピエを見下ろして言った。

「イルさん、あなたは怪我を治せる力をお持ちなのでしょう?お願い、姉さまを助けて・・・」
「・・・・・・。」

今すぐにでも治せるなら治したかったが、イルは手を動かすことをためらった。
もし助からない怪我だったら・・・と思うと、どうしても動けなかった。

「一刻を争うんだ、だからさらうように連れて来たんだ。スピエ様を助けてくれ」

さらうようにじゃなくてさらったじゃないか、と思ったがそれどころでもなかった。
イルは目を閉じて、下を向いて頷いた。

「・・・分かりました。やってみます。」
「本当!?」

フォリアが ぱっと顔を上げた。
しかしイルは険しい表情でフォリアを見た。
そして、部屋の中にいる人全員を見回した。

「・・・ただし、この部屋にいる人。全員、出て行ってください。」
「え・・・!!」
「そんな・・・」

周りで動揺する声が聞こえる。
しかしイルはそれ以上何も言わず、フォリアを見つめた。

フォリアはそれを見て、誰よりも早く部屋の出口に向かって歩いた。

「分かったわ。みんなも、外に出て。イルさんの言うとおりにして。イルさんの邪魔になるから」
「ですが、フォリア様・・・」
「いいからみんな出て!エクラ、行きましょう」
「は、はい・・・」

ぞろぞろと、20人以上はいたスピエの治療に専念していた人たちが出て行った。
扉が閉められ、イルはスピエが寝ているベッドの横に膝をついて座った。









         





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