ルプランドルを持ったシオンとロイアはしばらく動かずにお互い黙ったままでいた。
嫌な時間が流れたが、やがてロイアは無防備に両手を広げて笑った。

「じゃあ、殺す気があるなら殺してみろ。俺は人を見る目があるつもりだ」
「・・・・・・。」
「シオンが俺を殺すなら、俺の見当違いだったってことだな。つまり俺の失敗だ」

そう言ってシオンに歩み寄った。
シオンの方がそれに気圧されて、一歩後ずさった。

また双方が動かずしゃべらない時間が流れたが、ついにシオンはあきらめたように剣を下ろした。

「・・・ああ、さすがだな全く!ロイアは見る目がある!!」

ルプランドルを乱暴に鞘に戻し、頭を振った。剣と鞘がジャリン、と音を立てる。
それを見てまたロイアは笑った。

「何がしたいのかは、全然分からないけどな」
「うるせえよ!もう俺は部屋に戻るからな!」
「はいはい」

ロイアは返事をしながら階段を一人で駆け上がっていくシオンを見上げた。
そして、部屋の奥にあるルプランドルが置かれていた台座を見つめた。

「勇者か・・・何をしてくれるんだろうな」






シオンがメヌエットの王宮にいるようになってから数ヵ月後。
メヌエットに客人がやってきた。

「兄さんっ!」
「・・・えっ?」

突然廊下で呼び止められ、シオンは遅れて振り返った。

「あ、アルスっ?!」

アルスは全速力でシオンに駆け寄り、抱きついた。

「兄さん、心配したんですよ・・・全然帰ってこないから・・・」
「・・・あ、ああ、ごめん・・・」

アルスの頭をなでながら、どうしていいか分からず辺りを見回した。
通行人たちが珍しそうに二人を見ながら通り過ぎていく。

シオンは慌ててアルスを引っぱった。

「連絡もせずにゴメンな・・・それよりも、どうやってここまで来たんだ?」
「イリヤさんが連れてきてくれたんです」
「・・・イリヤさんが?」

アルスが指差した方向に、シオンも見慣れた人物が立っていた。
シオンはアルスの手を引いてイリヤに歩み寄った。

「イリヤさん、お久しぶりです」
「久しぶりだねシオン。」
「あの、アルスを連れてきてくれたみたいで・・・」
「あー、どういたしまして」

イリヤはにこにこしながら手を振った。

「ここには可愛い子が多いからぼくも来るの楽しみにしてたんだ。宮仕えの子は愛想もいいし」
「・・・あ、そうですか」
「あ、ちょっとそこの子、その髪飾り可愛いね。その色似合ってるよ」
「・・・・・・。」

イリヤは女官の一人に声をかけながら、そっちにとっとと歩いて行ってしまった。
残された二人のうち、シオンは思わずため息をついた。

「イルと兄弟なんだよなあの人・・・あそこまで違うか・・・」
「兄さん、おみやげがあるんですよ」
「おみやげ?」

アルスは持っていた大きなカバンの中身を嬉しそうにあさり出した。
そして、中からスプーンのようなものを取り出した。

「これ、新しい釣りのやつです」
「・・・あっ、ルアーか!」

それが何なのか理解した瞬間、シオンはアルスの手に飛びついた。

「釣具作るのも最近あんまりできなくってさ〜・・・ありがとうなアルス」
「喜んでもらえてよかったです」

アルスは幸せそうにシオンの笑顔を見上げていた。

「うーん・・・俺もアルスに何かあげられたらよかったんだけどな・・・」
「そんな、ぼくが突然来たから・・・兄さんに会えて嬉しいです」
「連絡もできない状態だったから本当にゴメンな。今度何かおそろいの物買おうかなって思ってたんだけどさ」
「おそろいですか、いいですね」

シオンは ぽん、とアルスの背中を押した。

「じゃ、ちょっと城の中案内してやるよ。ロイアにも会わせてやるから」
「え・・・ロイア様、ですか・・・」
「アルスは覚えてるか?」
「ううん、すごく小さかったから覚えてないです・・・あの・・・怖かった、っていう記憶しか・・・」
「ははは、なんかロイアはアルスを鍛えようとしてたしな。なんでだか」

そんな話をしている時に、後ろから声がかけられた。

「・・・おい?」
「あっ」

振り返るとロイアが立っていた。
しかし、普段大勢いるはずの家来の姿は近くに一人も見当たらなかった。

「ロイア・・・一人で何うろついてるんだよ」
「ここは王宮の中だぞ、好きに歩いたっていいだろうが」
「城内だって安全とはいえないだろ。何かあったらどうするんだよ」
「自分の身ぐらい、自分で守れる。」

ロイアは腕を組んで壁に寄りかかったときにアルスをみつけて、少し目を見開いた。

「アルス・・・来てたのか」
「お、ひ、さしぶり・・・です、ろ、ロイア王子・・・あ、王様・・・」
「アルス緊張するなって。ほら、顔上げろよ」

シオンの服をぎゅっと無意識に掴んでいたアルスは、シオンに言われて恐る恐る顔を上げた。

「一緒に遊んだ仲だろアルス?久しぶりだな」
「は、はい・・・」
「剣は使えるようになったか?俺は魔法の訓練中なんだけどな、アルスも魔法の方が才能ありそうだな」
「そ・・・そうですか・・・?」

ロイアの目を一瞬見上げたが、またすぐに目を伏せてしまった。

「アルス?」
「すっ、すみません・・・」
「アルス・・・ききたいことがあるんだが」
「えっ?」

急に改まって言われ、アルスは思わず顔を上げた。

「・・・コンチェルトで、兄上は・・・どうなさっている?」
「あ、ビアンカ様ですか・・・」

どうしてそのことを知っているんだろうとか、どうして尋ねるんだろうとか、アルスは色々と考えた。
しかし特にごまかす理由もなかったので、素直に答えることにした。

「お元気ですよ。毎日何かを作るため部屋にいらっしゃったり、魔法の研究したり」
「魔法の研究?兄上も?」
「そうなんです!」

突然アルスが嬉しそうに話し出した。

「元からコンチェルトでも風の魔法を研究していたんですけど。」
「ああ、そういやそうだっけ・・・」

魔法にあまり興味がなかったシオンは、城でもそのことには無関心だった。

「ビアンカ様が火の魔法のことを話してくださって、今すごく魔法の研究が進んでいるんですよ」
「へえ・・・ビアンカ様、確かに火の魔法使ってたな・・・」
「・・・・・・。」

それをきいて、ロイアは少し顔をしかめた。

「父上が、兄上に・・・」
「ロイア?」

シオンに顔を覗き込まれて、ロイアは慌てて目を逸らした。

「あ、いや・・・それで、コンチェルトで魔法は浸透してきたのか?」
「そうですね・・・強さに何種類かあるみたいなんです。実はぼくも教えてもらったんですよ」
「えっ、じゃあアルス、魔法使えるのか?」
「まだ少しだけです。コツさえつかめば、兄さんにもすぐにできますよ」

そう言いながらアルスは一歩下がって両手を前に出した。

「じゃ、ちょっと見せてあげますね。」
「うん・・・」

シオンは戸惑いながら頷いた。

「風よ、切り裂き貫く刃となれ・・・」

アルスの手が薄緑に輝き、辺りに風の流れが起こった。

「ウィンドっ!」

風が巻き起こり、アルスの手から三日月のような衝撃波が飛び出した。
壁にぶつかる瞬間にその力は急に失速し、弱い風になって消えていった。

「え、今のは・・・?」
「一番簡単な風の魔法、ウィンドというそうです。そのまま使ったら壁が壊れちゃうので」
「・・・・・・。」

シオンはただ目を丸くしてアルスの顔を見ていた。

「すごいな・・・本当に俺にも使えるのかな」
「1回コツを掴んだら簡単なんですよ。詠唱を覚えて、意識を集中させるだけです」
「ふーん・・・」
「だから、王宮内でも使える人が増えてきたみたいですよ。イリヤさんはもっと上手です」

アルスがそう言った時、少し遠くの方から聞き慣れた声がした。

「おーい、みんな〜。何の話してるの?」
「イリヤ・・・」

ロイアは静かに呟いた。若干その口調には呆れが表れている。

「・・・懲りないな。また女官に手を出していたのか」
「今度会えないかなって約束してただけだよ。ロイアはうらやましいなあ、あんな可愛い子をいっぱい召使いにしてるんだから」
「お前なあ・・・」
「ロイアは好きな子とかいないの?」

イリヤがそう言うと、気になってシオンとアルスも思わずロイアの顔を見た。

「みんなして物珍しそうに見るな。俺には今、女にかまけているような時間はないんだ」
「もったいないなー、より取り見取りだろうに」
「俺には一国の王としての責務があるんだ。国を豊かにし領土を拡げ、メルディナを平和にする」
「でも次の王様はロイアの子供なんだから、奥さんがいなきゃ困るだろ?」

淡々というロイアに、シオンはのほほんと尋ねた。

「王様が一生独身ってワケにはいかないだろ」
「・・・まあ、そうだけどな。だが今は非常に多忙だ。そのことを考える暇はない」
「うーん・・・そっか」

そう言った時、シオンは思い出したように手をぽんと叩いた。

「そういや、イルは?」
「イルさん?」
「イリヤさんがアルスを連れて来てくれたのに・・・イルは何してんだ?」
「それが・・・」

アルスは下を向いた。

「本当は一緒に行く予定だったんです。ね、イリヤさん」
「うん最初はね。でも一昨日、大量の怪我人が出たんだ」
「大量の・・・怪我人が?どうして?」
「動物に襲われたらしいよ、大群だったんだって。」
「だから、その怪我人の治療にイルさんは追われちゃってて来られなかったんです」
「ふーん・・・」

シオンは気にしない風で頷いたが、内心気にかけていた。

「まあ、イルがいれば救急箱要らずだしな」
「兄さん、イルさんはもっとすごいんですよ」
「ははは、アルスは優しいな〜」

イルと仲は悪いシオンだったが、イルの天授力によって怪我を治してもらったことは数知れずでそのことには感謝していた。

「じゃあアルス、俺にもちょっと魔法教えてくれよ」
「いいですよ!じゃあ広いところでやりましょう」
「うん、それなら庭に出るか」

シオンはアルスと手をつないで外に出て行った。
そして、イリヤとロイアだけが残された。

「・・・コンチェルトには、風の魔法の本があったってことか?」

ロイアは静かにイリヤに言った。

「ううん。ビアンカ様が持っていた本に、魔法のことが書いてあったんだ」
「兄上が持っていた本・・・?」
「他にも色々書いてあるみたいだけど、ぼくには意味不明。文字が一つも読めなくってさ」
「・・・・・・。」
「それに、意味を成すにはもう一冊必要って言ってた。ケッセル様からビアンカ様はその本を受け継いだんだって」

ロイアはじとっとイリヤを睨みつけた。

「ビアンカ様はその本は読めるみたい。でも、確かロイアは・・・」
「うるさい」

イリヤが話している途中でロイアは少し声を荒げて遮った。

「俺には俺のやり方がある。メヌエットの王になったからには王の役割を完全に果たすつもりだ」
「頼もしいなあ。頑張ってね」
「イリヤこそ、プレイボーイごっこはいい加減にしたらどうだ?」
「・・・えっ?」

ふらふらとまた歩き出そうとした時に、イリヤは遅れて返事をして振り返った。

「・・・やだな、誰がごっこだって?」
「図星か」
「・・・・・・何が?ぼくは、色んな女の子と平等にお付き合いしてるだけだよ」
「ああそうだな。それならさっさと女を漁って来い」
「人聞き悪いなあ〜・・・」

そう言いながらイリヤはまた女官たちの方へ歩いて行った。



「やっぱり兄弟で、本質的なところはぼくと似てるはずですから。」
「・・・うん、それで何て言うんだっけ?」

庭に出てシオンはアルスに魔法を教わっていた。

「風よ、切り裂き貫く刃となれ、ですよ。風に呼びかける感じで。手に意識を集中させてください」
「呼びかける感じで、集中・・・うう、難しいな・・・」

シオンはゆっくり肩の力を抜いて両手を前に出した。
そして目を閉じて静かに詠唱する。

「風よ、切り裂き貫く刃となれ・・・」

シオンの周りに空気の渦が起こった。
風が白いシオンの髪を揺らして、シオンの手に集中し始める。

「ウィンド!」

シオンの手から風の魔法の衝撃波が飛び出し、城壁に激突した。
巻き起こった風に驚いたアルスは思わず目を閉じた。

シオンが放った魔法は、城壁に50センチほどの穴を開けてしまっていた。

「・・・やばっ」
「に、兄さん・・・すごすぎませんか?」

しばらく呆然と穴があいた壁を見つめていたが、急にシオンはびくっとして顔を上げた。
そしてアルスに駆け寄り、頭を地面に押さえつけた。

「うわあっ!!」









         





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