シオンは、足元でずっとしゃがみこんで寝ていたレオを見やった。
一見、白くてふわふわのただの枕か何かに見える。

しゃがみこんで、触らないようにレオの耳元で呼びかけた。

「おい、レオ!」

その声に反応して、レオの耳が少し動いた。
シオンはさらに手をパンパンと叩きながら呼びかけた。

「起きろレオ!ちょっとでいいから!」
「・・・あれ、フレイこれって・・・バイエルと一緒にいた・・・?」
「あ、はいそうです・・・白いライオンなんですけど・・・」
「ライオン?猫じゃなくて?」

二人が話しているうちに、レオはようやく目を開けた。
そしてまるで猫のように うーん、と体を伸ばした。

どうやらシオンとフレイが玉座の部屋に来た時からずっと眠っていたらしい。

「レオ、はいっ、出して!!」

レオは目の前で手を叩かれ、シオンを見上げた。
一度顔をふるふると振ってから、突然巨大化した。

「・・・・・・!?」

トルライトは大きくなったレオを見て、思わす後ずさりした。

「ふ、フレイ?!これ、なんなの?!」
「ええと・・・その、大きくもなれるんです・・・」

説明の意味がないような説明をとりあえずした。
レオは、口から んべっ、とジェイドミロワールを吐き出した。

ガランガラン、と枠だけの鏡が床に転がる。

「これは・・・?」

トルライトは、マントが床につくのも気にせずに屈みこんだ。

「これは、ジェイドミロワールっていう鏡です」
「鏡?どこが?」
「これに聖水を入れれば鏡になって、他のジェイドミロワールの水面に映っているものが見えるんですよ」
「へえ!すごい!!」

目を輝かせ、手をパン、と叩いた。
そして、いそいそと立ち上がった。

「シオン、見てみたいんだけど、もう人呼んでもいい?」
「ど・・・どーぞ・・・」
「みんなー!戻ってきて!あと、お水いっぱい持ってきて!!」

扉をばん、と開けて、扉の脇に立っていた兵士や外で待機していた大臣たちに呼びかけた。
とりあえず部屋に人が戻ってくるとレオがいるのはまずいので、レオに小さくなるように小声で言った。

「・・・おお、よしよしえらいぞ」

戻ってくれ、と言ったらレオは大人しくネコのサイズにまで縮んだ。
しかし、シオンが撫でようとするとレオはフレイの後ろに走って行ってしまった。

「・・・全然慣れてくれない・・・」
「トルライト様!お持ちしました!」

どやどやと、さっきまで部屋にいた人たちが戻ってきた。
その中に、直径1メートルぐらいの銀色の鍋を持った人もいる。
水が中に大量に入っているため。2人がかりで運んでいる。

「シオン、これに水入れるだけでいいんだよね?入るの?」
「え・・・あ、はい・・・」
「じゃあここに、流して!」

トルライトは床に転がっているジェイドミロワールの枠を指差して、鍋を持っている人に指示を出した。
鍋係の二人は戸惑っていたが、トルライトが早く早く、と言っているので仕方なく鍋を傾けた。

「うわ・・・本当にこぼれないんだ」

シオンは、水を入れるところは前のメヌエットでも見ていなかった。
枠の中に入った水は、こぼれることなく枠の中に吸収されていく。

「・・・ってかフレイ、聖水じゃなくてもいいんだな・・・」
「そうだね・・・トルライト様、水って言ってたもんね・・・」

水が全部入ると、ジェイドミロワールが輝き出した。
鏡の中は水が入っているはずだが、床が透けて見えているわけではなかった。

「これで、どうすればいいんだろう?」
「とりあえず・・・鏡みたいに、立てましょうか・・・」

フレイがジェイドミロワールの端を持った。
シオンもその隣に座り、二人で同時に鏡の上半分を持ち上げた。

「すごい!立てても水がこぼれないんだ」

周りにいる人たちも不思議そうにジェイドミロワールを見ている。
ひとまず二人は、部屋の幕が掛かっている壁に鏡を立てかけた。

「どうやって使うの?どこが映るんだろう」
「鏡の前で強く願えば・・・フレイ、ちょっとやって」
「え、ぼくがっ?」

フレイは自分を指差して驚いた。

「強く願ったものが映し出されるんだろ。別の場所にあるジェイドミロワールのことを考えればいいじゃん」
「そ、そうだけど・・・えーと、えーと・・・」

鏡の前に立って、何となく手を組んで下を向いて願った。
すると鏡の表面が白く光り、水面が揺らめいた。

「どちらさまですか?」

鏡の中に、突然知らない人が映し出された。
そこにいた一同は慌てた。

「あ、あの・・・コンチェルトのジェイドミロワール・・・ですよね?」

フレイはどぎまぎしながら鏡の中に映っている女性に向かって呼びかけた。

「はい、私はジェイドミロワールの係をしております。あなた様は?」
「ここはセレナードで、そのー・・・テストみたいな感じで呼び出しちゃって・・・すみません・・・」
「左様ですか」
「アルス!!アルスはいるか?!」
「・・・・・・!?」

フレイの後ろから、突然シオンが叫んだ。

「あなたは王宮剣士シオン様ですか?」
「そうそう、アルスいる?話したいから呼んで」
「かしこまりました」

女性は一礼し、鏡の前からいなくなった。
その一連の様子を、トルライトはずっと観察していた。

「すごい・・・本当にコンチェルトが映ってるの?これ?」
「そうです、コンチェルトとメヌエットの王宮に置いてありますから、簡単にコンタクトが取れるでしょ」
「便利だねー・・・は、早く使いたいんだけど、ダメ?」
「ま、待ってください。アルスと話すまで待って」

シオンは興味津々なトルライトを手で制しながらジェイドミロワールの様子を窺った。
その時、鏡の中にアルスが映った。

「・・・あの?」
「アルス!!」

鏡の中に飛び込まんばかりの勢いでシオンは叫んだ。

「俺だよアルス、セレナードに着いたんだ」
「兄さん・・・!無事着いたんですね、よかったです」
「そっちは何ともないか?イルとバイエルは?」
「イルさんとバイエルくんは今日出かけるって準備してます。フレイさんに会いたがってましたよ」
「そっか・・・」
「兄さんはこれからもう帰って来られるんですか?」
「・・・いやー・・・そうしたいのは山々なんだけど・・・ごめん、まだちょっと無理」
「そうなんですか・・・・・・」

アルスはがっくりと肩を落とした。

シオンはロイアにもう一つの伝承書、藍の伝承書をセレナードで探せと言われていたのですぐに帰還するわけにはいかなかった。
さらにその理由をこの場で、セレナードの要人が集っているこの場所で言うわけにもいかない。

「帰れるって決まったら、すぐに連絡するから。ジェイドミロワールで」
「はい・・・あの、早く・・・なるべく、早く帰ってきてください」
「ああもちろん。一秒だって早く帰りたいよ」
「・・・・・・はい」

そのやり取りを、トルライトだけは気持ちが分かるのか黙って大きく頷いて見ている。

「じゃあ、またなアルス」
「イルとバイエルによろしくね、気をつけて来てって伝えて」
「あ、はい、分かりました」

シオンが手を振ると同時にフレイも顔を出し、そして鏡の中のアルスが頷いた。
こうして、ジェイドミロワールの映像は消え、ただの水面になってしまった。

「・・・すごいなあ」

感嘆の声を上げたのはトルライトだった。

「コンチェルトとメヌエットに置いてあるんだっけ?それならメヌエットにも話しかけられるってこと?」
「え、ああ、そうですけど・・・」
「じゃあやってみていい?えーと、メヌエットメヌエット・・・」
「あのっ・・・」

シオンとフレイが止めようとしたが、トルライトは鏡の前で両手を組んで願い始めてしまった。

「・・・おいフレイ、この王様・・・トルライト様って、メヌエットのこと思い浮かべられるのかな・・・?」
「うーん・・・ちゃんと頭に浮かばないと、鏡には映らないってビアンカ様言ってたよね・・・」

小声で話す二人のやり取りは全く気にせず、トルライトはひたすら小さくメヌエット、メヌエットと言いながら願い続けた。

すると、鏡が白く光り出した。

「・・・・・・はあ・・・兄上・・・」

突然、大きな手がジェイドミロワールに映し出された。
それと共にため息交じりの小さな声が聞えてきた。

「もしもし、メヌエットに置いてある鏡ですか?」

トルライトが鏡の中に向かって呼びかけた。
すると鏡に移っていた手が更に大きくなり、バシャン、と水音を立てて鏡の中の映像の中にいくつも波紋ができた。

水の揺らめきが収まった時に鏡に映っていたものは、驚いた表情でメガネを直しているロイアの姿だった。

「なっ・・・なんだ?!」

鏡の中からロイアの声が聞えてきた。
トルライトは嬉しそうに鏡に向き直った。その後ろでシオンとフレイも小さく遠慮がちに手を振っている。

「ロイア王子?お久しぶりです!セレナードのトルライトです」
「と、トルライト王子・・・?ああ、でかくなったな・・・」
「えへへ、前に会った時はぼくはまだ7歳か8歳ぐらいだったもんね、元気?」
「はあ・・・・・・何の用なんだ?意味もなく呼び出すな」

ロイアは腕を組んで横を向いた。
ジェイドミロワールがある部屋の中には、ロイア以外の人はいないらしい。

「ジェイドミロワールっていうすごく便利な鏡をもらったので、ちょっと試しに使ってみたくて」
「・・・ということは、シオンとフレイはセレナードに着いたんだな。妹と会えてよかったな」
「はい!ロイア王子のおかげです、どうもありがとう」
「大事なものなら外に出すな、城にしっかり閉じ込めておけ」
「うーん・・・そうしたいんだけど、マラカがバルカローレからのお誘いにどうしても行きたいって言って・・・」

そのロイアとトルライトのやり取りを、シオンとフレイは何となく不安な面持ちで見ていた。

「トルライト様、すごいな・・・ロイアと普通にしゃべってる・・・」
「シオンだって普通に話すじゃん・・・?でもトルライト様、面識あったんだ・・・」

その時、ロイアはトルライトの後ろにいるシオンを見やった。
そしてにやりと笑った。

「・・・・・・なんだよ」

嫌そうな顔で、シオンはロイアに向かって言った。

「俺が言ったこと、ちゃんとやれよ?」
「言ったこと・・・分かってるよ、藍の伝承書だろ・・・」

後半は聞えないぐらい小さな声で言った。
しかしその声を、トルライトはしっかりと聞き取っていた。

「・・・藍の伝承書?」

トルライトが普通のボリュームでその言葉を反芻した。
その場にいたシオンとフレイ、そして鏡越しのロイアはぎくっとした。

「どこかで聞いた・・・あれ、どこかにあるよ、それ・・・」
「「「ど・・・どこに?」」」

なんと3人が同時に同じことを言った。

「確か〜・・・うーん、本がたくさんあるところに・・・父上から頂いたっけ・・・」
「あの、できたらそれ・・・見せてもらえません?」
「うんいいよ、こっち来て」
「・・・・・・。」

シオンとフレイはふらふらとトルライトの後をついて行った。
鏡の中に取り残されたロイアもしばらくきょとんとしていたが、我に返って鏡の中の映像を自分から消した。



「けほ、けほっ・・・すごいほこり・・・この書斎使ってないんだよね・・・」

トルライトに案内されて、城の奥の小さな書斎に案内された。
中は薄暗く、背の高い本棚がいくつか並んでいる。

「ここにはモデラートの王室にあった本が収められてるんだ・・・って言っても、全然読みもしないから放置されてるんだけどね」
「藍の伝承書って本は、どこにあるんですか?」

クモの巣を手で払いながら、シオンが尋ねた。

「あの本だけはなんか特別らしくって、ちゃんと父上が手渡しで下さったんだ・・・確か、この棚の裏に・・・」

トルライトがいくつか本を出して、棚の後ろを覗き込んだ。
シオンはトルライトが出した本を代わりに持った。
その後ろでフレイもその様子を見ている。

本棚の後ろの板を押すと、それが裏返った。
奥には藍色の表紙の古い本が置かれており、トルライトはそれに手を伸ばした。

「あったあった、これだよね。でも父上はね・・・」

トルライトは本を両手で胸の前で抱えた。

「これを二冊揃えてはいけないって。もう一冊の伝承書と合わせてはいけないって、仰っていたんだ・・・」
「・・・・・・え?」









         





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