オオカミたちはまっすぐにシオンとフレイの方へ向かってきている。
シオンは馬に乗っていたが、立ち止まらせて馬から下りた。
そして、腰にさげている剣を引き抜いた。
「よし・・・やってみよっかな」
「え・・・なにを?」
「大分練習したから、多分できると思う」
シオンは剣を持った右手を前に出し、左手を刃に添えた。
「風よ、切り裂き貫く刃となれっ!!」
辺りに風が巻き起こり、シオンの両手が薄い緑色に輝いた。
そして剣を右に振り払った。
「ウィンド!!」
風の魔法が一直線に飛んでいき、オオカミの群れの前列の4、5匹に命中した。
魔法が当たったオオカミは吹き飛んで、白い光になって消えてしまった。
「な、なんだあれ・・・?」
「シオン、来るよっ!」
驚いているシオンに向かって、魔法が当たらなかったオオカミが飛びかかった。
フレイはいつも背負っている大きな剣を振り下ろした。
「うわっ!」
地面に叩きつけられたオオカミも同じように消えてしまった。
続けざまに飛びかかってくるオオカミを、フレイは鞘に入ったままの大剣で薙ぎ払った。
シオンもオオカミのかみつきを受け流しながら首の後ろにみねうちを入れた。
「ふう・・・これで全部か?」
「まだあっちに2匹いるよ」
「え・・・あっちには馬とレオが・・・」
二人は慌てて馬に駆け寄った。
見ると、馬に乗っているレオが猫のように2匹のオオカミを威嚇していた。
「・・・あんなちっこいのが威嚇しても怖がらないだろ」
「・・・なんか可愛いね」
そんなことを言っている場合ではないが、思わず二人は素直な感想を口にした。
「レオ!そのオオカミを攻撃してみろっ」
シオンの声が聞こえたらしく、レオがシオンの方をちらっと見た。
するとレオは馬から飛び降りた。
オオカミも牙を剥き出して唸っているが、レオは全く気にしていない。
そして瞬く間にレオは巨大化し、大きな口を開けて2匹のオオカミを一気に噛み砕いてしまった。
「・・・・・・うわ」
「・・・・・・。」
凄絶な光景を目にして、二人は思わず目を背けた。
可哀想なことになったオオカミ2匹も、光になってレオの口の中で消えてしまった。
あむあむ、としばらくレオは口を動かしていたが口の中に何もないことに気づいてまた小さく縮んだ。
「・・・な、なんだこいつのこの強さは・・・」
「すごいね・・・シオン、本気でかまれたら大変だよ」
「うん・・・」
初対面で噛み付かれたが、その時は大した怪我にはならなかった。
しかし今のような激しい噛み付き攻撃を食らったら、体のどこかがなくなってしまうかもしれない。
「・・・と、とにかくマラカ様のところに行かないと」
「あ、そうだった・・・でもあっちって、町がある方向だよな」
「そうだね、多分大丈夫だとは思うけど・・・マラカ様、乗馬はできるから」
「ふーん・・・」
シオンはそう言いながら剣を鞘にカチン、と戻した。
そしてフレイが持っている剣に目をやった。
「・・・フレイ、その剣さ・・・」
「え・・・な、なに?」
「鞘から抜かないで戦ってたよな。それじゃ切れないだろ?殴るしかできないじゃん」
「あー・・・うん・・・」
フレイは剣を握り締めて、視線を逸らした。
「ちょっと見ていい?」
「う・・・ん・・・」
ひょい、と大剣をシオンが手にとった。
鞘の部分を両手で持って、じっと先端の黒い宝石を眺めた。
その間、フレイはそれをはらはらしながら見ていた。
そしてついに、シオンがその剣の柄を持って引き抜こうとした時。
「まっ・・・待って!!」
「え」
フレイは両手でシオンの手を止めた。
少しだけ剣は引き抜かれ、中の剣が見えている。
「待って・・・抜かないで・・・」
「な・・・なんで・・・」
「お願い・・・ごめん、抜かないで」
「わ、分かった・・・はい」
フレイの様子がおかしいと感じて、シオンは素直に剣を戻した。
そして、フレイに優しく渡した。
「ありがとう・・・ごめんね・・・」
「いや、謝ることないけど・・・大事な物なんだな?」
「う、うん」
「俺のこの剣はロイアからもらったルプランドルっていう剣なんだけど・・・それ、なんていうの?」
「これ・・・?これは、ランフォルセ・・・」
「フレイ!シオン!!」
「?!」
馬のパカパカという足音と共に、高い声が聞こえてきた。
それはマラカのもので、馬を最高速で走らせてこちらに向かってきている。
「・・・あんなに馬の扱い上手いのかよ」
シオンは思わずそう呟いた。
「結構お一人で馬でどこかに行っちゃったりするんだよ」
「・・・へえ」
それなら一人で馬に乗れ、とシオンは心の中で悪態をついた。
「あのオオカミ達は?!」
「もう大丈夫です。二人で退治しましたから」
「まあ・・・!」
手綱を引っ張り、マラカは馬を止めた。
相当急いで走らされて疲れた馬は、ぶるる、と鼻を鳴らした。
「・・・二人とも、なかなかの働き振りですわ」
「・・・え?それはどうも・・・」
突然褒められて、シオンは頭をかいた。
「シオン、真っ先にあれを食い止めようとしてくれましたわね。賞賛に値します」
「そりゃ当然でしょう・・・」
護衛なんだから、と小さな声で続けた。
「そ、それで・・・」
「はい?」
「と、特別に、わたくしの前に座ることを許可いたしますわ。」
「・・・・・・?」
咳払いをしながら、マラカは鞍の後ろにずれて座った。
「本来ならセレナードのカペルマイスターであるフレイのような人にしか任せられない、名誉なことですのよ!」
「え・・・」
「と、とっととわたくしの前にお座りなさい!早く、シロフォンに帰りますわよっ!」
「は・・・あ・・・」
訳が分からなかったがとりあえずシオンは今までフレイが乗っていた馬に飛び乗った。
よいしょ、と手綱を握ると、マラカが妙に背中に寄りかかってきた。
「・・・あの」
「は、はやくお行きなさい!丁寧に走らせないと承知しませんから!」
「・・・・・・。」
その様子をフレイは笑いを堪えながら見ていた。
「・・・ふふっ・・・いけない、笑っちゃ・・・っ」
今までシオンがレオと乗っていた方の馬にまたがり、フレイも馬を走らせ始めた。
セレナード国に入り、首都シロフォンにやっと到着したのは、結局陽が沈みかけた頃だった。
シロフォンに入る直前にマラカに空腹を訴えられたが、お土産に買ったお菓子を食べて頂いた。
王宮の門の前で、フレイは馬から降りて馬を引いて歩き始めた。
そして、門番に近づいていった。
「ご苦労様」
「これは、カペルマイスター・・・!」
兵士は驚いた様子で城の中にいる人たちに呼びかけた。
「カペルマイスターがご帰還だ!」
「あ、あの、ぼくじゃなくて、マラカ様が・・・」
「マラカ様が?!」
フレイの部下でもあるその兵士は、フレイが指差した方を見た。
そこにはシオンが歩かせている馬の後ろで座って少し眠そうなマラカの姿があった。
「あれは・・・!!」
「通してもらって、いいよね」
「皆の者ー!!マラカ様がお帰りだぞ!!」
「マラカ様が?!」
「ご無事でいらっしゃったのか!!」
「マラカ様ー!!」
わらわらと人が集まってきて、どんどん収拾がつかなくなっていく様子を見てフレイはため息をついた。
「トル兄様!」
玉座の前に立っているトルライトに、マラカは駆け寄って抱きついた。
トルライトも手を広げてマラカを抱き寄せる。
「マラカ・・・よかった、無事で本当に・・・」
「兄様・・・お会いしたかった・・・!」
その様子を、シオンとフレイは兵士達に挟まれる形で立って見ていた。
「そんなに会いたいなら・・・まっすぐ帰ってくれば・・・」
「・・・まあまあ」
トルライトはマラカの頭を何度も撫でた。
そして、ひとしきり再会の喜びを味わってから、マラカはトルライトの隣に大人しく座った。
「フレイ、本当にありがとう、お疲れ様」
「いいえ、当然の義務を果たしたまでで・・・」
「・・・あの、その人は?」
ようやくフレイの隣にいるシオンに気づいて、シオンを指差した。
「マラカと一緒にいてくれたんだ?どうもありがとう」
「いやー・・・はい、どうも・・・」
なんと言っていいか分からず、曖昧な答えを返した。
そしてフレイに、説明してくれ、と目配せをした。
シオンと目が合って、フレイは慌てた。
「え、ええと、トルライト様・・・できれば、お人払いを・・・」
「・・・?」
玉座の部屋にいた人全員が驚いたが、トルライトはきょとんとしつつも頷いた。
「いいよ。じゃあ、みんなちょっと遠慮してくれるかな。」
「では私も・・・また後で、トル兄様」
「うん、またねマラカ」
マラカは女性の召使い3人と一緒に部屋から出て行った。
トルライトの左右にいた大臣4人と入り口にいた兵士、その他諸々の人たち全てが部屋からいなくなった。
「・・・えー・・・あの・・・」
別に人払いが必要というわけではなかったので、シオンはますますどうしていいか分からなくなっていた。
「すみません王様・・・」
「いいえ。ぼくはセレナード国王のトルライト・ハンク・ファルゼット。王っていっても大したことはしないんだけどね。きみは?」
「いえ・・・俺はコンチェルトの王宮剣士のシオンです。シオン・キュラアルティ・・・」
「キュラアルティ!?」
トルライトは驚いて立ち上がった。
そして、少し早足で玉座がある階段から降りてきた。
「もしかして・・・ルシャン・キュラアルティの息子さん・・・?」
「え、父さんを知ってる・・・?そりゃそうか・・・ええ、そうです」
考えたこと全部を口にしながらシオンは何度も頷いた。
その様子を隣でフレイは気にしながら見ている。
「じゃあ・・・ぼくを恨んでるんだろうね・・・」
「・・・・・・へ?」
シオンの目の前まで歩いてきて、そしてしゅん、と下を向いた。
トルライトの頭を見つめてシオンは目を丸くした。
「な・・・なんで、ですか?」
「元々メヌエットのカペルマイスターだったルシャンさんを、東トランのラベル城の攻略の主要人物として応援を頼んで・・・
結局、ルシャンさんは殺されてしまった。ラベル家の処刑を命じたのは先王、つまりぼくの父上だ。恨んでるはずでしょ・・・」
悲しそうに、それでもトルライトは何とか笑顔を作って顔を上げた。
シオンは驚いた顔のまま、慌てて首を振った。
「そ、そんな!父さんはカペルマイスターとして任務を果たしただけだし、それに今の王のトルライト様には全然関係ないですよ!」
「・・・無理してない?」
「してませんっ!」
不安そうに上目遣いで見られて、シオンはぶんぶんとさらに首を振った。
「仇だっていって恨んで、恨み返してなんてやってたら永久に終わらないでしょ・・・トルライト様は、関係ないです。ほんとに」
「ほんとに?」
「はい」
「・・・・・・よかった」
本当にほっとしたように、トルライトは肩の力を抜いた。
そして はー、と大きく息を吐き出した。
はらはらしながらそのやり取りを見ていたフレイが、思い切ったように口を開いた。
「マラカ様をお連れするのがぼく一人では不安だったので、シオンにもついて来てもらったんです」
「そうなんだ。テヌート同士、気が合うのかな」
「もうすっかり仲良しなんですよ、な、フレイ」
「はは・・・うん、そうなんです。助けてもらったりもしちゃって・・・」
「フレイが助けてもらった!?それはすごいね・・・さすがは王宮剣士」
トルライトは本気で驚いたらしく、シオンをまじまじと見上げた。
「あの・・・それで、シオンが一緒に来たのは別にいくつか理由もあって・・・」
「理由?なに?」
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