「ま、まあ・・・この前あの人を、暴れ馬から助けたことがあって・・・」
「それだけにしてはかなり打ち解けている様子だったじゃないですか」
「そう・・・ですか・・・?」
ブラムの顔は見えないが、何となく怒っている感じがした。
「カノンに行くとか、あっさり言っちゃダメでしょうが」
「な、なんでですか?シオンには関係ないでしょ?」
「シオン・・・本名、ききました?」
「いや・・・シオンとしか言わなかったですけど」
どういうことか分からず、サビクは頬をかいた。
「彼の名前はシオン・キュラアルティ。コンチェルトの王宮剣士ですよ」
「・・・キュラアルティ・・・?!そ、それってもしかして、この前ブラムさんが言ってた・・・?!」
「恐らくそうでしょう。両親について話さなかったんですか?」
「すみません・・・なにも・・・」
「・・・いや、サビクが謝ることはないんですけどね」
急にしおらしくなってしまったサビクに、ブラムは苦笑した。
「知らなかったんですから。まあキュラアルティ家の墓は今は置いておいて、とにかくカノンに行きますよ」
「あ、はい・・・!」
歩き出してしまったブラムの後を、サビクは慌ててついて行った。
「・・・あーあ」
バイエルと絵を描いて遊んでいる最中、アルスはため息をついた。
「どうしたの?」
色鉛筆を動かす手を止めて、バイエルがアルスの顔を見上げた。
「あ、ため息ついちゃってゴメン・・・」
アルスは既に描き終わった絵を3枚トントン、と重ねた。
「バイエル君の風邪も治ったし、イルさんも元気になったから・・・」
「イル元気になったんだ」
「うん、まだたまに悲しそうだけどね」
アルスがイルを元気づけに行った日から、数日が経過している。
バイエルの風邪はすっかり完治していて、毎日二人は同じ部屋で遊んでいた。
「アルス、バイエル」
扉が開いて、イルが顔を出した。
「イルさん・・・」
よく見ると、イルの後ろにもう一人誰かが立っている。
「二人ともー、何してるの?」
「あ、イリヤさん・・・二人で絵を描いてたんです、ほら」
アルスが描いたクッションの上にいるアリエスの絵を二人の方に向けた。
「へえ・・・アルス、絵も上手なんだ」
「シオンは芸術面はからっきしなのに・・・」
「あはは・・・」
アルスは複雑な気持ちで苦笑した。
「お二人とも、どうしたんですか?」
「あ、そうそう」
イリヤはイルが部屋に入ってから後ろ手で扉を閉めた。
「バイエルをセレナードに送っていくことについてなんだけど」
「あ・・・」
やっぱり、とアルスは小さく呟いた。
「帰れるの?」
バイエルの声は少し嬉しそうだ。
「早くフレイに会いたい」
「そうですよね、明日出発することにしましたから」
「うん」
「じゃあ準備をしておいて下さいね・・・って言っても、バイエルにはあんまり荷物はないでしょうけど」
レオ以外なにも持ってきていなかったバイエルは、今も自分の所有物というものはほとんどない。
「それで、イルと二人だけじゃ不安だからぼくもメヌエットまで一緒に行くことにしたんだ」
「イリヤさんも一緒に行くんですか?」
「うん、ついでにロイアに会ってこようかなって」
「そうなんですか・・・」
しゅん、とアルスは下を向いた。
「ぼくも行きたいですけど・・・」
「うーん・・・アルスは・・・」
イルもイリヤも困ったように顔を見合わせた。
「本当に昔から、イリスが何度もアルスについて夢を見てるからね・・・」
「とにかく、コンチェルトから出ないようにって言われてますからね」
「そうですよね・・・」
「ぼくと二人でメヌエットに行ったときも、危ない目に遭ったでしょ?」
「・・・・・・。」
シオンと二人で風の魔法について話していたとき、どこからか突然攻撃されたことがあった。
あれ以来、ますますアルスはコンチェルトの外に出てはいけないと言われ続けていた。
「・・・どうしてなんでしょう」
「姉上は・・・アルスを近くに置いておきたいみたいですね。ここなら王のお膝元ですから・・・」
「・・・すみません」
落ち込んでしまったことをアルスは申し訳なく思った。
イルもイリヤもどうすることもできないので、黙ってしまった。
「・・・聞いてみます」
「え?」
「ぼくも外に出たいし、バイエル君にも会いに行きたいし・・・ごめんなさい、行ってきます!」
「ちょっと、アルス・・・」
アルスは部屋から走って出て行ってしまった。
それを残された3人は呆然と見送った。
「・・・アルス、どこに行ったの?」
バイエルがイルを見上げて尋ねた。
「姉上のところでしょうね・・・」
「そうだね、イリスに聞きにいったんだろう」
それでもバイエルは分からない、という表情のままだった。
イルは説明を続けた。
「姉上が見る夢の予言の話はしましたよね?」
「うん」
「その夢に、昔から何度もアルスのことが出てくるらしいんです」
「イリスの夢にアルスが出るの?」
「ええ・・・」
頷きながらイルはイリヤが座っている椅子の隣に腰掛けた。
「その夢の中で、アルスを守らなければいけないということが分かったって、仰ってましたね」
「なんで?」
「理由はイリスも教えてくれなかった。知らないのかもしれない」
「・・・・・・。」
全然分からないらしく、バイエルは黙りこくった。
「数年前、イリスが自分の側にアルスを置きたいって言ったのも未来予知夢のことでだったんだ」
「でもこの前シオンに会いにイリヤと二人でメヌエットに行ったんですけど・・・」
「なにかあったの?」
「どこからか狙われて攻撃されたらしいです。シオンが近くにいたから大丈夫だったらしいですけど・・・」
「・・・ふーん・・・」
「そんなに危ない目に遭っても、姉上のところに行くって事は・・・よっぽど外に出たいんでしょうね」
「・・・・・・。」
突然イリヤが手をポンと叩いた。
「ま、とにかくバイエルをセレナードに送る時のこと考えようよ。」
「あ、はい・・・」
「最近は動物の集団に襲われるっていう事件が多いらしいからね。二人だけじゃ危ないと思うから」
「まあイリヤがいてくれたら心強いですね、この前のようなことがあるかもしれないですし・・・」
「この前?」
イリヤは首を傾げた。
「あの二人のひとにイルとイリスが狙われたこと?」
「ああ・・・天授力を持つ人の・・・そうだね」
「・・・・・・」
クラングとローチェのことを思い出し、イルは悲しそうに目を閉じた。
「でもバイエルのホロスコープもいるし、そこまで心配することはないと思うよ。」
「うん、タウルスやアリエスがいるよ」
「じゃあ明日の何時に出るか決めようか。イルは朝起きられる?」
「だ・・・大丈夫ですよ」
イルは少しどもりながら頷いた。
「バイエルは、ちゃんと朝起きられます?」
「うん。寝ないよ」
「・・・・・・寝ない?」
イルとイリヤはバイエルの言葉にまた顔を見合わせた。
「イリス様・・・すみません、突然に」
「いいえ、おいでアルス」
コンチェルトの予言者イリスの部屋の中。
御付の人が常に数人部屋にいて、イリスの身の回りの世話などをすべてやっている。
そして、アルスもイリスの世話係の中の一人。
「アルスが今日来ることは、分かってたよ」
「・・・そう、ですよね」
アルスは扉の前で直立不動で、中に入ろうとしなかった。
「こっちにおいで。みんな、悪いけどちょっとアルスとお話があるので席を外してください」
「かしこまりました」
10人ほどの召使いが、アルスの横を通って部屋から出て行ってしまった。
部屋の扉が閉じられて、ようやくアルスはイリスの近くに歩いて行った。
「どうしたの?」
「・・・どうしたのかも、イリス様はご存知なんですよね」
「・・・・・・うん」
イリスが座っている椅子の前に、アルスはしゃがみ込んだ。
「コンチェルトの外に出たい?」
「・・・・・・はい」
「そうだよね・・・うん・・・そうだよね」
イリスはアルスがいるであろう方向に向かって微笑んだ。
「ビアンカ様が作ってる、聖玉ってアルスは知ってる?」
「聖玉・・・?イルさんが持ってる杖とかですか?」
「そう・・・聖玉がないと、未来に生まれる「白蛇」の対処法が全くなくなってしまうの」
「・・・・・・はくだ?」
初めて聞く言葉に、アルスは目を瞬かせた。
「天授力は聖玉に力を与えるために授かっていて、一人でもいなくなると・・・世界の理が歪んでしまう」
「そんな・・・」
「天授力を持つ人を殺そうとする人がいるのはそのためだと思うんだ・・・それでね」
「・・・え?」
突然、イリスは立ち上がった。
驚いてアルスが駆け寄り、体を支えた。
「・・・ありがと」
「そ、それで・・・なんですか?」
「・・・うん」
自分の腕を掴んでいるアルスの手に、そっと手を添えた。
「・・・アルス、誰にも、シオンにも言ってないことがあるよね?」
「え・・・・・・」
「あ、アルスお帰りなさい」
「どうだった?」
しばらくして、アルスは静かに部屋に帰ってきた。
「ワガママ言ってすみませんでした。バイエル君をセレナードに送るの、気をつけて行ってきて下さい」
「・・・あ、はい・・・」
「アルスは一緒に行けないの?」
アルスの服をバイエルが引っ張った。
少し悲しそうに、アルスはバイエルに笑いかけた。
「うん・・・今はまだ、ね。」
「・・・まだ?」
「気をつけて行ってきてね。イルさん、イリヤさん、バイエル君をよろしくお願いします」
「あ・・・はい・・・」
「うん・・・任せておいて・・・」
ぺこっとお辞儀をしてから、アルスはまた部屋から出て行ってしまった。
少し駆け足で、アルスにしては珍しく扉は開いたままだった。
「・・・どうしたんだろ」
呆然としていた3人の中で、バイエルだけがぽつりと呟いた。
「ここはどの辺りなのかしら」
「えーと・・・」
マラカに尋ねられて、シオンは持っていた地図に目を落とした。
「もうちょっとでセレナード国です。」
「セレナードに入れば、首都シロフォンはすぐですわね」
「そーですね」
相変わらずシオンに懐かないレオはシオンが乗っている馬にのせてある荷物の上に乗っている。
その隣を歩く馬にはフレイと、横向きに座っているマラカがいる。
「ああ、懐かしいわ。早くトル兄様にお会いしたい」
「・・・だったら寄り道しなきゃいいのに」
「なにか仰って?」
「・・・いえ、なにも・・・」
マラカのワガママにいくつもつき合わされており、シオンはため息をついた。
本来ならとっくにセレナードに入れていていい頃である。
途中に立ち寄る町や村で何度も観光したがり、あれこれ買いたがり、フレイの荷物はどんどん増えていった。
代わりにシオンとフレイの財布の中身はどんどん減っていった。
「・・・フレイ、王様ちゃんと金返してくれるかな」
「だ、大丈夫だと思うよ・・・」
ハッキリ言って、今日中に何としてもつかなければ宿賃はおろか食費すらない。
「今がお昼過ぎだから・・・夕方ごろにはつくかな」
「そうだね、もうちょっと急がせれば日が沈む前にはなんとか」
「うーん・・・」
シオンは頬をかいた。
「あんま急がせて、またレオが落ちそうになって馬にかみついて制御不能になるのはな・・・」
「・・・やっぱりぼくの方にレオをのせようか?」
「いいよ、そっちには姫さんもいる・・・し・・・?」
「どうしたの?」
シオンは無言で前を指差した。
その方向をフレイが見てみると、なにか白いかたまりがこちらに向かってきているのが見えた。
どうやら、動物の大群らしい。
「・・・なんだろ、あれ」
「犬かな・・・いや、もっと大きいかも」
「オオカミじゃ・・・ないかな・・・」
「・・・・・・。」
自分たちもその方向に進んでいるため、距離がどんどん縮んでいく。
よく見ると、どうやらそれはオオカミの群れらしい。
10匹ほどが、こちらに向かって全力疾走しているようだ。
「な、何ですの?!」
マラカもフレイの体越しに前を見て、オオカミの姿を確認して悲鳴を上げた。
「ヤバい・・・フレイ、右から迂回して逃げろっ!!」
「し、シオンは?!」
「いいから、早く逃げろって!俺は大丈夫!」
「あんな数、無理だよ!」
そう言いながら、なんとフレイは馬から飛び降りた。
そして走りながらマラカに手綱を持たせた。
「マラカ様、そのままの速さならオオカミは追いつけません!あっちに、あっちに逃げて下さい!」
「そんな、二人ともどうするの?!」
「後から行きますから、待ってて下さい!!」
マラカだけが乗った、フレイが走らせた馬はそのままオオカミの群れの右側を通って走り去ってしまった。
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