父上の分も、私の分も、精一杯生きて欲しい。私の願いは、それだけだよ。






暗い部屋の中で、体に僅かな振動を感じてラスアは薄っすらと目を開けた。
そして、普段は髪を縛る布につけているが今は胸についている金のメダルを手にとった。

「・・・兄貴?」

メダルの中から、小さな声が聞こえてくる。

「兄貴、今しゃべっても平気か?」
「・・・あ、ちょっと待って・・・」

ラスアは慌てて立ち上がった。

「どこにいるんだよ。まあこのブラムさんからもらったコムコインが使えるなら暗い場所なんだろうけど・・・」
「し、静かにして、隣にいるレインさんが起きちゃう・・・」

メダルから聞こえた言葉に、サビクは驚愕し、絶叫した。

「隣で誰か寝てるのかっ?!」
「静かにしてってばっ!」
「・・・・・・。」

小声で必死に返したラスアの声にはっと我に帰り、サビクは目を瞬かせて片手で口を押さえた。

「・・・・・・バルゴさん?」
「・・・あ」

サビクの怒鳴り声と、ラスアが動いたことによってレインの目が覚めてしまったらしい。
ラスアは驚いて動きを止めた。

レインは薄目を開けてぼーっとしていたが、ラスアがまだ寝ていると思ったらしくまた目を閉じてしまった。
ほっと息を吐き出して、今度こそ起こさないようにそっとラスアは立ち上がった。

「・・・・・・もう大丈夫、サビク、どうぞ」
「・・・あ、そう・・・」

メダルからため息混じりのサビクの声が聞こえてきた。
ラスアは部屋から出て、別の部屋に入ったらしい。

「・・・あのさ、野暮なことは聞きたかねーんだけど・・・」
「なに?」
「そ、その・・・一緒にいた男、誰なんだよ?」
「レインさんのことですか?」

ラスアはしゃがみ込んで、メダルに口を近づけた。

「レインさんはメヌエットのカペルマイスターで、私は部屋に住まわせてもらってるんです」
「ど・・・同居・・・してんの・・・?」
「あははっ、サビクさっきからなんかおかしいですよ?」
「あの・・・俺は兄貴が男と同居してる方がおかしいと・・・」

サビクの声はほとんど消え入りそうになっている。

「レインさんは私のこと本当の女の子だと思ってますから」
「へ・・・?」
「もしかして、サビクったら何か勘違いしてません?」
「な、なにが?」
「私が今どこにいると思ってるんですか?」
「・・・・・・」

サビクは顔を真っ赤にして黙りこくった。

「・・・だ、だから・・・え・・・?どういうことだよ・・・?」
「私、バルカローレに向かう商船に忍び込んでるんですよ?」
「・・・・・・!」

メダルを握り締めて、サビクは目をこれでもかと見開いた。

「レインさんと、リムと、3人でね。戦時下だからバルカローレへの船は商船しか行き来できないんです」
「・・・・・・あ、そう・・・そうか、よかった・・・」
「ぷっ・・・・・・ふふふっ、やっぱり!なに考えてるんですかっ!」
「べ、別になにもっ!そんなに笑うことねえだろっ!」

メダルから聞こえてくる笑い声に、サビクは必死に言い返した。

「そ、そもそも、カペルマイスターと、どうしてリムまで一緒にバルカローレに行くんだよ!?」
「ホロスコープを探しに、あともう1冊の伝承書を探しに、ですけど」
「そうじゃなくて・・・」

サビクは座っている膝の上に顔を置いた。

「リムは捕まってたんじゃないのかよ?どうしてその3人で、バルカローレに行くんだよ・・・?」

ラスアのメダルからは脱力した声が聞こえてきた。
まだおかしそうに笑いながら、ラスアはサビクに説明を始めた。



「・・・じゃ、メヌエットの王様に言われて?」
「そう、リムの監視役なんです。大した罪にはならないらしくてよかったですね」
「まあ・・・でも、バルカローレに忍び込んで伝承書を探して来いって、随分人使い荒いな・・・」
「でもっ、ぼくはそれが終わったら自由になれるんだってぇ」
「・・・!?」

突然、メダルからリムの声が聞こえてきた。

「り・・・リムか?」
「あーあ、コムコインじゃサビクのこと蹴れないからつまんないなぁ」
「・・・そう何度も蹴られてたまるか、今度会ったら覚えとけ!」
「うん、絶対避けられないように頑張るよぅ」
「・・・・・・」

この野郎、とサビクは意味もなくメダルを睨みつけた。

「ぼくたちバルカローレの商船に昨日の夜に忍び込んでさぁ、今までずーっと荷物に隠れてたんだよ」
「また船に隠れてたのか・・・」
「そ、ラスアはレインと一緒に隣り合わせで寝ちゃってぇ、ぼく居辛いったらないんだよね」
「・・・へえ」

複雑な気持ちで相槌を打つ。

「ラスア、レインのことホントに好きなの?」
「えっ・・・その・・・」

突然、ラスアは頬を染めて目を泳がせた。
完全に乙女の反応である。

「・・・・・・」
「・・・まあ、恋愛は兄貴の自由だから口出しするようなことじゃねーけどよ・・・」
「あの・・・それは、好きになっても仕方ないって、分かってるんですけど・・・」
「あーもう、いいよ、いいから・・・」

今は関係ない話をしている場合じゃない、と無理矢理話を切った。

「とりあえず俺は今から、カノンに一旦帰るから」
「そうなの?いいなあ、クラングによろしくね。ブラムさんと一緒にいくの?」
「うん、具体的な日取りはまだだけど、準備があるし。ブラムさんが全部説明はしてくれてるみたいだけど」
「ぼくも帰りたい〜、サビクずるーい、一番役立たずなのにぃ」
「だーれが役立たずだ、大体リムこそ・・・・・・あっ!」

サビクの声が突然遠くなった。
ラスアとリムは驚いて思わず黙った。

「兄貴、リム、とにかく早めに帰って来いよ。コンチェルトには一緒に行くからな」
「あ、うん・・・」
「人が来た、通信切るから。じゃあな」
「は、はい、分かりました」

ラスアが頷き、メダルからは一切声がしなくなった。
ぺとん、とリムは床に座り込んだ。

「ラスア、今何時ぐらいなんだろ?隠れてた部屋もこの部屋も暗くって全然分かんないよぉ」
「朝・・・お昼近いんじゃないかな。積荷もほとんど下ろしたみたいだから」
「そっかぁ・・・レインよく寝てるね」
「そうだね・・・最近忙しくって、疲れていらっしゃったみたいだし・・・」

そう言ってラスアはスカートをまとめて立ち上がった。

「とりあえずバルカローレには無事に着いたし、手はず通り船を3人で下りたらまずは王宮に忍び込もうね」
「おっけー、じゃあレイン起こしに行こ」
「うん」

明かりの灯っていない船室から二人は出て行った。
そして隣の向かいの、レインとラスアが寝ていた部屋に向かって歩いて行った。






「誰かと話してんのか?」
「い、いや・・・別に・・・?」

一方、ラスアたちと通信を切ったサビク。
サビクはコムコインと呼んでいたメダルを慌てて頭につけ、振り返った。

「あ・・・お前・・・」

降ってきた声の方を見上げると、そこにはシオンが立っていた。
サビクを覗き込むように見ている。

「確か、レオが馬にかみついた時に助けてくれた・・・」
「あ、あの時の!こんなとこで何してんだ?」

ここはメヌエット国のオルガンの町。
メヌエットの首都グロッケンの東、セレナード国は目と鼻の先だ。

サビクは町の大通りの脇にある草むらの中で話していた。
それがたまたまシオンに見つけられたらしい。

「草むらの中で何してたのかって方が聞きたいけど・・・」
「え、あ、その、落し物・・・?」
「落し物?探そうか?」
「だ、大丈夫見つかったから。これこれ」

頭についているメダルを指差して、必死に誤魔化した。

「ふーん・・・よかったな」
「それで?お前は何してんだよ、王女の護衛は?」
「・・・え?なんで俺がマラカ王女の護衛だって知ってんだ?」

質問を返され、またサビクは焦った。

「え、だ、だから、この前会った時後ろに、いただろ?その、マラカ王女がさ」
「マラカ王女のこと知ってんのか・・・すっごくワガママでさ、今もフレイが買い食いに付き合わされてんだよ」
「・・・フレイ?」
「意外だと思うかもしれないけど、マラカ王女の護衛は俺とセレナードのカペルマイスターの2人だけなんだよな」
「あ・・・うん・・・」

まだ座ったままのサビクにシオンは手を差し出して立つように促した。

「ちょっと話そうぜ、この前のお礼もろくにしてなかったし」
「いや、礼なんていいって・・・」
「忙しいの?」
「ううん、今はまだ・・・」
「じゃ、ちょっとそこでなんか飲も」
「いいけど・・・」

半ば強引にシオンはサビクの手を取って草むらから引っ張り出した。



「名前も聞いてなかったよな、なんていうの?」
「俺?俺はサビク。サビク・マルフィクっていうんだ」
「サビクか・・・俺はシオン。この前は本当に助かったよ・・・ありがとな」

喫茶施設の外に置いてある丸いテーブルに二人で向かい合って座っている。
シオンはカフェオレを一口飲んだ。

「あの馬に噛み付いてたのって・・・?」
「あれは、不思議な・・・生き物っていうのかな、ぬいぐるみなんだけどな」
「ぬいぐるみ?動いてただろ」
「ホロスコープっていう、生きてる人形なんだって。今はフレイと一緒にいるはずだけど」
「人形・・・そうなんだ」

頷きながら、サビクも一口リンゴジュースを飲んだ。

「・・・ちょっと苦いな」

カフェオレを飲んだシオンはそう言って顔をしかめた。

「え?苦い?」
「ちょっと飲んでみろよ」
「・・・ん・・・甘いけど・・・」
「そう?シロップもらってくる」
「あ、うん・・・」

シオンは店の中に入って行ってしまった。

「これが苦いとは思えないけど・・・俺が変なのかな・・・」

シオンのカフェオレを眺めながら呟いた。
自分のリンゴジュースを飲んだ後でも、そのカフェオレは甘いと感じていた。

「お待たせ、よっこらせ」

椅子に座りなおして、シロップが入った小さなポットを傾けた。
カフェオレに透明な液体が注ぎ込まれていく。

その様子を見てサビクは唖然とした。

「・・・ど、どんだけ砂糖入れんだよ?」
「んー、もうちょっと・・・こんなもんかな」

相当量のシロップがカフェオレに入り、それをシオンはがしゃがしゃとマドラーでかき混ぜた。
サビクは俺が変なんじゃなかった、と心の中で呟いた。

「あー、うまっ」
「すげえ甘党だな・・・」
「よく言われるよ。俺はこれが普通だからよく分かんないけど」
「まあ本人にしたらそうだろうけどな・・・」

シオンが飲んでいるカフェオレの味を想像して、サビクは少し胃が重くなった。

「でもアルスにはよく砂糖入れすぎって言われる・・・あ、アルスって俺の弟なんだけど」
「シオン、弟いんの?」
「アルスっていうんだ、かわいーんだよ、ホントいい子でさ、コンチェルトの王宮にいるんだけどな」
「へえ・・・」
「料理も上手くて、勉強熱心で、背はこれぐらいで、素直で・・・・・・早くコンチェルトに帰りたい・・・」
「・・・・・・。」

熱く語りだしたシオンに、またもやサビクは言葉を失った。

「弟のこと、大好きなんだな」
「はは、まあね・・・サビクは?兄弟いないの?」
「いるよ。兄貴と、弟が」
「へえ、真ん中なのか」
「うん」

そう言ってサビクはジュースを一口飲んだ。

「弟は、シオンの弟とは全然タイプ違うな」
「そっか・・・」
「背はちっさくてすばしっこくて、すぐ俺にちょっかい出してくんだよ」
「なんだよ、可愛いじゃん」

あはは、とシオンは笑った。

「すぐ俺のこと馬鹿にしてさ・・・ま、可愛いんだけどな・・・」
「ふふ、結局可愛いんだろ」
「うん・・・まあ・・・」

何となくサビクは目を逸らした。
心なしか頬が赤い。

「お兄さんは?どんな人?」
「兄貴は・・・背が高くて優しくて剣術にも秀でてる、俺はすごく尊敬してるよ」
「すげー・・・会ってみたいな・・・」
「ただ、かなりおっとりしてるんだけどな・・・しゃべんの遅くって」
「そりゃ、人間何かしら欠点がないとなー」
「あははっ」

二人は同時に笑った。

「あ、時間大丈夫?」

シオンがサビクに尋ねた。

「どこか行く予定あるの?」
「待ち合わせしてるんだけど。今から行くとこがあってさ」
「どこに?」
「カノン。知ってる?知ってるよな、シオンもテヌートだし」

そういいながらサビクは頬杖をついた。

「知ってる・・・行ったことないけど」
「え、ないのか。セレナードで生まれたんじゃないとか?」
「父さんの仕事の関係でさ。いつか行ってみたいとは思ってるよ」

甘ったるいカフェオレを最後まで吸って、グラスをテーブルにコトンと置いた。

「じゃ、俺そろそろマラカ王女の様子見に行かないと」
「あ・・・そっか」
「つき合わせちゃってゴメンな」
「そんな。楽しかったよ、ジュースもご馳走様」

サビクもいつの間にかジュースを飲み干していた。
シオンが椅子から立ったので、それに合わせて一緒に椅子から降りた。

「また会えるかな・・・」

向かい合って、シオンが小さな声で言った。

「せっかく仲良くなった・・・あ、仲良くなってるよな?」
「もちろん」

腕を組んで、サビクが笑った。

「サビクとはいい友達になれそうだし。いつかコンチェルトに来いよ」
「うん、コンチェルトには少ししたら行く予定だから、その時会いに行く」
「よーし、約束だぞ?」
「任せろ、男の約束だ」

二人はしばらくじっと見合っていたが、同時に吹き出した。

「ははは、じゃー、またなサビク」
「気をつけて行けよー」

遠ざかっていくシオンにサビクは手を振った。
そして姿が見えなくなったところで振り返ると、そこには別の人物が立っていた。

「わっ!!」

ぶつかりそうになり、サビクは思わず叫んだ。

「ぶ・・・ブラムさん・・・」
「随分と仲良くお話してましたね」









    





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